第103話 幕間 恋バナは踊る
レオナはとりあえず、夜間調査のため抜け出す算段がついたことに安堵していた。
現在は夕食後、部屋でベッドの上でゴロゴロしている真っ最中だった。
ルームメイトのカーラはシャワーから戻ってきて髪を乾かしており、クラリスは机に向かって何やら予習だか復習だかを行っている様子だ。
「ねーねーレオちゃん」
「んー?」
現在時刻は20時。
ちょっと仮眠でも取るかと思っていた矢先、カーラが隣のベッドに座って声をかけてきた。
「レオちゃんは、フガくんとどこまで行ってるの?」
「行くって何が? どこに?」
「だ、だから……! 恋人なんでしょ? キスとか……」
カーラは一瞬言い淀んだが、最後は振り絞るようにそう言った。
「はぁっ?」
思わず嫌悪感丸出しの顔で応えてしまった。
ぶっちゃけフガクは好みでも何でもないが、手近な男が彼しかいなかったので仕方なく恋人ということにしただけだ。
どこまでも何も、始まってすらないと言いたいが、レオナは言葉に詰まった。
「余計なことだったらごめんね。でもね、あーしはレオちゃんよりちょっとだけお姉さんだから言うけど、レオちゃんはまだ子どもだから、エッチなことはダメなんだよ?」
誰が子どもだと突っ込むところだが、カーラの方が年上なのは事実だ。
余計話がややこしくなるので一旦こらえるが、何となく嫌な方向に話が進みそうな気がした。
「レオちゃん、フガくんのこと好き? 大事に思ってる?」
「………」
さぶいぼが出てきた。
別にフガクのことは嫌いではない。
しかし、それとこれとは話が別だ。
恋愛対象などでは断じてないし、そもそも恋愛って何それ食べれるの?くらいの感覚のレオナである。
カーラの真剣な眼差しに何も言えなくなったが、自分の回答のターンになったときにどうしようかと焦ってきた。
「レオちゃん、男の人はね、隙あらば女の子をいただいちゃおうとしているんだよ。フガくんにいつも身体を触られたりしてない?」
「……」
なかなかの偏見だが、さすがに適当に「あるある」とは言えないレオナ。
そこまでいくとフガクにも本気でブチギレられそうだからだ。
フガクはミユキやティアには弱いが、自分のことは子ども扱いしている。
それが腹立たしくもあるが、気を使わない関係性なのは気楽だった。
後々の関係にも尾を引きそうなので、一応線引きはわきまえているつもりだ。
回答を間違えられないと思っていると、クラリスが助け船を出してくれた。
「カーラ。レオナが困ってるでしょ。そんな風に彼氏を悪く言われたら嫌な気分になるよ?」
「あっ! ご、ごめんレオちゃんそんなつもりじゃないの!」
眼鏡で知的なクラリスは、19歳とカーラよりも年下だがしっかりもののお姉さんという感じだ。
今はおさげ髪もおろして普段以上に大人っぽく見える。
「い、いいよ全然。っていうかその……フ、フガクとは付き合ったばかりでまだ何もしてないしー」
あまり深堀りされるとボロが出そうなので、早くこの話を終わらせたい。
「そうなの!? じゃあフガくんが清いお付き合いって言ってたのは本当なんだよね!?」
「もちろんそうだよー……そ、それよりカーラは彼氏とかいないの?」
とにかく矛先を変えなければとレオナは思った。
あまりフガクとの関係性を囃し立てられると、ミユキあたりが激怒しかねない。
レオナは普段ミユキをからかって遊んでいるが、こちらも一線は超えないように気を付けていた。
ミユキは穏やかなだけに、一回怒り出すと何となくヤバそうな気がしていたからだ。
「えー? あーしはいないよー!」
「故郷にも? カーラの好きなタイプは?」
意外とノリのいいクラリスが、矢継ぎ早にカーラを質問責めにする。
ナイスだと思いつつレオナは自分の存在感を消すべくあえて黙る。
「えー! い、いないってば! 好きな人はねー……強い人かな。ほら、やっぱり狩りとかできる方がいいし?」
狩りって、と一瞬レオナは思ったが、カーラの出身は西の大陸にある『アイホルン連邦』だ。
一つの国の中に数多くの氏族が中心となった、複数の政治体がある。
カーラは西方にある森の中に住む氏族の生まれとのことで、狩猟は重要な生活基盤のひとつなのだそうだ。
文化的背景と生きる糧そのものという事情を鑑みれば、カーラの好みは理に適っているといえるのかもしれない。
「強いかー……ヴァルター先生とか?」
クラリスの問いに、カーラはあははと困ったように笑った。
「どっちかって言うと、アルカンフェル先生かなー」
「あのおっさんは確かにサバイバル能力高そうだよね」
レオナは、ジャングルでナイフ一本で生き抜けそうなアルカンフェルの顔を思い浮かべた。
ちなみに全くの余談だが、カーラにファミリーネームが無いのもアイホルン特有の文化である。
そのため、フガクにファミリーネームが無いことも周囲からはすんなり受け入れられていた。
「クラリんこそどうなの!?」
「わ、私!? うーんと……」
クラリスもレオナと逆隣にある自分のベッドに腰かけ、いよいよ本格的な恋バナモードに突入してしまった。
こういう話にとんと縁の無いレオナは、うんうん頷きながら聞くしかできない。
「クラリスはやっぱ賢い男が好きそうなイメージかなー。あ、ほらシュルトとか」
「い、嫌よあんな冷たそうな人! 私は……クリシュマルド先生」
ぽっと頬を赤らめて、クラリスは俯きながらそう言った。
レオナはギョッとする。
「えっ……ミユキ!? え、でも女……え?」
恋バナをしていて知り合いの名前が出てきたのでベッドから転げ落ちそうになった。
クラリスは慌てて両手を顔の前で振っている。
「ちっ違うのそういうのじゃなくて! その……憧れだったの、かっこいい女冒険者の人。クリシュマルド先生は女性冒険者で数少ないSランクなのよ?」
「かっこ……いいかな」
背丈はでかいが、かっこいいというイメージにはあまり結びつかないとレオナは思った。
性格も見た目もかなり女性的で、どちらかといえば男受けしそうなタイプに見える。
「んー、まあ優しそうだし、いい人そうだよねー」
「レオナがうらやましいよ。先生と仲良さそうで……」
クラリスからジトッとした視線を向けられる。
「わかったわかった。じゃあ今度二人でお昼でもしなよ。ミユキに言っとくから」
「ほ、ほんと!?」
ぐっと迫られてレオナは思わずのけ反る。
そういえばミユキは初日から女生徒に囲まれていたなと思った。
騎士学校に入る女生徒は、強い騎士に憧れている子が多いのだろう。
ミユキのように、大陸でも名の知られた冒険者は憧れの的なのかもしれない。
「友情に感謝だね、クラリん!」
「うんっ! ありがとう! その日の晩御飯は奢るから!」
「わかったわかった……」
落ち着いた印象のクラリスが、頬を上気させて嬉しそうにしている顔に、レオナはやれやれと息を吐いた。
仕方ない、友情のために一肌脱いでくれと、レオナはここにいないミユキに向けて呟くのだった。
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