第102話 アルカンフェルの指南
俺は白兵戦の授業終了後、訓練場横にある教員準備室の前でミユキを待っていた。
ミユキは今、女子生徒に囲まれて質問攻めに遭っている。
女性のSランク冒険者は珍しいらしく、すっかり学内の注目の的のようだ。
現在は昼休みに入ったところなので、とりあえず授業の片付けのためにこの部屋を訪れると予想して俺は待つことした。
ちなみにティアやレオナは、他のクラスメイト達と一緒にランチに向かったので俺一人だ。
「何をしている」
俺が待っていると、授業で使用した模擬ナイフなどを持って、アルカンフェルが準備室へ戻ってきた。
彼も授業後男子生徒から白兵戦の技術について質問されていた。
研ぎ澄まされた筋肉が、シャツの上からでも分かるほど発達しており、男心に憧れる肉体だ。
「あ、いや。クリシュマルド先生を待っていて……」
「彼女は女生徒に囲まれて、そのまま食堂に向かったようだが」
「あ、そうだったんですか……じゃあまた改めます」
「待て」
そう言って踵を返す俺を、アルカンフェルが呼び止める。
何だろうかと、俺は再び振り返った。
「今時間はあるか」
「え? あ、はい。まあ少しなら」
昼休みは1時間あるが、既に10分ほど経過している。
慣れているので昼食は摂らなくてもいいが、次の授業があるので暇と言えるほど時間はなかった。
「すぐ終わる。来い」
アルカンフェルはそう告げると訓練場に戻っていくので後を追う。
誰もいない訓練場の壁から木剣を取り出し、アルカンフェルは俺に投げて寄越した。
慌ててキャッチし、何事かと彼に視線を移す。
「実技試験で使ったあの技。俺に撃ってみろ」
「えっ……で、でも」
突如始まったアルカンフェルとの課外授業。
さすがに特に意味も無く撃つのはどうかと思い、躊躇う。
俺の脚にダメージも出るし、できれば勘弁願いたいところだ。
「案ずるな。殺す気で来て構わん」
案ずるわ。
さすがにみんなが楽しくランチしている時間に、俺だけ教師に必殺技を放つのは嫌なのだが。
とはいえ、アルカンフェルの表情は真剣そのもので、やらなければ帰してもらえなさそうだ。
というか真剣以外の表情を見たことが無いが、この人笑ったりするんだろうかと、俺は呆れながら木剣を構える。
「じゃあ、いきますね」
「ああ」
バヂッ……!と、まるでスイッチを入れるかのように雷が俺の足元で爆ぜる。
そして此方から彼方へと、雷のレールが敷かれる。
その上を、雷鳴を轟かせながら俺は駆け抜けていく。
一瞬にしてアルカンフェルに肉薄し、俺は木剣で彼の首を狩りに行くと――。
「……成程」
声が聞こえた瞬間、俺の腹に衝撃が走った。
「がっ……はっ……!!」
そして俺の頭を鷲掴みにしたアルカンフェルが、訓練場の床へと叩きつける。
編入試験でユリウスにそうしたように、頭が鮮血の花を咲かせる前に、アルカンフェルは俺の体の勢いを殺してそっと地面に横たえた。
雷鳴とともに駆け抜けたはずだった。
俺の中では彼の首に“当たっていた”。
だが気づけば視界が逆さまで、腹に残る衝撃だけが現実だ。
……何が、起きた?
本気でなかったとはいえ、今俺は『神罰の雷』を破られたのか?
腹に蹴りをもらい、息を止められたかと思えば地面に沈められている。
俺は茫然となり、寝転がったまま起き上がることができなかった。
「惜しい技だ」
アルカンフェルは俺の腕を取り、片腕で無理やり引き起こす。
俺は脚を伸ばして座り込み、こちらを見下ろす冷徹な視線を見上げた。
「惜しいって……?」
まだ俺には『神罰の雷霆』があるが、『神罰の雷』もルキやリュウドウといった強敵たちを倒してきた奥義であることは間違いない。
それを、実技試験で一度見た程度の教師が破ったのだ。
俺は信じられないと思いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「直線軌道だ」
「軌道?」
首を傾げる俺に、アルカンフェルが頷く。
「お前の技は発動後、雷の軌道上を直線的に駆け抜ける。裏を返せば、必ず”直線上にお前がいる”ということだ」
俺はハッとなった。
今まで意識したこともなかったが、確かに『神罰の雷』は一撃一撃が軌道上を真っすぐに走り抜けて移動している。
軌道の先に俺がいるのだから、そこに攻撃を合わせれば確かにカウンターを返されても無理はないと思った。
「無論、その速度は異常だ。奔るお前を捕らえることは容易ではないだろう。だが、この技の弱点ではあると認識しろ」
先日ルキが『神罰の雷』による致命傷を避けられたのは、もしかするとそのことに気づいていたからなのかもしれない。
来ると分かっていても対応が難しいことも事実だが、アルカンフェルのような達人ともなれば話は別なのだろう。
俺はアルカンフェルの底の知れない実力に驚愕した。
「先生……僕はどうすればいいですか」
"軌道を直線でなくする"というのが回答にはなるが、具体的なやり方は分からない。
アルカンフェルは、俺をじっと見つめて告げた。
「お前は稲妻を見たことがあるか?」
「え? ……稲妻って、あの天気が悪い時の、あの稲妻ですか?」
「そうだ。イメージしろ、天球を覆いつくす嵐のような稲妻を。それがお前が目指すべきあの技の姿だ」
俺は息を思わず息を呑んで身震いした。
雷の軌道が、リヒテンベルク図形のように張り巡らされた光景は、相対するものからすればさぞ絶望的だろう。
『神罰の雷』によって縦横無尽に駆け抜けるその光景を、俺は思い浮かべる。
「でも……雷を何本も出せるのか? いや、確かにこれができればケラウノスを使わなくても……」
ティアのように顎に手を当てブツブツと考え始めた俺を見て、アルカンフェルは再び口を開いた。
「……週末、学内レクリエーションの一環として剣闘大会がある。出てみるか?」
「剣闘大会?」
アルカンフェルは頷く。
剣闘大会については、最初のホームルームでヴァルターからも軽く説明があった。
レクリエーションではあるが、実力を試すチャンスだし、学外からも注目を集めるイベントのひとつだと。
「お前の実力ならば優勝は難しくない。ただし、通常の剣術と直線軌道の技は使用禁止だ」
俺は、なんとアルカンフェルから課題を与えられることになった。
だがその言葉を聞き、俺は自分の胸が高鳴るのを感じる。
直感だけでなく、今日までのやり取りでこの人はきっと指導者として優秀だ。
必ず俺が強くなるきっかけを与えてくれていると思った。
この人のもとなら、俺はまだ強くなれる――。
そんな確信を胸に、アルカンフェルを見据えて深く頷いた。
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