第101話 揺れる学院②
「よいしょっ!」
「ぐぇ……!」
二日目の午前中。
俺は潰れたカエルような声をあげ、ミユキによって訓練場の床にたたきつけられた。
「フガクくん、それではすぐに相手に捕まれてしまいますよ」
ミユキは俺を見下ろし、いつもより少し冷たいトーンで告げた。
「いてて……う、うん」
「あ……す、すみません。ちょっとやりすぎてしまいました……」
ミユキははっとなって慌てて俺に手を差し伸べてくれる。
昨日レオナのまさかの恋人宣言から一夜明け、新入生2クラス合同での白兵技能の授業に参加している俺。
現在は受け身の取り方から練習しているが、俺がミユキの相手となり見本を皆に見せているところだった。
これは単なる受け身の練習だけではなく、受け身を"取らせない"技術を学ぶ授業でもある。
周囲のクラスメイト達からもゴクリと唾を呑み込むが聞こえてきた。
「大丈夫大丈夫……」
「あの……フガクくん」
「ん? なに?」
「いえ……なんでもありません」
ミユキは小さく目を伏せた。その瞳の奥に、一瞬だけ影が差した気がした。
昨夜、レオナは例の宣言後すぐに部屋に戻ってしまい、その意図を俺とミユキに伝え忘れたままだ。
しかも今朝から俺の隣に椅子を寄せて朝食を摂ったり、肩を寄せ合って教室に向かったりと、本当に恋人同士のような距離感で接してくるのだ。
まるで周囲にアピールするかのように。
どういうつもりか聞いても、意味深に笑うばかりで答えてくれない。
何でそんなところで無駄に小悪魔メスガキっぷりを発揮するんだ。
ミユキからのこの仕打ちは、まさか昨日のレオナの対応のせいではあるまいな。
隣のフィールドでアルカンフェルと白兵訓練をしているレオナに視線を送った。
「うらぁっ……!」
レオナはゴム製の模擬ナイフで、アルカンフェルとバトルをしているところだ。
彼女は殺る気満々といった掛け声で、アルカンフェルに切りかかっている。
「振りの速さは良いが、動きが単調だ。かわされたら手首を返してすぐ切り返せ」
アルカンフェルはレオナの一撃を悠々とかわし、すぐにナイフの刃をそっとレオナの首に押し当てた。
おいおいまじか。
レオナはあれでもプロの暗殺者だ。
ナイフの扱いだけなら『勇者の武技』スキルを持つミユキにだって匹敵する。
それをいとも簡単にいなして制圧しかけているあの教師は何者なのだ。
アギトをはじめ、クラスメイト達も達人同士の白兵戦を前に言葉も出ないのか、固唾をのんで見守るばかりだった。
「ちっ……! じゃあこれは……!」
レオナはどこに隠し持っていたのか、模擬ナイフをアルカンフェルに向かって投げつける。
宙を裂くように飛んだ刃を――
「……ふっ」
アルカンフェルは、ほとんど無意識のような動作で、指先でピタリと受け止めた。
しかしその瞬間、レオナが間合いを詰めていた。
「死ねバァカっ!」
そのまま懐へ飛び込み、今度は薙ぎ払うように刃を横へ振る。
「ほう。なかなかやる」
アルカンフェルは瞬時に自らのナイフを構え、
レオナの一撃を紙一重で受け止めた。
「まじで?」
レオナは信じられないと言いたげにそう呟く。
火花が散るかのような緊張が、二人の間に走った。
「それまでだレオナ=メビウス。お前の課題は明白だ。技術は研ぎ澄まされているが、動きが単純。どこに来るかが分かりやすく読みやすい」
周囲の生徒たちからの、「単純か?」という声が聞こえてくるかのようだ。
とんでもないところに来てしまったという雰囲気で満ち満ちている。
「へーい。でもアタシ一撃必殺が信条だしー」
「なら俺を一撃で仕留めてから言うことだな。よし次!」
レオナが悔しげにフィールドの外に出ていった。
白兵技能の授業では、騎士や冒険者の前衛職を務めるものなど、白兵スキルが一定の水準に達しているものと、そうでないものに分けられた。
初回なのでとりあえず自己申告でいいと言われ、俺は魔法使い系の女子や、ユリウスなど戦闘経験の浅い者たちと一緒に初心者コースのミユキ先生を選ぶ。
まあ、同じ怪物でもゴリゴリのマッチョよりは、せめて見た目は綺麗なお姉さんを選びたいという下心もおおいにあったわけだが。
実技試験で俺の曲芸を見ていた女子連中からは、「なんであんたがこっち?」と若干白い目で見られた気がしたが、実際素人なんだからいいだろ。
「やっほーフガクん。あーしカーラ。レオちゃんのルームメイトなんだけどー」
先日のクラリスがミユキとの組み手で頬を赤らめているのを見ていると、長い緑髪で褐色肌の女性徒が話かけてきた。
ムッチリと健康的な色気が眩しい、快活そうな女子だ。
「うん知ってるよ。レオナ大丈夫? 迷惑かけてるんじゃない?」
「や、やっぱり彼氏なんだ! レオちゃん昨日、彼氏できたから今日の夜抜け出すし黙っててねって言ってたから」
カーラは自分の頬を抑えて飛び上がった。
彼女のその言葉を聞いて、俺は全てに合点がいった。
「彼氏……ああ、そういう理由で」
「ね、ねえねえ夜どこ行くの? レオちゃんまだ子供だし、あんまりエッチなことは犯罪だと思うの……!」
「違……!」
つまり、レオナは"彼氏に会いに行く"という、健気な乙女を装ってルームメイトの女子たちの目を欺き抜け出すつもりなのだろう。
いや友達でいいだろ友達で!
ただ一応レオナが抜けだす算段をつけている以上、「違う」とも言えない俺。
俺は甘んじて変態の誹りを受ける覚悟で、カーラに向かって微笑んだ。
「だ、大丈夫だよ。僕たち清いお付き合いをしてるから……」
言ってて鳥肌が立ってきた。
16歳のレオナと25歳の俺。
愛に年の差は関係ないとはいえ、さすがに学校内でこの年齢差で付き合っていると公言するのは憚られる。
というかせめて俺の許可取ってから言え。
「えー……? 本当に? レオちゃん言ってたよ? フガくんはああ見えてスケベだから相手するのも大変だって」
あのガキ何言ってんの?
確かに俺はエロいかもしれない。
精神的には30代のくせに、日々ミユキとティアにどぎまぎさせられているドスケベ野郎だというのは否定しない。
だが、俺は断じて、あんなちびっ子に興味など無いと声を大にして言いたい
「レオナの冗談に決まってるだろ……。からかわれてるんだよ……」
俺の顔は引きつっていたが、カーラは不審そうな顔をしながらも一応は頷いてくれた。
「そ、そうなんだ! なら応援するよ! レオちゃんのことよろしくね!」
「ま、任せて」
任せてじゃないわ。
カーラはぐっと両手でエールを送り、レオナのもとへと去っていく。
俺は背中を冷たい汗が流れていくのを感じていた。
「ふぅん、レオナとねぇ」
すると、さらに面倒そうな相手、ティアが俺の背後で一部始終を見ていたようで、ニヤニヤと近寄ってくる。
「ちゃうねん」
「どこの言葉。分かってるよ。どうせレオナの方便でしょ」
さすがは"洞察力の神"ティア様。
俺があたふた言い訳せずとも全てをくみ取ってくれた。
「そうなんだよ。やっと分かってくれる人が」
「ま、ミユキさんはそう思ってないんでしょうけど」
呆れたようにため息をつく。
そうなのだ。
ミユキに言い訳をしたくてもなかなか二人で話せるタイミングが無い。
まあ何故ミユキに言い訳をしなければならないのかという点もあるのだが、深く追求するのはやめておこう。
今日の日中は割と授業が詰まっているようで、最悪夜まで話せないかもしれない。
何とか早いうちに誤解を解かねばと、俺は淡々と生徒たちを投げ飛ばしていくミユキを遠くから見つめるのだった。
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