第99話 一人じゃ無理です
「とりあえず僕の部屋はそんな感じだったよ」
約束の18時になり、食堂の一角に俺達パーティは集まっていた。
夕食の時間なので周囲に学生が多数いるが、かえって周囲の話に声が紛れて好都合だった。
俺たちは食事をしながら一旦互いの部屋割り、ルームメイトなどの情報を共有し合っている。
「ミユキさんは夜出歩けそう?」
ミユキも今日の勤務は既に終了しており、俺達と合流した。
既に生徒たちからの人気を集めており、男女問わずチラチラと視線を感じる。
「そうですね。門限や消灯時間も無いですし……」
ミユキは学院の敷地の一番端にある、職員用の宿舎で寝泊まりをすることになる。
職員は特に寮生活などの決まりも無いのだが、希望者には部屋があてがわれるらしい。
女子宿舎ということで、女性教員が10名ほど利用しているとのこと。
現在フォーのような麺料理を食べているミユキだが、どこか表情が浮かず食が進んでいないことに俺は気づいた。
「ミユキさんどうしたの? 食欲ない?」
「い、いえそんなことはないんですが……その」
どうにも歯切れが悪い。
もしかすると何かあったのだろうか。
さては教頭とかの偉い先生からセクハラを受けているとか。
許さん殺す。
「言ってみて、ミユキさん。力になれるかも」
ティアが優しい声色でミユキに言葉をかける。
そうだ。
セクハラしてくるおっさん教師など俺が『神罰の雷霆』使って粉々に……。
「夜の見回りが怖くて……」
ポツリと、恥ずかしさ半分といった感じでミユキが呟いた。
「え?」
ティアも思わず聞き返す。
「えっと、どこを見回るの……?」
どうやら教頭の命は繋がったようだが、ミユキは本当に怖がっている様子だ。
いや、最初冗談かと思ったよ?
地下水道とかもどんどん一人で突き進んでたし。
「日によって異なるんですが……明日の夜私は時計塔の担当になってしまって……」
「あー確かにあれはアタシでも夜は行きたくないね」
レオナも少し驚いている様子だが、言っていることは何となくわかる。
時計塔も敷地の端の方にあり、不気味なほどの威容で昼でもなんとなくどんよりしていた。
あれを女性教員一人で見回れとは酷な話ではないだろうか。
「あ、いえ。ドアを開けて中を少し見る程度でいいらしいんですが……」
まあでも正直開ける瞬間が一番怖い気がする。
暗がりにライトを当てて、もしそこに人の顔でもあった日には……。
「っ…! や、やめてくださいフガクくん」
「え? まだ何も言ってないけど」
「フガクくんが多分怖い想像してました!」
かなり理不尽なことを言っているが、とにかくそれくらい苦手なのだろう。
「っていうか、何でそんな怖がってんの? ぶっちゃけ、ミユキ相手だったらお化けの方が逃げてくと思うけど」
もうちょっと言葉を選べと思いつつ、俺も正直その印象は否めない。
ミユキが逃げるようなお化けなんて、それこそこの前のドミニアとかそんなレベルの強敵だろう。
「だって幽霊は斬れないし蹴れないじゃないですか……」
「ミユキさんってたまに脳筋なとこあるよね」
俺も思わず突っ込みを入れてしまう。
幽霊と出会ってまず最初の解決策が”暴力”なのはもう立派なバーサーカーだ。
本人はいたって本気のようで、俺はどうしたもんかと頭を悩ませる。
「でもチャンスよねそれ」
「確か、時計塔で行方不明になった生徒がいるんだっけ?」
俺の問いに、ティアが頷く。
ミユキが時計塔の見回り当番になる日などこの先いつ来るか分からない。
確かにこのチャンスを逃す手はないだろう。
「よし、みんなで行こう」
「ほ、本当ですか……!?」
ミユキの顏がパァッと明るくなった。
そんな表情が見られるならいくらでも行くと思いつつ、問題は具体的にどう抜け出すかだ。
「寮の一階には警備兵が常駐しているし、そもそもルームメイトがいるものね」
「まあ僕は同室がアギトだから、ミユキさんと会ってくるって言ったら黙っててくれそうではあるけど」
「エフレムも私に興味ないだろうし、まあ問題ないと思う」
「アタシは難しいかもなー……寝静まってからなら行けるかもだけど、警備兵ヤる?」
ヤるな。
まだ寮で夜を明かしたことが無いので、とりあえずは今晩の様子や雰囲気を見てということになった。
実際、夜間はミユキ以外の教員も2名ほど校内の見回りを行うらしい。
さらに敷地内は警備兵も巡回するので、彼らの目をかわしながら時計塔まで辿りつく必要がある。
とはいえ、敷地は広いし隠れる場所も多そうなので、寮から出てしまえば何とでもなりそうだが。
「ミユキさん、時間は何時から?」
「22時からです。皆さんは外出禁止時刻ですが、完全消灯はしてないですよね」
となると、ルームメイトは起きている可能性も高い。
逆に、他の部屋に行っているなどの場合であればレオナでも動きやすいが、2日目でそんなに仲良くなっているとも考えにくい。
「とりあえず、22時10分に来れた人だけで行こうか。寮からどう抜け出すかだけど……」
「あ、あのっ……し、失礼します! クリシュマルド先生……!」
そのとき、俺達のテーブルに一人の女子生徒がおずおずと近寄ってきた。
おさげが特徴的な眼鏡っ娘で、確か俺達のクラスにいたような……。
「あれ、クラリスどしたの?」
どうやらレオナがルームメイトだと言っていたクラリスという子のようだ。
彼女はお盆の上に夕食なのか、パスタを乗せている。
ミユキに何か用なのだろうか。
「レオナが先生と一緒にいるの見て……わ、私もクリシュマルド先生と一緒に食べていいですか!?」
少し熱っぽい視線でミユキのことを見ているクラリス。
意図は分からないが、俺達はまだ話し合いたいこともある。
しかしこれを無下にするのもどうかと思ってしまった。
ミユキも同じように考えたのか、一瞬チラリとティアを見て、彼女が頷くのを確認する。
「ええ、もちろん。クラリス=ユベールさんですね。こちらにどうぞ」
「ありがとうございますっ! あ、あの私クリシュマルド先生のこと知ってます! お兄ちゃんがザムグ戦役に行ってたので……! 英雄だって言ってました!」
嬉しそうに席につき、ミユキにまくしたてるようにそう話しかけるクラリス。
どうやら今日の打ち合わせはこれまでのようだ。
見た感じ、彼女はミユキ先生に憧れているらしい。
悪意もないし、邪魔が入ったとは思いたくないので俺達はその後和気あいあいと食事をすることにした。
クラリスはウィルブロード出身とのことで、ティアとも話が合っていたのを確認し、俺は一足先に部屋に戻ることにした。
一先ずの目標は明日の夜、時計塔調査に決まった。
俺は今日の夜の間にある程度の寮内調査を終わらせ、明日の昼までを無難にやり過ごすことにしよう。
まずは今夜のうちに、廊下の巡回時間と抜け道の有無くらいは押さえておこうと心に決めた。
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