第98話 入学②
授業が終了したので寮に赴き、部屋の整理などを行うことになる。
俺たちは学院1階の渡り廊下から学生寮へと移動した。
学院と同じゴシック調のデザインが特徴的で、内部はブラウンを基調とした温かみのある内装だった。
1階の中央には大きな談話スペースがあり、東西に3階建ての男子寮、女子寮へと続く階段がある。
シャワールームも1階に男女別に用意されており、各寮へは教職員を含め異性の侵入は禁止だ。
校舎への渡り廊下以外に食堂への廊下もあり、食堂は朝6時半から夜20時まで開いている。
「それじゃティア、レオナ。後で」
「ええ」
「んじゃねー」
現在時刻は12時過ぎ。
昼食は各自自由とし、18時から夕食を一緒に摂る約束をした。
食堂は教職員も利用するので、毎日とはいかないがミユキとも話ができるだろう。
今後についての話は食堂、談話室、あるいは校舎の片隅などで行うことになる。
「なになにー? 早速どこでデートするかの相談か?」
「違うって。僕たちも部屋に行こう」
俺はティア達と分かれ、アギト、バロックと共に3階の自室へと向かった。
各部屋は2~3人部屋で、俺はなんとアギトと同室になってしまった。
別に嫌と言うこともないが、何かと騒がしそうなので先が思いやられる。
「フガク、荷物置いたらとりあえず昼飯行かね?」
「まあいいけど。バロックは?」
3階の階段を上りつつ、アギトの提案に乗る。
「俺も行くよ。せっかくだし、俺の同部屋の奴も誘ってみよう」
情報集めの観点からも、できるだけ多くの生徒と交流は持っておいた方がいい。
それでなくてもこれからしばらく顔を合わせる相手だし、親睦を深めて損はないだろう。
そのときだった。
「やあフガク君。君も合格したようだね、まあ僕に勝ったのだから当然だね」
俺が編入試験で『神罰の雷』を使って倒したユリウスが、背後から話しかけてきた。
「ああ、ユリウス君だっけ。君も受かったんだね。あの時はごめん、怪我はなかった?」
ベルダイン侯爵家の子息だそうで、俺がそう言うと、髪をかき上げながらフッと笑った。
「当然さ。少し驚いたけど、僕は昔から鍛錬しているからね」
「安心したよ。今からお昼行くけど、君も行かない?」
「いいね。お供させてもらうよ」
そう言って一緒に部屋まで行く。
ユリウスは俺達の左隣の部屋で、右隣がバロックだった。
彼がバロックの同室なのかと思ったが、どうやら違う様子。
「バロックの同室の奴はまだ来てねーのか?」
「どうだろうな。見てみるか」
とりあえず俺とアギトは自分の部屋に荷物を放り込み、すぐにバロックの部屋へと赴く。
「む……」
バロックが中に入ったので覗き込んでいると、背後から声が聞こえた。
そこには、筆記試験ですれ違い様に嫌みを言っていった陰険メガネ2号がいた。
「どいてくれるか。僕の部屋だ」
「あ、ごめん」
「わりーわりー」
俺とアギトの間をすり抜け、部屋に入ろうとするメガネ君はチラリと俺を見る。
「君が次席とは。ふん、曲芸で実技のアピールができてよかったな」
うーん、なかなかの嫌みで高得点だ。
俺が苦笑いしていると、ユリウスが憤慨している。
「君曲芸とは何だい。あれは僕だからこそあの程度で済んでいるだけで、対峙してみれば分かるが」
「何の用だ」
曲芸で瞬殺されたユリウスの怒りを遮り、冷たい声で問いかけてくるエイドリック。
「今から昼飯に行くんだが、お前もどうだ? 確か、エイドリックだったか」
「誘いはありがたいが、結構だ。とりあえず荷物を片付けたい」
バロックの誘いにエイドリックと呼ばれたメガネ君は、荷物の整理を既に始めつつそっけなくそう言った。
着けていた白い手袋を外すと、掌に痛々しい剣だこが見えた。
なるほど、こいつも伊達に試験を通ったわけではなさそうだと、俺は少し感心した。
「そうか。それじゃ、また夜にでも」
「ああ」
冷たい印象は受けるが、返事もしっかりするし感じ悪いというほどでもない。
俺は特に気にせず、バロックの部屋を後にした。
―――
「まさかあなたと同室になるとはね、エフレム」
ティアはトランクを開けもせず、とりあえずベッドに座ってエフレムに声をかける。
「こちらの台詞です……ティア=アルヘイム」
ティアは女子寮三階の部屋に入ったとき、そこにエフレムがいて驚いた。
エフレムは心底嫌そうな顔をしている。
部屋を変えられるわけでもないので、諦めたのかため息をついた。
「逆にあなたで"まだマシ"と言わざるを得ません。屈辱的な姿を見られるのはこれで二度目ですから、今さらです」
「で、あなたはなんでここに?」
室内はベッドや学習用の机が2台ずつあり、トイレは廊下に共用のものがある。
ベッド脇にも少しだが生活用品を入れられる棚が備え付けられているので、エフレムは洋服や化粧品などを整理しながら片付けていった。
「……お姉さまに言われて」
「エリエゼル様に?」
ティアは毎年義姉の墓に花を手向けに来るエリエゼルを知っていた。
その時しか会わないし、言葉を多く交わしたわけでもないが、いつも優雅で品のある女性というイメージだった。
フレジェトンタの魔女ではあるため深くは関わらないようにしていたが、基本的に悪い印象はない。
だが、エフレムの表情は唇を噛み締め、かなり悔し気である。
一体二人の間に何があったのだろうか。
「もしかしてリリアナの件で……?」
「……」
無言の肯定。
おそらく、リリアナ追走を失敗したことを咎められ、懲罰的にこの学院に入れられたのではないだろうかと思った。
エリエゼルはロングフェローの公爵令嬢だし、この学院を首席で卒業したOGであることから影響力も大きいのだろう。
それこそ、年齢制限に引っ掛かっている義妹エフレムを、無理やり入学させられる程度には。
「なんかごめん……」
「別にあなたがたの所為ではありません。私の甘えを叩きなおすため、"ここで少しお勉強していらっしゃい"と言われただけです」
うわ。とティアはエフレムに同情する。
年齢的に正直着たくはないと思っている制服を着させられる辛さは少し分かる。
鮮やかなグリーンのチェックのリボンやプリーツスカートは確かに可愛いが、レオナくらいの年代の女子の方が似合うとティアは思っていた。
「で、あなたたちはどうしてここに? お仲間4人で騎士を目指してということでもないでしょう」
まあ当然の疑問だ。
ティアはどう答えようかと考えあぐねる。
「……学院で起こっている生徒の失踪事件。その真相を調査しに来たの」
同室である以上こそこそと調査を進めるよりも、正直に話して巻き込んでしまう方がリスクが低いと考えた。
ティアの言葉に、エフレムは興味無さそうにチラリとこちらを見た。
「あなたの趣味は人助けですか? 殊勝なことです」
そそくさと下着や肌着を仕舞い込みながら、エフレムは呆れたように言った。
「そんなわけないでしょ。冒険者としての仕事。一緒にやる? あなた強いしもちろん報酬は渡すよ」
「皮肉ですか」
「本心だよ」
「やるわけないでしょうくだらない」
もちろんそう返ってくるのを分かってて訊いた。
万が一も期待はしたが。
とりあえずこれでエフレムは大丈夫だ。
こそこそやっていても、「何かやってる」と思うだけで特に介入してこないだろう。
「……」
「……なんですか? あなたも片付けたらどうなんです」
荷物整理をしているエフレムをじっと見つめていたティアに、彼女は煩わしそうに視線を向けた。
「ね、一緒にランチ行かない?」
「はあ?」
何で私がと言いたげなエフレムに、ティアは微笑みで返す。
ティアはつい、フガクの言葉を思い出していた。
――学校には楽しいことがある。
着たくもない制服を着て、行きたくもない学院に行くのは辛いだろう。
エフレムはエリエゼルの命令でここにいるのかもしれないが、別に学生生活を満喫してはいけないとは言われてないはずだ。
「せっかく同室なんだしさ。ほら、あなたのお姉さまがウィルブロードに来てくれたときの話とかも聞いてほしいし」
ティアのその言葉に、エフレムの手がピタリと止まった。
少し間を開けて、エフレムは立ち上がってティアを見下ろす。
「……丁度空腹を感じていたところです。ついでなので行って差し上げましょう」
エフレムの表情は変わらず淡白だが、意外と前向きな返事が返ってきた。
一瞬、目を伏せて口角が緩んだような気がしたが、見なかったことにしようと思った。
エフレムは思いのほか分かりやすい人物なのかもしれない。
ティアは少しだけ彼女に親近感を抱いた。
「決まりだね。行こ行こ」
ティアは立ち上がってエフレムと部屋を出る。
仲良くはなれないかもしれないが、せめてこの学院にいる間はうまくやりたいものだと思うのだった。
―――
「ぬぬぬぬぬ……」
褐色肌にウェーブがかった長い緑色の髪の女子が、レオナの持つ残り2枚のトランプを真剣な目つきで睨みつけている。
「わ、私が譲るからそんなに真剣にならなくても……」
紺色の髪をしたおさげのメガネっ娘が、二人に交互に視線を移しながらそう言った。
「黙ってクラリス! アタシは絶対に壁際がいい! そして勝ち取る! さあ引きなよカーラ!」
レオナは、既に勝ち抜けしているクラリスと呼ばれたメガネっ娘を一瞥し、目の前で唸るカーラを煽った。
「レオちゃん! あーしも端がいい! こいつに決めたよ!」
ザッ! とカードを一枚引き抜く。
レオナが愕然となって口を開けた。
「やたー!」
「ちくしょー!!」
レオナは残ったジョーカーをベッドに叩きつけて倒れこんだ。
お察しの通り、ババ抜きが終わった。
レオナの部屋は角部屋で広い部屋ではあるが、3人部屋でベッドが3台並んでいる。
窓際、中央、壁際のどの場所にするかを、カーラが持っていたトランプのババ抜きで決めることにしたのだ。
そして中央だけは阻止したいと、部屋で鉢合わせしたレオナとカーラが火花を散らしたのだった。
「クラりん1番だから好きなとこ選んでいーよー」
カーラがにこにこと笑顔を浮かべて、一位のクラリスに好きなベッドを選ばせる。
レオナはさっき「勝ち取る」と恰好つけた手前何も言えなかったが、クラリスに懇願の視線を送った。
中央を選んでくれれば、最悪窓際にはなれると思った。
だが、クラリスの選択は無慈悲なものであった。
「じゃあ私窓際にしようかな。日の光で起きたいタイプだし」
「クラリスー!! あんた譲るって言ったじゃん!」
「レオナだって勝ち取るって言ったよ」
クラリスは苦笑しながら、冷静に言葉を返す。
ちなみに彼女は、実技試験の際に「魔法を使ってもいいのか」と教員に質問していた女子だ。
「ねえカーラ。アタシが昼ごはん奢ってあげ」
「あーし壁際ー!」
カーラは肉付きの良い健康的な体で、ボフッと端のベッドにダイブした。
レオナは諦める他なく、すごすごと真ん中のベッドに寝転がった。
「いやー、でもまさか入学してすぐババ抜きすることになるとは思わなかったよー。レオちゃんもクラりんも仲良くなれそうでよかったー」
カーラがベッドの上であぐらをかきながら、レオナとクラリスに笑いかけた。
人好きのする裏表のない笑顔が眩しく、クラリスは照れたように小さく頷いた。
「アタシは二人を嫌いになりそうだよ」
レオナは枕に顔を埋めてふて寝を始める。
「拗ねないの。そうだ、私ウィルブロードの南部出身なんだけど、名物のドラゴン饅頭持ってきたんだ。食べる?」
「……それは食べる」
「えー何それかわいー! あーしはアイホルンから来たんだけど、ドライフルーツあるよー食べるー?」
「それも食べる」
きゃぴきゃぴと姦しく、3人は荷物の整理もせずにお茶会を始める。
レオナはベッドの端は取れなかったが、まあルームメイトの相手としてはどちらも相性は悪くなさそうだと、赤いあんこの入った緑の饅頭とドライマンゴーを頬張りながら思うのだった。
<TIPS>
クラス名簿
■担任/副担任
・ミハエル=ヴァルター
・ミユキ=クリシュマルド
■男子
・フガク ①
・アギト=グラスランド ①
・バロック=レブナント ②
・エイドリック=アッヘンバッハ ②
・ジェフリー=ギブズ ③
・ユリウス=ベルダイン ③
・ラルゴ=ローガン ③
■女子
・ティア=アルヘイム ⑤
・エフレム=メハシェファー ⑤
・レオナ=メビウス ⑥
・クラリス=ユベール ⑥
・カーラ ⑥
※番号は同室
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