第96話 教員会議②
「クリシュマルド教諭。あんたの実力が知りたい」
アルカンフェルの言葉にビクリと、ミユキは肩を跳ね上げた。
ふと見ると、アルカンフェルがじっと見下ろしている。
それはつまり、自分と戦えということだろうか。
「アルカンフェル、それはまたの機会にしよう。彼女もさすがに戦うような恰好ではないし」
ヴァルターはアルカンフェルをなだめるように言った。
男性からそう言われると少し恥ずかしいが、確かに今黒いタイトスカートをはいており、特に蹴ったり跳んだりするのには向かない恰好だ。
足を上げたりなんかすれば、見苦しいものが見えてしまうかもしれない。
「戦える恰好ではないからという理由で、敵を前に逃げることが許されるのか?」
アルカンフェルの表情は本気だった。
本気で彼は、自分と戦おうとしている。
その静かな殺意は、ミユキをただ真っすぐに射貫き、戦いを避けられないことを悟った。
「それからヴァルター。俺はあんたの力も知っておく必要がある。疑うつもりはないが、あんたは今王の親衛隊だ。前線に出たのはもう10年も前の話ではないのか」
なんだかおかしな空気になってきた。
このアルカンフェルという男、理知的で冷静な態度を取っていたかと思えば、急に殺気を放ってミユキやヴァルターを試そうとしている。
彼の本質はあくまで闘争を求める一匹の獣だ。
逃げられないなら、向き合うしかない。
ミユキは、意を決して口を開く。
「……分かりました。お相手します」
「クリシュマルド先生」
「よし。ではそこのフィールドでやるぞ」
「待った待った。さすがに君たち二人がぶつかって両方怪我でもされては授業に差し障る。クリシュマルド先生の相手は私がしよう」
なんでそうなるのとミユキは思った。
ヴァルターは手近の壁から木剣を2本取り、一本をミユキに投げて寄越した。
「私の力も見たいのだろう。これで一石二鳥じゃないか」
剣同士であれば、徒手同士よりは激しい動きをすることはないだろうと踏んだのかもしれない。
自分への気遣いもあっての行動だとミユキは受け取ることにした。
「言い出した俺が身体を張るのが筋だと思ったが、あんた達がそれでいいなら構わん」
アルカンフェルはすぐに引き下がり、フィールドを二人に譲った。
あれよあれよと戦いのお膳立てがされていくことに「私の意思は?」と思わないでもなかったが、問題はない。
実際、ヴァルターの力は知っておいたほうがよいだろうと考えた。
今後、自分たちの調査の障害にならないとも限らないのだから。
「一本勝負だ。どこからでも打ち込んできて構わないよ」
「よろしくお願いします」
訓練場の中央で、ミユキはヴァルターと対峙する。
その構えには、確かに一部の隙も無かった。
低い位置に片手で構えられた木剣と、腕はやや高めの位置にある。
独特の構えだが、剣と腕のどちらでも攻撃を捌かれそうな気配がした。
(―――たしかに達人。しかし……)
それが人間の範疇に収まっているかというのを見極めなければならない。
ミユキは、一歩前に足を出したその瞬間、既に首筋にヴァルターの剣が突き付けられていた。
「っ……」
「迅い、が一歩目の踏み込みが浅いね」
ヴァルターの眼は穏やかだった。
次の一歩目を踏み出せない位置を狙って剣を突き付けられている。
が、ミユキもまた定石の通用しない怪物。
身体一つで数多の魔獣を叩き潰してきた女だ。
肉体を強引に反対側にねじり、その勢いで回し蹴りのままヴァルターの側頭部にかかとを抉りこむ。
「ほう……」
アルカンフェルの呟きが遠くに聞こえる。
ヴァルターはミユキのかかとを少し屈むことでかわし、続いて死角となる脇の下に剣を薙ぐ。
真剣であれば、そのまま肋骨の隙間などに剣を差し込まれて絶命は免れない。
「はぁっ……!」
ミユキは脇に木剣が撫でつけられる寸前、肘を締めて木剣を脇腹に挟み込んだ。
その勢いと、ミユキの怪力スキルにより、木剣は粉々に砕け散る。
「おおっ……!」
ヴァルターは感嘆の声をあげた。
そしてミユキはその勢いのまま、膝をヴァルターの肝臓付近に叩き込もうと足を上げた瞬間。
ビリッ……!
「あっ……!」
「おっと……」
タイトスカートの裾から15cmほどが太ももに沿って破れてしまい、ミユキの白い肌の奥深くまでが露わになりそうになった。
慌ててヴァルターが目を逸らしてくれるが、ミユキは両手でスカートを押さえて何とか破れを隠そうとする。
「す、すみませんっ……!」
「……い、いやこちらこそ。というかそうならないために剣を選んだんだが、悪かったね」
というわけで、ミユキとヴァルターの力試しはうやむやに終わる。
その様子を見ていたアルカンフェルは、表情は変わらないものの満足げに頷いた。
「見事だった。あの一瞬の間に、痛打を防ぎつつ相手を確実に殺りにいっている瞬間がいくつもあった。試してすまなかった、あんた達は紛れもない化け物だ」
それ褒めているのだろうかと思いつつ、ミユキはスカートの裾が気になってそれどころではない。
「確かに、一歩目から切り返せるとは思わなかった。剣と肉体の殺傷能力がまるで変わらないんだな」
「あ、あの! とりあえず着替えに行ってもよろしいでしょうかっ」
特に下着が見えるほどの破れではないが、太ももが露わになって落ち着かない。
ミユキは二人の講評を遮って声をあげた。
とはいえ着替えなど持ってきていないので、どうしたものかと思案する。
「あ、ああ失礼! そうだ、保健室に行くといい。着替えを出してくれるはずだよ」
「ありがとうございますっ……!」
そう言って、ミユキはそそくさとその場を立ち去る。
こんな恥ずかしいところ、フガクたちに見られなくてよかったとミユキはため息をついた。
(フガクくんなら喜びそうな気もしますが……)
朝フガクから「すごく可愛い! どう見ても女教師! 優しく”めっ!”てされたい!」などとよく分からない絶賛をされたので、気を良くしてこの恰好で来てしまった。
今さらながら、もう少し動きやすい恰好で来ればよかったと後悔する。
校舎の中に戻り、一階の端の方にある保健室へと急ぐ。
日がやや傾きかけた校舎内はどこかノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
やがて見つけた保健室の扉を、ミユキはノックして開いた。
「あの……すみません」
そこには、一人の女性教諭がいた。
事務机に座り、何やら書類に記入しながら煙草を吹かしている。
保健室で煙草とは随分挑戦的だと思ったが、特に気にせず中に足を踏み入れる。
「あん? 誰アンタ」
女は振り返り、ミユキを上から下までジロリと睨みつけた。
随分ガラの悪い女性だと思いつつ、ミユキも彼女を見つめる。
ミルクティーブラウンの髪に、ピンク色の毛先が鮮やかに色づいている。
白衣の下のシャツは胸の谷間を惜しげもなくさらし、今にも下着が見えそうなほど短いレザーのスカートにミユキは思わず目のやり場に困った。
白衣を着ていること以外は、到底保健教諭には見えない風体の美女だった。
「えーと……スカートが破れてしまいまして……着替えがこちらにあると伺ったもので」
「あっそ。そこのロッカーにあるから適当に持っていっていいわよ」
親指で部屋の隅にあるロッカーを指差し、彼女は再び作業に戻った。
「失礼します……あ、私新しく採用されましたクリシュマルドと申します。あなたは……」
ぶっきらぼうな保健教諭だが、今日からは同僚だ。
仲良くはしておこうと、おそるおそるミユキは名乗る。
そしてその女は、ミユキの方を見ず返事を返した。
「アストラル。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
ミユキは取り付く島もないと諦め、着替えるためベッドが置いてある場所を仕切るカーテンを締めた。
癖のある教員ばかりで、明日からやっていけるだろうかと不安を覚える。
ミユキは早く帰ってフガクたちに会いたいと、再び想いを馳せるのだった。
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