第95話 教員会議①
ヴァルターに連れられ、ミユキはアルカンフェルと共に先ほどまで実技試験が行われていた訓練場を訪れた。
”親睦会”と言われたので、てっきりランチでもしながら指導方針について語り合うのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
試験場には現在誰もおらず、実技試験の熱気の余韻がわずかに残っている程度だった。
がらんとした訓練場の中央に案内され、ヴァルターが並んで立つ二人を見据える。
「さて、君たちにまず聞きたいことがある」
ヴァルターは穏やかな表情で話し始めた。
生徒たちにどう指導するのかと訊かれたらどうしようと思いつつ、言葉の続きを待つ。
「今回受験者について、君たちの意見を聞かせてくれないかい?」
「受験者……ですか」
どういうことだろうと思った。
自分たちは新たに採用された外部講師なので、今回の編入試験に関しては採点の権限を持たない。
率直に誰が良かったとか言ってもいいものだろうかと困惑する。
「立場上、あくまで参考にするだけ、と言っておこう。ただ私は騎士となる者は、結局のところ強くなければ意味がないと考えている」
「当然だ。騎士は軍人。攻めるにしろ守るにしろ、暴力装置として機能させる必要がある」
アルカンフェルの返答に、ヴァルターは鷹揚に頷く。
「君たちに白兵技能の指導を任せたいと考えたのは、過去の実績もさることながら、今現在も血の嵐の中を最前線で戦う者だからだ。そんな君たちの目から見て、騎士として大成しそうな受験者はいたかい?」
ヴァルターの目は真剣だった。
だからミユキは、ここで安易にフガク達の名前を出していいものか迷った。
彼らの強さは受験者の中でも突出していたが、騎士を目指しているわけではない。
ヴァルターの問いに対して、相応しいかと言われると疑問が残るからだ
ミユキが困惑していると、アルカンフェルが先に声をあげた。
「フガクという男、あとはレオナ=メビウスだ。二人だけレベルが明らかに違う。あれを逃すのは学院の損失とすら言えるだろう」
ミユキはアルカンフェルの言葉に、小躍りしたくなるような心境だった。
自分のパーティメンバーの実力が、他者から評価されるのはとても嬉しいことだ。
特にフガク。
この世界についこの前まで存在すらしていなかった彼が、その名を徐々に知らしめていくことを誇らしいと思った。
ソワソワしているミユキを見て、ヴァルターはフッと笑みをこぼしたので、慌てて姿勢を正した。
「君はどうだい、クリシュマルド先生」
「ティアちゃ……ティア=アルヘイムさんはいかがでしょうか。彼女も素晴らしい実技を見せてくれました」
ヴァルターには仲間だとバレているのだが、率直な感想を告げる。
ティアも今回はかなり派手な勝ち方で相手をのしていた。
徹底して急所狙いが騎士としてどうかと言われると口を噤むしかないが、実力としては申し分ない。
「反対ではない。確かに合格に足る実力はあるが、騎士として既に完成しているように見えた。あれはここで学んでも技術面以外の成長はないだろうな」
アルカンフェルの言葉に、ミユキは焦った。
騎士として完成。
確かにティアは、元々ウィルブロードの聖庁に務める正規の軍人だったのだ。
アルカンフェルの見立ては実に的を射ている。
ただこの一声で落ちたらどうしてくれるのだと、ミユキは文句を言うべきか本気で考えた。
だが、ヴァルターはそんなミユキの心境を見透かしたように再度笑う。
「安心するといい。筆記試験の速報値では、彼女は満点。加えてあの実力で人格的にも問題はなさそうだ。これで落とすようでは学院側の不正を疑われるだろうね」
ほっとしながら、その後もいくらか試験について意見を交わした。
アルカンフェルからは他にも何名か目ぼしい者の名前が上がり、その中にはアギトやバロック、ティアにこっぴどくやられたラルゴの名前などもあった。
ちなみにミユキは採点しなくていいと言われていたので、フガク達以外の試験は全く見ておらず答えられなかった。
「ありがとう。実はもう一つ君たちに伝えておかねばならないことがある」
ヴァルターは改めて話を切り出した。
そろそろ帰りたいなと思いながらミユキは話の続きを聞く。
「新任の君たちも噂くらいは聞いたことがあるだろうが、この学院では生徒や教職員の失踪が相次いでいる」
ミユキは驚いた。
学院見学の際の発言から、ヴァルターは学院側の人間として、事実を認めつつも大きく喧伝しないよう考えているのだと思っていた。
しかし、この口ぶりはそういった感じではない。
「聞いている。学院側で何の対策も行っていないということはないだろうな?」
鋭い視線がヴァルターを捉えた。
思わずたじろぐような目つきにも、彼は穏やかな態度を崩さない。
「もちろんだ、と言いたいところだが実際対策の効果は薄い」
「具体的に、原因などは分かっていないんですよね?」
ミユキの問いに、ヴァルターは首肯する。
彼の説明によればこうだ。
生徒が夜間夢遊病のように歩き出し、時計塔の中に入っていく。
発見した教職員が追いかけると中には誰もおらず、そのまま生徒は戻らない。
しかし、中には翌日何事も無かったように戻ってきた者もいるという。
実は既に化け物と成り代わっているのではないかという説まで、生徒や教職員間で囁かれているという。
「か、怪談じゃないですか……」
幽霊などが出てくる怖い話は苦手なミユキ。
思ったよりホラーテイストな話に、顔を青ざめさせる。
まさか夜間に一人で見回りとかしないといけないんだろうかと、一抹の不安を覚えた。
「私たちは生徒を守ることを第一に考えなくてはならない。君たちも十分注意してほしい」
「俺たちに調査に協力してくれという話ではないのか?」
「もちろん協力を仰ぐ可能性もあるが、現状打てる手があまり無くてね。教職員間でも対処方針がやや割れているところだ。」
「時計塔を封鎖するのはどうですか? もしくは取り壊してしまうとか」
ミユキの発言に、ヴァルターはかぶりを振る。
「封鎖はしているんだが、いつの間にか鍵が壊されていたりするんだ。あと取り壊しも無理だ。あの時計塔はロングフェローの英雄『ガスパール』の慰霊碑でもあるからね。国や市民団体が許さないだろう」
慰霊碑──すなわち死者を祀る場所。
それを聞いて、ミユキはさらに顔を青くした。
「それって本当に幽霊なんじゃないですか?」と、喉まで出かかったのをギリギリでこらえる。
「まあいい。こちらでも調べてみよう」
「助かるよ。クリシュマルド先生。君"達"もよろしく頼む」
そう言ってヴァルターはミユキに微笑みかけた。
もしかしてヴァルターは、自分たちが調査のために学院に来たことに気づいているのではないだろうか?
「私の話は以上だが、君たちは何か聞いておきたいことはあるかい?」
あるにはあるが、ミユキは一度情報を持ち帰ってティアの指示を仰ぎたいと思った。
生徒失踪の原因が掴めない以上、まだミューズと断定することもできない。
「俺から一ついいか」
沈黙するミユキをよそに、アルカンフェルが口を開いた。
「クリシュマルド教諭。あんたの実力が知りたい」
それは予想だにしない言葉だった。
「……はい?」
ミユキは素っ頓狂な声を上げながら、この会はまだもうちょっとかかりそうだなと、内心ため息をこぼすのだった。
思わずミユキはポカンと口を開け放ち、呆けた声をあげてしまう。
訓練場に、不思議な緊張が流れた。




