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桜は何想う

作者: 豆大福




戦うことが当たり前、欲と無情の世界が広がる混沌としていた時代。


手に入れたものでは満たされぬ、各々の胸の内にある秘は救えぬまま。

それでも生きるために戦った。



互いにここまで来る間、血しぶきを浴び所々傷を負っていた。


そんな状況に似合わず、頭上では桜が満開に咲き乱れ可憐にハラハラと花弁が落ちてくる。




「まさかお前と刃を交えることになるとは」


「幼き頃から解っていたこと」


幽閉されていた屈辱を忘れてはいない。

けれど、まだ何も知らない子供の頃に無邪気に遊んだ記憶も…忘れはしない。



「切れ」



目の前の馬鹿は己を切れと言って刀を脇に置いて胡座をかいた。

怒りなのか、激しい感情が溢れ出す。


「ふざけるな…正々堂々と勝負しろ!情けなどいらぬ」


お互いの力量は嫌と言うほど知っている。

お前に会ってしまったということは、己の最後を意味する。


それでも戦わなくてはいけないなら全力を望む。


「………承知した」


眉を寄せて目を瞑り、刀を握ると立ち上がる。

互いに胸の内は同じと解っていても血を変えることは出来ないのだ。


「今度は平和な時代に会おう」


こんな時に笑って言う奴なのだ。

卑怯者め…と唇を噛みしめ胸を締めつける感情に耐える。


「何も言うな…行くぞ」


苦しくて絞り出すように告げた。

雑念がよぎりそうになるが振り払い、キリ…っと刀を構え握りしめる。


相手も先ほどとは変わり、感情の消えた鋭い眼差しで刀を構える。


いつも見ていた顔だ。どうあっても勝つことが出来なかった。

お前に全力で負けるならば本望。



よく知った間合いで互いが走りだす。勝負は決まったと思った瞬間。



ドオォっと春の風が巻き上げ、満開の桜が悪戯に舞い踊る。




「………あ…」


花弁が相手の目を覆ったのが見えた。


ドサリと背後で音がする。頭が真っ白になり、周りの音も切った感触も解らない。



「なんで…」


そうだ。

自分が負けると解っていたから覚悟が出来た。


なのに何故お前が倒れるのだ…




気づけば傍らにガクリと膝をつき刀を地面に力一杯突き刺すと、堪えきれず嗚咽を漏らしていた。



「生きろ」



ニヤリと血の滴る唇を上げると、笑ったまま動かなくなった。


「覚えていろ…次は勝つ。…だからもう一度、必ず来い!!」



もう聞こえていないだろう相手に叫び、この時代の全てを切らんばかりに鋭く睨む。



頬から流れるものが花弁に落ち続けた。





暖かな日差しが桜並木に差し込み、時折落ちてくる花弁が春を感じさせてくれる。



「もうそんな季節か」


体育館から竹刀を打ち合う賑やかな音と声が聞こえてくる。


不思議なことに昔から剣道を見るのが好きだった。

ただ、なぜか自分がやるのは抵抗があり入部はしたことがない。


校舎に続く並木道から、体育館の中を覗く。


一際目立つ奴が、大きな気合いの掛け声と共に竹刀を降り下ろしたところだった。

衝撃の強さに、試合相手は堪らず転がり倒れる。



「すげぇ…」



今まで見た中で一番強い。数メートル離れたここまで気迫が伝わるようだ。

驚いて呟くと。


座って面を外していた相手がこちらをふいに見た。


瞬間、外はゴオっと風が巻き起こり桜の花弁が狂ったように舞い散る。


目をかばうように前にかざした腕を下ろした時、目の前にそいつがいた。



「あんたさ、どっかで会った?」


「え?」



落ちついた強い眼差し、飄々とした物言い。

知らないはずなのに俺はこいつを知っていると思った。

相手の言葉にも、自分の考えにも驚いて目を見開く。


どうも相手も同じように考えているのか少し悩むように首を捻っている。


「多分初めて会ったけど…お前強いな。俺が見てきた中で一番強い」


「お、おお。ありがとう。剣道は小さい頃から好きなんだ。良かったら見学するか?」


素直に告げると相手は照れつつ笑った。


「俺は見る専門だから入らないけど、ぜひ」


「なんだそりゃ」


変な奴だなぁと笑いながら手招きされ、そこで靴を脱ぐと後をついていく。


ふいにこんな場面が前にもあったような…

無いはずなのに先ほどからおかしい。



「…前も同じ会話したことないか?」


振り返った奴が不思議そうに尋ねてきて。

互いに眉を寄せて、あるはずがないのに共有しているらしい感覚に違和感を覚える。




「まあいいか。良かったら部活入れよ」


「だから見る専門だって」


妙にしっくりくる会話が面白くて、前からの友達のように笑いながら再び歩き出した。






昔この並木道は山で、戦場だったと後に知る。


この日は帰る頃まで何かを伝えるように花弁が舞い踊り続けていた。






(終)


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