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05

 

 そうしてなんとか五年が過ぎた。長くもあり、あっという間でもあった。


 父にエクルンド子爵家の債権をまとめて買い取ってくれないかと相談したが、債権者との交渉も大切な取引だとして、自分でやるようにと断られた。本当に商売に関して父は厳しい。陛下にもこれくらい厳しくしたらいいのに。


 どうにかこうにか走り回り、幸いなことに大きな災害やトラブルもなく、皆が一丸となって領地経営に取り組んだ結果、エクルンド領の財政は早々に建て直すことができた。まだ余裕はないので油断は禁物だが、借金も順調に返済している。さすがうちの文官。


 後は夫が帰ってさえ来れば、本来の日常が子爵家に訪れると皆が思っていた。


 結論から言うと、夫はドゥエルを返上せず、帰還しなかった。


 その頃、夫は指導係として十五歳の少女と組んでおり、その指導が終わるまでは前線に残るというのが理由だった。


 意味が分からなかった。


 前線には兵士だけではなく様々な役割の者がいる。その中からなぜあえて夫が十五の少女と組むのか? なぜ夫が引退を延ばしてまでその子と共に()らねばならないのか。

 私は二十三歳になり、周囲の同年代は既に子を産み育てている。三人の子の母すらいる。

 自分の子を育てないのに、よその子、しかももう十五の子を指導するために、子を望む妻を待たせ、その間もまだ妻にひとり領地を背負わせるというのか。その子のために。


 自分の子さえいれば、こんな気持ちにならなかっただろうか。

 振り出しに戻ったような、肩透かしを食らったような、事情が見えずに未来が真っ黒に塗りつぶされた気がして、薄く薄く削られるように疲弊していた私の心にヒビが入った。


 それでも、六年目と七年目は私の誕生日に夫は帰郷してきた。

 なぜ引退せずに少女の指導係になったのか、夫から直接事情を聞くことはできたが、守秘義務ばかりで余計に謎は深まり、腑に落ちることはなかった。


 その少女は十歳の時に、「やがてドゥエルの天啓を受ける」という天啓を受けたのだという。

 天啓の予告など過去に例がなく、神殿に保護されて(きた)るべき天啓に備えていたが、少女が十五歳になった時、「戦いの中に身を置け」と更に新たな天啓を受けた。

 前例がなさ過ぎて誰もその真意は分からなかったが、とにもかくにも少女は前線に出ることになった。

 まだ天啓を受けておらず、ドゥエルとして光の矢も癒やしの光も使えないただの十五歳の少女が、である。

 そこで、前線での経験が豊富な夫と組むことになったのだと、夫は説明した。


 明かせない事情ばかりですまないと謝る夫は、私の心がヒビだらけであることに気付いているのかいないのか、子を与えてはくれないのに、脳天気に私を抱いて前線に()()()行った。


 いくらドゥエルがいようとも、戦いの場は凄惨な現場である。

 そんな戦場において、逃げ出さずに常に夫と共に戦いに身を置く少女のその姿は、周囲から徐々に神聖視されていった。


 そんな話が私の耳にまで届いた八年目。

 私も二十六歳になり初産が心配になってきたので、意を決して、夫に帰還して後継ぎを考えてほしいと強く願う手紙を送った。


 その返事が、『今年は予定が詰まり、帰郷できない』だけだった。

 私の願いには触れもせず、無視されたのだった。


「一度、こちらから訪問してみてはいかがでしょうか。こちらでは前線の状況は分からないことも多くございます。手前の町まで行けば、詳しい状況も分かりましょう」


 さすがに(しょ)げた私にそう家令が提案した。

 前線に一番近い町はドゥエルや兵士たちのおかげで治安が保たれている。

 様々な事情が許せて引っ越しができるのであれば、ドゥエルはその町に家族を呼び寄せて休日は共に過ごしているのだという。

 私も子爵夫人という立場がなければ、きっとそうしていただろう。

 夫も、短い休暇の際には町で過ごすことも多いと手紙に書いてあった。


 たくさんの人に支えられながら、死に物狂いで整えてきた領地。おかげでここ数年、領内はとても良い状態で落ち着いている。前線に向かう往復や滞在期間を含めた一月(ひとつき)程度、私が留守にしても大丈夫ではあった。


 悩んだ末に、私は行くことにした。

 夫が過ごす町や、国を守ってくれている前線を見ておきたいとも思った。


 家令には言わないけれど、耳に届く前線の話に、ここで動かなければ……という焦りが私の足を動かしたのだった。


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