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04

 

 そんな我が家に、陛下から「なんとかなんな~い~?」とエクルンド領の話を丸投げされたとき、私が十三歳、イクセルは二十三歳だった。


 え、陛下のモノマネ不敬? まったく脚色していないけれど?

 陛下のどこが可愛いのか、お願いされると父は莫大な金とコネで大抵のことは叶えてしまう。まるで本当の兄弟のように仲が良いと言えばそれまでだが、いい歳をした(野郎)二人が(みつ)過ぎて、娘としては複雑である。


 そんな父の指示であっても、結婚するのは私が十八歳になってからとなった。禁止されていなくても成人前の結婚はよほどの理由がなければ結ばない。貴族は世間体が命なのである。

 イクセルは二十八歳まで待つことになるが、領地の立て直しと借金の返済があるから五年後くらいでちょうどいいと言って、彼はこの話を他人事(ひとごと)のようにあっさりと受けた。


 初めて会ったとき、イクセルは飄々(ひょうひょう)としていたけれど、たぶん、人生とか諸々に対してとてもやさぐれていたのだと思う。


 イクセルの気持ちは少ししか想像できないけれど、(丸投げ)された以上は、エクルンド領の経済をきっちり立て直してみせようと心に誓った。


 早速、我が家が営む商会の中から私が手がける部門を独立させ、その本拠地をエクルンド領に開いた。これで私の商会が納める税金はエクルンド領の税収になる。

 それだけではなく、我が家の有能な文官を子爵家に派遣し、借金完済までの筋道を立てさせた。

 支出を抑えると言っても命や生活に関わる支出は抑えようがないし、抑えてはならない。現状で税収が見込めないのなら、納税する体力のある組織を領地に呼び込むのが手っ取り早い。商会が来れば税収アップだけではなく、物や人も動いて経済が活発になることも利点だろう。

 商売に関しては父に抜かりはない。


 婚約してすぐに私はエクルンド子爵邸に居を移した。

 十三歳あたりから貴族の子は学園に通い出すが、義務ではないので私は家庭教師に師事し、その他の時間は経済基盤を築くことに注力した。

 その間にもイクセルとは交流を重ねたが、振り返ってみれば領主と商会の経営者という顔で会うことが多かったなとは思う。

 それでも、苦労が人格を作ったのか、穏やかで誠実でありながらも実に(したた)かなイクセルに対して降り積もる信頼は、確かに愛情でもあった。本で読んだみたいな熱病のような恋ではなかったけれど、イクセルと会えない日は寂しさを感じるほどに、イクセルは私の中に浸蝕(しんしょく)していった。

 イクセルも領のために動く私をとても大切にしてくれた。


 十五歳の時に初めて手を繋いだ。

 エスコートの手袋ごしではなく、指を絡ませ、さすられながら、顔が真っ赤になるのを自覚した。

 十六歳の時に初めて口づけをして、それ以降は二人きりになると甘い時間になっていった。

 そして私の十八歳の誕生日に式を挙げ、これ以上無いというくらい幸せな夜を越えた翌日のことだった。


 イクセル……夫がドゥエルの天啓を受けたのだ。

 夫の心はもうここにあらず、準備もそこそこに前線へと向かったのだ。


 私はどこか他人事のように夫の旅立ちを見送り、水の中に潜っているかのようなくぐもった感覚で夫のいなくなった屋敷で過ごしていた。


 初夜で子ができていれば、また違った人生になったのかもしれない。

 夫が旅立ってしばらくすると、月のものがきた。妊娠はしていなかった。

 鈍く痛む腹を抱え、ここで私の意識はようやく現実を見た。


 夫はドゥエルになり、もうここにはいない。

 領地経営は待ってくれない。

 商会の決裁もたまっている。

 子はできていなかった。夫がドゥエルでなくなる日まで、もう子は望めない。後継ぎをもうけるという役目は一旦保留になる。

 夫の帰還がいつになるかは分からない。

 しかしながら、ドゥエルの務めは長くても数年であり、けして一生ではない。


 夫が国を守るのならば、この地は私が守らねばなるまい。


 私は腹を決めて動き始めた。

 本当は、とても怖かった。

 実家の方針で早くから様々な商取引の現場を経験し、今では自分の商会を持ってもいるけれど、私は優秀な周囲に支えられているだけの成人したての十八の小娘で。

 夫と共になら震える膝でも立っていられると思っていたのに、一人で立たねばならなくなって。


 本当は急展開過ぎて、怖くて逃げ出したかった。


 夫を愛していたから、ただそれだけで踏ん張ったのだ。


 それからはがむしゃらに働く日々を送った。

 夫は年に一度、私の誕生日にあわせて休暇を取って帰ってきた。ドゥエルも複数いるので交替で長期休暇が許可されるのだ。

 子をなすことはなくても、夫婦として過ごす夜はとても幸せだった。


 五年を目処にドゥエルを引退するつもりだと夫が言った。その前に器として身体が持たなければ帰還は早まる。


 私は肩の荷がふと軽くなった気がした。夫のいないこの生活の終わりが具体的に見えたことで、未来に光が差したような気がしたのだ。


 それは儚い光であったのだけれども。


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