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エクルンド子爵夫妻は結婚後なかなか子に恵まれず、イクセルが待望の子で一人息子である。
子爵夫妻が元気なうちに実地で領地経営を学ぶために、イクセルは十八歳の成人とともに子爵位を継ぎ、当時の婚約者と結婚する準備に入っていた。
後継者問題に頭を悩ませてきた子爵夫妻は、息子が早く子をもうけることを望んでいたのだ。
だが、イクセルがまもなく十八歳を迎えようとしていたとき、いくつもの不幸が子爵家に降りかかった。
はじまりはエクルンド子爵の事故死だった。
イクセルは急ぎ子爵となったが、喪に服すため結婚は一年延期となった。
その喪が明ける前に、今度はイクセルの母が病死した。
不幸は止まらなかった。
周囲の援助もあってイクセルの領地経営は安定していたが、その年に短期間で発生した二度の大雨による水害と土砂災害は、領民の生活と農作物へ大きな被害をもたらし、税収が激減した。
イクセルはさらに結婚を延期し、身を粉にして働きに働いて、ようやく領地が持ち直しつつあったとき、古くからの友人に紹介された人から新規事業の共同経営を持ちかけられた。
領民の生活の立て直しの一押しになるならと借金をして資金を集め……その人はお金とともに消えた。
その人を紹介してきた友人も借金を背負い、姿を消した。
イクセルは逃げられない。
そして結婚を数年待たせ、借金だけが残ったイクセルの元を婚約者も去ることになった。
イクセルはさらに借金をして慰謝料を払った。
慰謝料の受け取りを固辞する元婚約者とその両親に、ケジメだからとイクセルは頭を下げたという。
売れるものをすべて売って、爵位を返上しても借金を精算できないエクルンド領に対して、国の動きは鈍かった。
災害で支援が必要だったのはエクルンド領だけではなかったのである。
見かねた国王陛下から我が父に「なんとかなんない?」と相談があり、エクルンド領を支援するために父が提示したのが、私とイクセルとの結婚だった。
金があるからといって無差別にバラ撒くわけにはいかない。莫大な支援には正当な理由が必要なのである。
それにしたって、いくら陛下と父が乳兄弟だからといって、陛下は父に、父は私に丸投げかよと言ってしまったのは許してほしい。
本来であれば、もっと早い段階で国が支援を始めていればこうはならなかったし、新規事業と嘘を吐いて金を持ち逃げした詐欺野郎は、過去に別の詐欺事件で手配され、国があと一歩のところで捕り逃がした人物であることが後に判明している。
そのときに捕まえてさえいれば、イクセルに対する詐欺事件は防げたのである。
昔から表立って動けない時に陛下は父を頼ることがあり、我が家は割を食うことが多い。
だが、家長である父がそれで良しとしたならば従うしかないのだ。
我が家は貴族位としては真ん中の伯爵家だが、陛下の乳母を務めた祖母は二つ隣の国の侯爵家の出身だし、その侯爵家はその国の王家の血族でもあるので、我が家は恐れ多くもその王家の傍系にあたる。
領地も経営する商会も順調なので、納税額は国内でも五本の指に入る裕福さだ。
ただ、歴史は浅い。
男爵家の三男坊だった祖父が商会を始めると、メキメキと頭角を現してあっという間に国をまたぐ商会へと成長した。
だが、いかんせん後ろ盾が男爵家でしかなく、高位貴族に利鞘をかっ攫われることもしばしばあったという。
そんな祖父に一目惚れした祖母が、生家の侯爵家という身分を引っ提げて祖父に猛アタックしてすぐさま結婚。
商談で訪れていた二つ隣の国でのことだった。
男爵家の三男というだけの平民だった祖父は、侯爵家から男爵位を譲り受けて祖母と共に帰国。
祖母の社交力は国を越えても健在で、強い後ろ盾を得た商会も更に飛躍した。
その潤沢な資金を国の危機の度にホイホイ差し出していた祖父。やがてこの国でも男爵位を与えられ、出した金の金額に比例してトントン拍子に爵位が上がり、祖父は伯爵にまでなったのだった。
それが我が家である。
祖母は祖母で、祖母の国から嫁いでこられた第二妃様の御子の乳母になり、第二妃様とともに社交界に君臨。紆余曲折を経て即位されたのがその御子である現王陛下で、つまり父は陛下の乳兄弟なのである。
伝統を重んじる勢から見たら我が家はただの成金でしかなく、面白いくらいに妬まれて蔑まれている。祖母亡き今、我が家の社交界での立ち位置はちょっと微妙であることは否めない。
まあ、金の力で黙らせるけれど。
黙らせられる力があるから、陛下は平気で丸投げしてくるのだ。