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え、何!? 誰の声?
今部屋には母と乳母と侍女しかいないはずだ。
「眠いのに寝れないのかしら」
さらにぐずる私に母が子守歌を歌い出した。
「ふむ。そなたを思った善き歌だ」
こんなにハッキリと言葉が聞こえているのに、母の歌は止まらない。
「そなた以外には聞こえんよ」
……神様。
「さよう。身構えずとも良い。そなたには皆が概ね同情している」
概ね。
「そなたの推測は正しい。我らにはヒトの強い思念ほどより聞こえる。願い、喜び、感謝、怒りや憎しみもまた然り。神に対する憎悪など聞こえてしまえば、面白がって愛でようと手を伸ばす神もいるだろう。心を落ち着けたのは正解だ」
……あなた様には聞こえてしまったのであれば、もう手遅れでは……。
「そなたが聡いので余計な心配を始めたから声をかけたまで。まあ、神々の加護を受けて生まれた以上、もうそなたは我らに認識されておる。そなたはこれからずっと神々に覗かれ……見守られることになるだろう」
覗かれるってハッキリと言った。神様でも失言するのですね……。
加護。あの時も加護って言っていましたね。なんでしょうか、加護って。
「うむ。たいしたものではない。そなたに同情する神々が、面白がってそなたにちょっかいをかけようとする神の干渉を弾くものをかけた。手を出されなければただ人と変わらぬ」
罵詈雑言を神に向けても、変なちょっかいをかけられない……それ最高の加護じゃないですか。
「だから思い悩まずに我らの言葉を思い出し、心のままに生きよ。世の理なぞ、ヒトの身で考えても詮無きこと。あと罵詈雑言はやめなさい」
言葉を……。はい。ありがとうございます、まともな神様。
「他意があるのう。まあ仕方あるまいか」
そう言って唐突に声は終わった。
「シャル、すごい汗。熱はないわね……暑いのかしら。着替えましょうね」
……怖かった。
柔和な対応だとしても神は神。
汗が吹き出るくらいものすごく怖かった。
ほんの少しの意趣返しが精一杯だった。
着替えさせてもらい、さっぱりしたのが気持ち良くて、今度こそ身体は眠りに落ちた。
眠りと現実の狭間で、神様たちの言葉を思い返してみる。
まともな神様からの言葉は、怒りにとらわれず、よくよく言われたことを思い出せとの警告だ。腹は立つが、素直に受け取る。
ゆっくりと神様たちの言葉をたどって、分かったことをまとめてみる。
イクセルは、私を『最愛』だと思ってくれていたこと。
シャルロッテは、自分のわがままが取り返しのつかないことを招くと自覚すれば、ドゥエルとして覚醒し、神の力を使うだけではなく、神そのものをこの世界に降ろし、魔物たちとの戦いに決着をつけることができるということ。
話しているまさにその時に覚醒し、戦神が降りていったこと。
母が、私の子として生まれてくれようとしていること。
私の、子? と母を見たら、はじけるように笑っている母が見え、その次の瞬間、私は産声を上げたのだ。
記憶を持ったまま『私』のまま生まれるか、それとも忘れて生まれるか。そう選択を与えられたこと。
私は、選んだ。
私は、私のままでいることを、自分で選んで生まれてきた。
イクセルは私を愛してくれていた。
だけれども、いくら神の天啓を受けたところで、シャルロッテのわがままを聞き入れ、私ではなくシャルロッテの側にいることを選んだのはイクセル本人だ。
私からの離縁を願う手紙を無視してシャルロッテを連れて帰るための部屋を用意させた時点で、本人に自覚はなくとも、私はイクセルからフラれているのだ。
家令へのあの手紙が、私へトドメを刺した。
それでも私は覚えていることを選んだ。
あの人以上に望む人ができるなんて想像もできないけれど、違う人を選んだあの人を横目に見ながら、与えてもらった人生をとことん自由に生きてみるか。
それとも、戦って戦って、奪い返すか。
そもそも、イクセルが私の知るイクセルのままならば、私が生まれ変わったことを知ったところで、会いに来るとは思えない。
彼は、合わせる顔がないとか、自分とはもう関わらないことが私のためだとか、ゴニョゴニョ言ってとことん逃げ回るだろう。
逃げ回るその側にはシャルロッテがいるかもしれない。
それでも、イクセルと直接対決しなくては何も始まらないことだけは分かる。
イクセルはまず私に謝るべきだと思う。対面で、だ。
愛しているというのに、なにも言わずに側からいなくなって、他の女性の側にいることで、実は私を守っていました! なんて、私が喜ぶはずもないことは分かっているはずだ。
誠心誠意、伏して詫びてほしい。
未来の話はそれからだ。
また泣くかもしれないけれど、くよくよするのはもうやめた。
私は自分の選択に苦しむかもしれない。
それでも、私は私であることを選んで、シャルロッタ・エクルンドとしてイクセルと決着を付けようと生まれてきた。
ならば、行くか。
夫に離縁を申し入れたら無視されて皆に噂されている若い女性を連れて帰ると言うから出て行ったというのに。
病を得て死を迎え、神様たちによってまた私のまま生まれて、そしてイクセルを追いかけようとしている。
人生はままならない。
……だからこそ、楽しみがある。
いいだろう。
楽しみは困難があってこそ、だ。
元来、負けず嫌いなのよ私は。
この人生、受けて立とうじゃないの。
私の選択を見てなさいよ、神様たち。
イクセルの首根っこを掴んででも、私に向き合わせてみせる。
向き合わせて、手紙でも神様の話でもなく、私に直接ちゃんと言わせてみせる。
愛していることも、困難を抱えていることも、辛いことも楽しいこともくだらないことも、全部私に言わせてみせる。
私はきっと、イクセルにされたことを忘れないし、許せない。
けれどその上で、一緒にいるかは……一緒にいてくれるかは、そのときの二人の心のままに決めればいい。
覚悟することね、イクセル。
次回、本編(シャルロッタ視点)最終回です。