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思い出した。
母に手を引かれて連れて行かれた空間で、神様たちに囲まれ、たくさんの声が響いた。
とんでもないことを聞いたような気がするけれど、声の洪水に混乱してその場ではあまり理解できなかった。
あれらの話がほぼ同時に頭に響き渡ったのだから、理解しろという方が無理だ。
まず抱いたのが、心が凍るような畏れだった。
神様たちの話が本当であれば、神という存在は人間からしたらとんでもない。
けして関わっても、目を付けられてもいけない。
厳かでありながらどこか愉悦を含み、絶対的な強者として弱者を甚振る存在。
そして気分で戯れに救いの手を差し出す。
触れればただでは済まない存在。
ドゥエルはその神の一柱と繋がってしまっている存在だ。魔物と戦う人間に救いの手を差し出してくれた神と繋がっている。
イクセルは十年もドゥエルを続けるほど、神の器としては優秀なのだろう。
イクセルは既に神様たちから目を付けられていた。
神様たちの言う『あの子』はシャルロッテのことだろうから、イクセルと出会ったことが偶然とは考えられない。
シャルロッテの前世が、魔物を生み出す原因となったと言っていた。
一体何をしたら永久に魂を灼かれるような罪になるのだろうか。
一人のどんなわがままで国が滅ぶというのか。
想像もできないし、答えもない。
一つだけ分かっていることは、私には直接関係ないということ。
私は巻き込まれた。
きっとイクセルに目を付けた神が、シャルロッテと出会わせ、シャルロッテがイクセルに執着していったのをこれ幸いに、イクセルを絶望させて壊すことにした。それをシャルロッテに見せようとしたのであれば。
神の筋書きでは私は不遇の中で死ななければならなかったのだろう。
その原因が自分にあると、シャルロッテもとうとう己のせいだと自覚することを期待して。
……なんなんだ。
腹が立つを通り越して、憎しみですら生ぬるいこの怒りをどう表現すればいいのか。
私とイクセルを引き離したのは、神か。
笑っていた神がいた。
巫山戯ていた神がいた。
諫める神もいたが、大抵は他人事のよう……、いや、『もう飽きた』という神がたくさんいた。
力が本当にある強者であれば、自分たちで魔物をなんとかできたのではないのか。
それをしない怠惰、できない無能、そんな神が君臨しているのがこの世界か。
人を、イクセルを、私を、一体何だと思っているのか。
盤上遊戯の無機質な一駒ではない。
自分なりに精一杯生きていた命だ。
シャルロッテに対して、わがままが取り返しのつかないことになると自覚させるための命じゃない。
そんなことのために生まれてきたなんて思いたくない。
「シャル? どうしたの? 眉間に皺が寄っているわよ? 怖い夢でも見ているのかしら……」
元義姉……母の心配そうな声がした。
頭を左胸に寄せられ、お尻をポンポンとリズムよく叩かれる。
心臓の鼓動が右耳と右頬に伝わる。
温もりと母のいい匂い。
とくんとくん、と聞いているうちに、身体に入っていた力が抜けた。
ダメだ。
神様に目を付けられたら碌なことにならない。
それはきっと、憎しみを向けてもいけないということ。それに気付いた神は、きっと面白がって手を出してくる。
あの神様たちが君臨するこの世界で、関心を持たれないようにひっそりと生きていくのが一番いいに違いない。
「正しい」
頭に響いた声に、身体がビクッと痙攣した。