19
「シャル~!」
「あうぅっぶぶっ」
「シャルがしゃべった~! てんさい、じょうずねぇ~」
大きな目を細くして私の頬をつんつんするのは、すぐ上の兄……元甥っ子だ。
「シャルロッタ、さあおいで」
私を抱き上げて頬ずりする父は元兄。ヒゲ、ヒゲがショリショリと痛いよ。
「シャルが起きたか~?」
陽気に部屋に入って来て私を奪うように抱っこした祖父は元父。
ややこしい。
めちゃくちゃややこしい。
「ふぇぇぇ……」
しゃべりたいのにしゃべることができず、手足も思うように動かない。視界もハッキリしないから、声や音、匂いが頼りだ。もどかしくてもできることは「あうあう」と言って、もにゅもにゅ手足をバタつかせるか、泣くだけ。
「ああ、お腹がすいたのか? おしめか?」
私をあやす元父のワントーン高い声、そんな声聞いたことなかったぞ。
「ははうえ~! シャルがおなかすいたっぽいよ!」
「あらまあ、お乳にしましょうかね」
あうぅ~あうぅ~泣いている私を元父から渡された母は元義姉。
私の背をトントンしながら「待ってね~今あげるからね~」と、ぐずぐず泣く私の額にキスを落としてくれた。
乳母もいるけど、貴婦人には珍しく、元義姉は自分で育児をする人だ。恥ずかしいなんて思う間もなく、慣れた手つきでおしめを替えてくれた。羞恥よりもさっぱりとした安心感が勝る。
……これは、私が死んだ時に元義姉のお腹にいた子として生まれたってやつだわね。
ええ……そんなことある?
にわかには信じられず、死んだ後に都合の良い夢を見ているのかと思って様子を見ていたが、夢から覚める気配はない。
むちゃくちゃ眠いかお腹がすいたかお尻が冷たいかの繰り返しで、元父元兄元義姉元甥っ子をはじめ、長期休暇で帰ってきている元甥たちにも愛でられる日々を送っている。
となると、これが現実であると認めざるをえないのだが、それにしたって、そのままの『私』で生まれるって、一体どういうことだろう。
広い世界には前世を覚えている人が存在すると聞いたことはあったものの、まさか自分がそうなるとは思わなかった。
「さあどうぞ、シャルロッタ」
はぷ。んくんく……。
お乳美味しい……いい匂い……温かい……。
「あらまあ。飲みながら寝てしまったわ。……可愛いわね。女の子はどこもかしこも柔らかくて男の子とは全然違うのね。……ねえ、シャル。あなたは、覚えているの?」
元義姉の問いかけが夢うつつで聞こえたけれど、ままならない身体では眠気に抗うこともできず、ただ、にまぁと口の端が上がっただけだった。
「……そう、なのね。聞いておいてなんだけど、どうでもいいわ」
なんですと。
「あなたは私のシャルロッタよ。曾お婆様と叔母様から名前をいただいた私のシャル。お義父様も旦那様も陛下に振り回されるのは懲りたようだし、あなた命の兄が三人もいるし、何よりも私がいるわ」
そうだった。元義姉は元祖母の縁で嫁いできてくれた、元祖母の生家の末の姫。普段おっとりしているから忘れがちだけれど、バリバリの権力者だった。頼もしすぎるだろ。
「だから安心して、心のままに生きなさい、ね」
ここで私は唐突に生まれた瞬間のことを思い出した。
何かに吸い込まれるようにそこを離れる瞬間、母が笑っていた。