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「シャルは、それでいいの?」


 義姉がそっと聞いてきた。義姉は本当に話の要点を押さえるのが上手い。

 私とイクセルの離縁は、話し合ったり調整したりしなくてはならないことが本当はたくさんある。私側の人たちは、できるだけ私に有利な条件でと息巻くだろうが、一番に考えてくれるのは、私の気持ちだろう。

 気にしてくれているのは、私はそれでいいのか、というその一点。許すにしろ許さないにしろ、私の気が済めばそれでよいのだ。後は淡々とした処理が進むだけ。


 大事にされてるなぁ、と思う。

 なぜこんなに大事にされているのに今まで気が付かなかったのだろうか。

 逆に言えば、私が大事にしてこなかった、ということか。……無意識に甘えていたのかもしれない。こちらから歩み寄らなくても、父は父、兄は兄だと。

 気付いてしまうと、いい歳して思春期みたいで恥ずかしいが、気分は悪くない。温かくてくすぐったくて……悪くない。


「ええ。だってお父様。陛下からエクルンド領を丸投げされたというのもあるけれど、お父様はちゃんと私のことを考えて……イクセルとなら私は幸せになれると思ったから話をまとめたのでしょう?」


「……あやつは苦労人だが誠実で、お前と相性が良いだろうと……幸せになれそうだと、思ったのだ。こんな……ことになるなら……」


 俯いて震わせる肩がなんだか小さく見えて、本当に私は父の何を見てきたのかと、波のように後悔が押し寄せる。

 私に丸投げ……したのは事実だけど、私の幸せを考えてくれていた。


「……私ならイクセルとともにエクルンド領を立て直せると、私を信じてくれたのもあるでしょう?」


「シャルロッタ……」


「お兄様もお義姉様も、私を信じてくれていたから、……もどかしくても手を出さずに見守ってくれたのでしょう?」


「シャル」


 私を呼ぶ兄の声が心地好い。

 イクセルだけが私を「シャル」と呼んでいたわけでもないのに、私の思考はイクセルだけになってしまっていて、もう名前を呼んでもらえないと悲観していた。どれだけ視野が狭くなっていたことか。


「私はね、ちゃんと幸せでした。イクセルと婚約してから二人で一生懸命エクルンドを駆け回り、イクセルがドゥエルになってからも、彼に守られながら、食べることにも着るものにも寝床にも困らず、皆に支えられながら、私のすべきことに全力を注ぐことができた私は幸せ者です」


 私は胸を張った。


「お父様、私、エクルンド領を立て直しました。たとえ大きな災害が二つ三つ重なっても、もう飢える人が出ないくらいには、領地は安泰です」


「……そうだな、シャルロッタ。よくやった。よくぞやり遂げた」


 父に認めて褒めてもらったことが思いの(ほか)に誇らしい。

 私は握られたままの両手に力を込めて、宣言した。


「私は、エクルンド領がこれからも安寧であることを願います」


 それは、私がいなくなって、イクセルが帰ってきて、誰か(シャルロッテ)とともに過ごす地であっても、変わらない願い。


 迷いは、ない。


 義姉が私の後ろに回り込み、抱き締めてくれた。


「この地の皆もですよ。大好きな家族と皆の笑い声が絶えない土地であってほしい。イクセルが、誰かの大切な人たちが今も戦って守ってくれているこの国の皆もそうであってほしい」


 あんなに心がドロドロぐるぐるして怖かったのに、今なら皆の幸せを願う自分を、私自身が心から信じられる。


 泣きながら笑みがこぼれた私を義姉ごと兄が抱き締め、更に父が抱き締めてくれた。

 ふわりと、精霊とは少し違う微かな気配にも包まれた。

 父と兄がハッと息を呑んだが、何も言わずにただ抱き締め合った。


 ああ……温かい。

 汗の匂い。息遣い。心臓の鼓動。


 私、生きている。


 死ぬことはやっぱり怖いけれど……たぶん大丈夫。諦めずに、死ぬまで生きていく。







 旅に出ると言って、エクルンド領の外れにある医者の分院で余生を過ごすつもりだったけれど、私はそのまま実家に引き留められた。


 何人もの医者と精霊師が呼ばれ、何回も診察や治療をしてもらったけれど、病気と余命の診断結果はほぼ同じだった。


 父も兄も諦めきれないようで、金にものを言わせて手を尽くしてくれようとしたが、それよりも屋敷にいる時間を増やしてほしいと願うと、少しだけ落ち着いた。


 父と兄は仕事を調整してできるだけ屋敷にいてくれるようになった。

 皆で和やかに食卓を囲んでいても、ふとした瞬間に「「「……」」」となることがあって、なんだか可笑しくて笑ってしまうようになった。ひとしきり笑った後、他愛のない話をする時間が何より尊く感じる。


 そうやって私は思いもよらず手に入れた温かい時間に酔いしれながら、甥っ子と遊ぶ日々を過ごしていたのだけれど。


 ある日、喉が痛いな……と思ったら、夜に熱が出て。


 その熱は下がらず。


 余命を待つことなく、私はあっさりと命を落とした。


 実家に顔を出して、そのまま暮らすようになって、たった半月後のことだった。


 私が朦朧とした意識の中で最後の息を吐いた後、いるはずのない人の声を聞いた。


 私の側からいなくなった愛しい人が私を呼ぶ声。


 夢だろうが幻聴だろうが……もうなんでもいい。これは人生を頑張った私への最期のご褒美なのだと思いながら、私の人生は幕を下ろしたのだった。







 幕を下ろしたのに。







 下ろした幕がすぐさま開くなんて、考えもしなかった。


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