17
「……子が望めなくなっただけではないのか?」
父のか細い声。
兄が無言で剣を持って部屋を出ようとした。
「あなた!」
「止めるな! 十三歳から十五年。……十五年だ!! 学園にも行かず家庭教師で学んで領地のために働いて支えた妻を、病気になった妻を放っておいて、歳も考えずに若い女に入れ込んで……!! なにがドゥエルだ癒やしの光だ。なにが『必ず守り抜きます』だ!! 嘘つきのロクデナシにこれ以上息を吸わせておく訳にはいかない!!」
必ず守り抜きます。
シャルを、必ず守り慈しみます。
結婚する時に、イクセルが宣言してくれた言葉だ。
行ってくるよ。必ず、この国を守るから。シャルが恙なく暮らせるように守るから。
前線に出発する時に言ってくれた言葉。
光が弾けるようだった。
ああ、なんで忘れていたんだろう。
あの人は、いつも私を守るために行動してくれていたのに。
だからこそ、私も全身全霊でエクルンドを支えたのだ。
イクセルは……夫は、ドゥエルとしての使命感もあったかもしれないけれど、私のために戦ってくれていたのだ。心が変わったからといって、それがなかったことにはならない。
私が死んでも、なかったことにはならない。
私はいなくなるけれど、私は夫の人生の一部にもうなっている。
私と夫は、離れていても、ともに在った。
私は夫に守られて生きてきたのだ。
「……シャル?」
うふふ、と笑い出した私に気勢をそがれた兄が、私を見ていた。
「……ありがとう、お兄様。お父様。お義姉様」
大事にされていると自覚して、とても大切なことを思い出すことができた。
兄が剣を下ろして、また私の横に座り、冷えた手でまた私の手を握ってくれた。
隊商は盗賊に狙われることも多いから、兄は剣を握る。その剣はあくまで身を守るためなのに、その気持ちが嬉しかった。
父もずっと手を握ってくれているが、手汗で湿っていて、ちょっと……だったけど、ちゃんと空気を読んでそのままにしておいた。
「余命半年だと言われて、一人で色々考えてしまって、とても怖かったの。一番怖かったのは、私が死んだ後、皆の幸せではなくて、妬んで不幸を願ってしまうんじゃないかって思っていたから」
「まだ余命が決まったわけではない。言葉には力が宿る。止しなさい」
父が握る手に力を込めて叱ってきた。
ボロボロに泣いているから、全然怖くもない。
私はこの人のどこを見て、何を諦めていたのだろうか。
「それと、エクルンド領が混乱すること。心血を注いで立て直した、私の愛する故郷なの。たとえ、私がいなくなっても、領の子どもたちが誰一人飢えることがない豊かな土地であってほしいの」
父と兄の手がピクリと反応した。
剣は下ろしても、経済制裁はするつもりでいたのだろう。それは一番弱い存在を痛め付けるだけだから、絶対にやめてほしい。
「イクセルがドゥエルを返上するにあたって、陛下に褒美を願い出たと聞いたわ。お父様、ご存知?」
「む……内容までは分からん。陛下が何か動いているのは知っているが、政治的なことは情報がきちんと統制されていて入って来ない。……金がかかることなら相談されるんだが」
安定の金蔓。
父は王城で役職に就いているわけではないし、余計なことに首を突っ込まない主義だから、陛下から相談されない限り知らないのも頷ける。
本当に不思議な関係だ。
「たぶん、イクセルが望んだのは、シャルロッテとの結婚の口添えなんじゃないかしら」
表情が固まった二人の手を握る力を強めて宥める。イチイチいきり立っていたら話が進まない。
でもこれは、そっくりそのまま私への愛情の深さなんだろうな。そう思うと胸が締め付けられて……とても温かい。