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 十三歳でエクルンド領に移り住んでから、父と兄家族が住む実家とは絶妙な距離で付き合ってきた。疎遠と蜜月の間のやや疎遠寄りだ。

 連絡は定期的に取り合っているし、取引相手との付き合いの場でバッタリ会うこともある。

 肉親だが、親しいかと問われれば首を傾げる。しかし疎遠でもない。まさに絶妙な距離だ。


 間もなく父は兄に爵位を譲り、商会経営に専念すると聞いている。益々金を稼いで陛下に貢ぐのだろう。本当によくわからない関係性だ。


 兄は父に似て寡黙で、七つ下の私が物心(ものごころ)ついた時には既に大人のようだったので、一緒に育つというよりは遠くから見守られていた感じだ。

 だから、正直兄の為人(ひととなり)はよく分からない。


 だが、兄に愛されていなかったわけではない、とは思う。

 父について商談に出かけた先ではよく土産を買ってきてくれたし、短い言葉のカードが添えられた誕生日プレゼントは毎年欠かさず今も送られて来る。

 何より、母が儚くなった時、棺に土がかけられてもずっと兄は手を繋いでくれていた。

 兄だってまだ十二歳。母親がいなくなるには幼かっただろうに、震える手で私の手を離さなかったのだ。

 その手の温かさが、自分には兄がいるんだという認識を支えている。


 父だって、たぶんそう。たぶん、家族に対する愛情はそこそこあるはずだ。……たぶん。


 父は商売の話になると饒舌だけれど、基本は「……」。兄も加わると「「……」」。別に私も話さなくても平気だから三人揃って「「「……」」」。

 家令や侍女たちが会話を繋いでくれていたが、兄が結婚してからは義姉がおっとり「あらまあ」と、私たち親子を取り回してくれていた。


 古参の侍女からは「小姑が兄嫁に気を遣わせるな」と、常々お叱りを受けていた。ちなみに兄には「もっと嫁に気を遣え」、さらに父にも「余所様(よそさま)の大切なお嬢様ですよ? 誰よりも気を遣うべきです」と叱っていたのを知っている。

 なんかすまぬ、と思いながらも私たち親子や兄妹の形は変わることはなかった。


 兄夫婦に長男が生まれた頃に私はエクルンドに居を移したから、話にしか聞いていないが、今では食卓にも会話があり、幼子の笑い声がよく聞こえるのが伯爵邸の日常らしい。二人の「「……」」は、少しは改善(矯正)されたようである。

 父と兄の努力と言うよりは、義姉と侍女の教育の賜物(成果)だろう。


 私が挨拶もそこそこ、庭の奥にある先祖が代々眠る墓所に参りたいと願うと、義姉は快諾してくれた。


 あんなに警戒していたのに、父である兄と同じ系統の顔立ちをしている私にもう慣れたのか、僕も一緒に行く! という甥っ子の素敵なお誘いを断り、ひとりで庭の奥にある墓所へと向かう。


 整然と墓石が並ぶ一角に母の墓はある。手入れされた墓石たちの中でも一番新しい綺麗な墓石。

 庭師だけじゃない。私が屋敷を出てからも、父が兄が義姉が甥っ子たちが入れ替わり立ち替わり母の墓を訪れては綺麗にしているらしい。

 それを教えてくれたのは、私たち家族をいつも支えてくれている歯に衣着せぬあの古参侍女だ。母の嫁入りの際についてきた侍女の鑑のような人。

 この侍女と義姉がいる限り、この家は大丈夫な気がする。


 借りた敷布を墓の前に敷き、腰を下ろして母の墓と向き合う。

 さわさわと、風が枯れ草を揺らして私の髪を巻き上げた。私はなされるがまま、ただ、母の墓……母を見つめた。


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