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 実家に向かう途中、領内の商会や各組合に顔を出し、しばらく旅行に出る旨を伝え回った。

 次にエクルンド領に来るとしたら、領都ではなく領地外れの分院に入院するためになるだろうから、たぶん、顔を合わせるのは最後になる。


 皆、イクセルの前線での話を聞き及んでいるのだろう。「え……? ああ……」と、眉尻を下げて心配しながら送り出してくれた。

 領主夫妻の醜聞で少なからず心労をかけてしまっていたことに、心の中で頭を下げた。


 世話になった皆には少し間を置いてから手紙を出すことにする。その頃にはイクセルも再婚して事情を隠すこともないだろうし、最後にはきちんとお礼をしたい。

 私を「お嬢」呼びして、「小娘の言うことなぞ聞かん!!」って言う人も中にはいたし、時には激しく意見が衝突することもあったけれど、いつのまにか、エクルンド領のために共に働く心強い同志(味方)になっていった。

 まあ、金の力も大きかったのは否定しないけれど、それを「そうだそうだ」と笑い飛ばす位の信頼関係を築くことができ、皆に心から感謝している。


 馬車はゆっくりとエクルンド領内を進んだ。

 辺りはまだ冬の枯れ枝が広がっているが、よく見ると新芽が付いている。もう少しすると眩しいくらいに緑が光り輝き、白、黄、桃、紫、赤……色とりどりの花が咲き誇り、草花の匂いが風に乗ってくる。陽が強くなると水不足に悩むことも多かったが、水の精霊に力を借りながら喉を潤して作物を育てた。実りの季節は空が抜けるように高くなり、雲の陰影が美しくて絵画のようだった。気温が下がったまだ暗い朝、静けさの中で霜柱の立った地面を踏みしめる音を聞きながら歩いた。


 流れる景色を見ていると、人生の半分以上を過ごしたエクルンドでの日々が頭を巡る。

 二度とない光景をしっかりと目に焼き付けて私はエクルンド領を後にした。


 貸し馬車の御者夫婦が丁寧ながらも気さくに話しかけてくれたので、道中は退屈せずに済んだ。

 初老のご夫婦は流しの貸し馬車をしながら二人で旅をしているという。私が()()()()()()であることを認識しているかも怪しかったが、おそらくイクセルの噂も知らないのだろう。話し上手で私のことを憐れまない二人の心遣いがありがたかった。


 途中の町で宿を取りながら馬車に三日ほど揺られ、私は生まれた家の門をくぐった。

 貸し馬車を帰す時に賃金を弾んだら、奥さんに抱き付かれて感謝されたのには少し驚いたけれど、悪い気はしなかった。寧ろ温かくて心も緩んだ。


 忙しい父と兄は不在かもしれないが、家令に聞けばスケジュールを把握しているだろうから、待つか会いに行くかすればいい。

 ほんの少しでも会えればいいのだ。

 余命を告げるつもりはなく、離婚することと、しばらく旅に出ること、そしてこの家にはもう戻らないことを伝えるだけでいい。


 案の定、二人は不在だったが、兄の妻である義姉が対応してくれた。

 義姉は第四子を妊娠中とは聞いていたが、大分お腹がせり出していた。

 傍らには三歳になった末の甥っ子。久しぶりに会うので私が分からないのだろう。義姉のスカートに半身隠れている。男三兄弟に恵まれた兄夫婦の上の二人は王都の屋敷(タウンハウス)から学園に通っていて、長期休暇にしか領地には帰らない。


 先触れのない急な(おとな)いに少々困惑しながらも、義姉は「あらまあ、いらっしゃい」と歓迎してくれた。


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