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離縁を願うイクセルへの手紙はとてもあっさりとしたものになった。
金にものを言わせて最速便で出した。
病を得て子が望めなくなったので、離縁してほしいこと。
手続きはすべてこちらで行うので、委任状を送付してほしいこと。
婚約時代から十五年、私に居場所を与えてくれて感謝していること。
国を守り続けていることに心からの感謝と、イクセルとエクルンド領のこれからの多幸を願っていること。
別れの言葉は、書かなかった。
余命についても触れない。大切なのは、私がイクセルの子をもう産めない事実だけだ。
やっぱり便せん一枚も埋まらなかったけれど、長々書くと恨み辛みが出てきてしまうからこれでいい。
すぐさま委任状が来るか、何かの権利関係で待てがかかるか、首を長くしてイクセルからの返事を待っていると、それよりも先に王都の知人から手紙が来た。
イクセルがドゥエルの返上を願い出て、長年の務めに報いるため、国王陛下が未だ嘗てない褒賞の調整に入ったという話だった。ただの噂ではなく、王城からの確かな話だとしている。
彼女は「国の誉れであるドゥエルを支え続けたあなたを尊敬するわ。ようやく新婚生活が始まるわね。自分のことのように嬉しいわ」と私を労ってくれているが、典型的な貴族らしい貴婦人で、けして言葉どおりではない。
ドゥエルとはいえ、他の女性を愛した夫をよく支え続けたわね。私なら無理よ。粘って耐えた甲斐があって、旦那さん、とうとうドゥエルを返上するんですって? しかも陛下がとんでもない褒賞を与えようとしているらしいじゃない。さすが陛下の乳兄弟の娘婿よね。うまい話だったら私にも一枚噛ませなさいよ、ということだ。
大きな情報を誰よりも早く仕入れたという自己顕示。
誰かを見下して満足する自己愛。
権力に対する妬みと追従。
楽して儲けようとする欲。
明け透け過ぎてむしろ小気味良い。本人に直接言ってくる可愛らしさがあるし、分かりやすくて付き合いやすい。そんな仲だから友人ではなくて知人なのだけど。
それに、彼女のご主人は陛下に近いところにいる文官で、情報の正確さとスピードは群を抜いている。まあ、妻に職務上の話をペラペラ話す無能を陛下の側に放置するわけはないだろうから、どの情報をどのタイミングで出すかはしっかり管理されているのだろうけれど。
その彼女からの情報だから、八割方事実で、イクセルがドゥエルを返上して帰還することは間違いないだろう。
私が離縁を申し出たから?
私の元に帰ってくる、の?
なんで今更……?
心臓が音を立てた。
しかしその後、待ちに待ったイクセルからの手紙は、件の家令への指示だけ。
帰還して子を望んだ私の願いを無視したように、またも私は無視され、もたげた期待は無惨にも踏みつけられたのだった。
私も大概懲りないな……。
『客人一名と共に帰る。二十歳の女性だ。屋敷で一番良い部屋を用意し、滞在に不自由のないよう準備しておくように』
いつになく慌てたイクセルの字。
なるほど。
イクセルはシャルロッテへの気持ちを自覚したのだろう。
自覚してしまったら、いても立ってもいられなかったのだろうな。
今なら、シャルロッテはまだドゥエルではない。今、イクセルがドゥエルを返上して結婚すれば、シャルロッテと子をなせる可能性がある。
陛下からの褒賞は恙ないシャルロッテとの結婚か。
確かに一番の障害は現・妻である私と、陛下からエクルンド領の再建支援を任された父だ。父は商人らしく、一度約束したことはとことん守るのだ。
だが、父は陛下から言われたら首が縦以外に動かない。
イクセルは陛下から不倫を肯定させるという『未だ嘗てない褒賞』を願ったのだろう。
そうすると腑に落ちないのは家令への指示である。シャルロッテを屋敷に連れてきて、二人の仲を見せつけながら直接私に離縁を言い渡したいのだろうか。
でも、部屋を明け渡すのでは私は先に出ていくしかないし、離婚の委任状を送ってさえくれれば話が進んでいたのに、イクセルの指示が謎だ。
イクセルは自覚した恋に浮かれて頭に花が咲いているのかしら。
離縁だ。
ドゥエルを返上して、最愛を連れて帰る。
浮かれに浮かれてそれしか考えていないような気がする。
頭がお花畑のイクセルを想像できないでいたが、当たり前か。私は私を大切にしてくれていたイクセルしか知らないのだから。
そんなイクセルを知りたくもなかった。