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01

あらすじをご確認ください。

よろしくお願いいたします。

m(_ _)m


誤字訂正しました。

誤字報告ありがとうございます。

m(_ _)m


 

 人生ままならない。

 本当に……ままならない。







 深い溜め息はやがて嗚咽になってしまう。散々泣いたのに、涙が尽きることはない。


 送った手紙に返事がないまま、人伝(ひとづて)に聞こえてきたのは夫が引退するという話。

 以前ならばそれを願って待ちに待っていたというのに、このタイミングでの引退と帰還に、既に折れて粉々になっていた私の心が土足で踏みにじられたような気がした。


 更に、私には返事がないのに、家令には手紙で指示を出した。


『客人一名と共に帰る。二十歳の女性だ。屋敷で一番良い部屋を用意し、滞在に不自由のないよう準備しておくように』


 震える手でこの手紙を私に見せた家令は、可哀想なくらい青い顔をしていた。

 この家に勤めて長く、冷静沈着で経験豊富な家令は滅多なことでは動揺を表に出さない。

 この内容では私に指示を仰がざるを得ず、取り繕うこともできずにそのまま夫の手紙を見せるほかがなかったのだろう。本当は私に知られることなく手配できるものであればそうしただろうが、今回ばかりは彼の手に余る。


 屋敷で一番良い部屋。

 当主の執務室は人が滞在する用途ではないので除くとすると、当主である主人の部屋であり、夫婦の寝室と子爵夫人である私の部屋が南向きで日当たりの良い一番良い部屋だ。

 客人に当主の部屋を明け渡すなど考えられない。

 二十歳の女性を連れて帰り、屋敷で一番に良い部屋を整えろ。

 それは、私に部屋を……屋敷を出て行かせるようにとの指示だ。


 離縁。


 確かに、それを望んだのは私からなんだけれども。

 離縁を望んだ私の手紙には返事を寄越さずに、女性を伴って帰還するとは。


 結婚してもうすぐ十年。婚約者としての付き合いを入れると実に十五年もの付き合い。

 愛情を深めて築いた信頼が確かにあったからこそ、いくらなんでもぞんざいに扱わないと思っていたが、そう思っていたのは私だけだったか。

 愛していたのは、私だけだったのだろうか。

 それとも、もう過去のものとして忘れてしまったのか。


 とうに枯れたと思っていた涙が零れたが、泣いても叫んでも時間は過ぎていき、手を動かさねば荷物はまとまらない。自分でやると、侍女たちの助力を断ったのは私だ。


 どのみち、離縁を願い出た以上ここを出て行くことになるので、荷物はまとめ始めていた。

 子爵夫人として(あつら)えてもらったドレスや装飾品類は全て置いていく。私が持っていくのは最低限の身の回りの物と、置いていっても価値のない処分に困るような思い出が詰まった私にとっての宝物だけ。

 それらを選別するために手に取る度、思い出が溢れて涙が止まらずに手が止まってしまっていた。


 ……確かに私は愛されていた。愛し合っていた。過去に思いを馳せるとそう思ってしまうのだ。


 大切にしてくれた。

 熱の()もった眼や声で、私を求めてくれた。

 たとえ、結婚してから両手で数えることができる程しか帰ってこられなくとも、絆があると信じていた。

 魔物たちとの最前線で戦う夫。

 その留守を守ることがこの子爵家に嫁いだ私の役目で、全身全霊で取り組んできた。


 私たちは確かに愛し合っていたのだ。


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