第二話 死灰の輪郭、硝煙の死角
50PVうれしいです。初めての小説、拙作ですが長く愛される作品にしたいと思います。
前回の探索から、どれくらい経ったでしょうか。洞窟での生活は、狭く、暗く、どこまでも続く岩の壁にうんざりしてしまいます。これも探索隊に入りたい理由の一つです。
この探索までの間、私は陸上探索隊の整備部署の手伝いをしながら、武器の手入れや地図の整理を続けていました。前回は戦場でしたが、今日は違います。私はルイ君に食物散策の指導をすることにしました。
——探索隊の任務は、戦うことだけじゃないのです。
「ルイ君は植物と動物への知識はありますか?」
周辺の散策のついでに聞いてみた
「新隊教(新隊員教育)の分は覚えてます!でもちゃんとした経験はなくて。」
聞けば新隊員教育を終えて初めての探索らしい。
自分は、このルイ君に食物散策のオリエンテーションをおこなうことにしました。
「では、ルイ君あれを見てください」
「あっあれは新隊教で教わりました!」
幹に白い斑点模様、柔らかい葉っぱ、特徴的な実、間違いないだろう。葉を手に取ってルイ君にみせてみた。
「オヤネトエリコの近くには、芋が育っていることが多いです。では、ルイ君は芋をとってきてください、オヤネトエリコそのものの葉っぱや実も採取をしていただけたらいいと思います」
「はい!葉っぱは染め物に使えるんでしたっけ?」
「そうです。でも手がかぶれる危険性があるので素手ではさわらないように注意してください。探検中の素手は論外ですけどね。では夜には、掘った野営地に集合しましょう。私はちょっとここらへんで肉をとってきます」
正直、会話しながらの共同作業は苦手なので、ルイ君とは別行動をとることになりました。
体には少し大きくて重い小銃を担いで森林の奥地に進みます。この星にいるとどうしても、人類が世界最弱かと勘違いしてしまいますが実は1対1でも、人間が殺せて食べることのできる生物が一応います。
その一つがこのイノシシです。私は突進してくる体高1.7mのイノシシに照準を合わせて頃合いを待ちました。
足音がどんどん大きくなり、集中からか口の中に血の匂いが充満します。
「いま…!」
引き金を引くと白煙に視界を遮られました。それでも猪の足音は接近を知らせます。すぐに見えないイノシシに銃弾を放ちます。イノシシのドタドタした重い足音が止んだ。
——仕留めた?
そう思った瞬間、視界が茶色の巨体でいっぱいになりました。
巨大な影が、こちらへ倒れこんでくる。
「うっ」
腹に穴が開くのかとばかりの鈍痛と共に私は意識を失いました。
「起きろ! バカ女!! いつまで寝ているつもりなんだ」
目を覚ました瞬間、鼓膜を突き破るような怒鳴り声。ラット班長にモーニングコールの変更を願うなど、無駄なことを考えながら、ゆっくりと体を起こします。
探索開始から二日目、東から浅く入りこんだ太陽から一日寝過ごしたことを告げられました。
「衛生員に診てもらったぞ。お前、イノシシに突っ込まれたくせに、打撲だけで済んだらしいな。」
あまり状況を詳しく覚えているわけではないので、予想でしかありませんでしたがアレが私に当たってきたなんて正直信じられません。
「さすがに運が良かったとしか言いようがねぇが…… もしかして、お前の方がイノシシより頑丈だったのか?まぁ、どっちにしろ、次からはもう少し気をつけろ。タフだからって死なねぇわけじゃねぇんだからな。」
「はい、承知しました」
「よし、昼にはここを発つ。作業が終わったら、俺のところに来い。いいな?」
「はっはい、承知いたしました…」
何が待ち受けているのかさっぱりで少々怖いですが、生きている以上、動かねばなりません。小銃を肩にかけ、痛いおなかをさすりながら土で作られた階段を上り、防灰服のマスクを鼻上にあげてから天幕を出ました。
今日の昼には、ここを出なければならないらしいので作業が山積みです。少々くたびれますが、一日寝過ごした私が文句を言える立場ではありません。
探索隊は不意の爆発や獣人との遭遇で予定変更する場合があるので、すぐにでも動けるように荷造りを行う必要があります。
しばしの間、バックパックの中を整えるために集中していると、見知った声が聞こえました。
「あっライカちゃん!起きたんだ!よかったー」
「えっと、一班のレインさんですか?」
「うんそうだよ!」
レイン先輩は、マスクを少し下げて顔を一瞬見せてくれました。いつ見ても好青年でいい顔です。
「よく私を私だと気づきましたね…」
するとレイン先輩は少しニヤッとした後、最大限いたずらっぽい顔を作ってこう言いやがりました。
「ライカ、ちっちゃいからね」
何がちっちゃいのでしょう、14歳は成長過程でしょうに。そもそも日本なら中学生の多感な時期の子供にそんなこと言うなんて考えられません。 まぁ許しますけど
「あんまりふざけてると私の班長に言いつけますよ? 誰かわかりますよね?」
「あはぁ、それだけは…それじゃぁまた! 作業中断させてごめんね!」
やっぱりみんなラット班長は怖いのでしょうか、でもラット班長の班は死亡率が他よりも低いです。普段の厳しさのおかげなのでしょうか?いづれにせよ生き残れるならそれでいいです。
班長にが真摯に叱る姿を思い出すと、自然と笑みが浮かびます。
バックパックを整えた後は、解体されたイノシシ肉をもらいに行きます。本来なら一番最初にごちそうにありつけるはずなんですけどね。
そういえば何か忘れてる気がする。頭を回転させると思い出してつい口に出ちゃいました。
「———あっ…ルイ君と集合できてませんでした。」
疲労が一気に、吹き飛びます。新人隊員を放置してしまいました。もし何かあったらと考えると…いや、恐ろしい考えに震えるのは止めましょう、とにかく急がなければ。
今急いでもしょうがないと分かっていても足は勝手に早まります。
ルイ君の所属班は把握していないですが、前回の探索から人員補充を多くされたのは2班です。きっとその中にルイ君もいるはず。心に身を任せて二班壕に向かいました。
「ルイ君!!!!」
壕に入って中の確認もせずに名前を叫びました。するといつも通りの腑抜けた声が壕の中から聞こえます。
「ライカさん!大丈夫でしたか?」
すぐにルイ君の方から心配の声をかけられました。ただ質問に答えるよりも聞きたいことがあります。
「昨日の夜合流できなくてすみません。心配かけましたよね」
するとルイ君は顔を少し暗くしてこういいました
「怖かったです。でも怪我をしてることを聞いたとき心配でしたが少し安心しました。なにより、生きてて嬉しかった…」
純粋な好意にあてられて少し困惑しながらもやはりうれしい言葉は嬉しいものです。心置きなくその言葉を受け取っておきます。
それはそれとして、あまり後輩から心配されると先輩としての威厳がなくなるので頭をなでておきましょうか。
「ルイ君、私はまだ死にませんから、安心してください」
「ライカ先輩はすごいことを言いますね…」
ルイ君がびっくりしたのか固まったので、私はにやりとルイ君に笑って見せました。
ルイ君の頬が少し赤いことに気づきました、もしかしたら体調不良かもしれませんね、衛生員さんに相談しときましょうか。隊員の健康状態を確認することは、探索隊員の仕事の中でも重要なものですからね。
「ルイ君は体調に気を付けてください、顔が赤いですよ?なんだったら私が代わりに衛生員に…」
「だいじょうぶっ…です」
まぁルイ君に親切は必要ないでしょうね。流石に過保護すぎましたか…
少し話してルイ君の身の安全を確認できた後は、本格的に出発の準備を始めます。まずはマップワークですね。
地図は獣人族から獲得したモノの複製を用いています。すべて獣人族語で書かれているのですが、先人の探索によって多くが解読されています。
そして探索では、その上に人間用の道路や道、その時の拠点などを割り当てて、常にデッド・レコニング(推測移動)をしていきます。
マップワークは、下準備が整っていないと地図が地図としての機能をなくす場合が多いのでほとんどの作業は洞窟周辺で済ましています。
では探索活動中に隊員がしなければならない作業とは何でしょうか。それはズバリ、目的地までの最適なルートを設計することです。距離と時間を計算し、急な斜面や崖がどこにあるのか、緊急時の避難ルートはどこが考えられるのか。稜線や斜面などの非発見率が高い場所を通ることは無いのか。
そして何より難しいのが、急いでるときに見て誤解するような線を残さないこと。消し跡や紙がすれてインクがにじむようなことは避けなければなりません。
上手な人の作るマップワークはほんとにキレイで、一種の作品のように感じます。まぁ、エンジニアとして仕様書や設計図とにらめっこしていた経験のある私には少しだけアドバンテージのある仕事ではありますけどね。
地図上の線が脳内の3Dモデルとリンクしている感覚をもっている隊員はそこまでいないんじゃないでしょうか。そんなことを考えながら、マップを更新していきます。
確かに、「進むルートは小隊長が決めるのでこんな作業いらない」とか、思ってしまいそうになりますが、小隊全体の安全を確保するために、隊員各々がルートを設計し危険予知することが求められている大切な作業ですから大事に思考を巡らせます。
「マップワークできましたね、そろそろラット班長のところに行きますか…」
立ち上がった瞬間、周囲の空気が変わった気がします。
——いや実際に変わったのでしょうね。
目の前に、赤い防灰服が飛び込んでくる。
「お前がなかなか来ないから来てやったよ、いろいろと指導が必要だからな」
ぐっと息がなる。
「はい…ご指導よろしくお願いいたします、班長」
私たちは少し開けた場所まで移動しました。正直、何を言われるのかとても心配です。すると班長が穏やかな口調で話し始めました。
「先日、お前はイノシシの突進に当たってしまったが、なんで当たったと思う?」
「イノシシの突進の延長線上に身を置いたままだったことでしょうか」
班長は小さく頷いてから言葉を続けました。
「その認識は大局的には正しい、ただお前の最大のミスは、ただ次弾の発射を急いだことだ」
言ってることは理解できますが少し疑問が生まれます。
「お互いに視界にとらえている状態ではいくら動こうが、イノシシの突進は当たってしまいます。私はどうすればよかったんですか?」
小隊長は、何を言ってるんだと思ったのか少し、嘲るような口調でこう指摘します。
「そりゃ見えてたら当たるだろ。見えない瞬間があったんじゃねぇのか?」
「あっ」
思わず声が出る。確かに、弾かれた初撃の際に発生した硝煙は確かに私から視界を少なからず奪った。
「でも、もしよけたとしても硝煙は薄いですからイノシシに気づかれますよ…私が硝煙で視界がふさがったのは、照星の先をずっと見ていたからです。きっとイノシシは私の姿を見ているはず……」
納得できず口答えすると、叱るようにラット班長が言いました
「イノシシがお前より頭がよかったら危ないだろうな、でも知識として、イノシシは突進するときに視野が狭まる、硝煙の薄い煙でも十分目くらましになる程度にはな。イノシシもお前も周りが見えてないってことだ」
血が頭から降りていくのを感じながら班長の指摘を聞き入れます。言外に勉強不足を指摘されているのですから、どうしようもありません。
「こういった知識がなかったとしても、敵を視界外に置いてしまっておきながらただ立ってるのは戦術基礎を無視した最低な行動だ、遠征が終わったらしっかり反省するんだな、もうすぐ移動の号令がかかる、お前は三班壕に戻って待機だ、かかれ」
「かかります…」
かかるといった後も、足が正直重かったです。班長の言葉は、「ダメだし」ではなく、「次は死ぬぞ」という警告でした。ずっと、ぐずぐずしていてもしょうがないので歩いて三班壕に向かい階段を下ります。
「おっライカの嬢ちゃんやっと帰ってきた!」
魔森種の文字を解読して死にたいケルビさんが話しかけてくれました。小さい穴の中に大人四人が詰め込まれている状況でそんな大声出さなくていいと少し思いますけどね。
「かえりました、ラット班長に呼ばれててなかなか…」
壕の中にいる人からの温かい視線に心を休めたあと伝えなきゃいけないことを伝えます。
「皆さんもしかしたら聞いてるかもしれませんが、1340に出発するようです」
「あぁ一応聞いてる!ライカの嬢ちゃんも伝えてくれてありがとよ!」
私は荷物の最終確認とマップチェックを再度自分で行います。ここら辺の地形を頭に叩き込んでもしもに常に備えなければなりません。
しばし集中して地図とにらめっこしていると、カンカン カーンと2回と1回に分けた、3回の鐘が鳴り、集中を途切れさせました。
出発用意時刻の13:30を教える鐘です。みんながせわしなく動き始める音がします。
「おい!嬢ちゃん!出発用意の鐘が鳴ってっから中央行くぞ!」
ケルビさんが気にかけて教えてくれたと同時、
「野営地中央!集合!!!!!」
小隊長の声です、脳より先に体が反応して私たちは野営地中央に集合しました。整列が完成し、各班が小隊長へ人員報告を行います。
「四班総員五名現在員五名 異常なし」
「はい、四班」
小隊が全員そろっていることを確認した小隊長は、全員の前で予定を伝えます。
「ではマップチェック」
「「マップチェック」」
小隊長は全員が手元のマップを開いたことを見て、話し始める。静寂が流れ緊張感が張り詰める。
「今回の目的は、魔森種と智龍種の戦跡位置の特定だ、戦跡は拠点より南西方向に所在しており、戦闘が発生する可能性は少ないと予想している。周辺は魔法使用後の残留毒がばらまかれて土にたまっているはずだ、異常が起きても気づけるように足元の清潔は常に保っておくように。以上、移動かかれ」
「「かかります」」
みんな各々のバックパックを持ち始めました。
気合を入れるために靴ひもを結びなおし、ゲートルを締上げてバックパックを背負います。左手側では一班が進みだしています。探索が始まったことにちょっとした絶望を感じながら、前回の探索を思い出すと心配になります。
今回こそはみんなで帰れるでしょうか…さっきよりも降る量の増した死灰に一縷の不安を覚えながら前に進みます。
「ライカの嬢ちゃん…あんたマップワークうめぇなぁ」
移動中ぼーと地図を眺めていると、ケルビさんがマップワークをほめてくれました。
「陸上探索隊の教え通りにやってるだけですよ。ケルビさんにもコツを教わったじゃないですか」
私がうれしそうに微笑むとケルビさんは、困惑した顔に微笑みを作りこう指摘しました。
「地図作成ってのは性格が出るんだ。特に新隊員は、線のミスを隠すために太く描いたり消し跡を残したりしがちだ。でもライカの嬢ちゃんにはそれが一切ない。迷いなく線を正確に引いてる。すごいことだよ」
ケルビさんの言うことは的を得ています。私が図を描くときに一番大事にしていることは、伝わることで、これは昔から骨身を削って練習してきました。
ただ伝わることを目的にするからこそ必要な情報と不必要な情報を取捨選択できます。そしてこれは一朝一夕で身につくものではなく長い鍛錬が必要です。
ただこの誉め言葉に…元の世界の経験があるので、なんて言っても意味不明ですから、のらりくらりと返すしかないのが笑いどころですね。
「そうなんですか…教えてくれてありがとうございます、立派な隊員になって見せます」
私は地図を巻きながら周辺の状況を観察する。
その時、木々の葉っぱに黒い斑点があるのに気付いた、あれは……濃度指標植物?
私がその植物に気づいたと同時に小隊長の声がとどろきました。
「全体小休止!! 集合!」
私たちは小隊長の周りをぐるっと囲んで、発言を待つ。すると小隊長が、ナイフでオヤネトエリコをみじん切りにしてそこに、水を垂らす。
急に始まったことで理解が追い付かないですが、とにかく見つめます。
オヤネトエリコからは当然、青色の液が抽出される。その液体を小隊長はおもむろに地図を取り出し、狙いを定めて一滴落とした。
「残留毒は戦跡を中心に同心円状に広がり、中心部の土壌は不気味な深紫色をしている、そして外側の毒性の低い部分はグレー色の地面になってるはずだ」
小隊長の地図には、洞窟拠点から南西方向にひかれた一本の線上に青いシミがある。
「ちょうど地図の青いシミみたいにな。だれか、ここら辺の土を少し触ってみろ」
私は、初めて残留毒に対面するので試してみたいと思い志願しました。
「はい!」
汗ばんだ作業手袋を少し苦労しながら外して、灰色の土を掴むと、指先に微弱な電流が走るような疼きを感じました。
「手をくすぐられているようで気味が悪いです…」
「ははっもういいぞ、あんま掴むもんじゃねぇからな」
そしてと小隊長は続ける。
「これから本格的に戦跡に近づく。ここから先、素手は厳禁だ。いいな?」
「——あと今ので分かったことがある」
小隊長の声がやけに静かに響き、周囲のだれもが息をのむ。
「戦跡の位置が特定できた」
————私たちが向かうのは「戦場」何が待ち受けているのかも、人類にとってどんなメリットがあるのかも分からない。でも「遺志を継ぐ」ためにも進みましょう、きっとそれが残された人間にとって一番大事なことです。
ブクマ コメントしてくれると嬉しいです。