戦場の洗礼
外の世界は強大な生命に支配され、人間はただひたすらに「生存」を続けるしかない。
隠れて隠れてまた隠れて
「……工具が欲しいな」
何気なく呟いて、自分でも戸惑う、ここはエンジンルームではない。
鉄と油の匂いがするはずの空間に、今は火薬と血の臭いが満ちています。エンジニアだったころの癖が、まだ抜けないらしくて苦笑する。
でも今の私はただの探索隊員、商船なんて存在しない世界で、機械をいじる機会もない。それでも、時々思い出す。
「あのエンジンルームの匂い、もう二度と嗅ぐことはないんだろうな……」
そのとき——
「いたい…痛いよぉ」
悲鳴が戦場にこだまする。
鼓膜を揺るがす銃声、破裂音、悲鳴。爆風に巻き上げられた土砂が目に入り、視界が一瞬白く染まります。血の匂いが鼻をつき、金属の破片が壁に弾かれ、耳元をかすめる鋭い音がしました。
誰かが倒れる音。誰かが呻く声。
壁に背を押しつけ、汗ばんだ手で小銃を握る。
これが探索。
そして探索隊に入隊して初めて見た、探索の現実だった。それは、どこか自分の中に残っていた甘えを消し去りました。
この世界において私たち人類は、ひどくもろく繊細で、どうしようもない種族だったのです。
「ライカよく狙ってから撃て!」
頭を一瞬しか出さないのにどうやって良くねらえというのでしょうか。それでも頭をひっこめた後にすかさず送られる敵の制圧射撃は死の可能性を自覚させます。
「はい!リロード!」
「カバー!!おい!レドリック!長い間顔出しながら撃つんじゃねぇ!」
ですから、撃ち合いにおいて敵に位置がばれた後に顔を出し続けるのは自殺行為です。ただ、それだけ気を引く行為でもあります。
ラット班長は敵の視線がレドリック隊員に向かったチャンスを逃さずに叫びます。
「フラグアウト!」
手榴弾を投げる時の掛け声です。もし投げてほしいときは、
「フラグアウト!!!」
こう返してあげます。フラグはレドリック隊員に視線を持っていかれた獣人の死角から投げられ炸裂しました。
獣人のいた部屋が安全なのはある程度わかっているため、覗くように銃を構えて、部屋の中を観察すると、獣人の死体が二匹横たわっていました。ラット班長について部屋に入ります。
「ライトハーフクリア」と班長
「レフトハーフクリア」と私
班長が銃を少し上に向けて下げましたこれは
「(お前が先)」ということです。
部屋には同時に入るのですがほんとに同じタイミングで入るとつっかかるのでこういった工夫をしています。それと単に「入るぞ」というバディへのメッセージになります。
「「エントリー」」
私は左の壁に沿って部屋を半周し、班長と合流しました。後ろについてきていた人がキルチェックを行い。ひとまずの争いが過ぎ去ったことがわかりました。
何度、携えた小銃を獣人種に向けて撃ち込んだかわかりません。ただ、彼らはたった二匹の少数で私たち探索隊20名に打撃を加えました。この事実は人類をこの世界の知的生物最弱の現状を容易に証明するものでした。
戦闘状況の中断がクレイト小隊長から告げられ小休止が入ります。
___この日の探索は、居住地域周辺に沈没した獣人族の航空戦艦へ調査を行うというものでした。獲得できたモノは、この艦の航行する地域地図の紙の情報と、一般配置図、獣人族の使用する銃器、などです。
そして先ほどの戦闘によって捜索隊の三分の一がまともに動けないか、死んでしまいました。うなだれている間にもクレイト小隊長は点呼の報告を受けています。
「四班報告します!総員五名、現在員五名、一名負傷していますがまだ歩けるそうです」
クレイト小隊長は思案顔を作った後、撤退を指示した。負傷者が多く、継続探索は不可能と判断されたためだ。号令が出た後もしばらく呆然としていました
初めての戦場、壁に隠れていたので当たらないことが分かっていたとしても数センチ先を銃弾がかすめるのは非常にストレスでした。
「ぼーっとしてる間に前の人との距離が離されてしまいましたね」
こういったときに遅れると碌なことがないので、汗と服にくっつく死灰に体力を奪われながら走って隊に戻り帰路につきます。戦闘での緊張の熱も冷めて、ただ前の人の背中を見ながら行進をしていると考え事をしたくなりました。
「戦果だけ見れば大勝利ですが、ほんとにそれだけでいいのでしょうか」
__情報は私たちが生き抜くための財産になります。
多くの仲間が、情報を得るために命をかけてきました。私たちは、彼らの犠牲の上に立ち、知識を手にしています。そして、未来の世代の礎となるために——今もなお、私たちは危険を承知で探索は続けています。
「ははははは!よーく生きてたガキンチョ!」
不意に、大きな声で班長から声をかけられました。
「はい、ラット班長…」
「今日みたいに情報がたくさん持って帰れる日もねぇからな!あんまいい気になるんじゃないぞ!はは」
探索隊のひとで気を落ち込ませている人は私だけでした。
探索では生き残っている人が固定化しがちらしく新入りは死ぬのが当たり前だそうです。それに、ラット班長率いる私たち3班はこの探索でレドリック君以外の負傷隊員がいません。
この場には、一回の交戦が二割の戦死で済んだことを喜ぶ声や新入りである私が無傷であることを喜ぶ人ばかりです。
「お前はおれができるだけ目をかけてやるから感謝しろ!それとあれだ!お前が探索して知りえた情報も死んだら代わりにしっかり持って帰ってやるからな!」
私は探索隊メカニカ担当の隊員として第二小隊第三班に配属されました。
「遺志と共に探索を続けて見せます」
「おう、死んだらお前の母ちゃん父ちゃんにしっかり伝えといてあげるから安心しろ」
ラット班長は笑いながら言った
両親は死んでるので伝えるなんて無理ですよ、なんて言ったら殴られる気がします。
反抗するのは嫌いですが少しイラっとしたのでこう答えました。
「大丈夫ですよ、死なないので」
ちょっと強く出すぎましたかね、でも私の死なないので発言がトリガーになったのか、三班のみんなが話に入ってきました。
「おれは死ぬけどな!まず魔森種の文字を解読して!今まで未解読だった資料を有意義なものにしてやるんだ!そしてトラップ魔法にかかって死ぬ!」
「バーカ!お前がそんな頭いいことできるわけねぇだろ!せいぜい獣人種の連続銃にミンチにされるのが落ちだよ!」
「んだとぉ!」
喧嘩をしり目に同じ三班のお茶目で冷静な男性、ワレンが少し風変わりなことを言いました。
「一番いやなのは、精魔飛種と魔森種、獣人種の戦いが俺たちの洞窟の真上で起きて流れ弾で全滅することだけどね!」
「間違いないや!」
「「ふふっあはははは」」
不思議なもので会話をしていくうちに、死ぬことの現実味が消えて怖くなくなっていきました。もしかしたら死とは、身近にありふれるほど存在に気づけなくなるようなものなんでしょうか。
会話が終わり静けさを取り戻すと、どこからか悲痛な声が聞こえてきました。
「あぁもう力が出ねぇよ…」
「おいプレット!前向けあきらめんな!片脚あんだろうが!」
「わがった!…まだいける…」
隊員同士、励まし合いながらみんな一致団結してここまで生き残ってきました、普段なら見捨てるような負傷隊員も肩で支えられながら帰るために全力を出しています。
それでも負傷者の消耗が激しいことを理解するとクレイト小隊長は少し顔をしかめた後、指示を出しました
「全体小休止!あともう少しだ!よーく休めよ!!特に、そこの担がれてる奴!」
小隊全体にちょっとした安心感が広がりました。隊員たちは水筒の水を飲んだり、傷を確認したりしています。プレットもその場に座り込んで、荒い息をつきながら額の汗を拭っていました。
「おい、しっかり飲めよ」と誰かが声をかけると、プレットはかすかに頷いたが、手にした水筒をなかなか口に運ばない。唇が乾いているのに、彼は水を飲もうとしません。その指がかすかに震えているのが気になりますが、誰も特に深く考えませんでした。
誰かが冗談めかして言う、「プレット、さすがにバテたか?」
プレットは薄く笑ったが、目はどこか遠くを見ているようでした。
小休止中、隊員たちは変わらず、それぞれ水を飲んだり装備を点検したりしている。誰かが深く息をつきながら、ぽつりと口ずさんだ。
「迷える我らを未来へ向けて……」
探索隊では、長く過酷な任務の後には必ずこの歌を歌うのが習わしだったそうです。疲れ切った体を少しでも奮い立たせるために、あるいは、無事に帰還するための願掛けとして。
気づけば、数人が続く。
「学びて、尽くせよ我らのために……」
それは「荒地からの復活」という歌です。
かつて、廃墟と化した都市や国を復興させるために作られた歌。しかし今では、洞窟の外に未来を求める人類の歌となっています。人類の行く末を照らすかのように、隊員たちは声を合わせて歌い始めました。
「さあ団結せよ!この地を興せ!」
プレットも、その中にいました。彼はいつもなら大きな声で歌うのに、今は口を動かすだけで声が出ていません。それでも、彼の表情は穏やかでした。
「我らに注げよ眩き光……」
__そう歌った直後、プレットの体が静かに傾きました。
「美しく、美しく」
クレイト小隊長は号令をかけました
「いい歌だった!おっしゃ行進始めるぞ!第二小隊帰還にかかれ!」
全員が号令に応答をしようとしたその時だった。
「おい嘘だろ!嘘だと言ってくれ!プレット!おい!」
一人の隊員がプレット隊員を揺さぶっているのが人の隙間から見えました。それにすぐさまクレイト小隊長が事情を問いただします。
「どうした!」
「プレットが! 眠って起きてこないんです! さっきまで歌を歌っていたのに!」
隊員の声が震えていた。
クレイト小隊長は一瞬だけ目を閉じて、変わらぬ冷静な声で言いました。
「そいつはもう死んでる。」
その言葉が静寂を生んだ。
「ウソだろ…? さっきまで、一緒に歩いてたのに……」
誰かが呻くように言った。まだ信じられない隊員の一人がプレットの肩を揺さぶったが、当然のように反応はありませんでした。
「一班、班長報告してくれ」
一班の班長が震える声で応えた。
「一班報告……総員四名、現在員三名。プレット隊員、死亡……異常なし。」
「異常なし」
それが、この世界の現実でした。
死の直前まで歌を歌っていたプレット隊員がなくなって、一班にいた五名のうち、残ったのは三名になりました。
プレット隊員の体は、人類の痕跡を、極力遺さないために燃やされました。洞窟に近い地点で放置すると、洞窟の位置を知られる危険性が増すためです。
「おい、家に帰せなくてごめんよ…すまん」
ずっと彼に付き添っていた隊員から発せられる言葉に多くの人が口を閉ざしました。
火は勢いを増し、灰が舞い上がる。
探索隊には「死者の名前を呼ばない」という習慣があります。名を呼べば魂が振り返ってしまい、先に進めなくなるそうです。
だから誰もプレットの名前は口にしませんでした。
「・・・・安らかに。」
誰かが、短くそれだけを言いました。これでお別れです。
クレイト小隊長が号令をかけます。
「第二小隊帰還にかかれ」
「「かかります」」
先ほどとは真逆の重々しい空気が漂い、さっきまでは気にも留めていなかった、死灰による炎症がひどくかゆく感じるようになりました。戦闘で戦友を失うときは特に悲しいという雰囲気にならなかった探索隊も、生き残ると思っていた仲間が死ぬと心に堪えるものだそうです。
その後、小隊は一度も止まることなく洞窟にたどり着きました。
「全体!礼!」
「「陸上探索隊第二小隊 帰還しました!!」」
こうして私の初めての探索は幕を閉じました。一週間にもわたる探索で、第二小隊は20人いた数を16人に減らし、そのうち五名は負傷して治療にあたっています。しかし、けがの具合を見る限り、この洞窟の技術レベルでは、生き延びられるかどうかは五分五分ではないでしょうか…。
帰還して早々、私たちには食事が与えられました。洞窟の中で育てた豆と芋__味はひどいものですが、この世界の人類にぜいたくを言う余裕はどこにもありません。
持って帰ってきた地図や武器はずっと欲してきた情報です。それをたった四名の犠牲と引き換えに得たのですから戦略的にも大勝利のはずです。情報の内容によっては今後の動きが変わってきます。
いつもなら、仲間の生存を祝う笑い声が響きます。ですが今日はどこか静かでした。
声のでかいお調子者が死ぬと何をしゃべればいいのかわからないのです。いつも人の死をジョークにしているラット班長も少しだけ硬い表情をしています。
「でも、あんな穏やかなあいつ、見たことなかったな」
ふと誰かがつぶやきました。
「死ぬって事を納得してたんだよ、銃に撃たれて即死する奴は、死ぬってことを納得しながら死ねないんだ。あいつは幸せ者だよ」
だれも何も言えなくなりました。
しばらく食堂には食器とスプーンのすれる音だけが響きました。
ただ辛気臭い耐性レベル1の私には耐えられず。
「おじちゃん!!おかわり!!!」
あ…やってしまった…
でもその一言に場の空気がすこしほぐれたのか、それともおじちゃんも同じ気持ちだったのかわかりませんがおじちゃんは明るく返してくれました。
「おうっ嬢ちゃん!!よぉ生きて帰ってきた!はいよ!」
私のおじちゃん受けはすさまじいらしく、おかわりを拒否されたことがこの人生でなんと一度もありません。
すると私から見るとかなり年上の人が食堂のおじちゃんに近づいていました。
「じいさん!俺にもおかわりくれよぉ!」
「なんで四十超えた野郎がおかわりせびってんだ!それで十分な量だよ!!」
でもおじちゃんは基本的に優しいし、探索の帰りという事情を思い出したのかバツの悪そうにおかわりをあげてました。
「まぁでも今日は仕方ねぇな。ほらっどうぞ」
「ありがとうじいさん!」
明るいやり取りで注目を集めたのかプレット隊員に付き添ってた隊員が話しかけてきました。
「ラット班長の後ろにいた嬢ちゃん?だよね?」
物珍しそうな目で私を見た後、私の名前を思い出そうとして、頭をぐりぐりしていましたが、先輩は思い出すのをやめて私の名札に目を遣って答えました。
「ラーラーラー…ライカ君?だよね」
ちなみに先輩の名前はレインらしいです。名札知識ですけど…
「はい!第二小隊第三班所属のライカ・サルミと申します!」
「サルミってことは、まだ…」
「14歳です」
レイン先輩は私の境遇を察して気遣うように話してくれました
「保育課程上がりなんだね、戦闘はどうだった?」
「まぁまぁです。ただの銃撃戦はミスをしなければ死ぬことがほとんどないので特に特別な感情はないですね。それよりも、敵が魔具を携帯していなくて助かりました」
私の返答に少し目を見開いた後、レイン先輩は食べ終わったお盆を持ちながらこういいました。
「へぇ戦術基礎は完璧みたいだね、ねぇ質問してみていい?」
急に表情を真面目な顔に変えて聞いてきました。
「はいかまいませんが?」
「なんで探索隊は探索にでるかとか考えたことある?」
レイン先輩の問いかけに私はちゃんと答えられませんでした。
「それは、人のためとか…」
「それは当たり前すぎるよっ」
苦笑しながらレインさんは顔を近づけ、少し怖い声を使い、耳元でこう言いました。
「いつか、洞窟も安全じゃなくなる。そのときみんなで脱出するために、俺たちは外の情報を集めるんだ。」
不意に顔を離すと今度は笑いながら。
「ははっちょっと意地悪すぎたかな?ごはんたくさん食べなね!」
レイン先輩は、話し込んでスプーンの進みが遅い私をみて、好青年的な笑顔を私に向けながらご飯をたくさん食べるようにアドバイスをくれました。去るときに頭をなでるのは少しキザだなって思いましたけどね。
探索に出る理由ですか…転生してこの世界に生まれて14年間、ただの「ライカ」として生きてきた私には、この世界をこの世界の人類視点でしか語ることが出来ません。
元の世界にいた記憶も一応ありますが名前すら憶えていません。今の私は、ただ「良く生きる」ために探索を続けています。でもそれだけでいいのでしょうか。
探索をつづけて逃げるだけでは人類は目減りするだけではないでしょうか。もしそうだとしたら…この世界が根本的に変わらないと人類は絶滅するのではないでしょうか。
暗い考えが頭をめぐるのを止めるように頭を振りました
__へんなことを考えるのはやめです、それに考え事をしたら無性にもっとご飯が食べたくなりました。
「おじちゃん!またおかわりっ!!」
おかわりすることにします。それでも、この疑問は私の喉につっかえたままなのでした。
食堂にも活気が戻りつつあります。この世界で弱くいることは罪です。
でも食堂だけは弱いままでいることを咎められません。笑いたいときに笑う、泣きたいときに泣く、人の喜怒哀楽が詰まる食堂が私は幼い時から大好きです。
__食事が終わり、共同寝室に戻りました。
洞窟の幸せな所、その一が食堂での和気あいあい、だとしたらその二は、寝床で寝れるところでしょうか。とはいえ硬い土の上に植物を敷いたお粗末なものですが、直で土に寝るよりは幾分かマシというものです。
寝る前にはくしで髪をとかします。死灰は肌だけじゃなく髪質も荒れますからね、男性としてここに居たら今頃は禿げてるのではないでしょうか。まぁ例のごとくこの世界には髪がないとかっこ悪いなどという風説はありません。理由はお察しです。
ハゲがなんだと変な考え事をすると眠れなくなるのでそろそろ切り上げて別のことを考えます。寝返りを打つと手が、薄手の手袋にあたりました。それを握ると不意に疲れが増してきて言葉がこぼれました。
「初めての探索大変だったんだよ?」
亡き母の形見の手袋を、そっと握ります。ぼろぼろになりかけていますが、それでも大切にしているものです。
「お母さん、今日はね、いろいろあったよ……」
呟くと、不思議と少しだけ心が落ち着いた。
母の記憶はない。でも、この手袋がある限り、私は母に愛されていたと信じられる。
「お母さん、見てる? ……私、頑張るから。」
静かに目を閉じた。
「お母さん、近くにいるならお父さんも、私、頑張るからね、おやすみなさい」
とどろく轟音、土煙、
皆さんおはようございます。探索遠征2回目です。
負傷隊員五名のうち三名の原隊復帰が決まりました。残りの二人は部位欠損のために後方で作業を行う仕事に就いたようです。まさか全員生き残ってくれるとは思いませんでした。
レドリック隊員も負傷隊員のうちの一人だったのですが、ヘルメットを貫通した弾が、頭蓋で跳弾したそうです。叱られて慌てて頭を引いてギリギリ助かったという感じですね、結果、針を数本縫うだけで原隊復帰となりました。
悪運が強いのか運が良いのかわかりませんが、本人は原隊復帰を喜んでいるので何も言わないことにします。正直頭を弾が貫通したように見えたので死んだかと思いました。
ところで、爆音って怖いですよね
でも、生まれた時から洞窟の中にいる人類にはこれくらい慣れきった話です。人類の頭の上で勝手に始まった戦争の終結をひそかに祈りつつ、またしても何も知らない人類は探索隊を世界に送り続けています。
そして今、私はその最前線にいるわけです。
「あとどれぐらい探索すればいいんでしょうか…」
「なに変なこといってんだ、あぁ?」
ラット班長___、全身を赤い布で覆った男が下を向いて考え事をしていた私の背中をたたきました。声は出していないつもりだったのですが疲労からか口に出してしまったようです。
「申し訳ありません」
「まだ歩けるんだろうな?」
ラット班長の声が低く響く。
「今倒れられたら死ぬぞ。お前が死ぬだけじゃない。隊全体を危険にさらすんだ。」
ラット班長の声は冷たく響きます。でも、ふと目が合ったとき、ほんの一瞬だけ、違うものが見えた気がしました。
「死にたくなかったら歩け」
やはり、この世界では弱さは許されないようです。
「はい…動けます」
戦争の灰、死灰が雪のように降り、地面に吸収されていくのを足元に眺めながら。私たち探索隊は歩みを進めました。
「野営地設営!!!!!!」
足が震え、心が「これは体が苦しんでいるだけ」と現実逃避し始めたあたりでさらに号令がかかりました。
野営地設営とは洞窟の外で活動する際の仮拠点を作れということです。20名での行動では各々が役割を把握し全体のために役目を果たします。とはいえ人類が建物を作っても強大な力を持つ獣人種や魔森種に存在がばれるだけです。ではどうするべきでしょうか。
ラット班長が私たちの班に向けて号令をかけました。
「爾後、3班は穴掘りを行う!かかれ!」
「「かかります」」
穴は思う以上に心強いもので、1km離れたところで生じた爆発からも身を守ることが出来ます。とはいえ、まぁ死ぬときは死ぬものです。考えたって仕方ありません。
____もう、かえりたい
そんな思いが頭を駆け巡るころ。ふと周りを見やると、野営地の竪穴に見たことのない三つ年上位の男の子がいました。目が合ったから話しかけたのか、話しかけたくて話しかけたのかわかりませんが、その男の子は私にすり寄って話しかけてきました。
「ライカさんってどれくらいですか?」
「2か月目」
恐らく探索隊に入ってからどれくらいか、という声かけなのでしょうが、言葉足らずな声かけに、疲れからかイライラしてぶっきらぼうに答えてしまいました。
「ライカさんって先輩なんですね、よろしくお願いします!」
「まぁね」
名札にはルイスと書かれていました。ルイス君が私の返答に何も気にせずに応えるので少し悪い気がしてぎこちない反応をしてしまいました。一時の休止で心に余裕ができたので私からも少し質問してみました。
「名前はなんていうの?」
「えっ僕ですか?僕はルイス・ベルです!ルイって呼んでください」
「そう、私はライカ・サルミ、ライカでいいよ。」
野営地設営から次の任務に移るまでのしばしの休憩をルイ君との会話でつぶし、私たちは食料の確保に向かいました。
そういえばこの記録帳に私の出自を書いておきましょうか、人類滅亡後にも私たちの生活を知らせるいい《《情報》》になるかもしれませんね。いやむしろ未来の考古学者とやらに嫌がらせでもしましょうか。
こんにちは、私はライカ・サルミ
日本では、商船のエンジニアとして働いていました。今はこの世界のドブネズミとして愉快に暮らしています。名前は母からもらった名前で、姓は私が生まれたときの洞窟の名前です。
両親は魔森種同士の争いに洞窟が巻き込まれて死んだそうです。その時の洞窟がサルミという名前でした。洞窟が崩落していく中、父が私だけでもと村の人に託して逃がしてくれたそうです。
母の記憶も父の記憶もありません。ですが、この手袋だけは残っている。それだけでも、私は両親に愛されていたと信じることができるのです。
その人は私を探索隊員養成学校保育過程に渡してくれたそうです。保育過程を出てエスカレーター式に隊員になった私は晴れて、幼い見た目のまま探索者になりました。
探索者の仕事は危険です。ただ外に出るだけでも一定の危険をはらんでいるのに、さらに遠くへ行くのですから。
でも探索者の仕事は好きです。知らないことを追求し続けるのは性に合っていました。
それに、物の構造を理解するということについて私はそれなりに得意です。もしかしたら探索者に向いていると思います。まだ力を発揮できてないですけどね。
お分かりの通り、ひとたび洞窟に他の種族様の尊い流れ弾が当たれば大勢の人間が死ぬ世界です、洞窟に引きこもってもどうせ死ぬなら外を知った方がいいと思えました。
それに、人類のためにする仕事というのは他にないですし、私は人が好きです。好きなものを好きでいる間は永遠を感じることが出来ると思いませんか?そのためには命を懸けてもいいと思えました。
どうぞ、みなさんよろしくお願いします。
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