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(7)暗殺者でしたが、魔術の先生になりました


ジョンは呆れたような不機嫌な表情で言った。


「……今更か?」

「わかる!わかるよ?!いままで、ふわ〜っとは、そうなんだろうなって思ってたけど、降霊術だの禁忌だの聞いたら、流石にちゃんと知っとかんとって思ったわけで…!」


ジョンはため息を吐いてから、腕を組んだ。


「『魔法』があるか、と聞かれれば、ある。だが在る、というだけで、それ以上でも以下でもない」

「いや意味がわからんのだが」

「魔法は『法』だ。だからそこに、在る、だけ。あえて言うならならば、陽は天に昇る、人は人から生まれる、物はテーブルから落ちる……といったように、そう言ったものと同様の、揺らぐことのない『理』だ」

「お、おう…」


なるほどわからん、のだが、このままでは話が進まなそうなので、私はわかったような顔をした。


「お前が今口にした『降霊術』、これは魔法ではない『魔術』だ。違いがわかるか?」

「わからん!」


ジョンはやれやれと首を振った。


「『法』にのっとり、利用する『術』、これが『魔術』だ」

「ううううん、法律と弁護士みたいな関係、なのか……?」

「ベン…?まあいい、お前は一度経験しろ」


ジョンは少し後ずさり、私から十分な距離を取ると、自らの左足を指差した。


「お前、俺の足を蹴ってみろ」

「なっ……いやいやいや!」


いきなりな提案に、私はむしろ戸惑ってしまう。


「流石に無抵抗な人は蹴れんよ!」

「いいからやれ。それに俺は『無抵抗ではない』。だからやれ」


何だ…?カウンターするってことか…?

一抹に不安を抱えつつ、私はその場で軽くステップを踏踏んでから、まあある程度加減を持った上で、ジョンの左足を蹴った。


ジョンは無抵抗だった。

少なくとも見た目は。

だが。


「いっっっってぇぇぇぇぇ!!!!!!」


私は思わず自分の右足を抱え込み、その場に転がった。

なんだ、なんなんだ、あの硬さは!!


「アンタなんかそこに仕込んでんの?!?!??鎧とか中に着てるとか?!?!?」

「何も着ていない。強いて言えば、お前と同じ布の服を着ている」

「てぇぇぇぇぇ!!!!」


と転がり回っている私を、ジョンは最初の体勢から何一つ変えずに、私を見下ろしていた。


「硬化術、広義的には身体強化術。つまり身体能力を意図的に向上、もしくは、低下させる。……なので、蹴られた俺も痛いは痛い。耐えられる程度にはな。意味がわかるか?」


ジョンはその場にしゃがみ込むと、ブーツを脱いで、ズボンの裾をまくった。

私が蹴った場所が、少し赤くなっている。

私は自分の足をさすりながら、ああ、ちゃぶだいに足をぶつけた時のやつだ、とは思った。だが、その『意味』はわからなかったので、私はとりあえずジョンの顔を見た。

「お前は察しが悪いな」と漏らしてから、ジョンは答えてくれた。


「起きることは、起きるし、起きたことは、起きた。これは変えられないし、なくすこともできない。だから俺は、お前からのダメージそのものをなくすことはできない。が、体を強化することで、お前からのダメージを限りなく軽くはできる」

「なるほど……ええと、?」

「理を変えることはできない。だが、理の程度や順序は意図的に変えることができる。これが魔術だ」


私はまだ、ジョンの言うことをうまく腹落ちさせることができていなかったが、なんとか理解しようと「例えば、」と次の質問をした。


「例えば、人は、死ぬ。これは理として変えられない。だけど、なるべく死までの時間を遅らせることはできる……それが魔術、みたいな?」


ジョンは目を見開いて、少し意外そうな顔をしたが、やがて頷いた。


「絶対ダメージを受けない足、絶対に死なない体とは、理を超えるからできない。だが、魔術で、なるべくダメージを受けない足、なるべく死なない体にはできる」


それは、と私は思った。

前世における、ある種の理学療法だった。それは自然科学ないし物理学の理の一部であると、言えるわけで。


だから、この世界における魔術も、魔法という理の一部であり、


「……技術、なのか」

「そして知識でもある」


私の理解に、ジョンはそう付け足した。

ジョンはズボンの裾を下げ、ブーツを履き直す。


「お前、『アリア』様が何故、女性でありながら、男ばかりの近衛騎士の中で力を示し、台頭できたかわかるか?」

「へ?」


考えたことがなかった。

何せ、この体はよく鍛えられているものだから、自然とすごい人なのだと思っていた。


「ええと、剣技?に長けていたからとか?」


ジョンはさもありなんと言った感じに、また、ため息を吐いた。


「それもあるが、何より、彼女は魔術に精通していた。それを体術と組み合わせていたから、強くあられたんだ」

「おお!じゃあ!私にもそれが使えると!」


ジョンは立ち上がって、私を冷酷に見下ろす。


「言っただろう。魔術は技術であり、知識。『アリア』様が培ってきた素地があるとしても、今の、技術はおろか、知識もないお前には扱えない。『アリア』様はそれだけ博学かつ勤勉であったという話だ」

「うう…」


ならば、『知れ』という話なのか〜〜〜〜!!

御前試合。小隊長3人からの推薦。近衛騎士の中で力を見せる…。


「なら!」


私も立ち上がり、ジョンに正対する。


「ジョンが私に!魔術を教えてくれると!それで力を得よと!!そういう話になるんだな!!」


ジョンは少しの間、黙っていたが、「あ」とようやく何かに気がついたような、気の抜けた声を出した。


「そういう話になるのか」

「いやいやいや、アンタ、師範代なんでしょ?!それも込み込みでは?!」

「アリア様を殺すことに専念していたから、正直その先のことはあまり考えてなかった」


ああ…だからあんなに、無口だったのか。

そりゃそうだよな…私殺して、自分も死ぬつもりだったんだもんな……。


「ジョン……アンタ割と、馬鹿なんだな……」

「な、」

「まあでも、私とアンタ、馬鹿2人、こうして生き残っているわけだから……」


私はジョンに向かって拳を突き出す。


「後は、やるしかないな!」


ジョンはまた、少しの間私を見て黙っていたが、軽く、3度目のため息を吐いて、言った。


「……それが姫様の、本来の命だ。俺には従う以外の道はない」

「いやその」


私も釣られてため息を吐く。


「姫様姫様とは言うけども、ジョンって姫様の何?というか、そもそも何者?」

「……俺が何者か、知ってどうする」


ジョンは警戒心の強い狼の目をして私を睨んだが、私はそれを受け止めて、いなしながら言った。


「アンタは私の『先生』であるわけだから、アンタが何者であるかは『知っておく』べきでしょ」


例えば前世にて、師事するコーチを選ぶ際は、その人がどういう経歴かは必ず調べる。


「何を学ぶかは、誰に学ぶか、とも言えるし」


もちろん、経歴が共わなくとも教えるのが上手い人も多数存在するが、経歴が伴った上で教えるのが上手い人に師事するのが、やはり1番効果的であった。そういう人からは、実戦の空気を学ぶことができたのだ。


「何より私は、ジョンを知って、ジョンを信頼したい」


ジョンは少し、目を伏せ、金色の瞳に灰色のまつ毛を被せた。

ああ、姫様も、何か胸に思いがある時は、よくそうしていたな。所作が似るのだろうか。

そんなことを思っていると、ジョンは目線を上げて、「俺は…」と口を開いた。


「俺は元々奴隷だ」




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