(58)御前試合・前編
「汝らに命ずる」
グロリア・ランカスター女王陛下は言った。
「汝ら、栄光ある近衛騎士に命ずる」
不思議な声色だった。
超満員の円形闘技場。ステージへと降り注ぐ大歓声。
そのような中でも彼女の気高い言葉は、自然と全員の耳に届いているように思えた。
「汝らその誇りと共に、我らが太陽神へと剣を捧げよ」
グロリア女王は、ステージにある小高い台上の、真紅のタープテント下にいた。
そこに共に玉座に似た厳つい椅子を、華奢で繊細な丸テーブルがあった。
テーブルの上には大皿があり、色とりどりのフルーツが山盛りになっていた。
しかし女王はそれらには目もくれず、椅子から立ち上がって前に出た。
そして台の下で跪く二人の近衛騎士へと、サファイアブルーの瞳を向けた。
「心血を注ぐ戦いを捧げよ!さずれば勝者には比類なき栄光が与えられるだろう!」
観客のボルテージが数段上に跳ね上がった。
忙しなく飛び回って拍手する者もいる、
立場上、席には腰掛けてはいるものの、口の前で拳を握り、貧乏ゆすりをする者もいる。
だが心を占める感情は、皆一様。
興奮。
それは、私とて例外ではない。
心臓が爆音を鳴らし、血が沸騰するように煮えたぎって、毛穴を躍らせている。
筋肉が波打つように高揚している。
「覚悟はよいか、ジョフリー・タウンシェンド」
女王はジョフリーに問うた。
「過不足なく」
しかし彼の声は、この熱気の中にも関わらず平坦、というより底冷えするほど冷たかった。
あらゆる情を、極限まで封じ込めたような返答だった。
ただ、不気味だった。
怒っているようにも、深く絶望しているようにも聞こえた。
必殺の決意をしているようだったし、逆に必死であるようにも感じた。
ともかく、いつも以上に本心が見えない。
気持ちが悪い。
近衛騎士の甲冑で覆われた、私の手足がカチカチと音を立てて震える。
私は、この不気味な男に、本当に勝てるのだろうか。
心の中に、微かな不安が走る。
が、
「覚悟はよいか、アリア・サマセット」
と女王陛下ーー姫様が私に問うた時、心中には他にもたくさんの想いが溢れていると気がついた。
良いも悪いも共にある、たくさんの想い出。
それらは皆、血の通った熱を持っていた。
いや、勝つ!そのために来たんだ!!
そして声となり、外へと弾けでた。
「過不足なくッッ!!!」
姫様は一瞬驚いたような顔をした。
湧いていた観客席でさえ、つられて静まり返った。
まるで音を連れ去る速風が、闘技場をビュンと吹き抜けたようだった。
姫様の唇が、ほんの少しだけ弧を描いた。
「よろしい!」
姫様ーー女王陛下が声を張り上げる。
すると彼女の声を皮切りに、周囲の歓声が鳥が羽ばたくように復活した。
歓声はあっという間に闘技場を包み込んだ。
「よろしい!互いに健闘せよ!!」
グロリア・ランカスター女王陛下の宣言と共に、私とジョフリーはステージの中央へと移動した。
歓声、歓声、大歓声。
その中で、私はジョフリー・タウンシェンドと対面した。
ジョフリーの表情は、よくわからなかった。
私とジョフリーは、ほぼ同時に剣を鞘から抜いた。
そして互いに剣の腹を額に当て、目を閉じる。
緊迫した気がビリビリと伝わってくる。
「ル、ルールは……三点先取制です!」
緊張は、審判役の近衛騎士も伝わったようだ。
彼は肩肘を強張らせながら、覚えてきたのだろう台本を読み上げた。
「血を伴う傷……それが一点となります!ま、また片方いずれかが戦闘不可となった場合は、その時点で勝敗が決します!」
私は目を開いた。
するとジョフリーが既に瞳を露わにしていて、ヘーゼルの眼球を私に向けていた。
そこには気迫があった。
私は負けじと剣を構えた。
ジョフリーも同じように隙のない構えを作った。
ゴクリ、と生唾が私の喉を流れ落ちる。
「それでは…ッ!お互いの名誉をかけて…ッ!!」
その声と共に、御前試合の火蓋は切って落とされたーーーーー!!
ドッッ!!!
低い音と共に、振動を足の裏に感じる。
何だ?!
と思った瞬間には、十五メートルほど離れていたはずのジョフリーの体が、すぐ目の前にあった。
ジョフリーの剣先が、ほんの三十センチくらいまで迫ってきている。
急な先制突撃。
私は咄嗟に腰を左回りに回転させる。
これを避けねば普通に死ぬ。
「……ぁぶッ!」
なんとか成功させる。
ジョフリーの剣が、私の眼前で空を斬り裂いていく。
が、これは判断ミスだった。
ジョフリーは指を器用に動かし、手の中でに剣柄を滑らせる。
剣を縦持ちから、横持ちへと切り替える。
ジョフリーの剣は、腕に対して垂直九十度に伸びている。
まるで穂を刈り取る鎌のように。
避けたはずの刃が、今度は私の側面を捉えている。
強烈な殺気の匂い。
ジョフリーは急停止し、剣を後方へと薙ぐ姿勢に入った。
私の首を刈り取ろうと、刃が迫ってくる。
「ぐッ!」
私は膝を曲げてしゃがんだ。
下に逃げるしかなかった。
脚力を使って上にジャンプする手もあった。
が、ジョフリーのこの反応速度なら多分悪手だ。
宙を飛んでいる間、ジョフリーに隙を与えてしまう。私の足はそれだけ高く飛んでしまう。
落下地点を狙われたら対応できない。
空中では落下挙動を変えられない。
結果、下に逃げたのは正解だった。
頭の上で、ブゥンッ!とまた空気が斬れる音がした。
「……ッにゃ」
正解ついでに、今度は私がその足を刈ってやるべく、蹴りを繰り出す。
「ろッッ!!」
だが予測されていたのか、ジョフリーは後方へとジャンプした。
私の足も空を切る。
ジョフリーは数ステップ踏み、私から少し距離をとった。
一分にも満たない攻防だった。
ジョフリーは足を止めると、私の方を向いた。
「体術は点にならないよ。ルールがわからないのかな?サマセット嬢」
ジョフリーは、ようやく薄ら笑いを浮かべた。
いつもの、余裕めいた笑みだ。
私はある意味で少し安心して、大袈裟に笑った。
「ハッ!試合開始直後に突撃って……早漏がすぎるんじゃないすかね、騎士長」
しかし、ジョフリーがいつも通り笑ったのには理由があった。
「ジョフリー・タウンシェンドに一点ッ!!」
と、審判騎士が大きく宣言のである。
「えッッ?!?」
私は急いで自分の体を弄った。
どこも異常は見当たらなかった。
じゃあどこだ、どこを斬られた?!
焦りでこめかみから汗が垂れる。
鬱陶しくなって腕で拭うと、ビリッと痛みが走った。
ハッとして、腕を見下ろす。
そこには、赤黒い跡がついている。
「血だ……」
そう認識した途端、こめかみが急に熱くなった。
斬られた!
右こめかみ付近を斬られたのだ!
「……おかしい」
私は自分の腕を見下ろしながら独語した。
おかしい。
私は確かに、ジョフリーの剣を避けたはずだった。
ギリギリのところで体を沈めたはずだった。
だが実際はこうして、こめかみを抉られている。
私は目を見開いてジョフリーの方を向いた。
ジョフリーはさらに少し後ろに下がっていたが、その薄ら笑いははっきり見えた。
ジョフリーは、軽く肩をすくめた。
観客席からワッと声が上がる。
観客たちにもジョフリーの得点が伝わったのだ。
音圧が降り注ぐ。
地鳴りのように足に響いてくる。
座席から立ち上がって拳を上げる者。両手で頭を掻きむしって歯軋りをする者。
扇子の手を止め、あんぐり開いた口元を晒している貴族婦人。
様々な姿が、いやにクリアに目に飛び込んでくる。
幸か不幸か、この世界には拡声器のような技術はない。
だから展開を盛り上げて助長する『実況者』などはいないが、もいたならこう叫んだことだろう。
ジョフリー・タウンシェンド選手!!開幕直後に見事ッ!!先制点を奪取しましたァーーーーー!!!
「クソッ」
私は首を振り、余計な妄想を断ち切った。
ゆっくり息を吸ってから、同じくらいの時間をかけて吐く。
落ち着け。雰囲気に飲まれるな。
「大丈夫だ」
前世での、テコンドーの試合でだって、先制された経験は山ほどある。
「切り替えられる」
私はもう一度深呼吸をして、剣を構え直した。
それから再び、ジョフリーの方を見やる。
向こうもすでに構えていたが、今度少しこちらの様子を伺っているようだった。
「よし」
私はジョフリーを視界から外さないようにしつつ、先ほど抱いた『違和感』を思い直した。
なんで、斬られたんだ?
確かにジョフリーの突撃、からの斬り返しは予想していなかった。
だから反応が遅れた?
いや、私は完璧に避けた。
瞬発的な殺気を嗅ぎとって、確かに避けた!
ジョフリーの攻撃が、思ったより速かった、のか……?
だから斬られたのか?
どこか釈然としない。
私の中に「避けた」という実感があるだけに、「何か世界の方が間違ってるんじゃないか」とさえ思ってしまう。
なんかズレてる。
違和感が消えない。
とはいえ、一つは確実にわかった。
ジョフリーの攻撃をギリギリで避けるべきではない。
一点を犠牲にしてでも、これがわかったことはデカい。
今はそう思うしかない。
集中をジョフリーに戻す。
ジョフリーはいまだ同じ場所、同じ距離感のところにいる。
まだ様子を伺ってるのか?
否。
誘っているのだ。
少しは君の活躍も披露しないとね、そんな程度に。
私の神経がピキリと弾ける。
「……ならッ…!おかまいなくッッ!!」
私は地面を蹴り、ジョフリーへと駆け出した。
何にせよ私は一点ビハインド状態だ。
煽られなくとも、私は攻めに転じるほかないのだ。
私はジョフリーへと向かう一歩一歩の足に、『力』が流れるのを意識した。
力の流れ、魔力流。
人間の体には、血液のように『魔力』が流れている。
その流れをコントロールすれば、様々な効果を生み出すことができる。
鋼のような体躯。
爆発的な、筋肉の推進力。
師範代ジョンは、私にそう教えてくれた。
そして私はこの世界での経験から、力の流れは『意志と感情』が動かすことを学んだ。
もっと速く、速く!
心を燃やすたびに、足の筋肉は力強く伸縮する。
地面を揺らがす。
私の体は、ジョフリーの眼前二メートルまで猛スピードで近づく。
ジョフリーの構えには隙がない。
力押しは通じない。
それがわかる。
一旦散らして、揺さぶらなければ、牙城は崩せない。
私はスピードに乗ったまま、ジョフリーの右前方へと、前傾姿勢で突っ込む。
ジョフリーの体が、引き寄せられるようにして、ほんの少しだけ右へと傾く。
よし。
私は右足で地面を踏み込み、力を溜めてから蹴る。
魔力の瞬間ブースト。
ジョフリーの右側から、左側へと瞬時移動。
フェイントからの切り返し。さっきのお返しだ。
さすがのジョフリーも、これにはついてこれない。
「………ッ!」
ジョフリーの体は、重心が右へと流れている。
左側へ対応は、甘くなる!
ジョフリーの左側に着地した私は、そのまま膝を柔らかく折り曲げる。
力を溜める、そしてブースト。
バネの要領!
「ッらぁ!!!」
下から上へ。
力の流れを武器にして、私は剣を切り上げる!
ガッ、ギン!!!
鉄同士の衝突音。
小さな火花。
私は目を丸くした。
切り上げた剣は『狙い目』ーージョフリーの左脇の下ーーの前で、滑り込んできた刃に阻まれた。
止められた!?
体勢崩してるのに、私の剣を止めやがった!!!
刹那、私とジョフリーの視線が交差する。
ジョフリーの、ヘーゼル色の瞳が細くなる。
にっこりと。
「君は首を狙わないって思ってたよ、サマセット嬢」
*
それはジョンと剣の特訓をしていた時のことだった。
「なァ〜素朴な疑問なんだけどさァ〜〜」
私はジョンに聞いた。
御前試合のために、焼石の水であろうとやらんよりマシということで、真剣での練習を重ねていた。
ジョンと対面していた私は、剣を地面へと突き刺した。
「試合の時は、私、甲冑着てるんだよね?」
ジョンも構えを解くと「当たり前だ」と答えた。
「いつか姫…陛下も仰っていたが、御前試合は儀式的な意味合いも持つ。だから正装だ。つまり近衛騎士の甲冑で戦うことになる」
そして「で?」という目で見返してきたので、私はワタワタと手を振りながら言った。
「だからさ!御前試合のルール的に、『相手に血を伴う傷を与えたら一点』じゃん?それって甲冑着てたらムズくない?どうやってやるんだ?」
もし装備が軽装であれば、相手に傷を与えることは比較的簡単だろう。
しかし全身を鉄で覆う甲冑となれば、話は別だ。
そう易々とは剣を通さない。
近衛騎士の甲冑は自分でも着ている分、体感的にわかっていた。
眉間に深い縦皺を作って、ジョンは言った。
「…………そうか、お前の世界には甲冑がなかったのか」
「いや、なくはない……というか、御前試合のルールの方が特殊なんだよ」
「ふむ」
ジョンは自らの剣を地面に刺す。
「そういう意味では、御前試合には不文律的な『狙い所』がある」
「ほう?」
ジョンは自由になった右手を、首元まで水平に掲げた。
「首から上だ」
「くッ……!?」
私は思わず、言葉を詰まらせてしまう。
「…………い、いや、待て。首から上て」
そんなものは思いっきり、人間の急所だった。
私は咄嗟に顔を背けたが、ジョンは構わず続けた。
「御前試合は騎士の名誉をかけた試合だ。顔を隠す兜は被らない。だから首から上は露出している。的もデカい。いい『狙い目』だ」
私は反射的に、嫌だ、と思った。
特に『首』を狙うのは、到底できないと思った。
急激に喉元に胃液が競り上がってくる。
私は今にも吐き出しそうになる。
私はすぐに唇を固く結んで、何とか嘔吐感をやり過ごそうとした。
それは無事成功して胃液は元の場所へと戻っていたが、内臓がひっくりがえるような感覚はまだ続いていた。
あの光景を少しでも思い出すと、やはり私は吐き気を催してしまう。
レイ・ハミルトン小隊長は、私の目の前で断首された。
しかも、ジョフリー・タウンシェンドに。
レイ・ハミルトン小隊長は、前国王を謀殺した。
だからあのように即時断罪されたこと自体は、正当な報いであった。
今でも彼に敬意と同情の念を抱きつつ、彼の最期にはちゃんと納得はしている。
ジョフリーの判断だって、適切だったとわかっている。
だが、あの記憶は消えないのだ。
肩から落ち、私の前まで転がってきた、レイ・ハミルトン小隊長のーーーーー。
「……ッなんか、他に有効打はないのか!!」
私は記憶のもやをかき消すように、声を吐き出した。
「なんかこう、もっと安全な……ッ!!」
ジョンは首を振って、溜息を吐いた。
「何度も言うが、相手はジョフリー・タウンシェンドだぞ。騎士長の位は伊達じゃない。剣術はもちろんだが、魔力制御の精度も、お前とは段違いだ」
「うぐッ……」
ジョフリーはたった一太刀で、レイ・ハミルトン小隊長の首を刈り取った。
それは剣の技術だけではなく、魔力による身体強化も合わさった結果だろう。
私の脳内にこびりつく記憶が、皮肉にもジョフリーの優秀さを示す証左となってしまっている。
「これでも僕は、魔術が得意な方でね」
と、ジョフリー本人も隠しもせず言っていたじゃないか。
禁忌である降霊術によって、私が『アリア』の中にいるとバレた、あの時に。
「そんな相手に、気を使っている場合か?むしろ積極的に首上を狙っていくべきだ」
ジョンは言った。
もっともな意見だった。
「で、でも、私には『策』がある!ジョフリーにも通用するかもって、ジョンだって認めただろ!」
と私が食い下がると、ジョンは顔を顰めて、少し複雑そうな表情をした。
「……あれは奇策だ。常時使えるわけじゃない。決定機までとっておきたい。アリ、俺は基本的な試合運びの話をしているんだ。お前にだって、わかるはずだろ」
わかる。
どんな競技においても、最初から最後まで『決め技』一辺倒で勝てるはずがない。
決定機が来るまでは、手堅く点を取っていけ。
と、ジョンが言いたいのも、すごくよくわかっている。
だけど…………。
私は頭を垂らし、それ以上言葉が続かなくなってしまった。
ジョンも黙してしまった。
剣の特訓は、近衛騎士兵舎の端の方で行っていた。
長い日がようやく傾き、兵舎の壁を赤く染め上げていた。
通常任務を終えた騎士たちの明るい談話が、遠くの方で響いていた。
乾かずに残った汗が、外気に触れて体を冷やしていた。
「…………ごめん、ジョン。やっぱだめだ……」
私は言った。
「どうしても思い出すんだ……相手が誰でも、多分本気では首は狙いにいけない……」
私は顔を上げて、ジョンを見た。
「もし…もし、他に有効打があるなら……どこでもいい、教えてくれッ!練習だってする、いくらでもやる、どれだけ難しくても……!!」
ジョンは半身を夕闇に染めながら、黙って私を見つめた。
静かな瞳だった。
それは失望とも落胆とも解釈できたが、私は不思議と怖い思いはしなかった。
「手首」
ジョンはフイとそっぽ向いてから、淡々と続けた。
「籠手の隙間だな。あとは太ももの裏。甲冑で覆われていない。あとは……」
「ちょ、ちょ、待ってほしい!」
私は慌てて手を挙げた。
「流石に難易度上がりすぎでは?!どうやって狙うんだよ、そんなとこ!」
するとジョンはムッとし、こちらを睨みつけた。
「難しくても練習するんじゃないのか」
私もすかさず言い返す。
「それは…するけど…ッ!なんでお前はいつも極端なんだよ!なんか中間的なトコとかないんか?!」
「中間」
ジョンは腕を組み、再度怒ったような口調で言った。
「ある……が、簡単じゃないぞ」
私は「グ……」と一瞬尻込みしたが、「練習するッッ!!」と足を一本前に踏み出した。
ジョンは厳しい眼光を保ったまま、口を開いた。
「御前試合において、首の次に『狙い目』なのは…………」
*
肩、そして脇の下、だった。
甲冑における構造上の弱点。
大きく開くが故に、中の肉体を晒しがちになる『狙い目』であった。
ジョフリーは、私が脇の下を狙ってくると読んでいた。
『私が首を狙えない』ことを、きっと理由も含めてわかっていた!
だから瞬時にヤマを張って、ジョフリーは脇の下をガードしたのだ。
そして止めた、私の剣を!
チクショウ、せっかくのチャンスを潰された!!
ガリッガリガリガリッ!!
剣同士が、鍔迫り合う。
強烈な甲高い叫び声をあげて、互いを削りあう。
首を狙わないって思ってたよ、だって……?
「……ぅぅうあああ!!ふざけんな!!」
私の中に、怒りが込み上げてくる。
「テメェのせいだろうがああ!!!」
ジョフリーはただしたり顔で笑っているだけだった。
私の憤怒はさらに激化して、燃え盛った。
だがそれが、逆にいい効果ももたらした。
怒りの感情で、力が増幅している。
力の流れは、私の腕から鍔迫り合っている剣に集まっている。
戦況はジョフリーとの力比べになっている。
渾身の攻撃を止められはした
が、結果的に私にとってやりやすい展開へと転がり込んだのである。
少し勝機が見える。
単純な押し合いなら、勝てる気がする……!
鍔迫り合いにはもちろん、受け流すという選択肢もある。
しかし問題は受け流した後で、その先に生まれる僅かな隙の間に、私の剣術がジョフリーに通用するヴィジョンが浮かばなかった。
なんせ、渾身の斬り上げを止められたばかりなのだ。
ならば、と私は思う。
力で押し切れば、ジョフリーの体勢を完全に崩すことができる。
そうしてデカい隙ができれば、私でもジョフリーのどこかしらに傷を与えられるかもしれなかった。
「ウウウウウウウウウ」
力の流れ、その全てを集中させて、私はジョフリーを押し返そうとする。
腕が震える。
ガチガチと剣が嘶く。
ジョフリーの剣に喰らいついて、逃すものかと離さない。
数センチずつ、私は剣と共にジョフリーへと近づく。
いける……!押し返せる!
確信したーーーーその時、私の中にまたあの『違和感』が現れた。
ズレた!!?
本能的に感じた。
私に押されていたジョフリーの力が、ほんの一瞬だけ波が引くように抜けた。
しかし頭でそれを認識した時には既に、目の前からジョフリー自体が消えていた。
「んなッ……!」
私の体は力の受け止め先を失う。
押し出していた流れのまま、前のめりに倒れ込む。
一体どこに……ッて前に!!
このままだとすっ転んでしまう!!
私は即座に左足を前に出して、倒れそうになる体を支える。
ガシャッ!と甲冑が咄嗟の踏み込みに反応して、大きな音を立てる。
「あ、あぶな……」
と思わず溢した、その瞬間。
まさに私の体を寸で支えた左足に、鋭い痛みが走った。
私は、自分の身に何が起きたかわからなかった。
しかし、第三者はことの成り行きをちゃんと見届けていたようだった。
「ジョフリー・タウンシェンドに一点んんッッ!」
審判は高らかに言った。
「二対〇、セットポイントッッ!」
闘技場内が、一瞬沈黙で満たされた。
皆一様にして、目の前の光景を息を飲んで見つめていた。
「ウォォォォ!!!!」
誰かが鬨のような声を上げた。
それを皮切りに、観客たちは一斉に騒ぎ出した。
割れんばかりの歓声で、場内の空気がビリビリと揺れた。
「ジョフリー!ジョフリー!ジョフリー!」
数人が結託して、王手をかけた者の名を連呼している。
私は、愕然とした。
一方的な試合。
あとたった一点で、勝敗がついてしまう。
「全く、これじゃあ盛り上がりに欠けるね」
私の右隣から、声が聞こえた。
私は足を前に出した姿勢のまま、声がした方へと勢いよく顔を向けた。
ジョフリーはそこにいた。
膝についた砂を払いながら、体を立ち上げているところだった。
動揺で何も言えなくなっている私を見て、ジョフリーはひどく満足そうな顔をした。
「あの時僕に協力していれば、こんなことにはならなかったのにね」
ジョフリーはあの鍔迫り合いを、受けた流したのだ!
そして右側面へと回り込みながらしゃがんで、体勢を崩した私の左足内側を斬りつけたのである。
どうして!?
私は半ばパニックを引き起こしながら、その場から飛び退いた。
どうして受け流せた!?
どうしてジョフリーはそこにいる!?!
私は奴が受け流せないほど力で、刃のアギトを喰らい付かせていた!!!
「……なのに、なのに、どうして……ッ!」
そう自問して、私ははたと思い出した。
違和感。
ズレ。
私じゃない、世界の方が間違っているんじゃないか?
一瞬だけ、力の波が引いた感覚。
U字に曲がった羽ペン。
いつかヨルヴィンの宿屋で、ジョフリーが湾曲させた羽ペン。
その繊細な指の動き。
精度の高い魔力制御ーーーー!!
「…………そうか!そうだな……やっとわかった」
鳴り止まない歓声の中、私は自分に言い聞かせるように言った。
「ジョフリーは……力の流れをかなり細かくコントロールしてるんだ。魔術!だから物理的にはおかしい挙動になる。だから私の動きとはズレるんだ…!」
ジョフリーは「おや」と片眉を上げた。
「意外だ。よくわかったね。君は0か100でしか力を動かさないから、そういう機微はないと思っていたよ」
つまりこういうとである。
例えば一点目の攻撃。
私はジョフリーの横薙ぎを、完全に避けたと思っていた。
なのに避けきれなかったのは、私が避ける寸前、奴の剣が瞬間的に加速したからである。
ジョフリーの言葉を借りるなら、60程度の力で動かしていた腕を、ほんの一秒そこら、100へとギアアップした。
私は60状態を見て避けたので、一秒間の100には対応できなかった。
認識さえできなかった。
結果、わずかにジョフリーの刃が、私のこめかみを擦れたのだ。
二点目はおそらくこの逆。
鍔迫り合いで100使っていた力を、瞬間的に20付近まで落とした。
私は100のジョフリーを前提として全力をかけていたは、一瞬引かれたために、わずかに力の支点をズラしてしまった。
剣のアギトさえ交わしてしまえば、受け流すことは容易だっただろう。
そして私の側面へと周りこみ、バランスを崩した私の足を切り裂いたのだ。
「ハハ、すっげ……」
私は顔中に汗をダラダラ垂らしながらも、感嘆の息を吐いた。
こうして仕組みを言葉で推測はできても、私には到底再現できない。
私の魔力の使い方は、ジョフリーの言う通り極端なのだ。
ジョフリーが羽ペンを曲げるところを、私であったらきっと折ってしまう。
私はフルパワーで全力ダッシュにジャンプをするのとは対照的に、ジョフリーは精緻な魔力制御で、動きのテンポ感や強弱を自在に操っているのである。
おそらくジョフリーの一挙一動をよく観察すれば、変速変化するその動きに対応できなくもないだろう。
だがその場合、私の動きは全てリアクションになってしまう。
それでは試合の主導権を、自らジョフリーに明け渡すことになる。
あと一点取られたら負けてしまうこの状況では、それは自殺行為に等しかった。
非常に厄介なのである。
「あー……コレ、コイツ、めっちゃ練習したんだろうなあ……」
前世でのテコンドーの試合で、対戦相手にそう思ったことがあった。
それを今、ジョフリー・タウンシェンドにも感じている。
一朝一夕では身につくはずのない技術。
そういったものを目の当たりにすると、単純に同じ武人として尊敬の念を抱く。
「頑張ったんだろうなあ……」
背後に潜む膨大な努力の日々に感服する。
それぞれの苦悩の果てにこの場所で相見えた、それに感動すらする。
「ハァァァァァ〜〜〜〜〜〜」
と私は頭を掻いて、深いため息をついた。
もちろんそれは勝敗とは関係ない。
私はこの試合に勝たなければならない。
「……自分だけでも、一点くらい取りたかったけど」
ただ、気持ちの問題なのだ。
憎しみとか復讐とか、名誉とか使命とか、そういうのではなくて。
「まあ〜〜〜〜いいや!吹っ切れたわ!!」
純粋に、戦えることがただただ嬉しい。
せっかくもう一度、自由に戦える体を手に入れたんだ。
最期まで、楽しんでやろうじゃないか。
「やるぞ!ジョフリー!まだまだこれからだッッ!!」
私はもう一度剣を構えた。
多分笑いながら。
ジョフリーもすぐに剣を構えた。
おそらく経験則的に、体が自動的にそうなるようだった。
だから、表情がついてきていなかった。
ジョフリーは明らかに、理解できないといったような歪んだ顔をしていた。
何を言っているんだ。
こんな劣勢で、こんな戦力差で。
何、笑ってるんだ?
ーーーーそんな心の声が聞こえてきそうなほどだった。
ジョフリーの構えには相変わらず隙がなかった。
だが揺らぎのようなものは、垣間見えた。
警戒の色が時々薄くなっては、また濃くなるのを繰り返していた。
ダッッッ!!
私は地面を蹴り上げて揺らし、やはり全力でジョフリーへと向かっていった。
二点ビハインド。
あと一点取られたら、私は負ける。
全てパーになる。
闘技場の観客も、もしかしたらテント下の姫様も、ほとんどジョフリーの勝利を想像しているのかもしれない。
『策』を使うなら今だよな?ジョン。
決定機にしか使えない奇策。
リスクがある故に、練習さえもできなかった『必殺技』。
この御前試合が、私の最期である理由。
最終的なところは『彼女』次第になるけれど、私は信頼に足ると判断した。
『彼女』は闘志に燃えている。そうイーサンが観てくれた。
結局のところ、こんなにすごい武人であるジョフリー・タウンシェンドには、私『たち』でなければ勝てないのだ。
砂埃が舞う。
歓声がより一層大きくなる。
汗は走る私についていけず、頬から振り落とされる。
私とジョフリーとの距離は、再び二メートルまで近づく。
当惑をなんとか押し込めた、ジョフリーの表情が間近に見える。
デジャヴ。
しかし今度の私は一味違う。
「『デュアル』」
心臓が破裂しそうなくらい高鳴る瀬戸際。
ジョフリーの目前で、『アリア』と私は左右に分裂した。
一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます
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