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(50)ギャンブラーズ

「顔にでかい傷のある、女騎士!!」


屈強な兵士2人に両腕を抱えられながら、金褐色の短髪に目深くニット帽を被った少年は、やけに甲高い声を響かせた。


「キャシーから聞いたぞ!お前ベルミナにいたな?もうヨルヴィンに来たのか!」


多種多様な店が並ぶ狭い石畳の通路には、それなりの人が行き来している。しかし少年は明らかに私に言っているので、兵士たちも怪訝そうな表情を向けてくる。


「失礼、察するに近衛騎士団の方ですよね?王都からいらっしゃった」

「この子供と知り合いで……?」


私は勢いよく首を横に振った。

こんな子供、会ったこともない。少年が一方的に私を知っているのだとしても、王都ならまだしも、ヨルヴィンには初めて来たはずだ。何故私の顔が割れているのか検討がつかなかった。

兵士らの顔は更に厳しいものとなったが、面倒事を嫌ったのか「ですよね」と短く返答した。


「…………お手数をおかけしました。我々はこの子供を連行しますので。では」

「待て待て待て待て!!」


少年はけたたましく叫んだ。


「マジで何も盗んでないって!信じてよ!!」


兵士たちは少年を連れてこの場から立ち去ろうと、すでに私に半身を見せていたが足を止めた。

片方の兵士が眉を吊り上げる。


「うるさいぞ!いい加減にしろ!!」


さらにもう片方は、腕を振り上げた。


「大人しくしないと一発……」

「待ってくれ!!」


私は思わず口を挟んだ。

同時に、右手と右足が一歩前に出る。

急に割り込んできた私に、兵士たちは再び顰めっ面を向けた。声にこそ出していなかったが、その顔からは「面倒をかけるな」というセリフが見て取れた。

私は一瞬たじろいだ。が、すでに足を踏み出してしまっていた分、後には引けなかった。

私はしどろもどろになりながら、言った。


「は、はな、離してやったらどうだ……?」


その言葉を口にした時、私の中に不意に懐かしい気持ちが滲み出した。忘れていた温かさ。血と吐瀉物を掻き分けて、あの人の、あの快活な優しさが浮かび上がり、私を後押ししてような気がした。


「離して、やってくれないか?その子供は……盗んでないと言ってるじゃないか」


少年の顔からは笑みが溢れた。

代わりに兵士たちの頬は怒気の色が染まった。


「……やはり知り合いなのですか、近衛騎士殿」

「そういうわけではないが……やっていないという者を無理矢理連行するのはどうかと……」

「子供は嘘をつきます。それに、まあ王都ではどうかわかりませんが、ここヨルヴィンでは疑わしきも厳しく罰するのが慣いですので」

「じゃあ、お前たちもその子供が……無実かもしれないって思ってるってことだな?!」


兵士の1人が「チッ」と舌打ちをした。そして小声であったが明らかに「これだから女はガキに甘い」と憎々しげに漏らしたのが聞こえた。

普段の私ならここで一発大言でもかますところだが、今の、ジョフリーに手足も出なかった私には、そのエネルギーはなかった。

しかしそれでも、私は身を翻すことはできなかった。

私はすでに少年助けたいと、思ってしまっていた。

ここで動かねば、私は自分自身への信頼を更に失ってしまいそうだった。


「いっそのこと……その子を、ここで丸裸したらどうだろうか!」


私は両手をバタバタ振りながら言った。


「身体検査だ!そしたらソイツが盗んだか否か、明白になるだろ!」


私の提案に少年の顔はさっと青ざめたが、私は見て見ぬふりをした。スマンが無実の証明のためなら、往来で全裸になることくらい我慢してもらう必要があった。

兵士らは私を睨みつけながら、何やら互いに耳打ちをしている。

私は拳をグッと握り締め、今度何か言われたら少しくらいは言い返してやろうと思った。

そして兵士の1人が何かを発しようと、口を大きく開けた時だった。

兵士の背後に影が現れた。

それはまるで兵士自身の影が天に向かって立ち上ったかのようだったが、影は兵士よりも大きく、また実態を持っていた。


「離してやれ」


低く響く声が、影から兵士たちの頭上へと振り下ろされる。

私は視点のピントを、巨影に向けて合わせる。そしてそれが、既知で意外な人物であることに目を丸くした。


そこに立っていたのは、近衛騎士団第二小隊小隊長、カムデン・レノックスだった。


兵士たちは恰幅のいい肩を震わせて、背後を振り返った。

まずカムデンの浅黒いスキンヘッドの顔を見上げて、「何だお前ッ!」と金切り声を上げた。

が、すぐにその男が私と同じ格好をしているのに気づいて「こ、近衛騎士…!」と狼狽した。

その様子に構うことなく、カムデンは先ほどと同じ調子で言った。


「その子供を離してやれ。兵士が無辜の幼子をひん剥いたとなれば、噂になる。士気にも関わる」


兵士は「なッ…!」と声を上げた。動揺し、顔を赤黒く変化させる。

その一瞬の隙を、どうやら少年は目ざとく察知したようだった。

少年は細い体をしなやかに拗らせて、兵士たちの腕からするりと抜けた。そして軽やかに地面へと着地すると、そのまま路地裏へ走っていってしまった。


「ありがと〜〜〜!近衛騎士さんたち〜〜〜!」


少年の高いソプラノの謝辞が響く。しかしその姿はすでに雑踏の中へと消えてしまっていた。

後には私とカムデン、そして兵士2人が取り残された。

兵士の1人が額に汗の玉を浮かばせ、怒りの矛先を私たちに向けた。


「…………ッこのことは駐留隊隊長に報告させてもらうからな!」


しかしカムデンは眉一つ動かさなかった。


「それではこちらは、騎士団騎士長に報告させてもらおう」


兵士たちの顔は更に険しくなり、青くなった。

しかしそれ以上言い返す言葉がもうなかったのか、忌々しそうな目線をカムデンに向けながら、この場から去って行った。1人はカムデンの足元に唾を吐いたようだが、それでもカムデンの表情は一向に変わらなかった。


私は少し、呆気に取られていた。

カムデン・レノックスといえば、ジョフリーの腹心だ。

数日前の廃村では旧北軍残党を狩る目的で、私の第七小隊を囮にした男だ。そして重症を負った第七の仲間を見て、奴は言ったのだ。「結構だ」と。

そんな奴が何故、あの少年を助けた……?

私の心中に沸々と怒りが蘇ったが、同時に当惑がベールのように上から被せられてもいた。

その結果、「……なんで」と水分を失って擦れた声が、私の口から零れた。


「なんで……あの子を助けたんだ……?」


カムデンはその場から動くことなく、ごく冷静に答えた。


「見たところ冤罪だったからだ。あの子供が服の下にパンを隠している様子もなかった」

「それは……それはそうだけど!でもなんでわざわざ……お前が……」


廃村での惨状がフラッシュバックし、私は奥歯を噛んだ。


「だってお前は…ッ!作戦のためなら人の犠牲なんて気にしない癖に……なんでッ……!」

「……今は作戦外だが?」

「グッ……そうだけど……そうだけど……ッ!」


作戦内なら無辜の者が傷ついてもいいのかよ!

私は心の中でそう叫んで、実際には口にしなかった。

カムデンは依然無表情で、私が何を言ったとしてもその眉一つ数ミリも動かなそうだった。


「……ッもういい!」


私は踵を返し、その場から立ち去った。

意味がわからん、どういうルールで動いているんだ、と苛つきに任せて石畳を勢いよく蹴飛ばした。

すると、カムデンの巨体が私のすぐ横にぬっと現れた。私は「は?!」と顎を落とし、歩きながらカムデンを見上げた。


「何で付いてくんだよ!」

「ただ行き先が同じだからだ。この方向には宿屋がある」

「……ッつーか!お前、なんでこんなところにいるんだよ!」

「用があるからと騎士長に席を外せと命じられた。ワタシには取立て用がなかったから街を見て歩いていた……まあ」


カムデンは顔を前に向けたまま、漆黒の瞳だけをこちらに向けた。


「貴様がここにいるということは、騎士長の用は終わったようだが」


私はハッとして、その場に足を止めた。

ジョフリーと対峙した温かな密室、テーブルを汚したインクを思い出し、心臓がバクバクと跳ね上がった。


「じゃ、じゃあお前も……知っているのか……?私のこと……どこまで知っているんだ……?」


カムデンはそのまま歩み続けていたが、私の質問を背に受けて、立ち止まった。

そして半身だけ私の方を振り返り、


「必要な分だけ」


と短く言った。

カムデンの、光をも吸収してしまいそうな漆黒の瞳が、じっと私を見つめていた。


「どういう…!」と私は食い下がろうした。

が、瞬間ぞくりと背筋が粟立った。

ほぼ同時に、それまで感情というものが見えなかったカムデンの表情が強張る。

風がなぎ、透明な固体となって、その場に私たちを閉じ込めた。

世界はまるで、静止画のようだった。

雑踏が遠くなり、自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。

色彩さえ、薄くぼんやりとしている気がする。

なんだ、これ……と、私はあたりを見まわした。

誰も、いない。

店々が立ち並ぶ狭い通路には、つい先ほどまでまばら人が行き交っていたはずだが、彼らの姿は忽然と消していた。

彼らが消えた。と言うより、私とカムデンだけ別の空間に移された。と言う方が感覚的に正確かもしれない。

いるのは確かに今までと同じ、ヨルヴィンの通路であるはずなのに、まるで次元が異なるような感覚だ。

日常というレイヤーから切り離された空間。

私とカムデンはたった2人、その空間に立っていた。

だがどうやら、ここにいるには私たちだけではなさそうだった。

私の神経が、針のように逆立つ。それはカムデンも同じだったようで、目を細め眼光を鋭く光らせていた。


「……囲まれているな」


カムデンの言う通り、私たちは見られていた。しかしどこから見られているのかわからなかった。

あるいは道の曲がり角から、あるいは店舗の二階から、あるいは地面から。私たちに向けられた殺気は、壁を跳弾しているかのように四方八方から迫ってきていた。

私は先日の夜間奇襲を思い出し、身震いした。あの時も闇によって敵の姿が見えず、どこから狙われているのかわからなかった。ただそれは敵側も同様で、彼らは火の光を頼りに弓矢を放ってきていた。その分あの時の方が、まだ相手の考えを読みやすかったのかもしれない。

ここは太陽光が隈なく降り注ぐ、昼間の街路だ。下手に動けば、何が起きるかわからない。

私とカムデンは視線を合わせた。お互い無言であったが、共に「次にどう動くべきか」と探っているのがわかった。

……動けない。かといって、このままでいるわけにもいかない。

私はジリジリと足をずらし体の重心を下げる。そして数秒後の、動き始めた自分の姿をイメージした。


「よっすよっす、近衞騎士さんたち」


その甲高い声は、私とカムデンのちょうど中間地点から聞こえた。私とカムデンはまた同時に、声の方向へと顔を向けた。

そこにはちょうど、路地裏へと続く更に狭い小道があった。明るい街路とは対照的に、建物で阻まれた小道には陰が落ちている。

その薄暗い隠れ蓑から歩み出てきたのは、先ほど兵士たちに捕まっていた、あのニット帽の少年だった。


「さっきはありがと!マジで危なかったわ、助かった〜」


少年はそう言って、子供らしく頬を上げて笑った。

だが相変わらず帽子で目が隠れているせいか、その本心は図れない。しかもこの殺気包囲網の中だ。その笑みは最早無垢というには酷く不気味だった。

少年からは明確な敵意ーー殺意こそ感じられない。が、この空間において気兼ねなく振る舞えるということは、少年が飛び交う殺気の仲間であることを示していた。


「…………何者だ」


カムデンが言った。


「『これ』は……貴様の仕業か?」


その声は緊張で帯びていたが、この状況下で質問できること自体に、私はある種の感嘆を覚えた。

しかし少年は笑みを取り下げると、「今は言えない」と声色を年不相応な冷たさに変えた。


「とりあえずは、この機会を逃したくないと思う」


私がその言葉の意味を理解する間は、なかった。

瞬間、私は首に強烈な衝撃を受ける。

脳が揺れ、視界がぐらつき、全てが白んでゆく。

「あ、これ脳震盪」と思った時にはもう、立っていられなかった。

私はその場に膝をつく。

そこにニ撃目が後頭部へと振り下ろされる。

鈍い音。決定打。

私の意識はそこで、ぷつりと完全に途絶えた。








目を開けた。

つもりが視界はまだ暗かった。

私は闇の中にいた。

夢を見ているのだろうか、と思ったが、後頭部に走る鋭い痛みが、これが現実であることを教えてくれた。


「……ッ痛つ……」


私は反射的に頭を手で抑えようとした。

が、動かなかった。

体を左右に動かしてみたが、びくともしなかった。どうやら私は何かを背もたれにして、体育座りをしているみたいだが、両手を背後に回され拘束されているようだった。両足も同様で、自由が効かなかった。


「……な、なんじゃこりゃあッ!」


動かせるのは口くらいだった。

私はその口で堪らず叫び上げてしまうと、背後から「煩い」という低い声が聞こえた。

それはカムデンの声だった。


「ようやく起きたか。だが静かにしろ。敵がいつ来るかわからない」

「つーか何これ?!何この状況?!私今縛られてんの?!」

「だから、騒ぐな」


カムデンは至極冷静な調子で言った。


「ワタシは貴様より先に目を覚ましたから多少落ち着いている。目も慣れてきている。おそらくワタシたちは納屋のような場所の、柱にくくりつけられている。誰の仕業がわからないが、あの子供が関わっているとみて間違いないだろう」


あの子供、とカムデンが言ったのを聞いて、はっと私は意識を失う前のことを思い出す。

そうだ、私たちはヨルヴィンの街路で奇妙な感覚に陥った。

周囲から人が消え、私たちだけが別世界に飛ばされたような錯覚。しかし四方八方から見えない殺気で囲まれた感覚。

そこに、私たちが兵士から助けたはずのニット帽子の少年が現れ、そしてーーーーー暗転。


私の頭は再びズキリと痛みを発する。

首も後頭部も人間の急所だ。そこをほぼ同時に殴打されたとなればひとたまりもない。

それはおそらくカムデンにとっても同じだったのだろう。見えはしないが状況的に、カムデンも両手足を拘束されているようだった。そして私と背中合わせに座っているらしい。

納屋?の中は薄暗く、窓には板が嵌められ、ここが何処で今何時くらいかもわからなかった。目に映るは暗闇のみ。心臓が深く冷たい鼓動音を鳴らす。

私は軽くパニックを起こしそうになったが、深く息を吸い、そして吐くことでそれをなんとか納めた。暗闇の空気はカビ臭かった。


「……つーか」


幾分か平静を取り戻した私は、再度深呼吸をした。


「縛ってんのって、コレ、ただの縄だろ!なら魔術で身体強化すれば……!」


私は意志と感情の流れを、手足に集中に集中させる。指の先端がビリビリと熱くなる。そして「断ち切るッ!」と強く力を込めながら、縄を引きちぎろうした。

…………が、縄は鉄にように固く、手応えがなかった。力が縄に留まらず、外へと逃げていくような感覚がした。


「やめておけ」


カムデンは冷めた様子で言った。


「それはもう試した。力づくでだが、びくともしなかった。それこそ、縄に魔術が使われているのだろう。ワタシは魔術に疎いから、仕組みはわからないがな」

「ぐ……力でダメなら……」


『デュアル』を使えば。

……と、思った瞬間、私は硬直した。

息が止まり、喉は詰まって乾いてしまう。

いやだ、と心が拒否した。

できない、と魂が拒絶した。

そんな自分に自分で驚き、私はキツく瞼を閉じた。背中に回った自分の手が、震えているのがわかる。

執着が、私の中に膨れ上がっていく。


『デュアル』多用が原因で、私の魂は『アリア』から離れかかっていた。私と『アリア』にズレが生じていた。

だからもしまた魂体分離を行えば、二度と戻れなくなる可能性すらあった。

つまり『デュアル』の使用は、私の死に直結していた。


いやだ、できない、こわい。

この自由な体を、手放したくない。


このような明らかな危機的状況においても、私の脳内は「死にたくない」という思いで埋め尽くされてしまった。


「……ッカムデン!」


私は目を開いて首を捻り、背後を向いた。

利己的な執着を、何より自分自身から誤魔化したくて、反対にいる者の名前を叫んだ。

幾らか目が慣れてきたのか、暗闇の中にカムデンの拘束された足がぼんやり見えた。


「一緒に力を合わせれば……なんとかならないか!」

「……なんとかとは?」

「こう……柱を壊したりさあ!」


カムデンは深く嘆息を吐いた。


「無理、というか、無駄だろうな」

「は!?やってみないとわからないだろ!」

「仮にできたとしても、それからどうする?ここがどこかも、外の状況もわからない。無駄だ。このままの状態で、相手の出方を伺う方がまだ勝算がある」

「勝算て……」


私が言葉をためらうと、カムデンは語気を強めた。


「ワタシは勝算のある賭けをする。アリア・サマセット、ワタシは貴様とは違う」


その言葉には、常に平坦な彼らしくない感情、抑えきれなかった怒りのようなものを感じた。

貴様とは違う。

前にもそう、カムデンに言われた時のことを私はまだ鮮明に覚えていた。


「…………ハッ、勝算のある賭けね」


私は前を向き直った。

暗闇の中に記憶が投影される。

あの朝、あの廃村、あの夜襲を受け、『騎士長の作戦通り』に傷つき疲弊した第七を前にして、この男は口にしたのだ。

ーーーー勝算のある賭けだった。貴様の無謀とは違う。


「じゃあお前にとって……ジョフリー・タウンシェンドに従うのは『勝算がある賭け』ってのかよ!」

「そうだ」


カムデンは間髪入れずに答えた。


「逆に貴様の方が度し難い……貴様は騎士長から、協力要請を受けたのだろう?それ相応の対価と共に」


私は目を見開いた。


「…は、な、なんでッ……!」


なんでカムデンが知っているんだ?!

が、思えば『必要な分だけ知っている』とカムデン自身が言っていたのであった。

しかし、どこまで……?私が『アリア』ではないこと、降霊術や禁忌のことまで、カムデンが知っているかは判断がつかなかった。

迂闊に喋れない……そう、私が口淀んでいると、カムデンの方から話しかけてきた。


「何故要請を受けない?対価は十分なはずだ。ああ、それともやはり………やはり貴様も貴族の嫡子、というわけか」

「はぁ?」


私は思わず再度カムデンの方を振り返った。

カムデンは私ではなく、『アリア』に言及しているとわかっていたが、それでも腹落ちしなかった。


「私……『私』がサマセット家の子供だからってことか?関係ないだろ!」


カムデンは変わらず前を向いたままだったが、私に対して静かに憤っていることが伝わってきた。

事実そのイラつきは、彼の声にも表れ始めていた。


「ある。貴族の子なら、賭けに負けたところで、全ては失わないだろう」

「なッ…それならお前だって……貴族出のはずだろ!何が違うんだよ!」


近衛騎士団の中で平民がいるのは、私が作った第七小隊だけだった。故に自動的に、カムデン・レノックスは貴族階級出身のはずであった。


「…………ッワタシは!」


カムデンはそこで声を詰まらせた。

まるで感情を昂らせた自分に驚いたかのように、言葉を止めた。

納屋の中に、一時の静寂が訪れる。

カムデンは息をしているのかわからないほどの沈黙を保っていたが、やがて静かに吐き吐き捨てた。


「……ワタシは……私生児だ」


その声には確かに怒りの色も滲み出ていたが、恥部を晒すかのような躊躇いもあった。


「アーサー・レノックスの……私生児だ……いや、私生児だった」

「私生児……だった?」


私が素直に聞き返す。


「だった……て、なんだ……?」


カムデンは再び黙り込んだ。

私が縛られている位置からは、どんなに首を捻ってもカムデンの顔は見えない。しかし彼が迷っているように、私には思えた。言うべきか、否か。

私も黙ったまま、カムデンの方を向き続けた。

するとカムデンは根負けらしく、少しずつ、辿々しく話を始めた。


「父アーサー・レノックスは外交官だ。いや、当時は外交官の息子、だが、性格は今と同じ。外向的で奔放。夜通し遊び歩く男だ。母は……南方からの流浪者、港街の娼婦だった。何の因果か、父の子を孕んでしまった。だが父に訴えることはできなかった。父は貴族の息子。母は娼婦の1人に過ぎなかった。結局母は1人で産んだ。それが、ワタシだ」


そこまで言うと、カムデンはまた沈黙した。

カムデンの口調はただ事実を述べているだけのようだったが、努めてそのようにしているにも聞こえた。


「1人で産んだ……?」


私は問いかけた。

彼がレノックスの私生児であることはわかった。だが……。


「それじゃあお前は、レノックス家の子にならないじゃないか……どうしてお前は、カムデン・『レノックス』なんだ……?」


カムデンは一呼吸おくと、「……ワタシは……」と話を続けた。


「ワタシは元よりレノックスじゃない。ワタシは娼婦の母の下で育った。生活は困窮していた。日の食事もままならない。いくつパンを盗んだか覚えていないが、そのせいで袋叩きにあった数はもっと覚えていない。ワタシの人生は飢えか、あるいは殴打かで終わるものだと思っていた。しかしある時、それが変わった。なんの前触れもなく、ワタシの前に騎士長が表れた」

「き、騎士長だって?!それって……」

「そうだ。タウンシェンド家の息子、ジョフリー様だ」


私は短く息を飲んだ。

カムデンの人生に、急にジョフリーが登場したのにも確かに驚いた。しかしそれ以上に、カムデンとジョフリーの出会いが、ジョンと姫様との邂逅にあまりに酷似していることに鳥肌がたった。ジョンも姫様に拾い上げられたのだ。元奴隷で、道端で転がっている中から、ある日突然。

偶然かもしれない。が、宿屋のあの閉鎖的な部屋の中で「リアが女王になったから、僕も相応の立場に」と言ったジョフリーを思い出すと、全くの偶然には思えなかった。

カムデンは続けた。


「騎士長はワタシに『自分に協力してくれるなら、レノックス家の正式な子にする』と言った。当時家を継いだアーサー・レノックスには正妻との間に男児がいた。が、病気がちで長く生きられないと言われていた。ワタシは都合のいい存在だった」

「じゃあ…」


私はおずおず聞いた。


「カムデン、お前は……ジョフリーの計らいで、お母さんと一緒にレノックス家に入ったのか?」


しかしカムデンは酷く無機的な声で「いいや」と答えた。


「騎士長が必要なのはワタシだだった。母は無用。選択を迫られた。ワタシは……騎士長の手を取った。生きるために、より生き残るための道を選んだ。老いた母は何も言わなかった。ただ……ただワタシを……ワタシを黒い目で静かに見ていただけだった。ワタシは目を逸らした。母を捨てた。以降母がどうなったかは知らない。生きているかさえも。ただ確実なのは、レノックス家の男児は死んだこと。そしてワタシ

が公的に『レノックス家の跡取り』になったことだ」


私は、言葉を失った。

言えるセリフを、持っていなかった。

代わりに

『勝算のある賭けをする』

という、カムデンの言葉が、今になって腹の中に深く響いていた。


「おれの本当の名前はカマウ。母がつけた。だが捨てた。この国風に変えた。そしてワタシは騎士長の指示の下、カムデン・レノックスになった」


カムデンは賭けたのだ。

母を捨てようとも、名を変え、ジョフリーの手下になろうとも、より勝ち筋のある道に。

より、生き残れる方法に。


カムデンはジョンであり、また私自身でもあった。


「カムデン……お前は……」


私は問わずにはいられなかった。


「後悔、してないのか……?自分の選択に、ジョフリーの手をとったことに……」

「間違っていたとは思わない」


カムデンはまた間髪入れずに答えた。

そして「……故に」と付け加えると、再度私を突き放す厳しい口調で続けた。


「貴様が理解できない。貴族の家に生まれ、裕福に暮せるのに、何故わざわざ男ばかりの騎士団に入った?何故騎士長なろうとする?」


私は反論しようとした。


「そ、それは……ッ!」


だがカムデンが先に言った。


「今もそうだ。何故ジョフリー様と戦おうとする?正直言って勝てる見込みなど薄いのに、何故。戦わずして願いも叶う方法があるのに、何故」

「だからそれは……ッッ!!」


言葉出なかった。

私には明確な答えがなかった。

だからジョフリーの誘いを断りきれなかったのだ。

騎士長にしてくれる確約。

この世界で生き続けられる希望。

代わりに求められるであろう、代償。

それらを迷わず選び取ることも、ガンとして押し返すことも、私はできなかった。


「…………お前にはわからないッ!!」


私は顔を前に振り向くと、そのまま地面に感情を吐きつけた。

お前にはわからない。

それは冷たい地面を跳ね返って、私へと帰ってきた。

お前にはわからない。

そうだ私は、どうすればいいのかが、わからない。


「ワタシにはわからない」


カムデンが言った。

彼の普段通りの平坦な声色を取り戻しつつあった。


「理解もできない。やはりワタシと貴様とでは、立場が違うからだろう」


それは違う!

と私はカムデンを否定しようとした。

が、それよりも前に、納屋内に強烈な光が差し込んだ。私は暗闇の中に表れた、真っ白な長方形の方へを顔を向けた。納屋のドアが突如開放されたのである。

眩しい。直視できない。

私は目を細める。

するとその狭まった視界の内に、光を背にした影が3つ表れた。左右の影は全く同じ形と大きさをしていたが、中央の影はやたらと小さかった。


「や〜思ったより時間かかっちゃったな」


中央の小さな影が言った。

聞き覚えがある声だった。

小さな影は、私とカムデンに向かって足を進める。その度に光と影が少しずつ調和していき、声の主の容貌が明らかになっていった。


「よっすよっす、近衞騎士さんたち」


小さな影はあの、ニット帽を被った少年だった。


「お、お前ッッ!!!」


私は驚愕と共に吠えかかった。

直前まで抱えていた、行き場のない気持ちを発散するかの勢いだった。


「やっぱりお前の仕業かッッ!!私たちとっ捕まえてどういうつもりだよッッ!!!」


少年は「ハハハそう怒んなよ」と笑った。


「こっちだってそれ相応の覚悟でやってんだ。ちょっとばかりの荒事はするよ。あ、ちなみに実際にお前らを捕まえたのは、この2人ね。紹介するよ」


そう言って少年が軽く手を上げると、両脇に立っていた全く同型の影が納屋の中に入ってきた。

双子だった。私はゾッとした。人形のような双子だった。

肌は青白く、血の気がない。脱色した髪を顎まで垂らし、1人には黒目しかなく、もう1人には片方には白目しかなかった。


「ユールとソール。あたしの付き人みたいなモンだよ」


双子は全く同じタイミングで、私たちに一礼する。

私にはどちらはユールでどちらがソールが判断がつかなかったが、とにかくこの生気のない双子が、あの殺気包囲網空間や急所への二度打ち、そして力を外に逃す拘束縄を仕掛けたことはわかった。


「……それで」


カムデンが言った。


「その付き人を使って、ワタシたちを処分しにきたということか?」


カムデンが言った。

重低音が納屋内に響き、空気をピリつかせる。

カムデンの緊張は柱や地面を介して私にも伝わり、肩を強張らせた。

結局、この少年は何者なんだ。

本当に、私たちを処分するつもりなのか。

このまま攻撃されたら、私たちはどうすればいいんだ。


しかしそのような私の懸念の他所に、少年はあっけらかんと「ちがーう!」と両手を広げた。


「あたしはお前たちに、協力して欲しいんだ!」


私は「はぁ?!」と素っ頓狂に叫んでしまう。「流石に意味がわからん!」とも声を張り上げてしまう。

少年はやれやれと言った具合に肩を竦めると「ここまで話をつけるのに苦労したんだ」と、目深く被った帽子に手をかけた。

そして、それを勢いよく脱ぎ捨てる。

帽子に抑えられていた金褐色の髪が、空気中にふわりと広がった。短い毛先が縦横無尽にくるりとカールしている。

そして目、今までずっと隠れていた目がついに姿を現した。

その瞳は髪と同じ色の長いまつ毛で縁取られ、エメラルド色に輝いていた。


私はその宝石のような両眼を見て、自分が大きな勘違いをしていたことにようやく気がついた。

この子供はーーーー少女だった。


「あたしはオードリー・ノース・キャンベルである!お前たち近衞騎士が探している、キャンベル家の生き残りだ!」


キャンベル家の遺児、オードリーは高らかに宣言した。


「お前たちに協力を要請する!」




一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xでも同名で更新ポストをしていますが、日常垢を兼ねてるので、更新を追うにはブルスカがお勧めです)


コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!

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また、大きく動きますね まさかキャンベルさんがそんな強キャラだなんて思いませんでした ちょうど「何度も生き返る男」の映画を観ましたが、やはり「何度死んでも怖いし嫌だ」って、そりゃそうよ むしろ生き返っ…
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