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(47)闇夜

3日間の停留を経て、4日目の朝、近衛騎士団北部遠征隊はベルミナを出立した。

最終目的地は変わらず、北方都市・エンフェルであるが、その間にもう一つ補給地点があった。

ヨルヴィンである。


ヨルヴィンは、古来からの城壁に囲まれた城塞都市である。先の南北内戦では激戦地となったようで、内戦終結から数十年経った今でも、まだ完全な復旧には至っていないらしい。

ただ南軍(つまりランカスター軍)勝利時に、『入念な整備』が行われた結果、ヨルヴィンは『南部に友好的な街』として再建されつつあるようだ。

その大きな要因の一つが、王都から派遣された駐留隊、俗称ノースウォッチである。


「つまり……ノースウォッチが街を監視しているコト?」


移動の道すがら、私はそれとなくイーサンに訊ねた。「便宜上そうですが」と、イーサンはメガネの中心を抑えつつ、答えた。


「実際の監視先はエンフェルです。エンフェルは賊軍…いや、旧北軍の主要都市でしたからね。『ノースウォッチ』の俗称たる所以です」


『北を監視する』……なるほど、と私は頷いた。

確かに、鎌倉幕府は京都に六波羅探題を置いた、と日本史で習ったなあと、語呂の良さだけで覚えていた遠い記憶が蘇る。


「でもよお、ならエンフェルに駐留隊を置かねえんだ?」


そう声をかけてきたのは、後ろで私たちの会話に聞き耳を立てていたアンドリューだった。


「なんで手前のヨルヴィンに駐留させてるんだ?」


イーサンは険しい顔をして、後ろを振り返った。


「ヨルヴィンの『整備』は、壊滅した街の復興という大義名分で、駐留隊の配備も容易だったんだ。対してエンフェルはさほど大きな被害はなく、文化的にも南とは異なっていた。だから物理的にも心理的にも、当時の南軍が介入する隙がなかったんだ」

「……ううむ、よくわからんが、ややこしい状況なのはわかった」


アンドリューは馬の手綱を握りしめながら、眉間に深い皺を作る。


「まあ南と北が、ほとんど別の国みてえなのはそうだな。ここまで遠征してきて、確かにそう感じるぜ」

「……もちろんこの国はランカスター王家による統一国家だ。だが隅々にまで目が届いている訳ではない。旧北軍主家の遺児がエンフェルに隠れているとなれば、女王陛下も気が気ではないだろう」


旧北軍の主家とは、キャンベル家である。

南北内戦の遺恨を残し、様々な格差問題を抱えるこの国では、反ランカスターを謳い、国家転覆を狙う者たちも少なくない。

その際、持ち出されるのがキャンベル家で、処刑や禁固をすり抜けて存在するその遺児は、実際に象徴として祭り上げられた。

その一つの結果が、千秋祭での爆発事件である。


私は今でも、あの一連の事件が煮凝りなったような夢を見ることがあった。

爆音。粉塵の匂い。狂乱の声。


「私たちが遺児を確保して、王都に連れて帰れば……」


私の疑問は自然と口に出ていた。


「北は象徴を失って、エンフェルまでウォッチが進行する……ということなのだろうか……?」


イーサンは私へと顔を戻すと、微妙な表情で「そこまでは……わかりません」と小さく首を振った。


「ただキャンベル家と王家が繋がれば、反乱の火種は鎮火されるでしょう。そうすれば、先のクーデターのような事件も抑えられる…………オレも、あんな事は二度と起きてほしくないです」


そう付け加えたイーサンの顔には、陰りの色が浮かんでいた。

もしかしたら彼の脳裏には、千秋祭の爆発事件ではなく、その後の王宮で起きた惨劇が浮かんでいるのかもしれなかった。


赤の間。黄金の装飾。謝罪の言葉。抜かれた剣の光。血。血。血。

胸が、切断されたかのように痛くなる。


私も、あんな事は二度と起きてほしくなかった。


傷口から流れ出る血の熱さが、その思いをより一層強くさせた。


そのためには、やはりキャンベル家の遺児は見つけ出して、王都へと連れて帰らねばなるまい。


「……そうだな」


私は明るい声色を出して、言った。


「この遠征、私たちの手で成功させようじゃないか。何、私たちはシカも狩ったんだ。やってできない事はない!」


するとイーサンは顔を上げ、「そうですね」どこか安心したように眉を下げた。


「話は逸れましたが、要はヨルヴィンは我々寄りの街で、故にそこまでの道も比較的安全という事です」


「それじゃあ少しの間、暇ってことだなあ」と、背後でアンドリューが笑った。




実際、ヴェルミナ〜ヨルヴィンまでの道中は暇だった。

もちろん冬の一番寒い時期に北上しているので、分厚い曇り空の下、横から殴りつけるように吹く冷たい風はなかなかに耐え難い。

木々は葉のない広葉樹から、常緑に針葉樹にへと代わり、多少なりとも彩りは増えたものの、その鋭利な葉は私たちの来訪を拒んでいるようにも見えた。

だが気候が厳しい以外に、これといった明確な危険に阻まれることはなかった。

ヨルヴィンまではおおよそ6日の工程で、王都〜ベルミナ間よりも移動時間が短いのも、私たちを安心させた。

野営にはすでに慣れ、夜に焚き火の前で仲間と語らうのは楽しくもあったが、やはり暖かい部屋、柔らかなベッドでの睡眠を冷えた体は欲していた。


ベルミナ北東方面には、幾本かの川が流れていた。それは大河トレントリバーの支流で、年間通して流れは穏やかなようだが、この時期は雪解け水の影響で増水しやすいようだった。おかげで近くの地面は柔らかく、馬や歩兵の足に泥がまとわりついて、歩みを重くさせた。

そのようにして必死に河川を渡って行くと、朽ちた石垣や放置された田畑が目につくようになり、やがて草だらけの廃墟に出くわすようになった。

おそらく内戦時に捨てられた集落なのだろう。

漆喰と木造の家などはほとんど原型を留めていなかったが、一部の石造建築は壁を半壊させ、苔を生やしながらも姿を残していた。


こういった廃墟を、騎士長ジョフリー・タウンシェンドは好んで野営地に選んだ。

確かに荒れ果ててはいても、残された壁はよい風除けになる。特に夜は風が吹くと火種が燃えづらかったので、二方面を囲った廃墟の角などは、火を起こすのに重宝した。


ベルミナ出立から3日目の夕刻。

その日の野営地として選ばれた場所も、やはりそのような忘れ去られたような農村であった。

村の中心には井戸があり、そこにはかろうじて水が残っていたが、黒く濁っていてとても飲めそうにない。

第一、第二、そして私たちは第七小隊は、お互い程度な間隔をとって散らばり、それぞれ野営のためのテントを貼り始めた。


「人の場所を勝手に使っているようで、なんだか落ち着きませんわ」


自身の馬を休ませながらながら、パトリシアは言った。

頭上ではワタリガラスが鳴いていた。その人の叫び似た声に、パトリシアの顔から血の気が引いていく。

彼女を安心させるためか「確かに少し薄気味悪いね」と同情したのは、ピーターだった。


「割と家屋が残っているからかな……もちろんもう人は住んでいないだろうけど」


ピーターの言う通り、この廃村には倒壊を免れた家々が多く現存していた。そこには誰もいない、とわかっていても、いた形跡を感じると、竦み上がってしまう。夕闇の視界の悪さが想像力を刺激して、私でさえ「今誰かいなかったか?」と振り返ってしまったほどである。

故に種火が薪が燃え移り、死に絶えた光景を赤く染め上げた時には、私のみならずみんな安堵の表情を浮かべた。そしてパチパチと聴き慣れた、軽快な音を頼りにして、みんな火の周りに集まってくるのである。


その夜はとても寒かった。

度重なる渡河と足を取る泥濘で、拭いきれない疲労も積み重なっていた。

私たちが明るい火に安心し、食事で内臓を温めて、頭を煙らせたことは、ある程度避けられない事態だっただろう。言ってしまえば、多少なりと気が緩んでいた。

私たちはみんな、また明日の朝、太陽の光を浴びて活力を取り戻すと信じて、テントの中に入った。


だが事件は、真夜中のうちに起こったのである。


動物じみた絶叫が、野営内に響いた。

次にバタバタと何かが薙ぎ倒される音、そして「火が、火が!!」と狂乱した声。


その喧騒はテントの中まで貫通し、私の耳まで届いた。

夢の浅瀬にいた私は、即座に目を覚ます。

だが夢がまたあの悪夢なだけに、聞いた声が現実かどうかすぐには判断がつかなかった。


「アリ!起きろ!!」


という声と共に、私の背中が蹴られる。

それからテントの布が翻り、奥に満点の星空が見えた。遠ざかるジョンの後ろ姿の代わりに、冷たい空気が雪崩れ込んでくる。


全身が身震いする。ああ、これは現実だ。


「どうしたッ!!」


私は飛び起き、弾かれるようにテントから出た。

そして目を疑った。

寝る前は穏やかだったはずの安寧の炎が、私の背丈を超えて燃え上がっていたからである。


テントが……燃えている!?


「なっ……」


何が起きた、と私が声を発する前に、また別のテントが炎に包まれてる。

それは飛び火なのではなく、明らかに火炎そのものが投げ入れられたような燃え方だった。

テントの中から第七の隊員が飛び出し、地面にのたうちまって、体についた火を懸命に消している。

ジョンは忌々しげに「クソッ火炎瓶か」と奥歯を噛んだ。


「アリ、俺たちは夜襲を受けている」

「夜襲ゥ?!一体誰が…!」

「お前はまず皆を呼べ!一か所に集めて、落ち着かせろ!」

「何がどうなって……」

「俺は周囲確認する!お前たちは円陣を作って、防御に徹しろ!こんなところで兵を失うな、いいな!」


「わ、わかった」と私が言うのを聞くやいなや、ジョンはローブを被り、走ってどこかへと行ってしまった。ジョンの後ろ姿はローブに色も相まって、闇の中にすぐに消えていった。

その光乏しさは私を恐慌へと落としかけた。酷く、暗い。が、しかしジョンがやるべきことを提示してくれた。私はなんとか踏みとどまり、辺りを見回した。そして焚き火の元へ走り、指先が焼かれるのも気にせずに、燃え盛っている薪を手に取った。


「敵襲!!敵襲だーーーーーッッッ!!」


私は叫び、炎を頭上へと掲げる。


「第七小隊ーーーーッッッ!!私はここだ!!ここに集合するんだッッッ!!」


どうかみんな…この光を頼りに来てくれ!

その思いが自然と私の腕を揺らし、共に薪の炎も闇夜に揺れた。


瞬間、私の頬を何かが掠めた。


背筋に悪寒が走り、頬が発熱する。

な、なんだ?何が掠ったんだ?!?

私は頬に触れ、そのぬるりとした感触を拭って、指を見た。

血。


「小隊長ッッッ!!!」


側面からイーサンの声が届く。

焦燥を色濃く滲ませた足音が、地面を蹴り飛ばして近づいても来ている。

しかし私がそれを認識した時には、すでに私の体は横へと弾き飛ばされていた。と同時に私は炎を手放し、その明かりの中で「ぐぁ」とイーサンが短く声を上げるのを聞いた。


「イーサン……イーサンッ!!」


私は体を起こして立ち上がった。

「いや違う、きっと見間違えだ!」と光の中一瞬目撃したシルエットを懸命に否定しながら、すぐさまイーサンの元へと駆け寄る。

薪を燃やす炎に照らされながら、イーサンは仰向けに倒れていた。顔を押さえながら、首を反らせて悶えている。

私はイーサンの顔を見て、愕然とした。

見間違えではなかった。

イーサンのメガネは砕け、頬骨には鮮血が飛び散り、眼窩は黒ずみ始めている。


「イ…イーサン……」


私は彼の前で膝をついた。

イーサンの右目には、弓矢が突き刺さっていた。


「小隊、長……無事、ですか……」


イーサンは言った。それは苦痛の中、それでも絞り出したような声だった。

胸にさまざまな言葉が湧き上がった。だがそれらは喉で詰まり、喘ぎに変わって私の口から漏れた。

その間にも、第三、第四の弓矢が地面を刺し、砂を巻き上げる。

今更ながら、私は「ここに光があるから狙われているんだ」ということに気がついた。

弓矢がまた、地面に突き刺さる。

このままでは危ない。火をどこかに放るべきか……?

いや、今は……!!

私はイーサンの上に覆い被さると、大声で叫んだ。


「誰か…ッ!誰か盾を…盾を持って来てくれ……ッ!!」


仲間への合図となる、この光は絶やせなかった。

鋭利な鏃は何度か私の足や肩を擦り、いよいよ急所に近づいてくる。


「誰か……ッ!」


私は目を固く瞑り、イーサンの体にしがみつきながら、最早祈るような気持ちでそう願った。


すると、風が吹いた。

そのどこか生暖かい風は、私の傷ついた頬を柔らかく撫でて、過ぎ去っていく。


「小隊長!」


私は強張った瞼を開ける。

そして恐る恐る背後を振り返る。

そこには、


「すんません、遅れました!」


そこにはアンドリューが、ボブが、ピーターがいた。

みんな手には盾を持ち、私たちを助けにきてくれていた。


「こっちでも無事な奴らを集めてました!大丈夫すか、小隊長!」


私は安堵で思わず「大丈夫」と言いかけた。

しかし寸のところで、それを飲み込んだ。

大丈夫ではない。大丈夫ではないのだ。

私は動転している心を無理矢理奥へと押し込み、アンドリューに言った。


「イーサンが負傷した。お前たちはイーサンを護ってくれ」


私の言葉に誘導され、3人の顔がイーサンへと集まった。3人がたじろぎ、息を飲んでのがわかった。

「バ、バーナード分隊長……」とピーターが漏らしたのも束の間、敵が私たちの再会を待ってくれるはずもなく、弓矢は容赦なく降ってくる。


「早く!イーサンを護れッッ!この際、私のことはどうでもいいッッ!!」


焦りに急きたてられた私が怒号を飛ばすと、3人はハッとしたかのように動き出し、イーサンを中心にして円陣を組んだ。

私は「よし」とイーサンを上から退いた。

イーサンの顔は苦痛に歪み、頬は冷や汗で濡れて、火の光を反射していた。息は荒く、胸は激しく上下している。

すまないイーサン、もう少し辛抱してくれ。

私は声に出さずにそう言うと、アンドリューの脇に移動し、片膝をついた。アンドリューの盾には、すでに弓矢が数本刺さっていた。

アンドリューは私の顔を見て、不安気に言った。


「まさか小隊長、自分は討って出る!とか言ったりしませんよね…?」


私は「いや」と首を振った。


「流石に無理だ。誰がどこにいるかもわからん!」


私は自身が、少しずつだが平静を取り戻しつつあることに気がついた。

敵はいまだわからず、頼りにしていた部下も負傷して、状況は最悪だ。


「だが、今は耐えるしかない……護りを固めるぞ!」


私は「驚くなよ」と断ってからーーーー『デュアル』を使用した。

体から引き剥がされる感覚と共に、私の魂は外界へと抜けて出る。

アンドリューとピーターは分離した私と『私』を見て目を丸くしていたが、私は構わず彼らに命令した。


「私の『体』をここに置いていく。盾持ちに使ってくれ」


アンドリューは顔を左右に振りながら「た、盾持ちって…」と狼狽したが、ボブが横から「大丈夫っすよ」と言った。


「そっちの『小隊長』は馬にも乗れるっすからね」


さすが一度『コレ』を見ているだけある。私はボブを見て頷き、再び口を開く。


「私の方は盾と…できれば仲間を集めてくる!お前たち、耐え忍んでくれ!」


それだけ言って、私は体勢を低くしたまま走り出した。

仲間たちの光が遠ざかり、私は闇の中へと紛れていく。

暗い中を走り回ることは驚くほど簡単だった。すでに夜に目が慣れているのもあり、私はある程度は状況を把握することができた。

全てのテントが燃やされたわけではなく、目標を外した火炎瓶がいくつか地面の上で燃えていた。敵が切り込んで来ているわけでもなく、ただ闇夜を照らす光に向けて、弓矢を放ち続けているようだった。

もしかしたら、敵の数はそう多くないのかもしれない、と私は思った。

敵は私たちを混乱させて、隙を狙って来ているだけだ。つまり私たちと正面衝突できるほど、兵力があるわけじゃない。


ならばそれこそ、討って出るべきなのでは?


しかし私は首を振り、その好戦的な考えを打ち消した。

違う、今は護るべきだ。敵数は臆測に過ぎないし、何より仲間に負傷者がいる。無闇に出て行って、返り討ちにでもあったら私たちは崩壊する!

私は脅威の根本から断ちたい気持ちを何とか押さえながら、狂乱で散らばった防具を拾い集めてはまた走った。途中傷つき怯える仲間たちを見つけたら、アンドリューたちの元へと誘導することに専念した。

敵の排除は他小隊や、ジョンに託すしかない……!

そう最早祈りながら、私はただただ奔走し続けた。


そうしているうちに、月が沈んで、太陽は顔を出し始めた。

恐怖を運んだ闇は煤のように払われ、世界は日の下で色づき始める。


敵の攻撃は、すでに止んでいた。


それは私の祈りが届いたのか、それともただ撤収しただけなのかはわからなかったが、それよりも私は、明るみに出された第七小隊の現状に、愕然とした。


途中からの立て直しで、壊滅までは免れた。

だが思った以上に、負傷していた者が多かった。

テントと共に燃やされ、ひどい火傷を負った者。イーサンのように矢で射抜かれ、体を引きずっている者。

負傷者の数は、軽く見ただけでも小隊の1/3に登っていた。

つい昨日まで元気に笑っていた、私の第七小隊が、今や呻き声を上げる死に体へと変貌していた。


「…………クソッッ!!」


私は感情のまま、地面に落ちた弓矢を踏み折った。


「どうやら作戦は成功したようだな」


私は反射的にその声の方へと振り返った。


「第七は良い働きをした。おかげでつゆ払いが捗った。結構だ」


そこに立っていたのは、スキンヘッドにブロンズ色の肌を持つ、カムデン・レノックスだった。

カムデンは、負傷し疲弊した第七小隊の中において、異様な存在感を放っていた。

彼は無傷で、深く黒い眼には以前鋭い眼光が宿っていた。服だけが、爛れのように赤黒く汚れていた。

それらはその汚れが、誰かの返り血であることを示していた。


それがわかった瞬間、私の脳天は見えない矢に射抜かれたように熱くなった。


「どういう……ことだよ……!!」


カムデンは私を「ああ、わからないのか」と見下し、眉を顰めた。


「先日斥候の際、わざと情報を流して回った。『近衛騎士団がキャンベル家の遺児捕獲のため、北上している』。おかげで賊軍の残兵がよく釣れた。こちらとしても障害は早めに潰したかった」

「…………は、そんな…こと…何も、私たちは何も!知らされていない……!!」

「当たり前だ。釣りには餌があるといい」


カムデンは平坦な声色で言った。


「全員警戒状態だったら、賊軍も我々を襲いづらい。どこかに『隙』がなくてはな」


ドッ!と、砂袋を叩くような鈍い音が響いた。

それは私の足が、カムデンの腹を蹴り飛ばした音だった。

強烈な怒りが私を支配して、考える間もなく私は動き出していた。


「テメェッッ!!」


感情のままに、私は叫んだ。


「第七を囮にしたってことか?!ふざけるな……ふざけるなよッッ!!どれだけの、どれだけの……!!!」


私に中に、イーサンの痛ましい姿がフラッシュバックする。


「どれだけの!仲間が……やられたと思って……ッッ!」


私の慟哭で、カムデンの体は1、2メートルほど後方に下がったが、倒れることはなかった。

カムデンは「ふざけてなどいない」と前傾させた上半身を起こすと、腹についた泥を払った。


「第七がいたおかげで、第一第二は敵掃討に専念できた。これは、勝算のある賭けだった」


そしてここにきて、ほどんど初めて感情がこもった声で、カムデンはこう付け加えた。


「貴様の無謀とは違う」


その憎悪ともとれる声色に、私は一瞬たじろいだ。

カムデンの黒い眼光がより一層力を増して、私を体を突き刺さんとする。

しかし、その戦慄は激昂の炎の前ではすぐに燃やし尽くされてしまった。


「味方騙して作戦とか……賭けとかほざくんじゃねェ!!」

「……そうか、貴様は作戦そのものに批判があると」


カムデンはすでに平坦な調子へと戻っていた。


「故にワタシへの暴行に走ったと。ならば貴様は、ここで処分されてもかまらぬ、ということだな?」

「は?は?!そんなことできるわけ……」

「できる」


カムデンは変わらず直立不動のまま、漆黒の瞳で私を冷たく見下ろし、ごく最低限唇を動かして、言った。


「本作戦は騎士長の意向。作戦に不満があり暴力行為を働くならば、ワタシは騎士長の意志を代理して、貴様をここで処分する」


その言葉に、嘘偽りは一切なかった。


クソッ!

私は内心に吐き捨てるほかなかった。


ここで『処分』されるわけにはいかなかった。

私はもういっそのこと、それでもいい。

だが、他のみんなはどうなる?負傷した者は、どう扱われる!

『アリア』や陛下や、私に託してくれた人たちはーーーーーーー。


クソッ!クソッ!!クソッ!!!


感情の赴くまま身を投げ捨てるには、私は多くのものを背負いすぎていた。


「不満はないようだな」


カムデンは言った。

周囲の気温に関わらず、私の顔からは滝のような汗が流れていた。

汗があごから下たち落ちて、地面に染みを作る。私は歯を食いしばり、両足を止まらせることに精一杯で、カムデンの問いかけに言葉で答えることはできなかった。


カムデンは踵を返すと、私に背を向けて自分の小隊へと戻っていた。

私の沈黙は、どうやら同意ととられたようだった。


私はその場で、体を硬直させていた。

口の中には血の味が広がっていた。




一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xでも同名で更新ポストをしていますが、日常垢を兼ねてるので、更新を追うにはブルスカがお勧めです)


コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!

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そうですよね ふわふわ時間の後は地獄が待ってますよね く"っ"そ"お"う"ぅ"!!!!!
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