(46-0.5)分隊長たち
分隊長。
それは小隊長の手足となり、支える者たちである。
アリア・サマセット率いる第七小隊には、4人の分隊長がいる。
イーサン・バーナード。
アンドリュー・スミス。
ピーター・テイラー。
そして、パトリシア・ビーチャムである。
これら4人の分隊長は、小隊長に余計な負担をかけないように、時折集まることがあった。
そこで話されるのは、主に任務中の細々とした庶務であったが、時折同年代の若者らしく、取り止めのない雑談をすることもあった。
ベルミナ駐留3日目。
物資補給の目処がついたため、任務を終えた第七小隊は心身共に休むべく、宿屋に入った。アリアは騎士長であるジョフリー・タウンシェンドの元へ、報告にと外へと出ていた。
残された分隊長たちはまず一般隊員に休息を命じた後、部屋の隅にあるテーブルについて、今回の補給任務の反省点などを話し合っていた。
が、やはり緊張の糸が切れていたせいもあり、雑談の時間はいつもより早く訪れた。
「あの、わたくし思うのですが」
この日、その先陣を切ったのはパトリシア・ビーチャムだった。
「アリア様と騎士長、このお二人が並んでいらっしゃると絵になりませんか!」
アンドリューとピーターはほとんど同時に鼻白んだ。実際にアンドリューは「おいおい」と声に出して、パトリシアを制した。
「絵になるか別にして……少なくとも小隊長は騎士長のこと、好いてないと思うぞ」
「小隊長、すぐ顔に出るから……」
ピーターもそれに応援し、皆の脳裏にジョフリーと対面する時のアリアの顔を想起させた。
皆、思い出す表情は一様のようだった。
「いや、わたくしはあの2人を恋愛事に結びつけたいわけではなく……」
「つっても『絵になる』って話だったら、やっぱり女王陛下と騎士長なんじゃあねえの?」
「騎士長は王女時代からの婚約者だからねえ……て、あれってまだ続いてるのかな?」
それに対する答えは一同持ち合わせていなかった。
パトリシア、アンドリュー、ピーターに顔が、目を瞑り腕を組んでいたイーサンの方へと向く。
イーサンは瞼を上げると、
「オレに聞くな。オレだって何でも知ってるわけじゃないぞ」
と、一同の期待を一蹴した。
パトリシアは小さくため息をついた。
「七家ならまだしも、わたくしたちの家には、お話が降りてきませんものね」
「まさに宮中って感じだな〜」
アンドリューは宙を見上げるように背を反らせ、両手で落ちる頭を支えた。
「………………小隊長なら、従士殿のとのほうが怪しくね?」
「ジョン様ですか?!」
アンドリューの言葉に、素早く反応したのはパトリシアだった。
「ジョン様もよいですわ!ミステリアスですが、アリア様と強い絆を感じますもの……」
パトリシアは両手で自らの頬を覆うと、まるで我ごとのように顔を赤らめた。
「私としては前から思っていたのだけど」
ピーターがここぞとばかりに、自らのうちに秘めていた考えを述べた。
「従士っているのかな……あの小隊長に」
従士とは。
騎士を補佐や護衛を行う者である。また多くの場合は騎士見習いとして、主人に従属している。
ピーター、パトリシア、アンドリューはお互いの顔を見つめて、ゴクリと唾を飲んだ。
3人は互いに同じことを考えていたが、口には出して言えなかった。
補佐、だけならまだ理解できた。
だが身一つで多数を蹴り飛ばせる小隊長に、果たして護衛が必要なのだろうか……?
そして、そのように騎士としては異質な彼女から、何か学べるものはあるのだろうか……?
「…………ちょ、俺の発言は撤回させてもらうぜ」
アンドリューが言った。
こう改めて真剣に考えてみると、アリアとジョンの関係はいよいよ怪しく思えてきてしまったからだ。
「わ、わたくしは、良き主従だと思いますわ…!」
パトリシアは震えてながらも、胸に手を当て、高らかに宣言した。
「そこに愛が芽生えても、可笑しくないと思いますの!」
「待て待て待て待て!」
アンドリューは伸ばしていた腹部を収縮させ、テーブルの上に前のめりになった。
「確かに言い出したのは俺だが……愛とか恋とかはないだろ!ないない!うちの小隊長は!」
「………でもあの2人って、兵舎では同じ部屋、だよね?」
ピーターがおずおず言った。
そしてそれは、誰もが知っていて、何となく見て見ぬふりをしていた事実だった。
パトリシアは赤面した顔を両手で隠し、アンドリューは「これからあの2人をどう見りゃいいんだよお〜〜」と短い髪の毛を掻き回した。
「お前たち、いい加減にしろ」
これ以上は黙って聞いていられない、といった具合に、イーサンが3人を一喝した。
アンドリュー、パトリシア、ピーターは思わず背筋を伸ばす。イーサンはこめかみを抑えると、「オレはお前たちより長く、小隊長を知っているが」と首を振った。
「小隊長は公私混同する人ではない。確かに従士殿を連れて帰った後からは少し……いや、かなり驚かされることも多いが、その姿勢は昔から変わらん」
そうして、イーサンは軽く息を吐くと、組んでいた腕を解いて、テーブルの上に置いた。
彼はメガネ越しでもわかるほど澄んだ瞳を、柔らかく細めた。
「……変わらないな、あの人は」
しばしの間、分隊長たちの間に静寂が訪れた。
ある者は噂話に興じた自分を恥じ、またある者は行きすぎた想像を内へしまい込んだ。
だが他のある者はまた、余計な思いつきを口にした。
「バーナード……」
その者はやはり、アンドリューであった。
「さてはお前、小隊長が好きだな?」
するとイーサンは「なッッ!!」と熱い鉄板に触れたが如く、その場に垂直に飛び上がった。
「な、ななな、なわけないだろうッッ!!い、今は……ッ」
そして素早く身を隠すように突っ伏すと、イーサンはわなわなと震えて始めた。
アンドリューはニヤつき、ピーターは頷き、パトリシアは「まあ」と吐息をたてた。
3人の分隊長は三者三様の反応をしたが、皆の頭には等しく「ああ、昔はちょっと好きだったんだな」という考えが浮かんだ。
「……今はだなッッ!!」
イーサンは頭を上げた。
彼のメガネは奇跡的に正しい位置に収まっていたが、顔はいまだ耳まで薔薇のように赤く染まっていた。
「今はただ……あの人を支えたいと思っているだけだッ!」
そう言うと、再度イーサンは赤ら顔を俯かせた。
3人の分隊長は顔を見合わせた。各々思惑はあっただろう。しかし、3人とも同じ結論を持っていることに、お互い気がついていた。
3人の顔からは自然と笑みが溢れ、誰からともなく「ははは」と声が上がった。
「バーナード分隊長!それなら俺も思ってんぜ!多少無茶言う人だが、あれが我らが小隊長だもんな!」
アンドリューはイーサンの肩に腕を回して叩いた。
「そもそも小隊長がいなければ、私たちは騎士にもなれていないからね」
ピーターはイーサンに体を寄せて、顔を覗き込んだ。
「わたくしたちで、一緒にアリア様を支えていきましょうね」
パトリシアは両手を叩き、鈴のような声で賛同した。
イーサンはゆっくりと顔を上げた。
そこにはイーサンを揶揄う者は誰もおらず、むしろ共に歩もうとしてくれる仲間の顔があった。
「……そうだな。共に行こう」
宿屋の廊下から、とん、たたん、と軽快な音が響くのを4人の分隊長は聞いた。
彼らにはそれが、アリア・サマセットの足音であることがわかった。何やらご機嫌で、長としては軽薄かもしれなかった。
しかし彼らは、エアリアルの二つ名を持つ彼女の、その身軽さに乗せられて、ここまでにやってきたのだ。
4人の分隊長はお互いの顔を見合わせて、力強く頷いた。
彼女こそが、彼らの小隊長なのである。
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