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(43)敵だと思いましたが、敵でした〜(笑顔)

「…ぅぎぇええ、痛ぇぇぇ……!」


実家を出立する朝、ふかふかの暖かいベッドの中で、私は内股の張りと共に起床する。どうやらここ連日の乗馬訓練が、私の脚筋に洗礼を与えているらしい。

ーーーー思えば最初にこの世界に来た時は、怪我をしていた足に『違和感がない』ことで起き上がったものだが……

今となっては、筋肉痛で目が覚める身である。


「……でも、だいぶ馬にも乗れるようになったぞ」


この世界にも体にも、馬にも慣れた。

黒巨馬・ストームブリンガーはもれなく一筋縄では行かなかったが……幾度の落馬と喧嘩、取っ組み合いの末、時たまお互いが1つの加速物であるように感じる時があった。

私はガバリと上半身を起こして、朝日が差し込む窓の外を見た。


「休暇は終わった!」


さあ北部遠征に、キャンベル家遺児捜索。

なんでもござれ、どんとこいである!





「いってらっしゃいませ、アリアお嬢様」


遠征の出発地点である王都には、馬車を使って戻ることにした。

言わずともエブリンらが手配してくれ、必要な荷物を乗せてくれてた他、遠征に随伴させることにしたストームブリンガーも連れ立てるようにしてくれた。


「お前、馬に乗って行くんじゃないのか?」とジョンが揶揄うように鼻で笑ったが、私はと言うと内股プルプル状態なので、正直王都くらいまでは少し休みたかった(が、そのいけ好かないケツを蹴り上げるくらいの余力はあったので、蹴っておいた)。


サマセット家の門前。

まだ陽が上がってまもない清潔な空気の中、私たちを見送るべく、エブリンをはじめとしたメイドたちが出揃っていた。それは意外と大所帯であったのだけど、中でも一際目立つ人がいた。

それは『アリア』の、母だった。

その人は優美で、でもどこか申し訳なさそうに、絹糸のようなまつ毛で瞳を隠した人だった。

私は彼女を、あの父に大見得張った夜から、あまり見ていなかった。あれから幾ばくかは生気を取り戻したようだが、まだ本調子ではないように見えた。

『私』と似ているーーーそんなふうに思ったこともあったな、と思いだしていると、母は集団から一歩前に出て「アリア」と、声をかけてきた。

と、同時にエブリンがジョンに目配せをして、少しジョンを私から遠ざけた。


しばしそこは、親子だけの空間になった。


何を話せばいいんだろう……と、私が少し迷っていると、母はより一層申し訳なさそうに眉を下げながら「遠くに、行くのね」と俯いた。


「ごめんなさい……私が何もできないばかりに、あなたにいつも、苦労をかけて……」


多分この人は、ずっと、本当にずっと、そう思っているのだろう。

それが自らの業であるかのように、彼女が生涯信じ抜いていくものであり、『アリア』や私でさえも、何を言ったところで、根本を変えられるものではない。

そう、なのだろうけれど。

私は母の、朝霜のように冷えてしまった手を取り、少しでも温められればと両手で包む。


「お母様、ならばついでに私の武運を祈ってください」


母は顔を上げる。

私は彼女の細指に、自分のものを絡めた。


「私はあなたに幸運祈られて、強くなった者たちを知っています」


それは母に見出されたと言うエブリンのことであり、ここまで立派に騎士をやってきた『アリア』のことでもある。


「ですから私にも、どうか祈ってください」


母はきっと、より自罰的な人なのだろう。だがけして、世界の全てを悪く見る人ではないはずだ。

そう、願いながら私は言った。

すると、母の目はじわじわと潤み、雫を落としそうになった。しかし彼女はそれを奥に引っ込めるように瞼を閉じると、再び開いた時には朝露のような輝きを持って、私の手を握り返した。


「ご武運を」


そうして、私たちはサマセット家のみんなに見送られながら、馬車に乗り、扉を閉めた。

やがて馬丁が声を上げると、馬車は車輪をギリギリを鳴らし、前へと進み始めた。

少しずつ遠ざかる安息地に後ろ髪を引かれながらも、私たちは王都に向けて、出立した。







「しかし、サマセット家は位置がよくなかったな」


王都へと戻る途中。

小石を踏んでガタガタ跳ねるように揺れる馬車の中で、ジョンはそうぼやいた。

「どゆこと?」と私が素直に聞くと、まあそうろうなと言わんばかりに、ジョンは腕を組んだ。


「もしサマセット家が王都の西だからな。これがもし北にあったなら、わざわざ王都には戻らんでも、途中から遠征軍と合流できたのに……ということだ」

「ほえ、なるほど?」


私もジョンを模して腕を組み、したり顔で「なるほど、なるほど」と繰り返したが、そんなフリが通用するはずもなく、ジョンは「お前……」を眉を寄せた。


「今だこの国の地理をわかってないだろ」

「わからんね」

「ぐっ……素直に認めるんじゃない……!」


だがしかし、実際わからんのである。

王都ですら、うっすら区画を把握しているくらいだ。それ以上ともなると個人的未開の地である。

ジョンはもう癖になっているのだろう、ため息を吐くと、「まずだな、」と言って、師範代としての講釈を始めた。


「この国が大陸から海峡を隔てた島国であることくらいは知っているだろう」

「え?あ、そうなんだ?」

「ッ……そこからか!まあいい……今から戻る王都は、島の南部にある」

「ほお、日本なら京都みたいなもんか」

「そしてサマセット家は王都の西、島全体で言えば南西部にあたる」

「おお!広島だ!」

「いちいち訳分からん言葉に置き換えるな!」


ジョンはそう、私が説明に茶々を入れるに怒りを示したが、私にだって訳分からんこの国の地理を、知っている物に置き換える権利くらいあるだろう。

ジョンは喉を鳴らすと、話を再開した。


「先の内戦で戦ったのは、大まかに言って国の南軍と北軍。勝利した南軍の筆頭はもちろんランカスター家だ。そして、北軍を率いていたのが」

「…………キャンベル家」


「そうだ」とジョンは頷く。


「終戦時、キャンベル一族は……男は処刑、女は、まあ、監視下に置かれた……はずだった」

「だけどそこから逃れた、女の子がいた……ってわけね」


ジョンはそう言った私を意外そうな目で見てきたが、再び「そうだ」と繰り返した。


キャンベル家の女児は、戦後大陸に落ち延び、今また、島に戻ってきている……。

それは、レイ・ハミルトン小隊長からの手紙に書いてあったことだった。擦り切れるほど何度も読み返した筆跡が、今、私の頭の中で、まるで隊列を組むかのように、整えられていく。

乱世を生き残った結果、反ランカスターの旗印となった、北の幼姫。


彼女自身は、どういう心持ちでいるのだろう。


「そう言う意味では」


と、まだ見ぬ女の子に思いを馳せている私を余所に、ジョンは顎で指を折り曲げ、窓の外に目を向けた。


「サマセット家が王都より北にないことは、ある種妥当とも言える。この島の北部は、本来的にはランカスター派の敵なわけだからな」

「……でも今は南北でランカスターが統一しているんでしょ?敵ってわけじゃ…」

「内戦から20余年。世代や制度は変われど、遺恨はまだ残っている。少なくとも、南からの『進行』に、北は穏やかではないだろうな」


ジョンは手を膝の上に戻し、冬の空気より鋭い視線で、私を正面に見た。


「つまり今回の遠征は、北上すればするほど過酷なる、ということだ。北の民も遺児を護り、隠すだろう。気候的にも厳しい環境になる」

「うぐ…」

「しかもお前と共に行くには、 ジョフリー・タウンシェンド率いる第一小隊、およびその配下とも言える第二小隊だ」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐ」


私は思わず両手で頭を掻きむしってしまった。

女王陛下から賜った『機会』が、けして生優しいものではないことは覚悟していた。

覚悟していた……はずなんだが、進む先、北の人々がけして友交的ではではないのに加え、左右ではジョフリーらが私の行動に目を光らせている……。

おいおい、これってあまりに……四面楚歌ってやつじゃあないのか?!




それからもジョンからの細かいお小言は続いたが、どれも私をさらなる極地へと追い込むこので、私は引き続き頭を掻き回し、王都に着く頃には、せっかく実家で綺麗に結ってもらっていた髪はぐしゃぐしゃになっていた。

さすがのジョンも、これにはいささか不安に思ったのか、「……まあ遠征は明日からだ。今日のうちは休んでおけ」と、ややらしくない心配の言葉をかけてくらいであった。

そうしている間に、馬車は近衛騎士団兵舎近くまでやってきてしまった。

私とジョンは馬車から降りる。サマセット家の馬丁は中まで荷物を運んでくれようとしたが、私がそれを丁重に断ると、少し戸惑った顔をしつつも、「ここじゃお嬢様も、騎士、ですからね」と所定の位置に戻って言った。


「それではアリアお嬢様、お気をつけて!」


そう言って去って行った馬丁に、「ありがとう」と応えた私は笑顔であれたか、わからない。


兵舎の前には私とジョン、そして荷物とストームブリンガーだけが残された。


ま、まあ…とりあえずは荷物と馬をどうにかせんとな……と、ストームブリンガーの手綱を握った時だった。


「いい馬だな」


と急に声をかけられた。

私はそちらに顔を向ける。

すると、そこには巨大な影のような人物が立っていた。影の中、唯一明るい白目の中で、黒い目玉がぎろりと動く。


「アリア・サマセット、貴様にしては理解できる判断だ」


その印象は、彼が逆光に立っていたからなのだが、もしかしたら彼がスキンヘッドにブロンズ色の肌をしていたのも、手伝ったのかもしれない。

加えて彼の背はジョンよりも高く、ともすればストームブリンガーの顔をあたりまで届いていた。


しかし、私は、彼が誰だかわからんかった。


私は目線を横に逸らすと、瞼を高速で上げ下げして、珍しく『こんな時』にそばにいるジョンへと合図を送る。

ジョンは眉を顰めて、眉間に深い縦皺を作ると、「何度か顔を合わせているはずだろう…!」と私に耳打ちした。


「第二小隊小隊長、カムデン・レノックスだ」


だ、第二小隊の、小隊長だと……!


私は目線をカムデン・レノックスのへと戻し、その顔を見上げた。


つまり、先ほどジョンも言っていた、 ジョフリーの配下とも言える小隊長だ。

だが……。


「ありがとう…ございます……」


この人は初手でストームブリンガーを褒めてくれた。『アリア』が選び、私が名付けた馬だ。嬉しくないはずもない。

ジョフリーの配下と言えど、イコールあの奇怪な男と同じ手合いではないのではないか…?

なんならむしろ、狂君の側近こそ、いい人なのかもしれない。

四方を高壁に囲まれたかと思っていたが、これは風穴が開くやもわからん……!


しかしそのような懇願じみた私の予想は、カムデン・レノックスの次の言葉で見事なまでに打ち砕かれた。


「この遠征、よもやこの馬だけで行っても、結果に大差あるまい」


は……?


私は一瞬、何を言われているのかわからなかった。

私が「どういう……?」と思わず聞いてしまうと、カムデンはこの国に住むものとは、多少異なる顔立ちをピクリとも動かず、ただ冷徹に私を見下ろした。


「貴様は、第二小隊ばかりか、騎士長の障害となる」


背骨に電流が駆け巡り、私の体は停止した。

カムデンは私がまだ状況をわかっていないと見て、言葉を続ける。


「大罪人ハミルトンの推薦を受けるなど……度し難い。正常な判断ができぬなら、今回の遠征、辞退を勧める」

「………………何言ってんだ、アンタ」


私は怒りと共に一歩、前に足を踏み出す。


「私は正常だ。遠征の事態などしない」


接近すると、カムデンは私を顎下に納めてしまえるほど巨大であった。カムデンは顔色一つ変えず、目線だけで私を追った。


「ならば更に悪い。そうまでしてまで、貴様は御前試合に出たいということだ」

「そうだ、それの何が悪い」

「そのような者を、騎士長に近づけるわけにはいかない」


ああ、なんか、久しぶりだな。この感覚。

脳天が熱くなる。


目の前に、明確な悪意を滲ませる、輩がいる。


それはむしろ、私にとって嬉しいくらいで。

跡は残れど塞がっている、顔の傷から血と興奮が漏れてそうになる。


「ハッ、勘違いすんなよ」


私は、この感覚を、歓待した。


「『そうまでして』騎士長になりたい……つって、ジョフリーを闇討ちでもするって?舐められたモンだなァ?」


わかりやすい、敵意。

この明瞭さ。

なんたる幸福なことか。


「それでいいなら、とっくにやってるっつーの。バカか?正面切ってぶちのめさないと、意味ないんだよ」


すると、カムデンも微かに眉を吊り上げ、腰にぶら下げた剣に手をかけた。


「そうか。ではまず、ワタシが正面から相手をしよう」


カムデンは表情こそ石像のように変化させないものの、目には鋭い眼光をたたえ、私を射抜いていた。

私も体を斜めにし、身構える。

この男、マジだ。マジで私を排除しようとしにきている。

ならば……と、私がさっきを解放し、全身を駆け巡らせた。その時だった。


「アリア様ッッッ!!!」


と、鋭い怒声が背中から響いた。

振り返るとそこにはジョンが、これ以上ないまでに眉間の皺を深くさせ、顎を引き、頭を小さく降っている。

ここで問題を起こすな、の意思表示だった。

それは少なくとも私には効果テキメンで、全身で賑わっていた殺気が沈んでいくのを感じた。

私は構えていた手を下ろすと、一呼吸置いてから、カムデンの方に向き直って、告げた。


「……それは、遠征中、私がポカでもしたらお願いしよう」


ジョンの叱咤のおかげか否か、私の喉からは意外にも冷静な声色が発せられた。

カムデンはしばしの間私を、その真っ黒な瞳で見ていたが、


「……そうしよう」


とだけ口にして、その場から去っていた。

その後ろ姿を見送りつつ、私は本格的に一息つく。

危なかった。玉とるまでやり合うところだった。

そう思いながら、止めてくれたジョンに礼を言うべく、ジョンを振り返った瞬間、思いっきり腹に蹴りを喰らった。


「ガハッ……!」


私が堪らず地面に膝をつくと、その上に、ジョンの冷たい言葉がおっ被さってきた。


「お前はいつになったら成長するんだ?そこで大人しくしていたストームブリンガーの方が遥かに理性的だったが?」


私は腹を押さえながら、顔を上げる。


「でも堪えたじゃん!!」

「それは俺が止めたからだろ」

「うぐ……そうです、ジョンさん、いつもありがとうございます」


私がそう言うと、ジョンが無言で私に手を差し伸べてきた。

その、割と傷跡の多い掌を見て、私は「そうか」と思い直す。


仮に状況が四面楚歌だとしても、私にはジョンや、第七のみんながいるじゃないか。

何も私1人の力で、全てをどうにかしなきゃいけないわけではない。


私はその手を取る前に、自分で荒らした髪を解いた。

それから、後頭部でシンプルな一つ縛りを作ると、突然の奇行に、ちょっと怪訝そうな顔をいていたジョンの手をとって、立ち上がった。


明日、私たちの北部遠征が始まる。





一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


(Xでも同名で更新ポストをしていますが、日常垢を兼ねてるので、更新を追うにはブルスカがお勧めです)


コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!

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