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(40)光嵐の友

深夜。

私はジョンのマントの下に隠れ、王宮の中にある温室まで運ばれた。


温室の中は、冬で夜にも関わらず暖かかった。

室内に設置された暖房炉の中で、薪が爆ぜる音が響く。以前ーーあれは夏の初めの頃だったかーーこの場所を訪れた時とは、空気が違う。

植物たちには寒さを凌ぐ白い布がかけられているが、なんだかそれは、この場所を作った人のために、喪に服しているようにも見えた。


「ジョンに言われて来てみれば」


姫様はそこにいた。

テーブルセットの椅子に腰をかけ、その姿は蝋燭の頼りない光よりも明るく、暗闇の中に浮かんでいる。


「やっぱりあなただったのね、アリア」


その瞬間、私は姫様に手をついて謝りたくなった。地面に頭を擦り付けて、私を一思いに処してほしくなった。

己の事で頭がパンクしていた私は、ここに来てようやく気がついたのだ。



この人は、自分の父親をあんな形で、喪ったのだ。



「……あなた、何日も身内から尋問を受けていたようね」


ジョンの姿は既になかった。

いや、どこかにはいるのだろうが、少なくともジョンは、この場所を私たち2人だけのものにした。

ジョンは、託したのだ。


「ごめんなさいね、気づくのが遅れて」


私にしかできないことを、ジョンは決死の思いで、私に託した。

それは、姫様に赦しを請うことでもなければ、断罪を願うことでもない。

姫様はどこか余所を見ながら、自嘲しているかのように、ふっと笑って、言った。


「あなたに、アレを図る所以なんてないものね。外から来たあなたに……」

「姫様」


私は姫様に向かって歩き出した。

一歩一歩、この世界に足を突っ込むが如く、しっかりと地面を踏み締めた。


「姫様、私は大罪人です」


姫様が少し目を見開いて、私の方を向いた。

しかし私は怯むことなく、焼印を入れるように歩みを続けた。


「私は自らの判断を誤り、この国に嵐を起こしました。姫様、私は大罪人です。私の軽率な行いで、この国の多くの、大切なものを喪いました。姫様」


そして、姫様の目の前まで来ると、そこで立ち止まる。


「私は、大罪人です」


姫様は椅子に座ったまま私を見上げると、サファイアブルーの瞳を細めた。その奥には怒りの炎があった。


「まるで、自分が王より力があるみたいな物言いね。アリア」

「ええ、私は、この世界の者ではありませんから」


私はその業火に身を焼かれる寸前の場所に立ち、その、目が眩むほどの光から顔を逸らさずに、口にした。


「私は、この世界に変革をもたらす、大罪人であり、来訪神です。故に姫様、私が求むのは機会です」


そう言いながら、私はもう一歩だけ、姫様に向けて、踏み入れた。


「納得のいく世界を授ける、その機会を私にください」


姫様は、黙っていた。

2人しかいない温室は、自分の息の性急さが耳に届くほど、外界から遮断され、無音であった。

それでも不退転を貫いていると、姫様は奥で燃え上がらせていた蒼炎を弱め、代わりに、わかりやすい憤怒とともに、私に問うた。


「アリア、あなたはレイモンド・ラフラン・ハミルトンを、どう評価する?」


ああ、そんな事、前にも聞かれたな、と私は思った。

他でもない、レイ・ハミルトン小隊長に、同じような質問を受けた。


「彼は、赦されざる行為をしました」


そして結局、あの時と同じようなことを答えた。


「しかし、心根の優しい人でした」


姫様は椅子からガタリと立ち上がった。


「アリア、私、前に言ったわよね」


そして、テーブルに手をついて、私に詰め寄る。


「『優しさ』が…良い素質だとは限らない……『優しさ』がッ!私を追い詰めるッッ!!ただ愛て護るだけの宝石にする!アリア、私はそう、言ったわよね!!」

「そうです!だから彼はその『優しさ』を持って行為を誤り、そして断罪されました!!しかし!!」


私は自分の首元を、手のひらで叩いた。


「同じように誤りを犯した私は!今だここにいます!故にッッ!私は彼の『優しさ』を継承し、彼の『誤り』を正すために、生きねばならないのです!!」


私のの、必死の形相が映り込むほど近くにある、姫様に大きな瞳が揺れていた。

その震えを隠すかのように、姫様は短く息を吸い、詰めていた距離を離す。

そして、テーブルの上に爪を立てながら、「アリア、あなた」と姫様は言った。


「レイモンド・ハミルトンからの……御前試合推薦を……受ける気なのね」


私は強く頷いた。


「はい」


覚悟をしなければならない。


と、ジョフリーは言った。

その覚悟が、どこまで波及するのか私にはまだ判断しきれていなかったけど、少なくとも一つはわかっていた。

それは、姫様の父を惨殺した男からの、血に濡れた期待に応え、ある意味で肯定することであり、


覚悟とは、人を、自分を、切り裂こうとも、望む場所へと歩むことだった。



「……一つだけ」


姫様はテーブルに手を乗せたまま、その手によりかかるように体を傾け、ぽつりと力なく言った言った。


「一つだけ……聞いてもいい?」


私が頷く前に、彼女は続ける。


「御前試合なんて……騎士長に、薔薇騎士になるなんて……究極、あなたに関係ないわよね?この世界で、好きに、自由に生きても、それでもいいのに……何故」


その質問に、私はそっと瞳を閉じた。

その中には、ぽつり、ぽつりとまるで明かりが灯るように、これまで会ってきたいろんな人の顔が浮かんできた。

私はそれに安堵し、勇気づけられ、大丈夫だと思いながら、瞼を上げる。

そして目の前にある、大きな光に向けて、笑って見せた。


「『好きな人の力になれた』。そう思いながら、今日を眠りたいんです」


姫様は、目を大きく見開いた。

それから微かに震える唇を噛み締めながら、「そう……そう」とよろよろ椅子に座ると、しばらくの間、植物たちに被せられた白い布を、ぼんやり見つめていた。

また、互いの息の音だけが聞こえる時間が続いたが、やがて姫様は「……そうね」と独り言ように呟き、私を見上げた。


「アリア・ルミナ・サマセット……来訪神よ」


彼女は再度、手を使わずに椅子から立ち上がると、私と対峙した。


「私、グロリア・エレノア・ランカスターは、この地を統治する者として、常に未来を判断する!!」


その瞳はすでに視点は定まり、以前の、いや以前よりも強い光で帯びていた。


「推薦を受けなさい……あなたの未来を、期待している」


私は深々と、一礼してそれに応えた。


「尽力して参ります」


そうして顔を上げると、姫様は既に穏やかな表情をしていた。「それにね、アリア」と彼女は微かに口角を上げた。


「もしあなたが大罪人であるなら、あなたをこの世界に呼んだ私は、天下の大悪人よ」


そして、眉を下げて、「ふふ」と笑う。


「ジョンが……あんなに、止めたのにね」




ああ、

私は、少し誤解をしていたのかもしれない。





「今だけ、少し肩を貸してちょうだい」


そう言って、姫様は私の左肩に、豊かなプラチナブロンドの頭をそっと預けた。そこには確かな重みがあり、私と変わらない熱があった。

私が直立不動のまま、「はい」と言う。

すると彼女は肩を小さく、ほんの小さく震わせた。


そう、私は、この場において、私と姫様は対岸にいると、勘違いしていた。


正しい者と、間違った者。

犯した者と、犯された者。


違う。

ここに、対岸などない。

ここにあるには同じように過ちを犯し、同じように、父を、兄のように思っていた人を喪って、ただ涙を流すしかない者たちだった。


温室は、冬にしては暖かく、

炉の中で薪が爆ぜる音が、夜の静寂の中で喧しく響いていた。


色彩豊かな植物たちには白い布が被されていて、まるで、亡くなってしまった人たちの、喪に服しているようだった。


「……お父様……お父様」


私たちは同じ岸にいた。









5日後。

国全体に、正式に国王ウィリアム・ランカスター2世の『事故死』が発表された。

この優王崩御の知らせに、国民は大いに悲しんだ。

とりわけ王都では半旗が掲げられ、貴族たちは喪服を、平民たちは素朴な服で身を包み、黒い布を腕に巻き付ける者もいた。



15日後。

厳かな国葬が執り行われた。

ウィリアム・ランカスター2世の遺体は、鐘と礼砲、葬送行進曲が鳴り響く中、郊外の王家聖堂へと運ばれ、家族に見守られながら、埋葬された。



16日後。

国王崩御から急遽王位についていた、王妃メアリの退位に伴い、王位継承権第一位にあった王女が即位。

女王グロリア・ランカスターが誕生した。





そして、私、

アリア・サマセットは2つ目の推薦を受けた。






御前試合出場までに必要な推薦は、あと一つ。







一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


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