(4)可憐な姫かと思いましたが、バリバリのクイーンでした
『私』の御前試合の相手だった男。
現・薔薇騎士。
ジョフリータウンシェンド。
「あれね、私の婚約者なの」
姫様にはいつも驚かされる。
と、いうか。
「えええ……なんか、思ってたのと違うんですけど…」
「思っていたのって?」
私は顎下に手を当てて、自分の考えの言語化に努める。
「ええと、だからつまり、姫様と仲のいい『私』……私が、薔薇騎士になって、この国の軍事指揮を左右できるようになれば、何か、姫様にとって、こう、都合がいいって…ことですよね…?」
姫様は珍しく、きょとんととしたように小首を傾げた。
「ええ、それ自体は、大まかにはあっているわ」
「でもそれって、今の薔薇騎士が姫様の婚約者なんであれば、同じことができますよね…?」
すると姫様はやれやれといった具合に小さな嘆息を吐いた。
「だから、知識ゼロのあなたにどこから話すのが適切か迷うのよね、この話」
「はあ」
きっと『アリア』とであれば、ある程度ツーカーであったのだろうが、この世界の知識ゼロな私はそう曖昧な返事を返すしかなかった。
「そうね、じゃあ、王位継承権の話から始めましょう。これはわかるわよね。読んで字の如く、王位を継承できる権利のことよ」
「はい」
「今のところ、継承順位一位は一応、ランカスター王家第一王女の、私よ」
「おお」
「国王夫妻、つまりお父様とお母様の子供、つまり直系子孫は私しかいないもの」
「じゃあ順当に行けば、姫様がこの国の女王様になるってことですか?」
「そうね」
「じゃあいいじゃないですか」
「物事がそれだけで、単純明快であればね」
ため息を吐いた。
「じゃあ次、この国の近代史の話をしましょう。要所だけ言うわ。まず、20年ほど前、私のお祖父様の時代ね、この国は内乱状態にあった。その中で覇権を握ったのがランカスターと、それに付随していた七つの家。これにはあなたのサマセット家と、婚約者のタウンシェンド家も入っているわ」
「おお」
「そしてランカスターは王となり、七つの家と共に国を統治することとなった。これが、この国のごく基本的な政治体系。お祖父様が亡くなり、お父様が王位を継承された今も継続されているわ」
「ええ、ええと、待ってください。ちょっとよくわからんなくなってきました!」
私は頭を抱え、目を瞑って、情報を整理することに注力した。
王はランカスター家。
姫様はその家の子供で、そのうち女王様になる。
王を支える仲間たちがいて、その中にはサマセット家やタウンシェンド家がある。
タウンシェンド家の人が、薔薇騎士で、軍事采配を握っている。
姫様はその人と結婚する……。
「いや」
私は顔を上げた。
「なんも問題なくないですかね?順当というか…」
「順当、ね」
姫様は腕を組むと、威圧感のある笑みを浮かべた。
「順当なのが一番困るのよ。さあここからは『ねじれ』の話よ。複雑になるから、覚悟して聞いて頂戴」
「は、はい」
「王位継承権、と言うより、家名継承も含めた全ての継承において、女子に対する継承は認められている。だけど、それは直系子孫に男子がいなかった場合の話で、順当にいけば、特に戦時下である場合は、男子が優先的に家名を継承することになっている。これはシステムの話であると同時に、精神構造の話でもある。私が言っている意味、わかる?」
「わ、わかりません!」
「清々しいわね。続けましょう。20年前までこの国は内乱状態だった。つまり戦時下だった。だからランカスターを含む全ての家は男子が継承した。そして戦後、ランカスターの統治開始後、世代交代が起き、そこでも順当にほぼ全ての家は男子が継承した。結果、ランカスターと七つの家、つまりこの国は現在、圧倒的に男性が中心となって回っているの」
そこで私は、あの暴力的な父のことを思い出していた。
あの人も、癇癪を起こした大きな子供のようでありながら、国の中心部にいるのかと。
「そして次の世代、ランカスターには女子しか、つまり私しか生まれなかった。繰り返しになるけど、女子にも王位継承は認められている。だけど、七家ではまた、ほとんどの場合は男子が家名を継ぐでしょう。ここに、大きな『ねじれ』が発生する」
私はまた、わからなくなって思わず聞いた。
「いやでも姫様は女王様になれるんでしょ?七つの家?ついては正直よくわかりませんが…姫様がトップになれるなら問題ないんじゃ…」
姫様はややイラついたように言った、
「言ったでしょう?これはシステムの話であると同時に、精神構造の話でもあるって」
「ううう、つまり…?」
「つまり、今国を回している人たちの頭には根源的に…『女が上に立つ』という発想が、制度上はあれど、心中にはないのよ!そうやって育ってきたが故にね。だから…だから!」
姫様は堪らなくなったかのように、テーブルの上を拳で叩いた。平静を保ってた茶器が揺れる。
「私はジョフリータウンシェンドと結婚させられる!!」
姫様の拳は今だ、強く固く握られ、震えていた。
「女王の補佐にため……でも実際には違う!!」
それは先日感じた母の震えとは異なる、悔しさや怒りからくるものだった。
「そして王族の一員となったジョフリーが軍事権を握る!わかる?!アイツは他国との戦争を始められるのよ!七家をそれに追従して、名ばかりの王である私にはそれを止めることができない!戦時下になれば伝統的に、男子が優先して国の指揮をとる!!そうなればこの国は……タウンシェンドが実権を握るようになる……!」
つまり、
この国が乗っ取られる、
と言う話だ。
姫様が女性であるが故に。
女性であるが故に?
「だから」
姫様は荒れた息を整えてから、言った。
「あなたに薔薇騎士になって欲しかった。アリア。あなたがいれば、あなたと私がいれば、この『ねじれ』にも楔が打てるんじゃないかって画策した。あなた……いや、『アリア』は元来、平和主義だった。他国への戦争など起こさず、国の治安を守ると言った。それで私は、まだ三代しかないランカスター王家の地盤固めに集中できる、そう、思っていた」
姫様の声は、姫様に似合わず、最後の方は空気の中に消沈していった。
それは、一度途絶えてしまった大きな夢、だったのだろう。
恐れ多くもその気持ちは、私、ならわかるような気がしていた。
私は少しだけ迷った後に、姫様の握られたままの拳に触れた。
姫様はサファイアブルーの目を見開いて、私の顔を見たが、私は構わず続けた。
「姫様は、いつもそのような、大層な事を考えているのですか?私…前世を踏まえての私には、話のスケールが大きすぎて、むしろ自分自身のことでいっぱいいっぱいで、姫様は、その……」
私の思いは、うまく言葉にまとまらなかった。
しかしそれでも姫様は汲み取ってくれたようで、「心配してくれているのね」と小さく笑った。
「そうね、生まれた時からこうだから、いつだって国のことは自分事だったから、私にこそそれ以外、心中にないのでしょうね。王家に生まれたもの定め……宿命よ」
宿願。
「その姫様の、宿願たるは」
私は姫様の目を見て、三度目の質問をした。
姫様の目にはまた、私自身は映り込んでいたが、温室に入り込む光を反射し、世界を冠する黄金がごとく煌めきを持って、光り輝いていた。
姫様は私の手の上にさらに手を置き、包み込むようにしてから、静かに、しかし、厳粛に、言った。
「ヴァージンクイーン」