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(37)光雪の友


アリア・サマセット君、



突然このような手紙を遺してしまって、大変申し訳ない。

君には、謝っておくべきことがあって、ただ打ち明けて、聞いてほしいことがあった。

本来ならば直接話すべきであるが、今の俺にはどうにも、君の視線がーー俺を高潔なものとして見る視線がーー耐えられそうにないのだ。

だから、手紙という形をとらせてもらった。

まさにこの有様からして、俺が如何に卑怯な男かわかると思うが、己の痴態を晒してでも、君に俺とその友について、知ってほしいと思ったのだ。

そうすることで、本当に高潔な君の中に、残したいものがあるんだ。







俺がアルバン・ライトと出会ったのは、俺がまだ学生の頃だった。

アルバンはパブリックスクールで同じ寮、同じ部屋に住んでいた、同窓であった。

今の俺を知っている君からすると、少し驚くかもしれないが、元来俺は、人付き合いに不得手である。おそらくは父が朴訥で母も無口、兄弟含めて家族皆、会話という習慣が身についていなかったことが所以であろう。

まあそれはさておくにしても、アルバンは俺とは真反対の人種だった。


アルバンは明朗快活で、誰にでも等しく接し、人の良き所は大いに褒め、不味い所は利点に転じて見せた。アルバンと話していると、誰もが自分を上等なものだと思えた。それ故に同窓からは大変人気があり、通常ならば俺のような男が交わることはなかった。

しかし運良く同室であったおかげで、俺たちは自然とよく話すようになった。

いかに俺が愚鈍で、無口であろうとも、アルバンは本当に、分け隔てなく、俺に喋りつづけた。

雛が親鳥の真似をするように、俺はアルバンとの交流の中で、会話の方法を学んだ。すると次第に俺はアルバンのように話し、振る舞えるようになった。

そしていつのまにか、俺たちは唯一無二の親友となっていた。

俺自体は特段優れたところはない。だから他でアルバンを慕う者たちは、俺を「真似、猿真似」と揶揄することもあった。

しかし、アルバンはそれを笑って一蹴した。


「レイは出力の仕方を知らんだけで、内には広く深い世界があるんだ」


この言葉は俺をひどく喜ばせた。

そして生涯にわたる宝となった。


しかし知見という意味では、俺はおろか他の同窓でも、アルバンに敵うものはいなかった。おかげで教師連中からも一目置かれていたが、寮の監督生からは大層嫌われていた。

アルバンは夜中、時折寮を抜け出して、街に繰り出すからである。

これにはもちろん俺も同行した。

この話は前にも君にしたことがあるから詳細は省くが、上手くいった時もあれば、早々に脱走が発露した時もあった。そんな時は大いに叱られたものだが、少なからず落ち込む俺を他所に、アルバンは常にあっけらかんとしていた。そして、こう言い返したりもした。


「学校の図書に、この世の全てが詰まっていますでしょうか?皆様方が、人の全てをご存知でしょうか?僕は心身ともに貪欲ですので、時間や規則の縛りを忘れ、つい動き出してしまうのです」



このように、アルバンは優秀で勇敢、自由溌剌であった。

しかしそんな彼にも、逃れられないものもあった。

それは血の運命だった。

アルバンは北方の古い貴族の出で、先の内乱時はランカスターに反した家の一つだった。故にランカスターが王となった今では、いわゆる『賊軍』にあたる血筋だった。

知っての通り、内乱平定時、賊軍貴族はその領地を減らされた。

領地が減れば、土地からの収益も減る。収益が減れば、家は経営難に陥る。アルバンの家も例に漏れずそうであったが、誇りから子息を王都の学校へ出していた。ひとえにアルバンが優秀な男児であったことも、大いに影響していただろう。


とはいえそれにも、限界があった。

ある夜アルバンが、寮の部屋の扉を力なく開けて、帰ってきたことがあった。アルバンは常に扉は勢い良く開ける男だったので、その様子を不審に思いつつ、俺は「遅かったな」と読んでいた本から顔を上げた。「一人抜け駆けして、街に繰り出してるのかと思ったぞ」

しかしアルバンは俺の軽口には答えず、緊張の糸が切れたようにベッドに腰を沈めると、手に持っていた紙をグシャリと握り締めて言った。


「僕はここを出ていかねばならない」


俺は「ここ?」と本を閉じた。俺はその時すでに、何か良くないことがアルバンに起きてのを察知していたが、確認せずにはいられなかった。


「つまり僕は、学校を追い出されるというわけだ」

「何故だ?お前ほど優秀な学生はここにはいないだろう」

「……家がな、もう駄目なんだ」


ああやはり、と俺は思った。

アルバンの家が学費を滞納しつつあることは、俺でさえ知っていた。むしろ学校は彼の利発さを評価し、その学問への道を閉ざさまいと、かなりの温情をかけてくれていたほどだった。

だがそれも、家の位を放棄せざるを得ないまでになってしまえば、続けられない。

何と声をかけるべきなのか、と俺が言葉を頭の中で逡巡させていると、アルバンは「ああー…」と手の紙を放り投げて、ベッドの上に仰向けになった。


「まあ、これで僕も晴れて自由の身だ」


俺が「……は?」と聞き返すと、アルバンは「ははは」と手で顔を押さえて、笑ってみせた。


「もう家がどうの、金がどうので悩まなくていい。はは、いっそ清々しい気分だ」


その言葉に、俺は二重の意味で驚いた。一つはもちろんアルバンがこの状況を好意的に捉えていることだが、もう一つは彼が悩んでいたことだった。

『悩む』という行為は、アルバンから遠いものだと、俺はこの時まで考えていた。


「しかしそれでいいのか、アルバン」


俺は身を乗り出して言った。


「お前ほど才覚のある者が、勉学を諦めるなど……」

「諦めちゃいない」


アルバンはベッドから起き上がって言った。


「考え様によっては、身一つで世界に飛び出た方が、むしろ勉強になるかもしれない。レイ、お前も街で体験しただろう。言わばアレの拡大だ。そう思えば、胸も躍る」


俺にはそれが、アルバンの、心の底からの言葉なのか否か、わからなかった。


いや、白状しよう。

本当はわかっていた。

何故ならば、そう言って俺を見るアルバンの目が、期待をしていたからだ。

アルバンは平素、人を真っ直ぐ射抜くように見る癖のある男だった。

しかしこの時ばかりは、その視線は、何か掴まれるものはないかと言わんばかりに、揺れていた。

アルバンは期待していたのだ。

俺が、いつも街に繰り出す時のように「俺も行こう」と言うのを、期待していたのだ。


だが、俺は言えなかった。

アルバンにもあるように、俺にも『家』という縛りがあった。

俺の家には会話こそないが、皮肉にも格はあった。

俺の家は、内戦時にランカスター派についた『官軍貴族』であった。

俺の家には与えられた土地や、護らねばらぬ財産があった。俺には継がなければならない、将来があった。

故に学校や王都という小さな箱庭でこそ、学生なりの逃走劇は演じられても、本当の意味で世界へと逃げ出すことはできなかった。


それはアルバンも、わかっていた。

だから彼は、縋るような期待の言葉を言わなかった。


もしアルバンが「レイ、行こう」と俺に手を差し出せば、俺が本当についてきてしまうことを、アルバン自身わかっていたから。

そして俺も、もしアルバンがそう言ってくれたなら、全てを投げ捨ててついて行っていただろうから。


結局俺たちは核たる場所を、「いつ出ていくんだ?」「次の休みには」などという、たわいのない会話で避けるほかなかった。

次の休みなど、ほんの数日待てばすぐにきてしまうものだった。


アルバンが学校を去る朝、アルバンは片手で持てるほどの荷物だけを持ち、門前に立ってた。手に余るものは全て処分し、彼を惜しむ者たちに譲ってしまったらしかった。


「お前に手紙を書きたいのだが、落ち着く場所が決まったら教えてくれないか」


と、手ぶらの俺が言うと、アルバンは首を横に振り、


「僕は多分、ずっと流れるだろうから、お前の手紙は追いつかないだろうよ」


と笑った。しかし落胆する俺の顔を見て


「僕が手紙を書く。しばらくは学校にいるのだろう?僕が世界で見たことを、お前にも少し分けてやろう。そしていつか、またこうして顔を合わせて再開できた時にでも、お前の考えを聞かせてくれ。なんせレイは出力の方法を知らんからな。それくらいの時間は必要だろう」


その減らず口を聞いて、俺はようやく「まったくだな」と笑うことができた。

それを見てアルバンも、安心したようにまた笑った。


かくして、アルバンは学校を出ていき、俺は寮へ戻った。

そして寮の、一人きりの部屋を見た時、俺はすぐに、今すぐ踵を返してアルバンを追いかけたくなった。今すぐその背中を掴んで「待ってくれ。俺も行く」と手放しで叫びたくなった。

しかしついぞ俺は、それをできなかったのである。俺の体は当たり前かのように、一人で机へと収まり、それ以上は動かなくなったのである。



アルバンからの手紙は、約束通り学校に届けられた。あるいは北から、あるいは西から、あるいは海から、あるいは森から届いた。

運賃を節約するために、アルバンは王都へと来る商人や旅人に手紙を預けているようだった。だから間隔はまばらで、一度に3通同時に届くこともあった。

手紙には当初、新しく触れる風習や自然に対する興奮で溢れており、アルバンらしい快活な文体で世界が生き生きと描写されていた。

しかし次第に手紙の内容が、地方で飢餓に喘ぐ民への憐憫や、王都との文化的・経済的格差への困惑に変わっていった。

そしてそこには怒りも、混ざってくるようになった。

俺はアルバンから届く『冒険譚』を心待ちにしていたし、届けば幾度も読み返していた。

だからアルバンの、この感情の変化には多少狼狽した。同時にじわじわと同じ感情に侵食もされた。

そんな時俺は手紙を閉じ、外を散歩したり、同窓と話をしたりした。その時にはすでに、俺はアルバン流の会話術を身につけていたので、苦なく会話をこなせていた。同窓たちはまるでアルバンという者がいたことを忘れてしまったかのように、俺を慕い始めていた

。それもあってかアルバンの変化を、誰かに打ち明けることはできなかった。


学校を卒業する間近になる頃、アルバンの手紙はぱたりと届かなくなった。


そして俺は学校を卒業すると、父に近衛騎士団に入ることを勧められた。父は王に仕えることを、名誉だと言った。特にこれといってやりたいと言えるものもなかったので、俺はこれに素直に従った。


騎士団に入ってからも、時折学校の門を叩いては「アルバンからの手紙は届いていないか」と尋ねた。しかし学校の者は決まって「届いていない」と答えるのだった。

騎士団の鎧を纏う俺を見て、学校の者は「立派になったものだ」と嬉しそうに笑うのだが、俺にはいまいち実感がなかった。重いとさえ感じることもあった。しかしそう言われると、俺も決まって「ありがとうございます。精進します」と答えるのだった。


アルバンからの手紙は来なかった。

いくら待っても、来なかった。

俺は変わらず、少なくとも月に一回は学校を訪れてが、アルバンの手紙は届くことはなかった。


そうして長い月日が流れた。

長い、長い月日が流れた。


待っていた機会は、突然訪れた。


この前の、春から夏へと変わる時期だった。

学校から突然「ハミルトン君に手紙が来ている」と、便りが届いた。俺は急いで学校へと向かった。学校からは、すでに初老を迎えた、この夏で隠居をすると言う教師が出てきた。そしてしわがれた手で、俺に手紙を差し出した。俺はほとんどひったくるように手紙を受け取ると、その場で開いた。


そこにはただ、「いつもの店で待つ」とだけ書いてあった。

送り主の名は書いていなかったが、その筆跡は間違いなくアルバンのものだった。

教師は言った。


「君は近衛騎士団の、小隊長になってるんだってねえ。本当に、立派なものだ」


しかし俺はそれに対して、いつものようには答えず、代わりに「この手紙は、いつ?」と尋ねた。老教師は「2、3日前かねえ。学校にいる者もすっかり変わってしまって、この爺に回ってきたんだ」と答えた。「君のことはよく覚えているよ、レイモンド・ハミルトン君」


俺は早口に「ありがとうございます」とだけ伝えると、その足でイーストエンドに向かった。手紙に書かれていた『いつもの店』と言うのは、学生時代、俺たちが寮を抜け出して通った、『エールハウス』のことだった。


2、3日前に手紙をくれた者が、今そこにいるとは限らない。そうも考えはしたが、気持ちも体も抑えられなかった。

そうしてイーストエンドに辿り着き、エールハウスに飛び込んだ時、夕刻の客で賑わう中に、俺は片時も忘れることがなかった親友の姿を発見した。


「アルバン……」


アルバンはそこにいた。

テーブルに座り、肩で息をする俺を認めて、片手を上げた。


「レイ、久しぶりだな」


アルバンの席には、誰か他の先約がいるようだった。しかしその人物は俺の方をチラリと振り返ると、そのまま席を立ってどこかに行ってしまった。

俺がどうすべきかと迷っていると、アルバンは「座れよ」と空いた椅子の方に頭を傾けた。俺が「いいのか」と聞くと、アルバンは「お前が来るまで少し世間話をしていただけだ」と答えた。

俺は椅子に腰をかけ、アルバンと向き合った。


十数年ぶりに再開した旧友は、かなり痩せこけていた。色素の薄い髪も顎の辺りまで伸び、ともすれば年若い女にも見えたが、剃り残された髭が顎にいくらか点在し、目つきは野犬のように鋭くなっていた。

にも関わらず、この薄汚れた身と言っても差し支えない男がアルバンだと一目でわかったのは、彼が纏う雰囲気はーーこれまで大変な苦労をしてきたと想像できるのにーー昔と変わらず、新雪のように光っていたからだ。


「王都に戻ってきたのか」と俺が聞くと、アルバンは「ああ、実は少し前からこちらに住んでいるんだ」と言った。

俺は少なからずショックを受けた。その状態で「何故もっと早く知らせてくれなかったんだ」と語気を荒げて言った。

俺はずっと、ずっとアルバンを待ちづづけていた。その気持ちが、一気に溢れ出てきてしまった。

しかしアルバンは俺の気など知らずに、俯き、長く伸びた髪の先を弄りながら「事情があってな」と言った。

アルバンは少し、迷っているようだった。

俺は問い詰めたい思いを必死に抑えつつ、アルバンが何か続きを言うを待っていた。

アルバンは俯いたまま、口を開いた。


「昔、この店で子供に札で負けたな」


予想に反した言葉に、俺が上手く返事をできずにいると、アルバンはこう構わず続けた。


「あの時は大層怒り狂ったが、面白かったな。カーテンを捲るみたいに世界を覗き込んで、寸劇を楽しんでいた。だからあの中に飛び込んでも、きっと楽しいと思っていたんだ」


俺はアルバンが、何の話をしているのかはわかったが、どういうつもりで話しているかはわからなかった。しかしアルバンは俺の反応など求めずに、独白を続けた。


「実際演者になって、楽しいだけだった最初だけで、どちらかと言えば苦しいことのほうが多かった。でも不思議だな。僕はこの世界が嫌いではないんだ。まあもう好きでもないが、自ら投げ出せるほど厭でもない。愛おしさすらある。だから僕は……この世界を変えようと思ったんだ」


「出ようか」とアルバンは席を立った。そして店の出口まですたすたと歩いて行ってしまった。俺は情けなく、それに着いていくほかなかった。


外はまだ日が落ち切っておらず、明るかった。俺はふらふらと雑踏に向かって歩くアルバンに追いつき、横に並んだ。

アルバンは俺の疑問を遮るように、自らの十数年をやや高揚した調子で喋り続けた。一部は手紙の内容と被っていたが、貧困や疫病で苦しむ人を助けているうちに、医者のような知識と立場を得ていたこと、その経験で今も王都で生計を立てていることも話してくれた。

俺が、アルバンの口走った「世界を変える」という言葉気にして、アルバンの話にあまり反応をできないのを見て、アルバンは「レイ、お前は相変わらずだな」と笑った。


「気になるのだろう?素直に訊けばいい。答えるよ」

「アルバン、お前は……」


俺は息が苦しくなるのを感じながら、訊いた。


「何をするつもりなんだ……?」

「クーデターを起こす」


アルバンは歩う足を止めずに、言った。


「王を打倒して、現体制を終わらせる。今の格差ある世界を変えるんだ」


その穏やかではない宣言に、俺は焦りながらも小声で訊いた。


「それは……この国をまた、乱世に戻すということか?」

「違うな。キャンベル家…わかるだろう?内乱時ランカスターとやり合った筆頭だ。そこの嫡子が生きている。どうやら上手い具合に大陸へに逃げ落ちていたらしい。まあ女児だが、むしろその方が象徴になるだろう。彼女を王として、北に新政権を打ち立てる」

「しかし……それではただ頭がすげ変わるだけだ」

「それも違う。新政権には僕も加われる。皆に平等に、機会を与えられる政策を作れる。もう誰も、諦めなくていいんだ」


俺は思わず、その場に立ち止まった。

そして、先行くアルバンに「本当にそんなことが可能だと……?」という問いを、その背中にぶつけた。

アルバンも立ち止まったが、こちらに振り返ることなく、言った。


「ずっと考えていた。この世界を、どうしたらいいんだって。答えはいつも自分に返ってきた。結局僕が僕であるように、そのように世界を作っている者を変えるしかない。そう言っていたら、案外同じことを思っている人が多いことがわかった。気がついたら、みんなが集まってきた。世界は、本当に変えられるかもしれない」


俺の頭にはやはり、そんなことが可能なのか?という疑問が浮かんだ。

しかし「僕はそう、思ったんだ」と俺の方を振り返るアルバンを見た時、俺は改めて思い知った。


誰もが、アルバンに光を見る。


「レイ。お前は、どう思う?」


まただ、と俺は思った。

アルバンの、俺を見る視線は、揺れていた。

また、この時が来た、と思った。

俺はあの夜以降、何度もあのやりとりを頭の中で再現してきた。

何度も、アルバンと共に学校を出て、生きていく妄想をしてきた。

もしもう一度機会があるならば、と何度も願ってきた。


にも関わらず、俺はまた、何も言えなかった。

アルバンもまた、何も言わなかった。

アルバンはそうなることがわかっていたように、笑って、代わりにこう言った。


「万が一僕たちがとちったら、よければ助けてくれよ。近衛騎士小隊長のレイモンド・ハミルトン」


その瞬間、アルバンの姿が雑踏の中に消えた。

俺は慌てて、人をかき分けてその後を追ったが、ついぞ再びアルバンを見つけ出すことはできなかった。

アルバンは、消えてしまった。

まるで最初から、いなかったかのように、雪が溶けたように跡形もなく。



そして俺は、何も、本当に何もすることができずに、ついにあの日を迎えた。



千秋祭の日、数回の爆音と共に、街から煙が上がるのを見た時、俺はすぐに「ああ、アルバンがやったんだ」と思った。それから「これでもう、取り返しがつかなくなった」と思った。



それからのことは、君も知っての通りである。

結局事件直後、王はパレードを中断して早々に王宮に引っ込み、『王打倒』を掲げたアルバンたちのクーデターは失敗した。

そして近衛騎士団には、クーデター犯の断罪が命じられた。



王に反旗を翻したクーデター犯の断罪、それはつまり、アルバンの死を意味していた。



そう、サマセット君。

俺は君に、謝らなければならない。

君が事件を調査する協力者を探していた時、俺は君のことを「使える」と考えた。

君のことを丸め込んで、誰よりも先にアルバンを見つけ出せれば、サマセット家の力を利用して、アルバンを無罪にはできずとも、死罪は避けられるかもしれないと画策した。

だから俺は君と手を組んだ。

君が平民と距離が近いのも、上手く利用できると、そう考えた。


だが君が「犯人が無人の建物ばかり爆発させたのは、街の人を傷つけたくなかったから」と言った時、俺は君の中に、アルバンを見た。

俺は君の家名を利用しようとした自分を恥じて、同時にひどく嬉しくなった。

もとよりアルバンを救うために君と組んだわけだが、君なら自発的にアルバンを救ってくれるーーーそう、君のことを信頼することができた。

だから君が、自らアルバンのことを持ち出してくれた時、俺は本当に、本当に君と協力してよかったと、心の底から思っていた。

これで何もかも上手くいく。これで、ようやく初めてアルバンの期待に応えることができる。そう思っていた。




アルバンが自ら死を選んでしまったのは、全くの予想外だった。




サマセット君、俺はどうすればよかったのだろうか。

アルバンのクーデター計画を聞いた時点で、彼を止めればよかったのだろうか。

近衛騎士として、未遂のままアルバンを捕まえればよかっただろうか。

いっそアルバンと一緒に、王打倒を目指せばよかったのだろうか。


やはり、アルバンが学校を出て行く時、全てをかなぐり捨ててでも、彼についていけば、何か変わっていただろうか。


どうすれば俺は、アルバンを永久に失わなくても済んだのだろうか。




否、俺が俺である限り、どう転んでもこの場所に辿り着いてしまうのではないだろう。

ならば今からでも、遅すぎるとしても、俺は亡友の期待に応えるほか、命を続ける理由はないだろう。

そう決心すると、いっそ清々しい気分で、俺はようやくにしてアルバンの背中に追いつける。



そうして俺は、君へのこの長い手紙を書き始めた。



そして、ここで終いである。

この世における最期の仕事として、その内にアルバンを見た君に、その高潔な心の中に、アルバン・ライトという光のような男がいたことと、レイモンド・ハミルトンという愚かな男がいたことを、記録して欲しかった。

手紙でもない限り、物事はすぐに、溶けて消え去ってしまうから。


全く傲慢な願いをしてしまって、申し訳ない。

だがこれは、俺が俺なりに、俺たちのいなくなった後の世界を気にした結果なのだ。


アリア・サマセット君。

願わくば君の行先が、なるべく明るいものでありますように。

レイモンド・ラフラン・ハミルトンは君を尊敬し、信頼し、期待をしている。






一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


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― 新着の感想 ―
姫様と繋がれていたら、或いは あぁーーーー!!!!この!手紙だけって!重い! アリ!貴女に背負わされたものが重すぎる! これは呑気にティータイムなんてしてられませんね アルバンは自分が火種になるしか…
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