(36)誰が為の力②
アルバン・ライトの死因はトリカブトによる中毒死と、魔術医によって判断された。
トリカブトは液体として抽出されていたことから、いざという時に素早く自死できるように、前もって準備していた、と考えられた。
事実そうなったのだから、きっとそうなのだろう。
トリカブト液の小瓶と共に残された、紙切れ上の走り書きは、犯行の自白と見なされた。
これによりアルバン・ライトは、王侯議会から正式に『王室に仇なすクーデターの主犯』と定められた。
しかし、「事件の責任は全て自分一人が負う」としたアルバンの願いは叶わず、彼を匿っていたものたちは共犯として、皆騎士団に捕縛された。
今は一人一人“尋問”を受けている。
共犯者たちは予想通り、主に反ランカスター派の賊軍貴族で構成されていたが、中には生まれながらの平民も含まれいる、という。
彼らが現権力を打倒して、何を成し遂げようとしていたのか。そして成らなかった彼らは、これからどうなるのか。
私には、わからない。
ただ唯一明確なのは、これで事件は終わったということだ。
望んでいたことだ。
喜んでもいいんじゃないか?
あれから2週間ほど経った日の、肌寒い朝。
第七小隊の執務室。
私は一人、椅子に腰をかけ、冬の窓辺をぼんやり見つめていた。
窓から差し込む弱弱しい朝日が、宮廷服に施された刺繍の金糸を光らせている。
私は腕を持ち上げ、袖を顔の前に晒す。
仰々しい、動きにくい服だな、と思う。
しかしこれから近衛騎士団全員で、王の御前に参るのだ。とりわけ私は、それなりの格好をしなければならないようだった。
どうやら第四・第七小隊は、クーデターの真相を突き止め、犯人一味を捕まえた功績により、国王から直々にお褒めの言葉を賜るらしい。
私はその謁見の時間まで、執務室で暇を潰している、というわけだった。
内務室の方で、小隊のみんなとワイワイ待機していてもよかった。だが、あまりそういう気分にはなれなかった。
にも関わらず、一人で何も考えずにただぼんやりしていると、アルバン・ライトの最期が頭の中に浮かび上がってしまう。
アルバン・ライト。
街にアルバンを悪く言う者は、誰もいなかった。慕われていた。私が追いかけ回した青ざめたケープの女性も、彼を必死に逃がそうとしていた。
アルバン・ライトとは、何者だったのか?
私は彼に会ったこともなければ、今や話すこともできない。
国家転覆を狙う大悪人だった。
だが、弱き者に手を差し伸べる善行の人でもあった。
クーデターの首謀者を捕えて、断罪しろ。
その言葉で動き出した私たちの行く末は、アルバン・ライトの死でなければ、成らなかったのか?
「小隊長」
執務室のドアがノックされる。
「どうぞ」と声をかけると、イーサンが立っていた。私ほどではないがイーサンも、華美な礼装服に身を包んでいた。
その表情は緊張しているような、浮かれているような、七五三の男の子のように、服に着られているような感じで、図らずとも私の強張った心をほぐしてくれた。
「お時間です。そろそろ参りましょう」
「ああ」
と、私は椅子から立ち上がる。
「イーサン。その服、似合ってるじゃないか」
「……正気ですか?」
そうイーサンは笑うので、私も軽く口角を上げる。
「そう言う意味では、私の方が似合っているな」
「……その皮肉には、どう返していいかわかりませんね」
私は「はは」と声を上げた。
そしてイーサンが待つ扉へと近づくと、イーサンは「ああ、小隊長」と思い出したように言った。
「今度は剣をはくのを忘れないでくださいね」
いつだかの、決闘裁判の時のことを言っているのだろう。
私は「大丈夫だよ」と、腰のホルダーに収まった、剣の頭を撫でた。今だあまり使う機会はないのだが、もうすっかり定位置に収まった、私の剣がそこにある。
「慣れたもんだな、私も」
それからイーサンの方を向き、「行こうか」と、私は執務室から出発した。
謁見は玉座の間にて行われる。
真紅のベルベット絨毯に赤い壁紙、柱は白く、縁は金の装飾で囲まれいる。天井からは大きなシャンデリアがぶら下がっており、それらは黄金の雨粒のようだった。
そういえば……私は以前にも、ここに来た事があった。この異世界に転生…いや、降霊したばかりの頃だ。
あの時はまだ何もわからず、部屋の様子を観察する余裕などなかった。
だが今改めて眺めてみると、様々なことに気がつく。
左側の壁は採光のための巨大な窓、反対側にはそれと同じくらい大きく、威厳のある肖像画がかけてある。
部屋の奥は壇上になっていて、最上段に2脚の椅子がある。
そこにはこの国の王・ウィリアム・ランカスター2世と、その妃メアリー・ランカスターが座している。
壇下にも同じように椅子が置かれており、そこには姫様が座っていた。
こうして、遠くから見ると、姫様はこの部屋のために設られた、小さくて美しい人形のようにも思えた。
「衛兵騎士団よ、クーデター犯の捕縛、誠にご苦労だった!」
衛兵騎士団は王族の下、全員が均等に並んで立っていた。
その間に、上等な宮廷服を纏った男は立ち、手元の紙をチラチラと見ながら、まるで自分が国王自身かのように声を張り上げた。
「国賊は捕らえられた!これにてランカスター王朝は盤石!未来永劫の繁栄が約束であろう!」
私はこの男が誰だかわからなかったが、察するに高級な貴族で、もしかしたら王侯議会とやらの一員なのかもしれなかった。
「この度特に働きを見せた者たちには、国王より直接玉言を賜る栄誉を授ける!第四小隊、第七小隊、前へ!」
号令に従い、レイ・ハミルトン小隊長と私を先頭にして、第四、第七小隊は騎士団の列の中から、前に出る。
それに合わせて号令の男は横に捌け、私たちは国王夫妻は相対した。
国王夫妻は以前見た時と同様にとても優しげで、その足元で何が起こっているか全く知らないかのように、穏やかな表情をしていた。
ああ、なんて、空っぽなんだろう。
おそらくこの場で一番栄えある位置に立ちながら、私はそう思った。
この場所はあらゆる全てのものから断絶され、ただ美しくあしらわれた金の刺繍で覆われていた。
刺繍も、物語を語るだろう。
だがその糸の、細い細い繊維の中には、街角に座る老人や火事場から物を盗む少年、思い人を庇う娼婦や、死んでいったアルバン・ライトは含まれるのだろうか。
「大変、御苦労であった」
国王がその口を開いた。
柔和な顔つきにも関わらず、その声は国主たる荘厳な音色で、静謐な空間全体に響いた。
「期待通りの素晴らしき活躍、見事であった」
私は横目で、レイ・ハミルトン小隊長を盗み見た。
彼とはあの、アルバンを発見した日からあまり話せていなかった。
できればこの一連の事件について、またいろいろ話をしたかったし、アルバン・ライトについて、彼の意見をもっと聞いてみたかった。
私のこの空虚さを、埋めて貰いたかった。
しかし、彼はあれからほとんど表に顔を見せておらず、聞けば公務も休んで、自室に引きこもっているらしかった。
その印象は、これまで見てきたレイ・ハミルトン小隊長とは程遠く、彼の深部に踏み込んでいく適切な大義名分を持たない私は、以前のようには彼の戸を叩くことはできなかった。
そのままで、ついには今日この日を迎えてしまった。
久しぶりにみたレイ・ハミルトン小隊長の顔には濃く深い隈が浮かんでいた。体調を崩していたのだろうか、頬はいくらか痩せこけ、あの爽やかだったライトブルーの瞳は、今やどんよりと濁っていた。
レイ・ハミルトン小隊長は、言葉を続ける国王の姿をただの景色であるかのように、見つめていたが、ふと、私が見ているのに気がついたようだった。彼も横目だけを動かして、私と目を合わせると、ほんの少しだけ微笑んだ。
そして、私にだけ聞こえる声で、こう言った。
「すまないな、サマセット君」
それからのことは、ほんの一瞬で行われた。
「友への手土産だ、その命頂くぞッッ!!ウィリアム・ランカスターッッッ!!!」
地を揺らすほどの咆哮と共に、レイ・ハミルトン小隊長は腰から剣を抜き、玉座に向かって走りだす。
血相を変えた国王ウィリアム・ランカスター2世は、即座に立ちあがろうとしたが、鍛え抜かれた騎士の突撃には到底敵うはずもなく、レイ・ハミルトン小隊長の剣は、下から突き上げられ、王の胸をまっすぐに貫いた。
王の体は、前のめりに倒れた。
そして、レイ・ハミルトン小隊長の肩に引っかかると、「ガフ、ガッ」と、この部屋の中で一番鮮やかな色の血を吐いた。
「……あ……あ…い、いや…いやあああああああああああ!!!!!」
最初に声を上げたのは、それを直近で見ていた、王妃メアリー・ランカスターだった。
「いやああああああああああああ!!!!!」
その甲高い声に呼応して、周囲の側近たちも次々に悲鳴を上げる。
玉座の間が瞬間的に沸いていくのとは反比例して、王の顔はどんどん青ざめて、生気がなくなっていく。
私、
私はまるで、
自分だけ時間が止まってしまったが如く、
足は、縫い留められたように動かず、
喉は、氷みたいに冷たく固まって、
息は、存在さえもを忘れて、
止まっていた。
「どけッッッ!!!」
鋭い怒号が耳をつんざく。
瞬間、硬直しきった私の体は肩を掴まれて、横に吹っ飛ばされた。
私は尻もちをつき、私が元いた場所を駆け抜けていく姿を見上げた。
それは騎士長ジョフリー・タウンシェンドだった。
ジョフリーは走りながら剣を抜くと共に、その勢いでレイ・ハミルトン小隊長の背中を斬り上げた。
鎧を纏っていないレイ・ハミルトン小隊長の背中は、いとも簡単に切り裂かれ、血が吹き出す。
そして衝撃に耐えきれず、レイ・ハミルトン小隊長が王を手放して、膝を折った瞬間、ジョフリーの剣は無慈悲に、彼の首元を横切った。
ゴド。
とても重いものが、床に落ちた音がした。
そのとても重いものは、段になっている玉座から、ゴド、ドド、と転がり落ち、私の前までやってくる。
「……ッ……ッぁ」
深い、鉄の匂いが鼻に届く。
主を失った体が絨毯の上に倒れた振動が、手に伝わる。
「ぁ…ッぁ……」
レイ・ハミルトン小隊長の首は、最後の力を振り絞るかのように転がり、その目を私に合わせた。
つい先ほどまで、曇ってはいても命のあった、ライトブルーの瞳。
「……ぁぁあああああああああああ……」
暗闇に見つめられ、ようやく、本当にようやく、私の時間は動き始め、制御の効かない叫びが、喉を突き破るようにして、音に乗り、外界へ飛び出た。
「あああ、ああ、あああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます
https://t.co/YrR7qkmi8z
コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!