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(35)雪は転じて雨となる

千秋祭にて発生した、王都連続爆破事件。

主犯と考えられる魔術も使える町医者・アルバン・ライト。

混乱と謎に包まれた調査も、ようやくここまで漕ぎつけた。


私たちはこの事件に、終止符を打つ!





深夜の取り決め、その翌日。

レイ・ハミルトン小隊長と私率いる、第四+第七連合小隊(抜粋)は、宣言通り街へと繰り出した。

騎士団兵舎を出る際、やはり今回も黒子のようについてきているジョンが、私の耳元でつぶやいた。「アリお前、レイモンドに情報を流したな」

私は首を振る。「私の考察を述べ、互いの意見が一致しただけだ。『魔術』の情報は流してない」そう言い切ると、私は前だけを見て歩き続けた。

ジョンはそれ以上何も言ってこなかったが、静かな殺気だけ、私の背中に浴びせ続けていた。

だが、私は気にしない。

私は私の信じたいものを信じ、そして答えを導き出したんだ。


アルバン・ライトを探し出す!


そう、心に強く思い、誓う。

そして、我々がまず初めに向かったのは、混沌の街・イーストエンドだった。

一応、泥棒少年の目撃証言があるのと、犯人が身を隠すなら、やはり多様性の坩堝である東の外れであるからである。


イーストエンドの街頭に立ち、私とアンドリュー・スミス分隊長で「さて、どこから調べようか」と相談していると、「おうおうおうおうおう!」と近づいてくると、近づいてくる声があった。


「アンディ!エアリアル!」


声の持ち主は、今や懐かしの桶屋のマークだった。

マークは立ち止まるなり、藪から棒に「驕りの件どうなった?」と聞いてきた。

『千秋祭での協力報酬』の件である。

「マーク!」と代わりに咎めてくれたアンドリューを抑え、私は「すまん今はまだ余裕がないんだ」と謝る。すると、マークは悪どい笑みを浮かべた。


「ま、そっちのツケが溜まってく分にはいいけどな?」


私はやれやれと肩をすくめた。

改めて、イーストエンド民の逞しさを感じた。


「……まあ、本当に今は余裕がないんだ。実は……」


と、気を取り直して、私はマークに『アルバン・ライト』について聞いた。

マークは最初ピンとこない表情をしていたが、アルバンの詳細を説明するにつれ、もしかしたら…という顔つきに変わっていった。


「あー、白雪先生のことか?」

「し、白雪先生ェ?」


私は思わず聞き返してしまう。

『白雪』と言えば、私の中に浮かぶのは童話のお姫様だった。

世界で一番美しく、それゆえに毒林檎を食べてしまうお姫様……あの凄惨な事態を引き起こした事件の容疑者とは、程遠いイメージである。

しかしマークは顔を顰めると、口を尖らせて言った。


「みんなそう呼んでんだよ。色白で細っこくて……多分北方の出だろうけど、本当の名前なんて知らねーよ」


私とレイ・ハミルトン小隊長は顔を見合わせた。その『白雪先生』とやらが、私たちの探している『アルバン・ライト』なのだろうか?

私の、どう思いますか?、という目線に、レイ・ハミルトン小隊長は、まだわからない、といった具合に首を振る。

すると「そういや」とマークは今思い出したかように言った。


「千秋祭ん時、白雪先生にも声かけようとしてたんだわ。怪我する奴をいると思ってよ」


私は「え?!」マークの方を向く。


「じゃあマーク、事件の前に、彼に会ってたのか……?」

「いや、『会えなかった』んだよ。つーかあの頃からずっと姿を見てねえ」


この言葉を聞いて、私はガバッとレイ・ハミルトン小隊長へと向き直る。彼も頷き、私の気づきに応えてくれる。

千秋祭周辺から表に出てないということは……つまり爆発事件の準備をし、その後は姿をくらませたから、では……?


「なんだ?」


マークは言った。


「お前ら白雪先生を探してんのか?」


私はレイ・ハミルトン小隊長に向けて小さく頷き、慎重に答える。


「ああ、『重要参考人』として、その人に聞きたいことがあるんだ」


マークは「ほぉん」と怪訝そうに顎を撫でていたが、やがて手を止めた。


「なら他の奴らにも聞いてみっか」

「マーク、協力してくれるのか!?」

「協力っつーか、俺らも先生いなくて普通に困ってんだよ。うちの母ちゃん、腰悪くしてっからな」


「ま、エアリアルに貸し作っとくには悪くねえ」と、マークはまた悪どく笑う。マークは私に一体どれだけの債務を負わせる気だ…そう心配する私をよそに、マークは「ちょっくら人集めてくるわ〜」とすたこら何処かに駆けて行ってしまった。

なんと忙しない奴だ……と私はため息をつくと、「ふはっ」と笑い声が横から耳に届いた。


「君は本当に、皆に好かれているのだな、サマセット君」


レイ・ハミルトン小隊長は、ここにきて初めて見たような、屈託のない笑顔を見せた。

私は胸の高鳴りを感じ、でも今はそれを抑えるために「ただ私から『礼』をむしり取ろうとしてるだけですよ」と、困った風に笑って見せた。


「そうだとしても、君には人を動かす力がある」

「買い被りすぎです、ハミルトン小隊長。動いてくれる人たちがすごいんです」

「はは、殊勝なことだ」


そんなことを話しているうちに、「おーい」とマークの声が戻ってきた。


「とりあえず暇そうな奴全員引っ張ってきたぜ」


そう胸を張るマークの後ろには、十数人の若者たちの姿があった。

この短時間でこれだけの人を連れて来れるのだから、やはりマークはすごい。例え「んだよ暇じゃねえよ」「お前が頼むからきてやったんだろうが」「カッコつけてんじゃねえ」と尻を蹴られたいようが、だ。

「すごいな!ありがとうマーク!」と礼を言い、私たちは一人一人に『白雪先生』ことアルバン・ライトを探していることを告げる。

意図的に『爆発事件』や『犯人』という言葉を言わなかったおかげで、彼らからは素直な意見を聞くことができた。


「川の近くの、掘立小屋に住んでるはずだけど」

「いや、最近いないみてーだぞ。前はいつ行っても面倒見てくれたのによ」

「そうね…夜中に急に泣きついた時も、すごく丁寧にしてくれたわ…」

「案外、女とねんごろになってたりしてな。あの先生、顔立ちも良くてモテてただろ」

「やだ!先生はそんな男じゃないわよ!」

「わからんよ。あの先生、自分の話はあんましない人だったろ?」


……話がズレてきたので、そこで一旦区切ることにした。

それから私たちは目配せをし、彼らからは少し距離を取ると、小声で相談を開始する。

まずはアンドリューが話を切り出した。


「俺も『白雪先生』の話は聞いたことあるんすけど、まあアイツらが言ったことと相違ないっす。兵舎出る前にテイラー分隊長とも話しましたが、メインストリート方面でも慕われてたみたいっすね」


私は「ふむ」と腕を組む。


「住んでいたのはイーストエンドみたいだがな。しかし、今はいない……というか、王都自体から逃げてるんじゃないか?」

「いや、その可能性は低い」


レイ・ハミルトン小隊長が割って入る。


「事件発生翌日から、王都の城門には厳しい監視が入っている。出入りの際は身分を改められるはずだ」


私は言う。


「事件発生直後、目標である王族のパレードが中止になったとわかった瞬間、クーデター失敗とみなして逃げた……という可能性はないでしょうか?」

「もちろんある。だが王都外は今、第二と第三小隊がさらっている。彼らは怪しきも罰する勢いだ。何かあれば、すでに王都に一報が入っているだろう」

「それがない、と言うことは、王都内にいる率が高いですね」

「そもそもアイツは…」


とまで言って、レイ・ハミルトン小隊長は眉をピクリと動かし、「…いや何でもない。ただの妄想だ」と先の言葉を潰した。

ただの妄想でも言ってくれていいのに、と私は思ったが、彼は憶測で議論を混乱させたくなかったのかもしれない。

とはいえ、まだわかっていることも少ない。

やはり街の聞き込みを続けるしかないか……と、集まってくれた若者たちに目を戻す。

すると、


「あれェ?」


さっきより人の数が多いような気がした。


「なんか人増えてない?!」


私は集団の方へと戻り、そしてマークに詰め寄ると、マークはケラケラと笑った。


「なんか人づてに聞いて、集まってきたらしいぜ。みんな白雪先生に関しちゃ一家言あるみてえだなケケ」


そうしている間にも、人はどんどん集まってくる。

中には訳もわからず集まってきている野次馬もいるようで、周囲はだんだんと混乱し始めていた。


「白雪先生なら祭前に旅に出たってよ」

「は?貴族の未亡人に買われて、屋敷に住んでるって聞いたけど」

「絶対ないからッ!ないからッ!」

「ハァ〜やだね〜女の嫉妬は」

「つーかなんで近衛騎士団が先生探してんだよ?」

「先生なんかしたの?」

「スカウトじゃね?」


まずい、収拾がつかない。

私は「待って待って、落ち着いてくれ!1人ずつ、順番に!」と両手を振って主張したが、その声は及ばず、『白雪先生』を語る群衆は膨れ上がっていく。

だめだ、これはもう、対処しきれない……。


が、それが逆に功を奏した。


イーストエンドの群衆の流れはもれなく、私たちを中心に集まってきていた。


にもかからわず、私たちから逆に遠ざかっていく、異様な気配をある。


私はその方向へと、ぐりんと首を回す。するとそこには、逃げていくケープを纏った女性がいた。彼女は私たちの姿を見て驚き、慌てて路地裏にかけてゆく。

背中に鳥肌が立ち、私は千載一遇の機会が巡ってきたことを直観する。


今度こそ。


私はその女性が入っていた路地目掛けて、走り出した。

またしても急に走り始めた私に、「小隊長!?」とアンドリューが驚く声を背中に聞く。だが、立ち止まるわけにはいかない。

路地裏にに勢いよく入り込むと、私は女性の姿を目視する。真っ青なケープがなびいて遠ざかっていく。

私は怒号を発した。


「何処へ行くんだッッ!!」


女性は一度こちらを振り返り、ケープと同じくらい青ざめた顔をして、悲鳴のような声を上げた。


「アルバン!!!今すぐ逃げて、アルバンッッ!!」


全身の血が沸騰した。


アルバン。

アルバン・ライト!!


ようやく引いた正解に足に力が巡り、私は靴の上からでも地面をしっかり掴んで疾走しているのを実感する。

ああなんて素晴らしい、今の私は馬より速い。


女性はアルバンの名前を叫び続けながら、走り続けている。

がその様子は逃げているより、どこかを目指しているように見えた。

彼女は『アルバン・ライト』という本名を知っているーーーおそらく居場所も知っている。

そして、彼が何をやったかも知っている。

だから私たち近衛騎士団がアルバンを探しているのを見て、慌ててアルバンに警告したのだろう。

クーデターの首謀者、アルバン・ライトを逃すために。


逃すものか。


警告できるほど、アルバンは近い。

女性はアルバンの元に向かっているに違いない。


アルバンさえ捕まえれば、全てが終わる。

地道な調査も、多面的で複雑化する毎日も。

信じたい、信じきれない苦しさも。

全部終わって、姫様もジョンもレイもみんなハッピーエンドだ。


「行かせるかよッッ!」


突如、私の前に2人の男が立ちはだかった。

1人は私を睨み、もう1人は走り去るケープの女性を見送っている。


クソッッ仲間かよ!!


私は急ブレーキで止まり、ファイティングポーズをとる。男2人くらい、私なら余裕で倒せる。

だが、今は1秒1コンマさえ惜しい!男らに時間を取られ、女性が遠ざかるにつれ、アルバンへの道筋は蝋燭の灯のように消えていく。


「なら、『増員』すりゃあいいんだろッッ!?」


私を睨みつけていた男は最初「何言ってんだコイツ」と顔をしていたが、その表情は次第に驚愕へと変化する。

その反応も当然だ。


今の私は『2人』いる!


「『デュアル』ーーーーやるぞッッ!『体の私』ッッ!!」


そう言い放ったと同時に、私は男の頭を掴み、顎に膝上げ蹴りを喰らわす。

強烈な力で顔が押しつぶされた男は、「ハグッ」という断末魔と共に、地面に沈む。

オーケー、クリア。私はすぐに横を向く。

『体』はまだ、もう1人の男と戦っていた。やはり『体』の動きは単調で、簡単には人を倒せないらしい。

だが、


「脇が空いてんだよッッ!!」


『体』に注意が奪われ、ガラ空きになった男の脇腹に、魂の私は横膝蹴りを入れた。

意表を突かれた男は、「ゴホッ」と吹っ飛び一発KO。

「いよしッ!」と、私は拳を握り締めると、急いで『体』と合致して、ケープの女追跡を再開する。

幸い女は一個先角を曲がった、そばの扉の前で見つかった。女はその家の入り口らしき扉を、アルバンの名を呼びながら懸命に叩いている。


「逃げて、アルバン!逃げて!!」


私はその肩を掴み、「どいてくれ!」と脇へを投げ飛ばす。華奢なその体はいとも簡単に地面に転がった。しかしそれでも「逃げて!」という涙交じりの声をやめなかった。

私はそれを無視して、扉に手をかける。

が、鍵がかかっていて、開かなかった。


「チッ、クソッ」


私は扉から一歩下がり、蹴り破って穴を作ると、できた穴から手を入れて内鍵を開けた。

キィィと、これで決着にしては軽すぎる音と共に、扉が開いていく。

私は中に入り、開口一番に宣言した。


「アルバン・ライト!!王都連続爆破事件の重要参考人……」


アルバン・ライトであろう人物はそこにいた。


「として……」


椅子に腰掛け、テーブルの上に頬をつけながら、


「同行を……」


口から血と吐瀉物を吐き出した状態で、そこにいた。

その横には小瓶と、それを重しとした紙の切れ端。


「なんだよ……これ……」


なんなんだよ。これは。

全身から力が抜けていき、私はその場に立ち尽くした。

なんなんだよ、なんなんだよ、なんなんだよ。


「アルバン!!」


青いケープの女性が、中に入ってくる。


「あああ…ああああ……ああ」


女性はアルバンの足元に縋りつき、彼のシャツを握りしめて、全身を震わせている。


「ああああ、あああ、あああああ」


それからどれくらいの時間が経っただろう。

私を追いかけてきたアンドリューが「小隊長!」と家の中に入ってきて、「うわっ」と声を上げた。


「あそこで死んでのが、アルバン・ライトですか?」


そう聞くアンドリューに、私は「多分」とだけ答えた。

アンドリューは泣き崩れている女性も気にせず、アルバンに近づき、テーブルの上の小瓶を持ち上げると、下敷きになっていた紙切れを拾い上げた。

そして、紙を裏返して眉根を寄せると、アンドリューは私の元へときて、紙切れを差し出す。


「すいません、小隊長。俺、字あんまり読めなくて……なんて書いてありますか?」


私は紙切れを受け取る。

そこにはこう、書かれていた。




一連の革命行為は私、アルバン・グレアム・ライト1人の責である。

約束守れなくて、ごめん。




少し遅れて、レイ・ハミルトン小隊長もこの場に到着する。

レイ・ハミルトン小隊長は「大丈夫か!」と私と同じように勢いよく中に入ってきたが、そこに広がる光景を目の当たりにして、まるで喉を掻き切れたように、それ以降の言葉を失ってしまった。


ああ、と私には、この場面を説明する、責任がある、思った。


私はレイ・ハミルトン小隊長の方を向くと、今出せる精一杯の声量で、彼に伝えた。


「そこにいるのがアルバン・ライトです。そして、クーデターの首謀者も、やはりアルバン・ライトでした」


その声は自分でも驚くほど、事務的だった。

多分そのせいかもしれないが、レイ・ハミルトン小隊長は私の報告には一切答えずに、ただ、ただ、目の前で血を吐き絶命しているアルバン・ライトの姿を見つめていた。


一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!

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