(34)心配していましたが、上手くいきました!
「サマセット君…?こんな夜中にどうしたんだ」
自室から出てきた、簡易的な服装のレイ・ハミルトン小隊長は、突然来訪した私の姿に狼狽している。
私はここに来て一瞬、これで合っているのだろうか、と迷ったが、拳を固く握りしめて、背の高い彼を見上げる。
「爆発事件の……犯人の手掛かりを掴みました。そのことで、お話があります」
時は数日前、モガーナ・ネヴィルの城から帰還直後まで遡るーーーーーーー
私が、王都に帰ってまずやったことは、魔術を使う医者…『魔術医』について調べることだった。
もちろんジョンには聞けなかった。ジョンにはジョンの、私には私の信じるものがあった。
となると頼りになるのは、やはりイーサン・バーナードであった。
帰都の翌日、現在も続いている地道な爆発事件調査にて、ちょうどイーサンと組む機会があった。私はそれとなく訊ねてみた。
「イーサン、魔術医……に詳しくないか?」
この世界の医療普及状況は不明だったが、少なくとも貴族階級出身のイーサンならば、関わりがあると踏んだからだ。
「どこか、具合悪いところでも…?」とイーサンは眉根を寄せた。
「場合によっては紹介できますが、サマセット家にはすでに主治医がいるのでは…?」
いやわからん!
が、しかし趣旨がズレていることはわかったので、私は「違う違う、そうじゃない」と首を横に振った。
「私は元気だし、知りたいのは『魔術医にはどんな人がいるか』だ」
「ああ、そういうことなら」
イーサンはメガネを直して、答えた。
「オレより、ビーチャム分隊長に聞いたほうが早いと思いますよ?」
「ビーチャム……パトリシア・ビーチャムのことか?」
「あそここそ魔術医学の家系でしょう。ネヴィル家の支流ですから」
「あいや、そうなの?!」
なんとパトリシアとモガーナに繋がりがあるとは……世界は狭いものである。つーか師弟揃って、そういうの教えてくれんのかい。
と、頭を抱える私を尻目に、「……ですが」とイーサンが遠い目をした。
「そんなビーチャム分隊長も今や騎士団で、ドサ周りですけどね」
そう言うと、イーサンは深いため息を吐いた。
まあ、無理もない。
最初こそ手掛かりがあった爆発事件の現地調査も、流石に回数を重ねてくると、新たな発見は少なくなってくる。
この、魔術補正で目の良いイーサンでさえ「すでに報告されている通りですね」と口にしてしまうほどであった。
合同で動いている第四小隊長のレイ・ハミルトン小隊長は、
「我々がこうして街を練り歩いているだけでも、意味はある。治安維持に繋がるし、その中で何かヒントが生まれるかもしれない」
と、皆を元気づけていたが、彼自身の表情にも焦りの表情が見え隠れしていた。
レイ・ハミルトン小隊長にも早くこのヒントを共有して、希望を示したい。
だが、それにはまだ裏付けに乏しかった。
その日はやはり特に収穫はなかった。
うなだれた皆と一緒に騎士団兵舎に戻ると、私は早速パトリシアを探しに行った。
幸いパトリシアは王宮警備を終え、報告書を書きに内務室に帰って来たところだったらしく、その姿を簡単に見つけることができた。
私はパトリシアを外に呼び出し、イーサンから聞いた話を確認した。
「ええ、そうです。父も母もお兄様たちも、みんな魔術医ですわ」
「おお、本当に医者一族なのか」
「幼い頃はわたくしも魔術医を目指していましたが、同じ女性でありながら、甲冑を纏うアリア様の姿に憧れて……進路変更しましたの」
そう言って、パトリシアは恥ずかしくなったのか、両手で顔を隠した。
私は「あはは、ありがとね」と笑いながら、それでよかったのか……?と、若干心配になりつつも、本題に入った。
『魔術医にどんな人がいるかわかるか?』
例えば、
『町医者のような人はいるか?』
「ええと、そうですね…」とパトリシアは宙を見上げ、人差し指で顎に触れた。
「表向きには、いらっしゃらないと思いますわ」
「え?!いないの!?」
予想が外れたかと思い、私は思わずパトリシアに詰め寄った。
パトリシアはびっくりしたのか「ま、ま、待ってください…!」と手を挙げて、2、3歩後ずさった。
「魔術自体が専門知識ですし、医療魔術となるとさらに学びの場は限られますの…!故に患者側にも、その、診察には多少のお金が……」
「……ああ、」
と、私は言って、それ以降は口にしなかった。
魔術医は裕福層しか診察を受けないのだ。
私は軽く頭をおさえ、代わりに訊いた。
「じゃあ普通の街の人は、誰が診てるんだ?」
「理髪師が外科処置をする、と聞いております」
「理髪……床屋ってこと?!」
「ええ。もしくは経験則のある薬草師の方が、対応されていると思いますわ」
「な、なんというか……」
改めてすごい世界だな、と思う。
要は高等技術は学ぶも受けるも、万人に開かれていない。
私は少し唖然として、次の言葉に迷っていると、パトリシアは「ですが」と明るい声で言った。
「そのような方々の中に、魔術に詳しい方はいらっしゃるかもしません」
私がハッと下げかけていた顔を上げると、パトリシアは菩薩のような笑みを浮かべていた。
「それが、表向きは、と言った理由ですわ」
パトリシアが微笑むと、なんだか全てオールオッケーハッピーな気がしまう……。
いや待て待て、と私は首を振り、理性を取り戻した。
「だがパティ、その根拠は?」
「貴族も皆、裕福なわけではありません。中には商人のように働く方々も……いらっしゃると耳にしております」
ドクン、と心臓が跳ね上がる音がした。
私の脳内に、モガーナ・ネヴィルの言葉が蘇る。
ーーー『賊軍貴族』。
ーーー内乱時に反ランカスターであったとして、困窮し平民に転じた者も少なくない。
点在していた『ヒント』たちが繋がっていき、体の中で澱んでいた血流が、一気に流れ出す感覚がした。
私は興奮を抑えつつ、訊いた。
「つまり……貴族教育を受けながら、今は街で医者的に働いている人がいる……と」
「確証を得るには調べる必要がありますわ……アリア様」
パトリシアはぐいと足を前に進めると、私に顔を近づけた。
「爆発事件関連の話、ですよね。犯人は『医師』……なのでしょうか?」
パトリシアはすでに笑みを引っ込め、答えを懇願するように私を見上げていた。遠からず自分に繋がりがあるのを気にしているのか、それともただ、力になりたいだけなのか。
私は少し考えてから、パトリシアになら大丈夫か、と問いに答えた。
「犯人は医師、というか、魔術に詳しい者なんだ。そして魔術は医療も使われる。だからもし……これは私の推論だが、町医者であれば、『魔術にも街事情に詳しい』んじゃないか……と、考えた」
「……そうですね。医師は人に生活に入りやすいですし、信頼も得やすいですわ」
「かつ、様々な人と会っていても不自然じゃない」
「……わかりましたわ」
パトリシアは身を引き、胸に手を当てた。
その瞳には決意が見て取れた。
「兄たちに聞いてみましょう。『魔術を使う』『町医者』はいないかを」
が、急な提案にむしろ私が動揺してしまった。
「いや……裕福層を診る魔術医が、町医者に詳しいのだろうか…?」
するとパトリシアはしっかりと頷いた。
「医師同士は時に協力して治療にあたるので、繋がりがありますの」
「なるほど、そこを辿れば!」
「はい。該当する人物が見つかるかもしれません」
「ぜひお願いしたい!」
私は食い気味にそう言い、ハッとして恐る恐る
「できるだろうか…?」と伺うように訊いた。
パトリシアはまた、にこりと笑った。
「お兄様たちに、掛け合ってみます!」
それから2日後、パトリシアは満面の笑みで、丁寧にまとめられた報告書を提出してくれた。私はそれを受け取り、軽く内容を確かめると、パトリシアに向かって、力強く頷き、心の中では天に拳を突き上げていた。
レイ・ハミルトン小隊長に共有できる、確証を得たのだった。
ーーーーーーそして今、現在に至る。
夜、ベッドに入って寝るポーズをとった私は、頃合いを見て『デュアル』を使い、魂だけになって、レイ・ハミルトン小隊長の自室を訪れた。
「爆発事件の……犯人の手掛かりを掴みました。そのことで、お話があります」
ジョンにバレたくなかった。
レイ・ハミルトン小隊長を疑っているジョンには、反対されるのが目に見えていたからだ。
しかし、ここ数日に調査によって、レイ・ハミルトン小隊長は怪しくない、と私が判断した。
だから来た。
文字通りの裸、いや、魂一貫で。
「とりあえず…中に入ってくれ」
レイ・ハミルトン小隊長は戸惑いながらも、私を中に入れてくれた。
彼の自室は私のものと構造的にそう変わらず、そればかりか必要最低限の家具だけが置かれた、簡素な感じさえも似ていた。
違うのはテーブルの上に無造作に積まれた紙束くらいだろうか。レイ・ハミルトン小隊長はそれらを片づけると、「そこにかけてくれ」とテーブル脇の椅子を勧められた。
私が腰を下ろすと、彼も対の場所に座る。
「それで、手掛かりというのは?」
テーブルの上にある蝋燭の光が、彼の少し疲れた顔を頼りなく照らしている。
「こんな夜更けに男の部屋を訪れてまで、報告したかったのか?」
そう言われて私は「あ、いや…!」と取り乱す。「そういうわけではなく…!」私はただジョンにバレたくなかっただけで、それ以外のことは特に考えていなかった。
すると、レイ・ハミルトン小隊長は「知ってるよ」と静かに笑った。
「君はそういう人間ではない。だが感心はできんから、次からは昼にしてくれ」
「はい…すいません…」
「それで、手掛かりというのは?」
「はい」
私は居住まいを正す。
「爆発事件の主犯は、街で活躍する医者だと思われます」
レイ・ハミルトン小隊長の眉が、微かに動く。
「……その根拠は?」
「医者であれば街事情に詳しく、狙い通りに爆弾を仕掛けることができます」
「それだけでは弱いな、他には?」
私はカードの切り方に迷った。
『魔術』のことは言えない。一応、ジョンにそう約束したから。
だから他の側面から、切り込んでみる。
「イーストエンドで…私が捕まえた少年を覚えていますか」
「ほう、あの少年も犯人の一味と?」
「いえ、ただ関わりは…少年には病弱な妹がいました。その『面倒を診てくれていた人』が怪しいです」
「……ほう」
「部下の伝手で調べてもらったところ、実際に、街で草の根的に医療行為をしていた者がいたようです。名前を、アルバン・ライトという者です」
レイ・ハミルトン小隊長の目の色が変わった。
これは押せるかもしれない。
私は話を続ける。
「アルバン・ライトは魔術医たちも一目置く知識と技術を持っていて、よく協力もしていたようです。ですが貴族主義の者とは折りが悪く、現権威には否定的だった……それは、彼が元は貴族で、訳あって身分を落とされたからなのかもしれません」
「故に……平民の医療に積極的で、その分信頼も厚く、情報も手に入れやすかった……」
乗ってきた。いける。
私は「おかしいと思いましたよね?」と問いかけをしてみる。
何がだ?というように、レイ・ハミルトン小隊長がライトブルーの瞳で私を見る。
私はそれを見返す。
「爆弾の仕掛け方です。わざわざ無人の場所、時を選んだ。現権威討伐に燃える直情的な反抗者であれば、他の犠牲は厭わないはず。しかし犯人は、できるだけ市民への被害を抑えようとした、そこには奇妙な優しさがある」
私は一呼吸置いてから、テーブルの上にそっとておき、上半身を前に出した。
「それは、理想主義的なアルバン・ライトの人物像と一致しませんか」
レイ・ハミルトン小隊長は黙っていた。
側から見ても、自らの中で考えを巡らせているのがわかった。
ここまできたら私も出たとこ勝負で、これで押し切れなかったら、最早『魔術』について言及する他なかった。
爆弾の起爆には魔術が使われた。アルバン・ライトは魔術医が感心するほど、魔術に長けていた。それが言えれば楽だったが、なるべく避けたかった。
それはほとんど自分で設けたルールだったが、それを誓った相手にこれ以上背を向けたくなかった。
しかし…もしかしたら…かくなる上は……と、私が迷い始めた頃、「サマセット君」とレイ・ハミルトン小隊長はようやく重い口を開いた。
「君は、アルバン…ライトに、どういう印象がある?」
「へ?」と私は場違いなほど、マヌケな声を出してしまう。それほど、予想していなかった問いであった。
「い、印象……ですか……?」
と私が聞き返してしまうと、彼は「そうだ」と頷く。
「どういう、見方をする?クーデターの主犯か、断罪すべき国敵か、民を愛する理想主義者か」
「わ、私は……」
わからなかった。
アルバン・ライトなど、書面上知っているだけで、会ったこともない。そんなこと、レイ・ハミルトン小隊長はわかっているはずなのに……
。しかし彼の雰囲気は、わかりません、で済まされるものではなかった。
私は辿々しくも、己の考えを言語化せずには逃れられなかった。
「純粋な……人だと思います」
私は懸命に口を動かす。
「暴力的なやり方で、権威を打倒するのは、それは、よくないと思います……ですが、その道を選べばざるを得ないほど、志がある」
それは禁忌に手を出した、姫様と『アリア』のように。
「その志は……現状の階級制度をどうにかしたいという、市民への優しさから生まれている」
それは街を愛おしそうに眺めた、レイ・ハミルトン小隊長のように。
「正直……判断に迷います。賛同できる面もあれば、許せない面もある。レイ……レイ・ハミルトン小隊長は、どう思われますか」
「……俺か」
レイ・ハミルトン小隊長は、小さな灯りの中でゆっくりと目を細めた。
「確かに評価は難しい。国を混乱させた、その罪は負うべきだ。だが罪を償う時間は与えるべきだ……俺はそう考えている」
そしてまた一つ、私に問いた。
「君はどう思う、アリア・サマセット君」
それは……どういう意味だ。
私は目を伏せる。
罪を償う。
それは、普通、そうするべき、なのではないか……?
テーブルの上で、私の指が忙しなく動いている。
私はもう片方の手でそれを抑えて、言った。
「そう……だと思います」
レイ・ハミルトン小隊長は頷いた。
その表情は、私が下を見ていたせいで、よくわからなかった。
彼は続けた。
「明日の調査では、そのアルバン・ライトやらについて聞いてまわってみよう」
私はようやく話のとっかかりを見つけて、顔を上げる。
「それなら私の部下が……市民に詳しいです!千秋祭の時、協力してくれた市民とも仲が良いです!」
「それは頼もしいな」
そう言って、レイ・ハミルトン小隊長はいつものように、明朗に笑った。
「君と組めて、本当に良かった。サマセット君」
その言葉で私は安息し、強張った体…いや、魂が弛緩した。
これでいい。上手くやれた。
そう思うと、胸の内にふつふつと嬉しさが込み上げてくる。
レイ・ハミルトン小隊長は信用できる。
その気持ちは自然と、言葉になって発露した。
「私も、あなたと組めて、本当に良かったです」
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