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(33)人でしたが、神でした(でも人です)

ダイニングルームの先客であるエドワード・ラッセルは、中に入ってきた私の姿を認めると、へらりと笑って手を上げた。


「やあ、こんばんは。アリアちゃん」

「エ、エド…?!なんでこんなところにいんの?!」

「彼も今日、来たんだよ」


私の質問には、同じくすでに主の席に座っていた、モガーナ・ネヴィルが答えた。


「君たちと違ってアポなしだったが……まあ知らない顔でもない。巣立った弟子が訪れてくれることは、師冥利に尽きるからね」

「弟子って……エドもモガーナ様の弟子なの?!」


エドワードは肩をすくめる。


「ラッセル家……というか、七家の子供たちほぼみんな、モガーナ先生の弟子なんじゃない?アリアちゃんもそうじゃないの?」


え!そうなの?!と私は思わずジョンの方を見る。ジョンは微かに頷いた。ゲェ。

まじか。私は改めて自分が酷い綱渡りをしていたことに気がつく。モガーナが、私が本当は『アリア・サマセット』ではないと見抜いていなかったら、どうなっていたのだろう。いや、少なくともジョンの中では見抜かれると織り込み済みだったのかもしれないが……。


「ま、俺には魔術の才能はなかったわけだけどね〜」


とエドワードが降参するように両手を上げると、それを見たモガーナが楽しそうに笑った。


「魔術は何も才能が全てではない。現にそこにいる……アリアは自ら勉強をしていたし、エドワード、お前の疑問も解き明かしたぞ」

「うっそマジ?!」


エドワードは両手をテーブルに叩きつけ、鋭く光る眼で私を見つめてくる。

私はなんのことかわからず、視点を彷徨わせてしまう。

パンパンと小気味のいい音がダイニングルームに響き渡った。

それはモガーナの拍手によるものだった。


「話の続きは席についてからにしようか。夕食の話題にしては、多少物騒なだがね」






「おれ、あの時レッドローズサーカスにいたわけじゃん?だからよく見えたんだよね〜爆発が同じタイミングで起きたのがさ」


エドワードは皿の上のローストビーフを丁寧に切り分けながら、言う。


「で、ピンときたワケ『こんなんできるの魔術じゃ〜ん』って。んで、モガーナ先生のトコに来たら〜アリアちゃんいるし、つまんな〜」

「経緯はわかったけど、つまんなってなんだよ」


と私が突っ込むと、エドワードはローストビーフを口に入れ、咀嚼し、飲み込んでから答える。


「おれが教えたのに〜ってこと〜〜言ったじゃん、情報交換はしたげるよって」

「ああ…あれか…」


私はいつかの小隊長会議後を思い出す。まあ結局は自分が先手を取って、私をアッ言わせたかったのだろう。しかし裏付けなくモガーナに辿り着くとは、勘のいいガキめ。

エドワードは「でもさ〜」と手の中のナイフを弄んだ。


「実際魔術が使われてて、で、犯人は『魔術に詳しい奴』ってあんま的絞れてなくない?究極、貴族の奴全員怪しいってコトじゃん」


私は顔を顰める。貴族全員怪しい…?とは。


「それってどう言う…」と私がエドワードに詰め寄ろうとすると、代わりにすかさずモガーナが助け舟を出してくれた。


「貴族の子供たちは基本みんな魔術をもなんでいる。教養としてな。実践はともかく、理論だけなら学校でも学べるだろう」


そういえば、

イーサンやパトリシアは魔術を使っていたけれども、アンドリューやピーターはそうではなかった。

私は、なるほど、と思うと同時に、そんなところにも区分があるのか、と改めて階級制度の存在を感じた。

「とは言え、」とモガーナは続ける。


「古代文字を理解し、しかもそれをバインドして、実践できる者……となるとかなり数は限られてくるだろう」


それに対してエドワードが「あっは、っすね〜おれにはできないし〜」と笑った。

私は一応ジョンを横目で見ていたが、ジョンはいつもと変わらない仏頂面でフォークで人参を刺していた。

あれほど、レイ・ハミルトン小隊長には情報を渡したくないと言ってたのに、エドワードには魔術のことを言っていいのか…?

エドワードは信用できて、レイ・ハミルトン小隊長はできないのか……?

当然答えをこの場で問いただすことはできず、私は自分の皿を見下ろした。

曲がりなりにもエドワードは、爆破事件鎮圧時に第七に協力したことが、ジョンの中で評価されているのか…?


……いや、ジョンの判断基準はしらん。

真実は事件を解明すれば自ずと出てくるはずだ…!


私は今持っているヒントを、思考の皿に乗せる。

『街』にも『魔術』にも詳しい『貴族階級』。

そして、ふと、ある疑問が浮かび上がり、私は手を挙げた。


「あの…すごく、初歩的なことで申し訳ないんですけど……」


みんなの視線が、私の方へ向く。


「これって、王族へのクーデター……なんですよね?その臣下である貴族がクーデターって起こすんですか?」


私の質問で、ダイニングルームに沈黙が訪れる。

あ、あれ…また私、変なこと言ったか…?とおずおず挙げた手を下ろしてキョトキョトしていると「私も政治は門外漢だが」とモガーナが再度助けてくれる。


「既存権力内での武力的反乱をクーデターと呼ぶんだ。まあこの国は一応ランカスター王家が統一しているからな。だが、臣下たる貴族にも『優劣』がある」

「優劣……例えば、」


私はエドワードの方をチラリと見る。


「ラッセル家とバーナード家の関係みたいなものですか?」


イーサンは、実家のバーナード家はラッセル家の支流と言っていた。つまり主家と分家ということで、そこにはある種の主従関係がある。

しかしモガーナは「……と、いうより」と私の例を否定する。


「先の内乱で、官軍貴族と賊軍貴族、の関係だな。『官軍貴族』というはもちろん我々ランカスター派だ。そして『賊軍貴族』は一方では国家統一時ランカスター配下になったが、一方では内乱時に反ランカスターであったとして、けして優遇されることはなかった。領地は奪われ、政治からも遠ざけられ、困窮し平民に転じた者も少なくない。鬱憤も溜まっているだろう」

「じゃあ…その賊軍貴族たちがクーデター、爆発事件を…?」

「と、王侯議会は考えている、ということだな」


そこでモガーナは話を止め、ワインの杯を傾けた。

私には誰が『官軍』で誰が『賊軍』なのかわからなかったが、少なくとも私たち七家は官軍なのだろう。ラッセルに連なるバーナードも。他は?


「反ランカスター派の動きは、これまでさほど目立ったものではありませんでした」


急にジョンが話し始めた。


「しかし近年、組織立っていました。先導者が現れたのではないかと思います」


モガーナへの情報提供のつもりだろう。

「政治は門外漢」とは言っていたが、モガーナ・ネヴィルも七家当主の1人だ。かつ旧知の中、何か知見を伺おうとしているのかもしれない。

しかし、それに反応したのは、意外にも別の七家の者だった。


「先導者ねえ」


エドワードはマッシュポテトを、肉に乗っけながら、言った。


「既得権益をぶっ倒して、困っている人を救おー、みたいな?超理想主義者じゃん。わあ、アリアちゃんみたい」

「どういう意味だよ」


私は軽くテーブルを叩く。杯の中のワインが静かに波打つ。

エドワードは肩をすくめて笑った。


「深い意味はないよ。ただ理想主義者って変に人を惹きつけるよね〜って話。君が平民に人気みたいにさ」

「別に、私は人気取りをしているわけじゃない」

「知ってるよ。だからこそ、現実っていう共通敵に対抗してくれる人に、支持が集まっちゃうワケ。誰彼構わずね」

「それは、悪いことでは……」


いや、違う。

実際にこうして実際に、爆発事件として最悪の事態を招いている。

理想が、破壊を生む。

私はテーブルの上で拳を握り、口をつぐんだ。

すると、主の席の方から「あっはっは」と快活な笑い声が聞こえてきた。


「気にするなアリア。そこにいるエドワード坊やは口は回るが、自己開示が苦手なんだ」


「え〜?そんなことないですけど〜?」というエドワードの反論を無視して、モガーナは続ける。


「つまり坊やは、犯人は『理想主義者』と言いたいのだろう。なるほど『魔術』『貴族』は犯人グループの要素とも言えるが、『理想主義』は主犯の人物像だろうな」

「主犯の、人物像……」


つまりクーデターを先導した者の、性格……。

『街に詳しい』『魔術の造詣が深い』『貴族階級』『理想主義者』。


自分が、少しずつ事件の核心に迫っている感じがする。

深い霧の中に迷っていっている気もする。


それは街を破壊し混乱させた犯人を捕まえたいという気持ちがあるのと同時に、犯人の手掛かりが増えるにつれ、どこかにレイ・ハミルトン小隊長とは関連が無いところを探しているからにほかならなかった。


この日の夕食そのような感じで、3歩下がって(私的には)2歩下がるような結果のまま終えた。

夕食を終えると、モガーナは「あとはみんなで楽しんでくれ」と言って席をたち、私たちは使用人に案内され、それぞれにあてがわれた部屋へと向かった。


部屋に入ると私は1人きりになった。


思えば、騎士団兵舎に入ってからはずっと、寝る時はジョンがいたので、1人で寝るのは久しぶりだった。夜ってこんなに、静かだっけ。ジョンは元々口数の少ない奴だが、ジョンにはジョンの気配がある。それはないのは、なんとなく不自然な感覚だった。だけど今の気まずい状態では、むしろその方が良いのかもしれなかった。

私はとっととベッドに入ると、不自然さを消すようにすぐに瞼を閉じた。

幸い、眠りの安息はすぐにすぐに訪れた。



翌朝。

王都まで遠いのもあり、早いうちに帰ろうということで、私とジョンは太陽が昇りきる前に、ネヴィル邸を出ることにした。

ありがたいことにモガーナは見送りにきてくれ、使用人や馬車の御者を一時的に下がらせると、私たち3人だけの空間を作ってくれた。


「〈まれびと〉よ」


モガーナは言った。


「昨日は厳しいことを言って、すまなかったな。君もある意味で被害者だ。この馬鹿弟子によって、勝手に連れてこられたに過ぎない。むしろ苦労していることだろう」


そういうモガーナの深い紫の瞳には、心配や憐れみの色が浮かんでいた。

私はこの世界に来て初めて会った、ハウスキーパーのエブリンのことを思い出し、あの時と同じ気持ちで答えた。


「苦労はしてますけど…でも…本当に、すごく、幸せだと思っています。前の世界では怪我をして……こんなに自由には動けませんでした。だから、正直…感謝しているんです!」

「感謝してる!」


モガーナは細めていた目を丸くすると、次の瞬間には人払いをしたのが意味がないほどの大声で笑い始めた。


「ははは、感謝か、さすが〈まれびと〉と言ったところだな、感謝か、ははは」


私は「あー……すいません…」と頭を下げて、後頭部を抑える。


「世界に何起こすかわからん奴が、感謝は不味いですよね…」

「はは、そうだな。こちらとしてはたまったもんじゃない。だから、自覚しろ」

「……私の、力の、影響をですか?」

「そうだ。その上で、自由意志と共に動け」

「え…」


今度は私が驚いて、顔を上げる。

するとモガーナはすでに笑うのやめ、真剣な表情をしていた。


「君が巻き起こす嵐は、何かを奪い、何かを芽吹かせるだろう。それも我々は神と呼ぶ。〈来訪神〉よ。どうぞこの世界を、お楽しみください」


そう言って、モガーナは私に深々と頭を下げた。

モガーナの豊かな黒髪が、朝の風に触れて、かすかに揺れる。

「え!?」と私は狼狽し、両手をわたわた振りながら「ちょ、ちょ…頭あげてください!」と最早パニックになっていると、中庭の方から「モガーナ様〜〜〜〜〜」という大声が聞こえてきた。

モガーナは頭をあげ、私も姿勢を正す。モガーナを呼ぶ声の主は手を振り、走りながらやってくると、我々の前で立ち止まって、ゼエゼエと両手を膝について言った。


「モガーナ様、お話中のところ申し訳ございません。キュウカンが…」


モガーナはその者を一瞥し「わかった。すぐいく」とだけ答えると、私の方に向き直った。


「すまない。キュウカンが来たので、これで失礼する。何かあったら、また尋ねてきなさい」


それから、ジョンの方に目を向ける。


「ジョン。いずれにせよ、己が招いたものだ、その目で最後まで見届けろ」


それに対し、ジョンが「はい」と応え、モガーナは「では」と足早に行ってしまった。

キュウカン?と頭にクエスチョンマークを浮かべていると、ジョンに


「行くぞ」


と言われ、私たちは馬車に乗った。




「……ジョン、キュウカンって何?」


王都へと戻る馬車、揺れる車内は行きと同じく重苦しいが流れ、地面の上を跳ねる車輪の音が鳴り響いていた。

その中で、私はジョンに聞いた。この知っていそうでわからない言葉が気になっていた。

ジョンは瞑っていた目を開け、お前そんなことも知らないのか?といった具合の顔をしながら、些細なことを聞くなと言う調子の声で答えた。


「急な患者のことだ」

「あ、ああ、急患ね、急患」


と、むかつきながらも納得しつつ、新たに生まれた疑問をぶつける。


「でもなんで急患がくるんだ?モガーナは魔術師……では?」

「魔術師はカニングフォーク……つまり、魔術医としての側面もあるからだ」

「医者ってこと?魔術で治療とかできんの?!」

「専門知識だから詳細は省くが」


ジョンは顔を顰めながら言う。


「人体の流れを外的に整えるのが、魔術医の仕事だ。単純に薬草を使ったりもする」

「おお、なるほど。町医者だ」


と、言ったところで、エドワードではないが、私の頭の中にピンとくるものがあった。


「町医者……」


私がそうつぶやくと、ジョンは怪訝そうな顔をしたが、私はあえてそれ以上は言わないでおくことにした。

モガーナと会って、話して、色々あったが、変わらないこともある。

ジョンはジョンの原理で動き、私は私の原理で動く。

私は私の小さな炎に従って動く。





それから数日後の夜中。

私は魂だけ自室のベッドを抜け出し、ある場所へと向かった。

魂とは言え、実体はあるから外を出歩く分には問題ない。少し間、中にいる奴だけ誤魔化せればよかった。

私はある部屋の前まで行くと、ドアをノックする。

コンコンコン。

ちゃんと鳴った。それに反応して、部屋の中の人が動く気配する。その足音が近づいてきてくるにつれ、私の心臓の音も大きくなっていく。

そして、心音が最大音量を記録した時、ガチャリとドアが開いた。


「サマセット君…?こんな夜中にどうしたんだ」


私が訪れたのは、レイ・ハミルトン小隊長の自室だった。


一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!

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