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(31)信頼とまた別の信頼

私とジョンは、2人きりで馬車に揺られていた。

車窓は晩秋のベールに包まれた景色を切り取り、日々の喧騒を遠くに置いてきてくれる。サマセット家がある地方と比べると、この辺りは平地が多く、収穫の終わって閑散とした農地がよく見えた。所々にドラム缶のように纏められた積みわらが転がっている。


私たちは王都を離れ、ジョンの師匠であるモガーナネヴィルの邸宅に向かっていた。


車内は車輪が転がる音だけが、嫌になるくらい響いていた。馬車の揺れにもう慣れたはずだけど、この重い沈黙の中で、空虚な内臓を刺激されるのは、耐え難かった。


原因は二晩前の、大喧嘩にあった。


喧嘩と言っても、ただ私が喚き散らしていただけだけど……と、私はジョンの顔を盗み見る。ジョンは普段と変わらぬ様子で、先日イーストエンドで手に入れた木片を見ていた。どうやらあの後もいくつか怪しいパーツを拾ったようで、それらをじっと見比べている。

その、私のことなど気にも留めていない態度に、怒りが沸々と蘇り、私は即座に目を逸らした。


「レイモンドハミルトンは、信用できない」


私たちの喧嘩は、ジョンのその一言から始まったーーーーーーー。







連続爆発事件には、魔術が関わっている可能性がある。

だが、どう関わっているかまではわからないので、より魔術に造詣の深い人にアドバイスをもらう必要がある。


あの日、イーストエンドでの調査が終わった時。

「特に目ぼしい成果はなかったな」とやや残念そうに眉を下げたレイハミルトン小隊長に、私はそのことを伝えようとした。

しかし、寸のところでジョンが私の腕を掴み、ぐいと引き寄せて、耳元で「言うな」と言った。

私は「はあ?」とジョンの顔を見返したが、その表情は真剣そのもので、言うならこの場でお前の喉を切り裂く的な雰囲気だったので、私も言葉を引っ込めてしまった。

その後、解散して兵舎に戻り、自室に入ってから、改めてジョンに「何であの時止めたんだよ」と聞くと、ジョンはまた険しい顔をして言ったのである。


「レイモンドハミルトンは、信用できない」


唐突なその言葉を、私は最初、上手く飲み込めなかった。


信用、できない…?

レイモンドハミルトンは……?


と頭の中で反芻して、ようやくジョンが何を言っているのかを理解した。


「レイ、ハミルトン、小隊長を、信用できない……?」


あの、相手がどんな身分でも気兼ねなくて、慕われてて、区別のラインを、軽々越える、彼を……?


「どういう……ことだ……?」


ようやく口にできたのは、それだけだった。

にも関わらず、ジョンは私の動揺を否定するかのように、ーーこんな時だけーー端的に答えた。


「言動が合っていない」

「そんなことは…」

「純粋に事件の調査をしているとは思えない」

「……もしかしてジョンは……」


私の心臓が跳ね上がる。


「ハミルトン小隊長が……爆発事件の犯人だって、言っているのか……?」


しかし、それに対してはジョンは首を振った。


「そこまではわからない。だが不安要素ではある。だから無駄に情報を与えたくない」


私がまた、言葉を理解できずにいると、ジョンは少し待ってから、私に訊いた。


「レイモンドハミルトンが、お前と協力したい理由なんだ?」


私は西日が照らす会議室での、あの握手を思い出す。


「それは……それは、私や第七が、街に詳しいからって……ジョンにも説明したはずだろ…?」

「それがおかしい。レイモンド自身が言ってただろ。『昔はよく街に通った』」


脳内に、イーストエンドを愛おしそうに眺める、レイハミルトン小隊長の姿がフラッシュバックする。


「ならレイモンド自身、すでに街には詳しいはずだ。お前と組む利点がない。第四だけで完結できる。奴には何か、別の目的があるかもしれない」


その言葉に、鼻の奥に急激に血が集まった。


「そんなことない……そんなことないだろ!!」


私を、私の魂を、否定されたような気がして、視界がぐらぐらと揺れる。


「ハミルトン小隊長は『昔は』って言ってた!現状は…わからなかったってことだろ!!でも現状なら、私たちの方が詳しいからって……それだけだろ!!!」


取り乱す私を、ジョンは冷めた目で見ていた。私にはその目が、私を責めてるように感じた。


「それに…それにハミルトン小隊長は言ってくれた。私の、民を護った行動に感銘を受けたって…褒めてくれたんだ!だから、だから……」


私はそれでも、ジョンを睨みつける。


「レイハミルトン小隊長が、街を爆破させるわけがない!!」


ジョンはただ冷たい金色の目で、私を見ていた。

私にはその目が、こう言っているように聞こえた。

お前、自分が何を言っているのか、わかっているのか。

そして実際にはこう言った。


「お前、自分が利用されていると思わないのか?」

「……え……?」


私は言葉に詰まった。

レイハミルトン小隊長が、私を利用している……?

そんなはずはない、と直ぐに感情が否定した。でも頭の片隅には、もしかしたら、とも思ってしまった。

何故なら私こそが、「あわよくば彼から、御前試合への推薦をもらいたい」と思っていたからだった。

彼にも何か、別の思惑があったのかもしれない。


「レイハミルトン小隊長はそんなことをしない……」


しかしやはり心が否定した。

ジョンは首を振り、ため息を吐いた。


「ジョフリーの時も……決闘裁判の時もそうだっただろ。結果的にお前は」

「そんなことしない!!」


私は両手で顔を覆う。「そんなこと…」そしてうわ言のように、自分に言い聞かせるように、手の暗闇の中で繰り返した。「レイはそんなことしない……」私は立っていることができず、その場にうずくまった。


「アリ」


ジョンの足音が、私に近づいてくる。


「これはクーデターなんだ」


その声色は私とは対照的に冷静で、諭すようだった。


「ランカスター体制を倒したい者もいる、王制そのものを転覆させたい者もいる。王族には敵が多いんだ。だから俺は、不安要素はできるだけ除きたい」


私は顔を上げる。

ジョンは私を、見下ろしている。その姿に、私はジョンを初めて見た時と同じ印象を持った。

灰色のオオカミ。雪原に立ち、決して媚びず、決して揺るがない。


揺らいでいるのは、私の方だ。


「それでもお前が、レイモンドと情報を共有すると言うなら」


そして、白銀の北極星ようなオオカミは言った。


「俺はお前に協力しない。俺の師匠も紹介しない」


私は勢いよく立ち上がって、ジョンに掴みかかった。


「なんだよ…なんだよ、それ!!」


ジョンの胸元を固く握る拳が、震えているのが自分でもわかった。


「私にも協力しないって……なんなんだよ!!お前、誰の味方なんだよ!!」


ジョンはそれが当たり前かのように、言った。


「姫様の味方だ」


その瞬間、全身から、力が抜ける。

ジョンの胸元を掴んだ手が、シャツの上をズルズル滑り落ち、だらんと垂れ下がった。


内臓が、真っ二つに斬りつけられたように血を失って、冷え込んでいくのがわかる。


「……わかった」


私は言った。


「ジョンはそうだ、そうだよな…最初から」


ジョンは姫様だけしか見ていない。

そんな、今更なことで、私の体は急激な疲労でふらつく。

その状態でなんとか自分のベッドまで辿り着くと、体の緊張を解いて、腰をがっくり沈ませた。埃が舞い、黴びた匂いが鼻をくすぐったが、気にできなかった。


「今日はもう寝る。少し頭、冷やすよ」


すると、ジョンは「そうか」とだけ言い、私に背を向けた。

それだけ?

しかしそれ以上追求することもできず、私は体を倒し、ベッドの中に潜り込んだ。


頭まで被った寝具の中で、なんか前にも、こんなことあったな……と思い出す。

でもあの時とは違う。

どうしてこんな、気持ちになっているのだろう。


信頼している人に、信頼している人を否定されたくなかった。


やがて部屋の明かりが消され、光のない暗闇に包まれる。寝具に包まれた私は、まるで自分がどこにいるのかわからなくなる。

魔術のことなんて、ジョンがいなければ私には何もできない。

でもジョンに助けを乞えば、レイハミルトン小隊長の力にはなれなくなる。

なにより、彼の、彼への信頼を裏切るような気がする。あんなにいい人を、あんなに、共感した人を。


ふと、『アリア』は……彼をどう見ていたのだろう、と思った。今は誰でもいい、誰かに「君は間違ってないよ」と不安を拭い去ってほしかった。

私は藁をも縋る思いで『アリア』の日記を掴み、暗闇の中に引きずり込む。そして冊子を開き、細かい字の中から必死にレイハミルトン小隊長の名前を探した。

もしかしたら……去年『アリア』に推薦をくれたのは、レイハミルトン小隊長かもしれない。もしそうなら、『アリア』を助けてくれたいい人だ、信用できる人だ。そう乏しい祈りとともに、私は震える手で、ページをめくり続けた。


しかしそんな記述は、どこにも見当たらなかった。


わかっていた。

『アリア』の日記には、『アリア』が誰から推薦をもらったか、書かれていないのは、すでに確認済みだった。

それでも、探さずにはいられなかった。ほんの少しでも、私に同意してくれるものが欲しかった。

私がズボラだから見落としているだけで、真面目な『アリア』はちゃんとレイハミルトン小隊長のことを書いているはずだーーー。


でも、なかった。いくらめくっても、めくっても。


しかし、どれだけ探してもないとわかった時、皮肉にもそれが、私に奇妙な希望を与えもした。


この日記自体、抜粋でできているのだ。

『アリア』がそう言っていた。だから、推薦に関する記述は『アリア』が抜いたのかもしれなかった。

そこには彼の名前が、書いてあったかもしれない。

それらを抜いた意図はわからなかったが、今の私はその小さな灯火に縋り付かずにはいられなかった。


まだ、わからないのだ。

わからないなら、レイハミルトン小隊長を否定することも、まだできないはずだ。


そんな僅かな安心感を抱きながら、私は瞼を閉じ、眠りについた。

そして朝起きて一番に、すでに身支度を済ませていたジョンに言った。


「レイハミルトン小隊長には、魔術のことは、言わない。だからジョンの師匠を紹介してくれ」







ーーーーーーーそして今に至る。

ジョンの師匠へのアポイントメントは、思ったよりも簡単に取れたが、それでも一日は連絡日として、待つことにはなった。電話などない世界だ。仕方がない。

その間、私とジョンは最低限の会話以外は、口をきかなかった。元々ジョン自体、あまり日常会話にあまり華を咲かせるタイプではなかったが、それでも昨日一日は実に静かな日であった。


馬車の中、沈黙はまだ続いている。

揺れる車窓は2時間前から大して変わらず、向こう3時間くらいは同じものが続くであろう。

何も、変わらない。

ジョンはジョンの原理で動くし、私は私の原理で動く。

いつだかジョンが普遍不動の世界原則が魔法であると言っていたが、個人の中にもそう言った理があるような気がした。

私は私の信じる、小さな炎に従って動く……!


「アリ」


唐突に、ジョンが声を発した。

私はそのこと自体に驚き、肩を震わせる。そして数コンマ遅れて、自分を呼んでいることに気がつく。


「……なんだよ」


それでも私は気に食わず、外を眺めていた。

それがそのまま声に乗って、自分でもわかる不機嫌な言葉が出たが、ジョンは眉一つ動かさなかった。それがまた、私の神経に触ったが、ジョンは構わず続けた。


「モガーナ様……俺の師匠に、レイモンドを引き合わせたくないのは先日説明した通りだが、それとは別の理由もある」

「……別の理由?」

「ああ、むしろそちらが主要因とも言える」


私はジョンの方を向く。


「なんだよ、別の理由って」

「それは、モガーナ様に会えばわかる」


私は「は?」と眉を顰めた。


「今更勿体ぶんなよ。何なんだよ、別の理由って」

「本当に、会えばわかる。だが、覚悟だけはしておけ」

「覚悟??」


しかしジョンはそれ以降、また黙り込んでしまった。

私は、ジョンが手に持つ木片を奪って、暴れ散らして、その憎たらしいポーカーフェイスを崩してやりたかったが、狭い馬車の中ではそれも叶わない。

結局のところ、また荒涼とした寂しい農地を眺めるしかできなかった。




王都から数時間かけてようやく到着したのは、石造りのいわゆる『中世ヨーロッパの城』だった。その城は、小高い丘の上に堂々と建っており、下には穏やかな流れの小川が流れていた。


「し、城じゃん……」


と思わず漏らしてしまうと、ジョンが、


「ネヴィルは古くからある家で、魔術の大家。国の祭事も取り仕切っている……

かつ、七家の一つだからな」


と、当たり前のように言った。

いや、そういうのはあらかじめ教えとけよ!!と言いそうになったが、ここ数日ジョンとまともに話そうともしていなかったのは私なので、口をつぐんだ。


私たちは馬車を降りると、待ち受けていた案内人に従って、小さな都庁みたいな外門を潜る。

そして少しの暗闇を抜けると、目の前に青々しい芝生、広い庭が飛び込んできた。

もちろんサマセット家よりも広かったし、王宮にでも、このような開放感のある場所はなかった。

庭の奥の方にはさらにこんもり盛られた丘があったが、どうやら邸宅自体はここより左手側にあるようだ。


「行くぞ」


と、いうジョンの声でハッとして、私は案内人に置いていかれないように、後をついていく。

そうして入ったネヴィル邸内部は、この世界にある他の建築内装とさほど違いはなかったが、それでもどこか、ずっと昔からそこにあるような、落ち着きがあった。

無数あるであろう内の一つ、壁が赤い暖炉のある部屋に通されると、私とジョンは同じく赤い柔らかなソファに横並びになって座った。


「それでは当主様が来られるまで、お待ちくださいませ」


それだけ言うと、案内人は去り、部屋の中には私たち2人だけになった。


当主様……と言うのは、モガーナネヴィル……ジョンの、魔術の師匠のことだよな…?つまり私の大師匠にもあたるわけだが、一体どんな人なのだろう……。

このように広く、古く、しかし、在るべきように在るような城の、持ち主とは……?

ふと横目で隣を見ると、あのジョンがわずかながらに緊張しているのがわかった。膝の上で拳を握り、肩をややいからせている。

はは、姫様以外にも、コイツを揺るがす人がいるにか、と少し和んだ時、ガチャリとドアが開く音がした。

私はドアの方に視線を向ける。


そこには豊かでウェーブのかかった黒髪で、がっしりとした体つきの中年女性がいた。

彼女はその紫がかった黒い瞳で、まず私を射抜くように認めると、カッと瞳孔を開き、隣へと顔を向けた。


「ジョン!!!!!」


その叱咤の声には、聞くものを硬直させる威厳があった。


「貴様!!!禁忌を犯したなッッッッ!!!!」


次の瞬間、モガーナネヴィルの飛び蹴りが、ジョンの頭部へと炸裂した。

一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます

https://t.co/YrR7qkmi8z


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