(3)家に帰りましたが、中はメチャクチャでした
屋敷の玄関口にたどり着いた時、私の両手はメイドを抱えていてふさがっていた。
ので、前世の癖もあり、扉を足で蹴って開けようとした。
が、運悪く扉は外開きで、少し蹴っただけではびくともしなかった。
ガンッ
ならもう一回、今度はもう少し強く。
ガンッガンッガンッガンッ
それでもだめなら、さらに。
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ
はは、もっともっと。
ガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッガンッ
ガキンッと鋭い音がしたかと思うと、すぐにドゴッと鈍い音を立てて、片扉が内玄関の床に倒れた。
既に音を聞きつけていたのだろう、様子を見にきたハウスメイドたちが私の姿を見て、目を丸くしていた。
「ア、アリアお嬢様?!」
玄関口で破壊音を連打しているのが、まさか私だとは思わなかったのだろう。
私は抱えていたメイドを下ろしてやると、あたりを見回して訊いた。
「それで、家庭内暴力が起きているのはどこ?」
一同「カテイナボウリョク?」といった具合にぽかんとしている中、1人察しのいい者が、
「奥様の寝室で、旦那様が…!」
と叫んだ。
「奥様の寝室ね!」と私は足を動かそうとしたが、急停止した。「……え?!どこ?!」
再度一同外宇宙に飛ばされたような顔になってしまったが、先ほどの者が
「あ、案内します!」
と2階へと続く階段に向けて走り始めたので、私はその後に続いた。
奥様ーつまり『私』の母ーの寝室は酷い有様だった。
椅子などの調度品が原型を変えて散乱する、室内の状態もさることながら、2人のメイドが頭から血を流して、その場に倒れている。うち1人はエブリンだった。
「こ、れは……」
まるで大きな子供が大癇癪を起こしたかのような、いや、事実そうなのだろう。
ベッドの縁もたれかかり、頭を守るようにしてうずくまる母の傍で、杖を持って喚き散らしている男がいる。
ああ、あれが旦那様ーーつまるところ、父ーーだ。
「何やってんだアンタ!!!!!!!」
私はできうる限りの大声で、父の背中へ向かった。
振り向いた父は一瞬、意外そうな顔をしたが、すぐに憤怒の目で私を睨みつけた。
「お前もだ、この出来損ないが!!」
私は何のことだかわからず、足を止めた。
父は構わず続けた。
「女だてらに薔薇騎士になるなどど息巻いておったくせに、御前試合に負けるなど、このサマセット家の恥晒しが!」
父は勢いに任せて、絨毯の上に転がった飾り箱を蹴り上げる。
「しかも顔に傷までつくりおって、女としても本当に使えなくなった!!お前のせいで、俺はいい笑い者だ!祖先が紡いできた伝統あるサマセット家が、格下の家に笑われるなど……ああ!!全ては!!!」
父はまた母の方へと向き直った。
「全ては女しか産めないお前が悪いんだ!!!お前が!!お前が女しか!!!」
そうして、父は母に向かって杖を振り上げる。
「この女腹が……!」
瞬間、私の体はほぼオートパイロットで動き、父の側面について、振り上げられた杖を掴んだ。
「やめろ」
私が腕に力を入れた時、ようやく何が起きたのかに気がついた父は私の方をむいた。
「お前、父に向かって何を…」
私はさらに力を込めた。
この杖をこのまま折ってしまってもいいと思うほどに。
「やめろ、と言っているんだ」
そしてバキン、と実際に杖は折れた。と同時に手のひらにチリチリとした痛みが走る。手を開いてみると、細かな木片が突き刺さっていた。
私はふ、となぜか冷静になり、ああ木だかこんな簡単に折れたんだな、と思った。
だが、
「お前!!!」
父の怒号で
「何をやっているのかわかっているのか!!!」
私は再沸騰する。
「知らん!!!!!!!!」
私は叫んだ。おそらくこの父であるらしい男の所業にだけではなく、母やエブリン、竦み上がってしまったメイドたちのこれまでに、
「知らん知らん知らん知らん!!!!!!!!!!」
異世界転生などという荒唐無稽、意味不明な状況に、
「一切合切!!!!!!!!!!!!」
そして消えてしまった『私』のこれまでに。
「何もわからん!!!!!!!!!!!」
だが、一つわかった。
「なら私が!!!!もう一度御前試合に挑んで」
もう一度、体を自由に動かせるようになった私が、
「勝って、薔薇騎士なれば!!!!」
この世界でやるべきこと。
「この国の軍事的頂点立てば!!!!!ご満足いただけることでしょう!!!!!!!」
私はその男をまっすぐに見て、言った。
「なればサマセット家の名誉になるでしょう!!!違いますか!!!!」
父はうまく声を出せないかのように、「ガッガッ」と喉奥から音を出していたが
「違いますか!!!!!!!!」
と、私が畳みかけたことで、ようやくつっかえが取れたかのように、
「い、一度負けた身で何を……」
と吐き出した。
「今度は負けません」
「……ハッ、そう言うだけなら誰にでもできる」
「なら!担保に入れましょう」
「担保?何をだ」
「もちろん」
私は自分の胸を叩く。
「私自身を」
父は心底馬鹿にするかのように、「ハハ」短く乾いた笑い声をあげた。
「今のお前に価値があるとでも?」
少し、喉が締め付けられる。
しかし息苦しさを奥歯で噛み殺して、私は言う。
「価値は!作ります!!必要とあれば…」
自分で自分の頬に汗が垂れるのを感じたが、私も笑ってみせた。
「お父様の奴隷になってでも」
沈黙。
のち、父の口から底からの息が漏れると「奴隷、か」と唸るような言葉が発せられた。
そこには悪意のようなものさえ感じられた。
「自らの申し出を、ゆめゆめ忘れるな」
それだけ言うと、父は「帰る」と部屋から出ていった。
帰る…?帰ると言っても、ここが家じゃないのか…?と、消えた父の背中に思っていると、
「なんてことを!」
と横から袖を引っ張られた。
母であった。
母の顔にも無数の傷と打撲の跡ができていた。
「なんてことを言ってしまったのです!お父様に謝って、訂正してきなさい!」
袖を握る手に力が入る。しかしその震えは、そのせいか、また他の理由かはわからない。
「お母様」
私はその場で膝を折り、母と目線を合わせて、その顔を手で支えた。
「『私』はお母様の敵ですか?」
「敵だなんてそんなっ…」母の息はそこで詰まる。「……っ敵だなんてそんな、違う……」
「違う?」
「ちが、違う。私が、あなたの敵っ……敵なの。私が、私が……私が、あなたを『そのように』させてしまった……!」
母が泣いている。私の手に温かな湿り気が及んでくる。
だから、きっと、
母のいう通り、『そう』なのだと思った。
私は母を抱きしめた。
「昼間もエブリンに同じようなことを言ったのですが」
そして、背中を軽く叩く。
「『私』はお母様に『このように』産み、育てていただいたことを、感謝しております。健康そのもの!ええ、私は、とても感謝しております。だけど」
私は母の肩から離れ、母を見て、言った。
「私のこの力は、私自身のものです。どう使うかも私の自由ですし、私はその方法をもう選びました。だから、どうか、どうかご安心を。見ててください。私は負けませんよ……誰にもね」
母の目から、また一筋涙が溢れた。
それは部屋の明かりを反射して、小さな星のように見えた。
ああ、今更ながらに気がついたが、『私』は母似なんだろう。
お互い傷だらけの顔で。
傷だらけの心で。
その日、私と母と、あとできるだけ人を集めて、軽く片付けられた母の寝室で、みんなで寝た。
みな「こんなことは初めてだ」と驚いて恐縮していたが、次第に顔を綻ばせ、修学旅行の小学生のようにはしゃいで、明日が来ることに安心して、眠りについた。
この世界のこと、国のこと、家族のこと、何より『私』のことを、私はまだ何もわからないけれど、きっとどうにか、どうにでも、できるような気がした。
そう思って初めて気がつく。
ここに来て、一番救われているのは私なのだ。
この夜は全てが煌めき、鮮明に見えた。
こんな夜がいつまでも続いてほしいと、私は願いながら瞼を閉じた。
「と、いうわけにもいかないわよ。対策も無しではね」
温室。
そこでは全てが揺らぎ、ぼやけてみえた。つまるところ蒸し暑い。当たり前だ。温室なのだから。
王族は何を好き好んでこのような場所を作り、そこで温かなお茶を飲むのか、理解に苦しむが、姫様は「ある種の植物、特にこの国で自生しにくいものは、こういう環境で育つのよ」と
鼻で笑った。
「あなたって風情がないのね」
知らん。
あの、家庭内大乱闘があった日(つまりは姫様に謁見した日と同日だが)から数日後、私は王宮に赴き、宮殿内の温室で姫様と対峙していた。本当ならばあの日の翌日にでも、姫様に会いに行こうとしていたのだが、なかなか約束を取り付けることができず、ズルズルと数日が経過してしまった。
王族は庭でも眺めながら優雅に暮らしているもんだと思っていたが、姫様は意外とお忙しいらしい。
「それ、結局消えなさそうね」
姫様は指などささず、ただ茶を飲みながら「それ」とだけ言ったが、文脈からして、顔の傷であることはわかった。
「まあざっくりやられてますからね。割と治りは早い方なのですが」
私はそう顔の傷に触れた。カサブタが硬くなっていて、これが綺麗に剥がれればいいものだが、おそらく白く膨れ上がった痕は残るだろう。
「それで」
姫様を茶をテーブルの上に置いた。
「私の所に来たということは、あなたのやるべきことがわかった、ということ、よね」
「はい」
「あなたのやるべきこと、それは?」
私は膝の上で握り拳を作り、腹から答える。
「もう一度御前試合に臨み、勝って、薔薇騎士になること……です!」
すると、「そう」と姫様はにんまりと笑った。
「……というか」
私は苦笑いをする。
「姫様自身、そうなれって思っていましたよね…?」
「さあ、どうかしら」
「どうかしらって……」
「一ついいことを教えてあげるわ」
姫様は姫様たる傲岸不遜の顔をした。
「自ら選んだ、と、思わせるのが大切なのよ」
私は盛大にため息を吐いた。
「なんだかなあ〜担がれたっていうか」
「でもあなた自身はその選択を是としているのでしょう?
「それは…」
そうだ。
「そうです」
「ならいいのでは?」
「それはそうなんですけど〜〜…と」
私は思い出して、座り直した。
「そう選んだ上で、姫様に再度お聞きしたいのですが」
「何かしら?」
「姫様の宿願とは」
姫様はそれまでの表情を消し、何か少し考えるかのように、目を伏せた。また、金色のベールがサファイアにかかる。
言いにくいことなのだろうか。しかし、唯一力になれる人間の腹の中は、少しでも知っておきたい。
答えるまで動かぬ思いで、私も黙っていると、姫様はぽつりと「どこから話せばいいかしらね」と言った。
「あなた、御前試合の相手のこと、覚えてる?」
「え?ええ〜いや、チラッと見えた?くらいで何も……ああ、エブリン、うちのハウスキーパーはタウンなんとかって言っていたような?」
「そう、ジョフリータウンシェンド。現・薔薇騎士ね」
「はあ」
「あれね、私の婚約者なの」
は?
「えええええええええ?!?」
一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます
https://t.co/YrR7qkmi8z
コメント、ブクマ、評価等いただけるとめちゃくちゃHAPPYです!