(26)協力者を見つたいのですが、なかなか難しいです
「さて皆さんにお集まりいただいたのは他でもない、千秋祭にて発生して痛ましい事件に関してです」
小隊長会議。
秋も深まり、午後の早い時間でも窓から西日が入り込む。光は室内を照らし、宙を漂う小さな埃が、ほとんど動いていないことを白く浮かび上がらせていた。
私はいまだ、この空気に慣れない。
前世において私は、性別年齢問わず分け隔てない態度が取れる方だと自負していたし、猛者が集まるテコンドーの全国大会でも雰囲気に圧倒される事はあまりなかった。
にも関わらず、この場を「重い」と感じてしまうのは、この明るみにされた場でも、彼らが内に一物もニ物も隠し持っている、ように思えるからだろうか。
「3日目、国王陛下のパレードが予定されていた日、商業区にて同時多発的に爆発が起きました。王都自慢のあの美しいハーフティンバー建築も、重大な損害を受けました」
そのような中でも、騎士長たるジョフリータウンシェンドは、飄々した態度で話を続けた。
「王侯議会ではこれを、クーデターを見ています。まさか子供の火遊びであんな惨事はならないわけですからねえ」
その、言葉に合わない朗らかな声色に、「…失礼」と低い静止が入る。ジョフリーは笑顔を絶やさずに「どうぞ?」と主導権を明け渡すと、その栗色の短髪をした小隊長は重苦しい面持ちで疑念を呈した。
「クーデターを決定づけるのは……尚早ではないだろうか。民間での犯罪の可能性……例えば爆発乗じて店舗を襲った、などは」
「ん〜〜これは僕の意見ですが、この手の爆破事件は大概、個人にではなく、体制への攻撃なんですよねえ。理由はそれぞれあると思いますが……と、言うかですね」
ジョフリーは顔の前で両手の指を合わせた。
「議会がクーデターと言うなら、アレはクーデターなんです。だから僕たちは、その意向に従わなければならないんですよね。それが、この会議の前提です」
そう、完璧な顔で笑みを浮かべられると、意見を述べた者もそれ以上は論じられず、体と共に疑念を押し込めた。
静寂が重く、肩にのしかかる。
そう感じているのはどうやら私だけではなく、他の小隊長たちも同じように固まって、下を向いて、黙りこくっていた。
「と、言うことで、みなさん、もうおわかりですよね?」
パン、とジョフリーは手を叩いて、静寂を打ち破った。
「我々近衛騎士団は、クーデターの首謀者を捕え、罰せねばなりません」
瞬間、私の心臓は大きく、冷たく起動した。
他の小隊長らは拍手の音に釣られて顔を上げると、視線をジョフリーへと集中させた。
「我々は王の騎士、栄えある王国の守護者です。王に仇なす逆賊の存在をけして赦さない」
ジョフリーはそれらを難なく受け止めつつ、笑顔を消し、精悍な表情でこう言った。
「我々の、正義を示す時だ」
すると、今までの静けさが嘘だったように「そうだ…その通りだ!」「王を護るのは我々である!」「逆賊を赦すな!」という声が小隊長らから声が上がった。それはまるで『正義』と言う言葉を起爆剤として、誘爆していく爆発のようだった。
その急激な熱波は、私をも飲み込む勢いがあっがーー強烈な違和感が私を堰き止めていた。
いや、ジョフリーが言っていることはわかる。
首謀者を捕えて、断罪しろ。
それは、あの晩、姫様が言っていたことだから。
ジョフリーは盛り上がる周囲を両手で抑えつつ、笑みを戻して言った。
「見事逆賊を捕らえた小隊には、議会、いや、王自身からも褒美が出ることでしょう」
その言葉で小隊長らの熱が、また一段上がったのがわかった。
あ、あれ…?待て、待ってくれ……。
私だけ一人が、顔を強張らせて内省し、周りの大きな渦に置いていかれる。
姫様とジョフリーって……全く同じことを言っているんじゃないか……?
いや、
姫様に命じられた時点で、わかっていたはず、なのに。
あの爆発事件を現場で経験した身としては、その真実を突き止めるべき、なのに。
なのに。
今、ジョフリーの口から、姫様と同じ宣言が出たのを目の当たりにして、私の頭はハンマーで叩かれた鐘のように響き、震えていた。
『姫様が正しい』『ジョフリーは敵』という、シンプルで無意識なラインが、曖昧になる。
力ある2人の『正義』は、同じ矛先に向かうのか…?
私以外の、やる気に満ち溢れた者たちを認め、ジョフリーは満足そうに目を細めた。それから、汗まみれになっている私に、わざとらしい冷たい微笑を投げかけて、こう締め括った。
「それでは皆さん、今度は逃がさないよう、頑張っていきましょう」
要点だけ言うと、ジョフリーは早々に席を外し、どこかへと出掛けていった。
騎士長がいなくなった会議室の空気はいくらか弛緩し、私はようやく脱力した。他の小隊長ららは熱に浮かされたように、各々の考えを述べている。
私は両手を後頭部に置き、「最後のアレ、絶対に私への嫌味だったよな〜…」と思いながら、天井を見上げる。
もし姫様が……ジョフリーの席にいたら、同じことを言っていたのだろうか…?
「……考えていてもしかたがないな」
私は首を振り、迷いを打ち消した。
何にせよ、私は姫様の依頼をこなそう。それが、この国の平和のためだ。クーデターの犯人を見つける。いいじゃないか。
逆に考えれば、騎士団の意向が同方向なのは、動きやすくて好都合かもしてない。うん、きっとそうだ。
まずは、協力できる人を探そう。
私は席から立ち上がり、気がない様子で窓の外の見ていた者に話しかけた。
「エド」
エドワードは「アリアちゃん」と私の顔を見上げた。
「よかったね?おれたち、怒られなかった。嫌味は言われたけど」
「別にいいよ、やったことは後悔してないし。それよりさ」
私はエドワードに向かって、ぐいと近づく。
「犯人探し、私と組んでやらない?」
「え、やだ」
「えッ!?やだ?!?!!?」
予想していなかった答えに慄いていると、エドワードは肩をすくめ、椅子から立ち上がった。
「アリアちゃん、わからないかな〜言ってたじゃん。『逆賊を捕らえた小隊には褒美が出る』って。だからこれはさ、小隊同士の競争なんだよ」
「そんな、普通に考えて…みんなで協力した方がよくない?!」
「誰も信用してないんじゃない?騎士長はさ」
「は?……え?」
私がその発言の意図を掴めずにいると、「本当のトコはわからないけど」エドワードは薄ら笑いを上げた。
「疑わしきは競わせて、残った奴だけ信用すればいい。褒美を餌にすれば後は勝手に作動するシステム。お手軽だね」
「……つまり、私たちも容疑者ってこと?」
「さあ?疑っているのは忠誠心の方かもしれないよ?……何にせよ、おれはこの催しに乗るってワケ」
エドワードはそう言うと「アリアちゃんとも競争だよ?おれが勝つけどね〜」と、今度は生意気な顔をして笑った。
こ、こいつ…もしや……ただ私とゲームして遊びたいだけじゃあないのか…?!
「ま、情報交換くらいはしたげるよ」
とだけ言い残し、半ば呆れている私を置いて、エドワードはひらひら手を振って、さっさと会議室から出ていってしまった。
気がつけば、ほとんどの騎士長が既に退出しているようで、皆既にこの競争の戦略を立てに戻ったらしい。
会議室に静寂が戻ってくる。
ま、まずい……これじゃあ、協力者なんて誰も……と、再び冷や汗まみれになっていると、左背後から、
「協力できる分隊を探しているなら、俺と組まないか?」
と、声がかかった。
私はほぼ反射的に振り返り、その声の主を確認する。
「アリアサマセット君」
そこにいたのは、先ほどジョフリーに疑念を呈していた、栗毛の小隊長だった。
間近で見ると、デカい。というか……素晴らしい。服の上からでもわかる、善く鍛えられた体躯。それだけでも彼の実直さが見て取れたが、短い栗色の髪と、爽やかなライトブルーの瞳がその印象を後押ししていた。
というか、誰?!?!?
ジョン?!?何でまたいないの?!!?
返事をしない私から、彼はネガティブな意味合いを受け取ったのか「ああ、すまない。俺では不味かったか」と引き下がる素ぶりを見せたので、私は慌てて彼を引き止める。
「ああ!違います違います!ただ、その……」
捻り出せ!私!!何かを!!!
「きゅ、急に喋りかけられて、びっくりしてしまって……」
普通ーーーーーーーーーッッッ!!!
しかしその普通さが逆に良かったのか、彼は「おお、それは失礼した」と硬質な表情を柔らかく弛緩させた。
「確かに、思えばサマセット君とはあまり話したことがなかったな」
「そッ…そう言えば、そうですよね!……あ!でしたら改めまして……」
私は汗を拭いてから、手を差し出す。
「第七小隊小隊長の、アリアサマセットです!」
これが必殺・改めて自己紹介戦法である。
彼は一瞬ぽかんとした顔で私の手を見つめていたが、「はは、君は相変わらず礼儀正しいな」と手を取ってくれた。
「第四小隊小隊長の、レイハミルトンだ」
「レイ?!?!!」
私は思わず手を握ったまま大声を出してしまった。レイハミルトン小隊長はびっくりしたように目を丸くしていたが、「ああ」と納得したように空いている手で頭を掻いた。
「すまない癖なんだ。そう呼ばれることの方が多くて……正式にはレイモンド・ラフラン・ハミルトンなんだが、毎回口にするのも冗長でな」
そう言って、レイハミルトン小隊長は大らかに笑った。私は「あ、いえ…」と訂正しようとしたが、無理やり押し込めて「……なるほど」と返した。
……びっくりした。
『レイ』という名前は、前世における私の長兄と同じ名前だった。
一度そう思ってしまうと、もちろん顔は全然違うが、彼の均等の取れた筋肉質な体は、どことなくレイ兄を彷彿としているような気がする……。
「それで……俺の提案はどうだろうか?」
レイハミルトン小隊長は私の手を握ったまま、少し困ったように眉を下げた。
私は「え?!あ!」と慌てて手を強く握り返し、こう言った。
「喜んで!よろしくお願いします!……ハミルトン小隊長!」
するとレイハミルトン小隊長はしっかり頷き、私たちはどちらからともなく手を離した。
「ああ、助かるよ、サマセット君。聞けば、先の騒動でも獅子奮迅の活躍で、死者を1人も出さなかったそうじゃないか。素晴らしいことだ」
「えッッ!いや……それは……他のみんなの協力があったからで………」
急な称賛。思えば、このように直球で褒められたのは、随分と久しぶりのことだった。
私はガラにもなく恥ずかしくなり、顔の温度が上昇する。
レイハミルトン小隊長は「ははは、謙遜を」を快活に笑った。
「何にせよ俺は君の、平等に人を助ける姿に感銘を受けた。民にも街にも明るい君と組めば、今回の調査もきっと捗るはずだ。共に頑張ろう!」
「は、はいッ!頑張りましょう!」
結果的に、素性をまだ何も知らない人と協力関係になってしまった。
……わけだが、彼の真っ直ぐな態度や佇まいは、私に信頼と親近感を抱かせ、安心を与えた。
何より「頑張ろう」の言葉が効いた。
それは、正悪の間で彷徨いかけていた私を、ひ軽々と引っ張りあげるような、そんなシンプルな言葉だった。
そうだ、頑張ろう。
目の前の壁を一つ一つ越えていけば、きっと辿り着くべきところに到達するはずだ。
……もしかしたらこの人が、御前試合の推薦をくれるかもしれないし。
なんて、下心も隠し持ちつつ、会議室に隈なく注ぎ込む西日の光は、私たちの半身を照らしていた。
一応ブルスカアカウントがありまして、そちらで更新ポストなどしてます
https://t.co/YrR7qkmi8z