(24)誰が為の力①
互いの剣がぶつかり、鍔からは火花が飛び散る。
重い。
それは真剣を使っているからかもしれないが、何よりも、以前決闘裁判で戦ったクソよりも数段、エドワードの力が強い。
私は力の逃し場を見つけて、ほどんど打撃に似た剣撃を受け流す。しかし、すぐに別方向からの「蹴り」が私の脇腹目掛けて繰り出される。
私はーーこんな時だというのにーーちょっと興奮する。
私は体を回転させてこれを避けると、その勢いを利用し、カウンターキックをいれる。
も、エドワードはすでに剣を盾にし、コレをガードしていた。
剣と足甲の金属がぶつかる鋭い音。同時に私の足は痺れを感じる。
鎧を着ていて、力で足を強化しててよかった。
「いいね、アリアちゃん。強いじゃん」
でなければ、私の足は壊れていた。
私は剣を構え直す。その手は喜びで小刻みに震えていた。
言われていた通り、エドワードラッセルは強い。
だが、それ以上に、
「楽しい」
「は?」というエドワードの右頬に、間髪入れずに私は上段蹴り。エドワードは流石に剣ではガードができずに、腕で顔を護る。その隙に、私は右手の剣をエドワードの胴に突き刺す。「あっぶ」とエドワードは後ろに飛び退き、寸のとこでコレを回避した。
私とエドワードの距離が空き、エドワードは可笑しそうに笑う。
「殺すつもり?」
「……いや」
私は剣を握る自分の手を見た。
「やってみて、できちゃうのが楽しいだけで……はは、本当にすごいな『この体』は」
そう言い終わるか否かで、エドワードの剣が降ってくる。私は今度も受け受け流そうとする。が、さっきより力が乗っていて、上手く流せず、鍔迫り合いにも連れ込む。
「ほら、君だって、そうやって力を振るうじゃん」
「ぐぐぐッッ」
エドワードの瞳に、歯を食いしばる私が映っているのがわかる。
「それが強者ってモンでしょ。自由に力を使える権利がある」
「ウググギッッッ」
「でも弱者には力がない。だから自由も安寧もない。そうだろう?」
「……ガッァ!」
私はエドワードを流すことも押し返すこともできず、後ろに飛び退くしかなかった。再び間に距離ができ、私は肩で息をしながら言う。
「……ッどうして、強者とか弱者とか、力があるとかないとか…ッッ!そんなことばかり気にすんだよ…ッッ!!」
すると、エドワードは今までとは異なる薄い笑みを浮かべた。
「……力のない、弱い奴は虐げられるしかない、でしょ?」
その顔は不気味なほど、穏やかだった。
「そうじゃなきゃ、どうしておれは、殴られたの?」
内気な幼年時代。
「どうして誰も、助けてくれなかったの?」
母親のスカートにしがみついて『年長者が小さな自分に危害を加えないか』辺りを伺っていた。
「でも今は違う。俺はもう強い。はは、歯ァ折れた兄さんの顔、面白かったなあァ〜〜血とか超出てさ、止まらないって泣いてやがんの。うける。馬鹿みたい。あーあ、他のもいたら顔潰してやったのになあ、本当に馬鹿みたいだよ」
そう言って、エドワードは片手で顔を覆うと、声をあげて笑った。でも私には、その声は泣いているようにも聞こえた。
その時になって、ようやく、本当にようやく、このエドワードラッセルへの、混線していた引っ掛かりが解けた。
こいつ、『アリア』だ。
「そうか……」
『アリア』も弱かった。
力も、立場も弱くて、母と共に家で虐げられていた。
だから男装して、鍛えて、勉強して。
近衛騎士になって、御前試合に出れるまで力をつけた。
そうでならねばならなかった。
強くならねば、力がなければ、生きていけなかった。
私は、
「……そうか」
前世で力を失って死んだ私は、
突如この世界に連れてこられ『アリア』の力を授けられた私は、
「そうだな」
『アリア』にために、力を使いたいと思っていた。
私にはその責任があった。
また、エドワードの剣が急襲してくる。
鋭い音を奏でながらも、私はこれを、ちゃんと受け止める。
しかし先ほどよりもキツくない。エドワードに動揺が生じたのか?
いや、違う。
「エドワード、私には君を否定できない」
わかる、気がするからだ。
相手の流れを読むとは、多分、相手に心を寄せることで、
「強者は…その力を自由に使える。どんな綺麗事言っても、それは否定できない……ならッッ!!」
だから私は、足に、腰に、腕に意志と感情を込めて、エドワードに向けて、それらを押し返した。
「『助けたい奴』を助けるのも、私の自由だろッッッ!!!!!」
ブォン!と私の剣は宙を切り裂き、エドワードの体は鎧が軋む音を立て、後方によろめく。彼の腕と剣も空を振り抜くと、石畳に杖のように刺さって、転びそうなる体を支えた。
エドワードはもう一度立て直そうとするも、上手く落ち着く足場を探せずにいた。
「……ッなんでだよ!!」
エドワードは苛立ち、誰に向けてでもなく吐き出す。
「なんでそんなことが言えるんだよ!!」
私は剣を下ろした。
そしてその問いに、ただ心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「いやその方が、気持ちよく寝れんか?」
間。
元々街の喧騒から離れていたレッドローズサーカスに、更なる静寂が訪れる。
私の言葉に、軽く口を開けて呆けているエドワード。
お、今じゃね?と、私は剣を捨て、エドワードへと突進し、その胴体に腕を回した。そして「えッ?!は?!!何?!?」と喚く彼をよそに、私は残った力を振り絞って、エドワードを担ぎあげた。お、重。また吐きそう。だがそんな場合じゃない。
私はそのまま、行儀のいいギャラリーと化していた他の第六小隊隊員に向かって、腹から叫んだ。
「おーーいッッッ!!お前らんトコの小隊長が攫われるぞーーーッッッ!!!!!!追ってこいやーーッッッ!!!」
私はエドワードを担いだまま、レッドローズサーカスからメインストリート方面へと走り出す。チラリと後ろを見ると第六の面々は、当惑しながらも私に着いてきてくれた。
「おいッッッ!何やってんだよ!!降ろせ!!」
と喚くエドワードに、私は
「うるせえ!!今喋りかけんな!!集中してんだよッッ!!」
とがなり返す。
いやマジのマジで。力の流れのコントロールに気を払わないと、すぐにでも転けてしまいそうだ。だが文字通りの火事場のクソ力なのか、まだもう少しくらいなら、きっと動ける!
喚き散らしていたやがてエドワードも諦めようで、大人しく私の上で項垂れていた。
「アリアちゃんさあ…」という声が、私の耳元で響く。
「なんかめっちゃ……ワガママだね」
「ああ?!喋りかけんなっつっただろーがッッッ!!」
「…うん」
エドワードは小さく息を吐き、そのついでに何か言ったようだが、クソガキ担ぎながら走るのに集中している私には、良く聞こえなかった。
「…………君が姉ちゃんだったら、なんか変わってたのかな」
私withエドワードは人を押し除けてメインストリートを下り(流石に大の男を担ぎながら屋根に登るのは無理だった)、何とか問題の火災現場へと辿り着いた。
暑い、いや、熱い!火は建物へと燃え移り、あの美しかったモノトーン建築が炎の中に飲まれ、火の粉を飛ばしている。
くそッ、このあたりはほとんど木造だ。放っておけば、隣に建物にも引火してしまう。周囲にはすでに煙が充満していて、喉を刺激し、私は咳をする。まずいまずいまずい。
だが幸いなことに、そこにはすでにイーサン分隊がいた。彼らは恐怖で興奮する人々を誘導して炎から遠ざけていた。
「イーーーサーーーン!!」と呼ぶと、彼は「小隊長!!」と希望の目でこちらを振り返ったが、と同時に「うぇぇええ?!?!」と奇声をあげた。
「なっ…な!な?な!?!」
「まあ、聞いて驚け、見て笑え。最強スケット、エドワードラッセル君だ!」
そこに追いかけてきた第六の面々も追いつい来たので、私はエドワードを地面に下ろしてやる。
ガチャッと鎧を軋ませて、立ち上がってエドワードは居心地悪そうにその赤毛を掻いた。
「よしこれで人は追加したァ!!イーサン!今どうなってる?!」
「……は、はい!!現在人命救助中です!」
イーサンは動揺を消し、背筋を伸ばした。
「祭りで建物内部は無人だったため、この火災に巻き込まれ人は少なく、全員無事です!!」
「いいね、素晴らしい!!」
「……ですが、このまま火が燃え広がれば……」
私は赤黒く変わり果てた火炎の街を想像して、背筋がゾッとする。
「なんかこう!!……なんか、持ってこれないの?!?水とか……水とか?!」
「水?!川からなら……いや!無理です!それじゃ追いつきません!!」
ああくそ!この世界に消防車などという文明の利器はない!
魔術とか…?!そんな術、私には使えない。
ど、どうすれば…と頭を抱えてると「いやアンタらバカなの?」と生意気な声が背中にぶつかった。私は「ああ?!」と反射的に振り返る。しかしそこにはエドワードが、真面目な顔をしてそこに立っていた。
「こんなん、周りの建物壊して、延焼を防ぐしかないでしょ」
「こ、壊、壊すの?!?」
「燃えた所はもう戻らない。でも壊してしまえば、それ以上酷くはならない」
「破壊消火…ですね」
と、イーサンが入ってくる。
「小隊長、今はそれが最善です」
「待て待て待て待て!壊して逆に人を巻き込んだら…!」
「それは!!俺たちが避難させて防ぎます!!」
イーサンのメガネ、そして目が炎の反射して、赤く煌めいている。
「……絶対に防ぎます。だから小隊長は消火を」
ガタガタガタ……と音を立つ。燃える建物はすぐにでも崩れ落ちそうで「隣に燃え移ってるぞ!!」という野太い声が少し遠くから聞こえる。甲高い悲鳴が次々に上がる。
私は覚悟を決めた。
「頼んだ」とだけ言うと、「はいッ!」イーサンは弾かれたように動き出し、自分の分隊に戻る。私は今はまだ火を眺めているエドワードに横に立った。
「エドワードッ!!私はどうすればいいッ!!」
「あは、今度はおれの言うこと聞いてくれるの?」
「はあ?!そういう時もあるだろッッ!!!」
「……そっか」
エドワードは少し俯き、額から流れ出る汗を拭った。
「言った通り、周りの建物を壊すよ。防火帯を作るんだ。時間との勝負だね。二手に別れよう。俺の分隊貸すからさ、俺は右、君は左から行って」
エドワードは顔をあげた。
「死なないでよ、アリアちゃん」
私は頷く。
「そっちこそ!!」
そして私たちは共に第六小隊を引き連れて、二手に分かれた。