(22)お祭りですが、私たちは働いています
千秋祭 が はじまった!
祭りの初日は夜からだが、すでにメインストリートでは準備で賑わっていた。路面店は豪華な看板で飾られ、仮設の足場を組む木槌の音が小気味よく響き、みんな忙しそうに走り回っている。
「なんだか高校の文化祭前みたいだ」と懐かしさに思わず笑みを溢していると、「小隊長!」と声をかけられて、そちらを向く。そこにいたのはピーターテイラー分隊長だった。その後ろには2人ほど、部下がついている。
「おお、ピーター!屯所の方はどうだ?」
「ええ、問題ないです。逆に色々持ってきてくれる人もいて、若干過剰なくらいです」
屯所設置の発起人案は、このピーターだった。広い商業区の中に「一時的に休憩できる場所を作ったらどうか」と気の利いた案は隊内でもすぐに受け入れられた。さらには街の人にも解放しよう!となり、最初は簡素な布テントだった屯所には、毛布やら軽食やらがガンガン持ち込まれるようになった。
みんなでやろう!と言い出したのは私自身だけど、こんな風に波及していくのを見ると、嬉しい気持ちになる。
私は「はは、そりゃありがたい。引き続き抜かりなくな」とピーターの肩を叩くと、その足で次はイーストエンド方面へと走り出した。
屯所案が素晴らしいのは、情報の届け先が明確なところだ。私こと伝令は、北区に2つ、東区に1つ、計3つの屯所行き来すればいい。ゴールがあるとやる気も湧く。
私が情報を持っていき、屯所にいる分隊長が兵配置の調整する。これを繰り返す。黄金のサイクルだ。
イーサンなんかは「本来は小隊長が常駐すべきなんですよ?」などとぼやいていたが、やっぱり私はじっと考えるよりも、動き回るがシンプルに楽しい。
それに私も、祭で彩られる街を見てまわりたいのだ。
祭りの準備はイーストエンドでも進んでいた。
しかしメインストリートと比べると、装飾よりも「とにかく売れ!」精神なのか、すでに多くの露店が乱立していた。売れるものなら何にでもねをつけていた。それでも看板やかけ布が色鮮やかで、何かを焼くいい匂いも漂い、内臓からワクワクする。
「おーおーエアリアルじゃあねえか!」
と大声で近づいてきたのは、顔を赤らめた桶屋のマークだった。どうやらもう飲み始めてるらしい。おいおいと思いつつ、これでもマークは本当にいろんな人に声をかけてくれ、東の人材は潤沢になった。
「祭だから飲むのはいいが」と私はビシリとマークを指差す。
「お前が喧嘩したら!奢りの話はなしだからな」
「わーってるよ!今年の俺は一味違うぜ!」
とマークは胸を張ったが急に気恥ずかしくなったのか、「ま、美味い飯も食いたいしな」とバリバリと頭を掻いた。
私は笑って「おう、期待してな」と笑いながら彼の背中を叩くと、私はまた走り始めた。
「おーいもう行くのかエアリアルー!」
私は顔だけ振り返る。
「ああ!私の仕事は走り回ることだからな!」
そうして、イーストエンドを駆け抜け、私はレッドローズサーカス方面へと向かう。複雑地形で多少迷い、雑踏の間を縫って、なんとかレッドローズサーカスに辿り着く。すると、そこは疲れを忘れるほどの空気感があった。
中央の噴水は王家の象徴たる真紅の薔薇で飾れ、周囲に立つ垂れ幕にも、美しい薔薇の刺繍が施されている。
しかし、この華やかな場には一般人がおらず、近衛騎士が整然と立ってるだけでひどく静かだった。
それらは王家の荘厳さを示しているようだった。
私が上がっていたはずに息をするのも忘れていると、横からの「アリア様〜!」という黄色い声で、ハッと我に返る。
私を現実に引き戻してくれたのは、パトリシアだった。
「パティじゃないか、どうしてここに?」
パトリシアの担当はピーターと一緒のメインストリート方面だったはずだ。
すると、彼女はモジモジと両手の指先をいじりながら答えた。
「北の屯所には今テイラー分隊長がいらっしゃるので、わたくしが巡回に……それで、バーナード分隊長に状況報告をしておりましたの。アリア様が楽になればと……」
するとそれに乗じて後ろから「そういうことです」とイーサンが顔を出した。私は手をあげた。
「よお、色男。いよいよ祭り本番だね」
「なんですか、その軽口は」とイーサンは呆れつつも、すぐに肩をしゃんとさせた。
「ついに我々の真価が問われますね」
その顔からは、ピリピリとした神経過敏さが見て取れた。それもそのはずだ。この要所には、あの第六小隊もいるのだ。
結局第六小隊は、このレッドローズサーカスから西側にかけてを護るという、例年通りの警備計画のようだった。
あの決裂した会議の時と同様に、第六小隊の面々は統制の取れた寸分の狂いのない並びをしていたが、彼らの表情からはイーサンのそれに似た緊張感に満ちていた。
私はその根源である人物へと目を向ける。すると、彼もこちらの視線に気がついたようで、向こうのほうからこちらへと近づいてきた。
「やあ、アリアちゃん」
エドワードラッセルは、まるであの日のことがなかったかのようにヘラヘラと笑っていた。
私その赤毛を見てふと、幼少エドワードの話を思い出す。
が、
「この間はどうも〜噂じゃやっぱ人足りなくて、金で貧民を釣ったって聞いたけど〜?」
訂正、明らかにあの日のことを根に持っている。
「……そう言われればそうなるが、なにか?」
「理想論語っといて結局それ?」
「大事を成すのになりふりを構っている場合が?」
「はは、超厚顔無恥じゃん」
口の回るクソガキめ…と思いながらも、あくまで冷静に、ある種開き直って「そうだが」と肯定しようとした。
が、その瞬間、横からイーサンの「我々の隊長を侮辱するのやめていただきたい!」という怒声がそれをかき消した。
「小隊長は自ら民の元に赴き、話し合い、そして双方の合意を持って、彼らに協力……いただだいたのです!訂正して下さい!ラッセル小隊長!」
するとエドワードは笑った顔のまま、ぐりんとイーサンの方を向き、「ごめんね?」その固まった笑みを彼に突きつけた。
「小さすぎてよく聞こえなかったわ。悪いけど、もう一回言ってくんない?」
イーサンが着ている鎧のパーツが、お互い小刻みにぶつかってカチカチと音を立てている。何かが起きてしまう前にと、私はなるべく呑気な声で「まあまあまあ」と間に入った。
「エドワードラッセル、君の言い分は合ってはいる。だが、我々のようなものにとっては結局、それで何をしたか、だろう?」
するとエドワードの薄緑色の瞳が、瞬きもせずじっと私を見つめる。それはとても澄んだ、値踏みをする目だった。また、急に殴りかかってくるか…?とも思ったが、エドワードは急に「そ〜だね」と目を細めた。
「千秋祭で、おれと君、どっちに力があるか、みんなにもハッキリするだろうしね」
「今度は逃げられないよ〜」とだけ言い残し、エドワードは背を向け、ひらひらと手を振りながら、元の場所に戻って行った。
その背中に、この好戦的なクソガキが、昔は本当に内向的だったのか?と顔を顰めていると、「フウゥゥゥ」と横でイーサンがゆっくり息をはいた。
「イーサン。これじゃいつもと逆だろ。アレに言い返すのは私の役目で、君はそのストッパーじゃないか」
私はまだ震えているイーサンの背中にそっと手を置く。
「だが気持ちは嬉しい。ありがとう……というか、大丈夫か?ラッセル家に」
「いや……不味いかもしれませんが、それでも」
イーサンはメガネを直しながら言った。
「隣で見てきたから我慢できなかった」
そして私の方を向いた。
「やり切りましょう、小隊長」
私は「そうだな」と、頷いた。
日が地平線に近づいていき、前夜祭が始まっていく。
千秋祭最初の2日は、そう大きな問題はなく進んだ。
が、勿論、小さな問題は頻発した。喧嘩や事故、屋外劇場で出し物があった際などは、人が殺到しすぎて、あわや将棋倒しになる事故も起きた。しかしパトリシアが「皆様〜ゆっくり〜ゆっくりすれば順番に見れますよ〜」とたおやかな声で上手く誘導してくれ、最悪の事態を防ぐことができたりなど、綱渡りながらも祭は平静を保っていた。
そして3日目。
王宮からレッドローズサーカスを経て、西の神殿へ向かうパレードが行われる日で、ついに王族が民衆の前に姿を現す。
この日のためにレッドローズサーカスは一般人を締め出すほど厳重に護られ、誰も何もできないようになっていた。
にも関わらず、パレードを一目見ようと既にギリギリまで人が集まってきていたので、私はイーサンと相談し、流石に少し他分隊から人を借りて、レッドローズサーカスの守備を固めようということになった。
「おお…まじすか……人出せっかな……」
最初に向かったのはイーストエンドだった。北のメインストリートにはパレード待ち客でごった返していたので、先に東へと走ってきたのである。
しかし屯所にいたアンドリューは既に疲弊しているようで、すぐには判断ができなかった。どうしても小競り合いが起きがちなここの警備は、マークらのサポートがあっても神経が擦り切れるらしい。自前で起こしたらしい地図を睨むアンドリューの隣に、私は座った。
「まあ今すぐに解答を出さなくていいから、少し休め、アンドリュー」
「いや小隊長の方こそ……疲れてっでように……」
事実、私にも疲れが溜まっていた。流石に甲冑を着て街中走り回るのは、膝に負担がかかっていた。
少しだけ、前世で前十字靭帯を切った時のことを思い出し、心が凍る。前の時も、原因はオーバーワークだった。嫌だ。この体は、壊したくない…。
そんな不安を掻き消そうと、私はアンドリューに話かけようとしたが、疲れている彼に話しかけ続けるのも忍びなく、なんとなしに雑踏を眺めた。すると、吸い寄せられるようにして、ある人物を見つけた。
私は「少し外す」とアンドリューに声をかけてから、その人物の元へと向かった。
「ジョン!」
そう呼ぶと、黒いフードがびくりとして、こちらを向き、「なんだ、アリか」と、一瞬殺気立っていた瞳が柔らいだ。
「こんな所で何やってんの、ジョン」
「この辺りは……いや、というかお前よく俺を見つけられたな。一応術を使っていたんだが」
「滅却術?」
「そうだ」
そういえば普通に目についたな、なんでだろう、と私は腕を汲んで首を傾げる。
「むしろ目立つんじゃない?ほら、祭りでみんな解放的だから、その中に閉じてる奴いると、外から見たら逆に、的な」
ジョンは少し顔を顰めて黙っていたが、やがて吐き捨てるように「獣め」と言った。
これはジョンなりの納得のセリフだ。
「……それで、お前の方は上手くやれてるのか」
そう、ぶっきらぼうに聞かれて、私は、全て知っているジョンの前だからか、決壊した。
「……かなり疲れてる。どうしたって問題は起きるし、今は何とかやれてるけど、どこかで崩れるかもしれない。体中痛いし、正直、走り続けるのも少し、辛い」
ジョンはまた黙って、弱音を言う私を見ていた。そして一言「お前、意識してるか?」と聞いてきた。
「は?意識?何を?」
「走る時に、体の、力の流れを、だ。単純に走り続ければ、足に体の重みが行き、負担がかかる。ならどうすればいいか?」
あ、そうか。
「護ればいいんだ。一番負担がかかるところを、力の流れで……強化して!」
ジョンは頷く。
「そうだ。足への意識はお前の得意分野だろう。まあその分、神経は使うが……」
「いや大丈夫!」
私は勇気を取り戻し、顔には自然と笑みが溢れた。
「今まで何にも考えないで走ってた!」
すると、ジョンもまた「本当に獣だな」と言って、呆れたように笑った。
うん、大丈夫だ。私は壊れない。
そうして、ジョンに「ありがとうジョン!」といつものフィストバンプをし、アンドリューの元に戻ろうとした。
その時だった。
私たちのすぐそばで、轟音、熱波と共に周囲のものが空へと吹き飛んだ。