(21)一見シンプルそうに見えますが、中身は複雑です
「そういうわけで、祭りの間この辺みんなの力を借りてえんだよ兄貴」
そうアンドリューが説得しているのは、彼の兄、スミス家を継いだ鍛冶屋店主だった。店主は「なるほどなあ」とアンドリューの意見に比較的好意的ではありつつも、顎を撫でるその表情は思案顔であった。
私たち第七小隊が実地訓練と称してまず向かった先は、アンドリューの地元イーストエンドだった。彼の実家たる鍛冶屋は表通りに店を構えていたが、ふと脇に目をやると横丁が多く、その上の露店が乱立しているようだった。そこには無造作に並べられた野菜や甲高い呼び売りの声、狭い通路を器用に走り回る子供たちなど、活気に満ち溢れていたが、魚?を煮込む酢の匂いや下水の臭いなども漏れ出ていて、その混沌さを際立たせていた。
「この辺道とかゴチャゴチャしてんだろ?警備するなら地元の俺らがやるのが一番なんだよ!」
「確かに、桶屋のマークなんかは喧嘩とありゃすっ飛んでくるから、去年も外からきた奴らと……つーか、お前もそれに混ざってなかったか?」
「い、いや…俺のこたァいいんだよ……」とアンドリューがしどろもどろに私の方を見てきたので、私は構わんよの意を込めて、肩をすくめた。
慌ててアンドリューは続ける。
「つーか、だから今年はみんなに安全に楽しんでほしいんだよ。兄貴も顔が広いし、何人かいい奴を見繕ってくれねえか?」
「そりゃ見繕うくらいはできるが……」
鍛冶屋の兄貴はチラリと作りかけの物に目を向けた。
「祭りの間は俺らも商売があるからなあ」
千秋祭はあくまで王室の祭りであるが、権力誇示を兼ねて城下に出てくるので、普段は見られない王族を一目見ようと各地から人が集まってくる。
「祭りは掻き入れ時だし、それに向けて準備もしてる。だからあんま店を空けたくねえんだよなあ」
故に商人にとっては副次的に商売チャンスになるようだった。
「そりゃ兄貴、俺もわかっちゃいるけど…」
「それについては」
イーサンが兄弟の前に一歩出て、話し始めた。
「四六時中働いてほしいと言うわけではありません。それ自体は我々騎士団の仕事です。幾らかの時間、ご協力願いたいのです。ただ、それはつまり、手分けをするということで……多くの人の力が必要になってしまうのですが……」
その時、
「おうおうおうおうおう!」
と言う威勢の良い声が、騎士団の鎧の群れの向こうから聞こえた来た。
その声は実際鎧をどけているようで、鉄がガチャガチャぶつかりあう音と共に、木屑のついたエプロンを着た、ガタイのいい男性が押しのけて出てきた。
「どけどけどけどけコラどけ!喧嘩かあ?!お前らァ!」
え?誰?!
え?誰?え?!誰?!と皆がお互いの顔を見合わせている中、「なんですか?!あなた!」とつい先ほどまで堂々と話していたイーサンが狼狽して尋ねると、男性は「俺ェ?俺はなあ」と唾を飛ばしながら言った。
「こちとら桶屋じゃ!コラァ!」
お、桶屋のマーク!
噂をすれば!
「マーク!」
アンドリューが動揺するイーサンをどかして間に入る。
「なんだお前どうした、急に入ってきて」
「ん、おお!なんだアンディじゃあねえか!鎧なんて着てっから気づかなかったわ、ガハハ!」
桶屋のマークはアンドリューの鉄の胸をバンバン叩く。
「鍛冶屋んとこに鎧野郎が集まってるって聞いてよお、喧嘩なら俺も混ぜろって来たわけよ!
「野次馬かよ」と私が思わず嘆息を漏らすと、「そのようです…」とそれとなくあの場から逃げてきたイーサンが応えた。一応、馬には乗らず(そもそも私はジョンがいないと馬を扱えないのだが)、イーストエンドまで歩いてやってきたのだが、昼間から甲冑姿でゾロゾロ行軍していると流石に……。
「目立ってしまっていたようですね」
と、イーサンは呆れたように言った。
どうやら桶屋のマークまでとはいかずとも、「どうしたどうした」と周りには見物人たちが集まってきているようだった。
「なるほどなあ!」
そうしている間にアンドリューは色々と説明してくれていたようで、桶屋のマークは豪快に納得したようだった。
「去年の喧嘩はそりゃおめえ、よそモンが俺の姪っ子にしつこく絡んでたから一発かましたってだけで、んなところ構わず暴れたわけじゃあねえよ」
いや、だからそういう暴力的解決が駄目なんだって、と私は思うが、自らの行いを振り返るに人のことは言えないので、私は静観することにした。
アンドリューは腕を組み、一人でうんうんを頷きながら続ける。
「だが、わかるぜ。へーわなのが一番だな!うん!つーか、面白そうじゃあねえか!なんかガキん頃思い出さねーか?アンディ、ほら」
するとアンドリューは目を輝かせて、桶屋のマークと声を合わせる。
「「イーストエンド・ストライカーズ!!」」
そうして二人だけで大笑いしているので、一応「なんだ、それは?」と聞くと、アンドリューは「あ、すいません」と気恥ずかしそうに答えた。
「今考えてみりゃただの、子供の遊びっつーか、義賊の真似事っつーか、道端で寝そべってる奴にみんなでパンとってきたり、姉ちゃんらを乱暴する奴に石投げたりとかね、あはは……」
アンドリューの躊躇った笑いは、今では一応それらが犯罪であるとわかっている事への、言い訳のようなものだった。まあ今回は時効ということで私は「悪ガキめ」と笑って流した。
するとマークは
「つーことで、俺は乗ったぜ。声もかけて、人も集める!だが、ここはイーストエンドだ。いくら貴族様の頼みでも、タダじゃあ動けねえかもなあ」
そして、私の方を見てニヤリと笑った。
「なあ、エアリアル?だっけか?俺たちはお嬢様の召使いじゃあないんだぜ?」
エアリアルは別に私の名前じゃないんだけどな、と思いつつ、そう吹っかけられたならば、と私も不敵に笑った。
ならば即物的で、どうせなら楽しいものがいい。
「ほう。そうだな、それなら……飯でも奢ろうか」
「飯ィ?そんなモンで…」
「おいおいマーク、話は最後まで聞けよ。ただの飯じゃあない」
私はグッと腹に力を込め、このイーストエンド全域に届かせるが如く、一層声を張り上げる。
「参加者全員、王都で一番美味い飯を、このアリアサマセットが奢ってやる!!」
一瞬、沈黙があった後、桶屋のマークは「ハヒッ」と顔を歪まめて、そして破顔した。
「だはははは!いいねえ嬢ちゃん!それなら俺たちは死ぬほど食うぞ!」
「ああ食う食え。なんなら土産も持ち帰れ」
「ははは!気に入った!!気に入ったよ嬢ちゃん!」
桶屋のマークはくるりと背を向けると、手を振りながら、自ら割った鎧の海に向かって歩き始めた。
「こうしちゃいられねえ、みんなに伝えねえとな!あばよ!」
桶屋のマークは嵐のように去っていた。
はは、みんなって…何人くらいになるんだろうな……と内心ちょっと青ざめていると、横から「小隊長、大丈夫ですか…」イーサンがこっそりと心配の声をかけてくれた。
私は引き攣った笑顔でサムズアップをした。
「い、一応使い道なくて給与とか結構余ってるからさ大丈夫っしょ!」
日記を見る限り『アリア』もこれまで散財することもなく倹約していたようなので、余剰資金自体はあった。が、加減を知らなそうな桶屋の後ろ姿を思い出して、私は小声で付け足した。
「……まじでやばかったらどうすっかな……」
するとイーサン、はあ、と声を漏らした。
「オレもいくらか出しますよ。小隊長を無一文にするのは忍びないですからね…」
「はは…助かるよ、イーサン」
これが本当の『風が吹けば桶屋が儲かる』なんつってね、ははは…。
桶屋のマーク襲来は意外と功を奏したようで、渋っていたアンドリューの兄貴も「まあ商売に支障が出ない範囲なら…」と第七への協力を了承してくれた。すでに桶屋のマークが吹聴して回っている気もするが、以降のメンバー選出や警備計画はアンドリューと元イーストエンド・ストライカーズの面々に『へーわ的解決』を元に任せるとして、次に商業区北方面へと向かうことにした。
道すがら、イーストエンドを含む商業区東の様子もいくらか見て回ったが、確かに軽犯罪の大安売りはありつつも、複雑怪奇に乱立しつつも露店たちは互いのテリトリーを犯すことなく、そこには同じ場所に根ざす連帯感や義侠心のような垣間見ることができた、ような気がする。
市政や経済問題に私が手を出すことはできないが、今回の件が何かいい事につながればいいと思う。
何にせよ、東側の警備は一応なんとかなりそうなので、クエストは一個クリアだ。
東から北へと移動するにつれ、混沌としていた街路は石畳へと変化していき、道ゆく人の服装には洒落た装飾が多くなっていった。
そしてレッドローズサーカスに直通するメインストリートまで辿り着くと、急に世界が開けたように明るくなり、美しいモノクロの木組み建築がやや冷たい感じがするほど、整然と並んでいた。
人々の活気があるのはイーストエンドとも同じだが、ここでは心なしか誰もが大人しく喋っており、誘うような甘いお菓子の匂いがふわふわと漂っていた。部隊の中からも「おっあそこの店はいいぞ!」という声も上がり、やはり貴族出身者はこの辺りを通っていたことが窺えた。
分隊長ピーターテイラーの実家も、この大通りの一角にあった。貴族向けの仕立て屋とだけあって、大きくて立派な門構えであり、採光のための大きなガラス窓がふんだんに使われていた。どうしてこのように素晴らしい店がありながら、そこの息子は騎士団を目指したのだろうと不思議に思いつつ、ピーターを先頭にして仕立て屋に入ると、店主であるピーターの父は快く迎えてくれた。
一通り話を聞き終えた店主は「それはいい案ですね」と穏やかに頷いてくれた。
「元よりギルドには自治の精神がありますから、これを機に今一度それを意識するのによいでしょう。他ギルド長との連携には多少骨を折ると思われますが」
部隊の中から、おお…!と歓声が上がった。先ほどのひと騒動を考えると、そう声を漏らしてしまう気持ちもわかる。
しかし、それに対して不安に思ったのかむしろピーターの方から懸念を上げた。
「でも父さん…!祭事中の接待などは大丈夫なのでしょうか…!」
「もちろんずっと離席することはできませんが、他に従業員もいますしね」
そう言って、店主はまたにっこり笑った。そして肩透かしを喰らってぽかんとしているピーターをよそに、店主は私の方に顔を向けると「お食事の件、楽しみにしてますね」といい、やんわりと目を細めた。
「お久しぶりです。ご立派になりましたね、アリア様」
あ、『アリア』の知り合いと遭遇イベント?!
私は究極に焦る。これまで騎士団内では覚悟ができていたが、それに集中しすぎていたのか、街にも『アリア』の知人がいる想定はあまりできていなかった。何でこんな時にいないんだよジョン!
もちろん私が店主知るはずもなく「あ、え!えーと……」としどろもどろになっていると、店主は全く気にした様子はなく「ふふ」と笑った。
「覚えていらっしゃらないのも無理はございません。アリア様が当店にいらっしゃったのは、まだ5つか6つの頃でしょうから」
「あはは、すいません……」
私はあぶねーセーフセーフ内心冷や汗を拭う。しかし店主は「ああ、立派になられたと言えば」と次の爆弾発言を投下してきた。
「ラッセル家のエドワード様もこの度で近衛騎士団の小隊長になられたようですね」
その瞬間、すっかり頭の隅に追いやっていた、クリクリ赤毛の、あの人を小馬鹿にした憎たらしい顔が記憶の全面に押し出されてきた。
私は思わず顔を顰める。
「エドワード…ラッセルをご存知で……?」
店主は笑顔のまま続ける。
「はい、ラッセル家の方々にもこの店を贔屓にしていただいていますから……エドワード様がお見えになったのも、まだあどけなさが残る頃でしたかね」
アレにあどけない頃があったのだろうかと疑問に思っていると、店主は思い出話の花を咲かせた。
「あの頃のエドワード様は内気だったと言いますか……お母様であるマリア様のスカートにずっとしがみついて、周りを伺っていたのが印象的でございました」
「え…?あの、エドワードラッセルが…?」
「ええ、まあ……そうですね、お兄様方がすでに大きくなっていらしたので、多少、気後れしていたところがあったのかもしれません」
「それが今では栄えある騎士団の一員ですから、本当にご立派になりましたね」と店主は再び笑った。
あの部下が瀕死になるまで殴り続ける姿が立派かどうかはさておき、エドワードラッセルの意外な過去の一側面は、私の心に染みのようなものをつけた。
それは店主と祭事中の警備について話がまとまって、仕立て屋から出た後でも流れ落ちることはなく、引き続き、多くの顔が行き交う中で疑念を残し続けた。
ふと、街歩き中に手が空いた際、イーサンに尋ねてみた。
「……エドワードラッセルの、子供の時の話って聞いたことあるか?」
するとイーサンは目を伏せて、静かに首をふった。
「私設兵団で騒動を含む、幾つかの暴行事件以外は何も……しかし裏を返せば、それまでは全く聞いたことがなかったということです」
「……イーサンとは歳が近いから、とか?」
「いえ、むしろ歳が近ければ、オレの家はラッセル家の配下ですから『エドワード様を護りなさい』とむしろ強く教えられると思います」
「だから先ほどの話はオレにとっても意外で…」とイーサンは顎を撫でたが、私もイーサンも何も知らなく、エドワードについてそれ以上話を続けることはできなかった。
一通り警備区域を見て回ると、私たちは兵舎に戻り、内務室で集めてきた情報と地図を睨めっこしながら、みんなで話し合った。そして、なんとか祭事中の警備計画に算段をつけると、長い一日でヘロヘロになったみんなを解散させ、私も疲れた体を引きずり、自室へと戻った。
自室に戻ってベッドの上に座った後も、心の染みは今だ微かに残り続けていた。
なんだろう。色々話がまとまった今、エドワードラッセルは最早あまり関係ないのだが、彼の過去と現在にあまりの違いがあるのが、何か引っかかっているのだろうか?ギャップ萌え?いやいや……。
ふと、枕元に目をやると、読みかけの『アリア』の日記がある。『アリア』とエドワードは面識はないだろうから何も書いてないだろうけど……とパラパラやっていると、ちょうど千秋祭の文字を見つけた。
おお、そうだ。私のバイブル、『アリア』の日記様だ。『アリア』の時の千秋祭がどうだったか知ってると、警備に何か役に立つかもしれないぞ!と思い、私は千秋祭1週間分の日記を読んだ。
結果的にはエドワードのことはおろか、千秋祭のことでさえ、特になんの収穫も得られなかった。
というか既に知っていた通り、当時祭事中の警備は基本王族を護るのが目的であり、街中に関してはノータッチだったようだ。とは言え『アリア』はやはり耳に届く民同士のトラブルに心を痛めていたようで、「私にもっと部下を導く力があれば…」と嘆きの言葉を書き連ねていた。「私に力があれば…」
しかしそれでも千秋祭の最終日にはそれなりにホッとしているようで、次のようなことが書かれていた。
少なくとも王並びに王妃様、そしてグロリア姫がこの1週間を無事に終えることができたのは本当によかった。
グロリア姫は『自分は参加できない祭』に昔から常々文句を言っていたけれど、それでも彼らが公に出る際には、毎回ながらに肝が冷える。
まだこの国は安定しておらず、流浪する元騎士を集める者の噂もよく聞く。彼らに何かあればこの国自体が崩壊し、民を護るどころではなくなる。
だから今は、これでよかったのだと思う。そう、思う他ない。
彼らが無事でよかった。
「戻った」という声がして、私は顔を上げる。すると漆黒のローブが、自室のドアを開けて入ってくるところで、私は片手を上げた。
「おおジョン、久しぶりの登場だな」
ジョンは「は?」と深々と被ったフードを外した。
「つーか、最近よくいないけど何処行ってんだよ。微妙に困ってるんだけど」
「お前のことはお前で何とかしろ」
などとジョンはぶっきらぼうに言ったが、ローブを脱いで椅子の背にかけると、「……市井の警備計画の方は上手くいってるのか?」と聞いてきた。私は力こぶを使ってニンマリ笑った。
「もーばっちりよ!まあ代償(金)は必要だけど、ノーペインノーゲインってね!」
「まあお前のことだからまた力技でなんとかしたんだろうがな」
「はっはっはっ、甘く見てもらっちゃ困るな!今回は色々考えたし交渉もした!算段もつけたし、後は祭の間走り回るだけよ!」
「走り回る……?」
「何せ伝令役だからね!東奔西走!いや、この場合、東奔北走かな」
すると珍しくジョンが声をあげて笑った。
「お前は本当、いつまでも獣みたいな奴だな」
シンプルに悪口なのだが、ジョンが笑っているので、なんかまあいいかと思った。いつものことだし。
「……で、祭りの間、ジョンはどうすんの?まだ単独行動?」
「そうだな、この期間中はそのつもりだ」
ジョンはローブをかけた椅子に腰をかけると、なんか思いついたように「そうだ」と私に顔を向けた。
「お前、街中を走り回るなら……」
「おん?」
「……いや、いい」
「あんだよ」
私は枕を叩く。
「そこまで言って止めんなよ。気になるだろ」
「じゃあ気にするな。お前はお前の責務を全うしろ」
「うるせー言われなくともわかってるわい」
そう言ってジョンに向かって枕を投げると、それを難なくキャッチしたジョンが、すぐに枕を投げ返してきた。その時、魔術を使ったのかなんなのか、私には枕が分裂したように見え、1つは完全に避けたと思ったのに、もう1つの方に顔面からぶつかってしまった。
そのよう感じで。
幾らかの手応えと、幾らかの謎を残しながら、数日後に千秋祭を控えるよ夜はふけていった。




