(20)小隊長ですが、何でもやります
「本当に非常に大変申し訳ないけども、ああも大見栄切ってしまったからには、どうにかするほかない。だが私一人の力では到底成し得ないために、みんなの力を……まずは知恵を拝借できると大変ありがたい!というより、なにより、まずは先走ってしまい、申し訳ない!!」
第七小隊内務室。
分隊長を含めた全隊員を集めた前で、第六小隊内務室で話しあった(あってない)内容を伝えた上で、私は頭を下げた。アリアサマセットが頭を下げるのが異様に見えたのか、皆どよめいていたが、「……まあ、あの場で彼にああ言い返せるのは、小隊長くらいしかいませんから」とイーサンがやれやれ気味に言ったところで場は一度収まり、私は顔を上げた。イーサンでよかった。ジョンだったら殴られてた。
「あの場に呼ばれていた身なのに…アリア様のお力になれず申し訳ありません……」
しかしまた、別の謝罪の声が上がる。
「…しょ、正直に申し上げますと、わたくしはどこかで……」
意外にもパトリシアビーチャムだった。
彼女は俯き、肩を震わせていた。
「心のどこかで…ラッセル様のご言い分が……事態に即していると……思えてしまい……」
「いやいや、パトリシア。そう恐縮しないでくれ」
私はパトリシアの方を向き、少し屈んで目線を合わせようとする。
「多分君の感覚の方が普通なんだ。これまでそうだった……し、要所の護りを固めるって案自体は妥当だからな。だが奴の言い分に、私が、納得できなくて、無茶苦茶を言ってしまった。そのせいで、君にいらない気苦労をかけてしまったな」
パトリシアはバッと顔を上げた。
「そんな…!わたくしはただ……!」
「だが俺はスカッとした!!」
急な大声が間に挟まる。
それは、アンドリュースミスの怒号にも似た大声だった。
「確かに近衛騎士団は王族の騎士団だ!王を護るのは当たり前だと、俺も思う!!だが王族さえ無事であれば『俺たち』はどうでもいいような言い草は聞き捨てならねえ!」
ダンッ!と槌で金を叩くかのように、アンドリューはテーブルに拳を落とした。それと同時にテーブルは大きく震え、アンドリューの憤りが波紋のように全員に伝わった。
その思いに、私も含めて全員が沈黙していると、アンドリューは「すいません、熱くなりすぎやした…」とバツが悪そうにテーブルを叩いた手で、頭をかいた。
「イーストエンド出なモンだからつい……」
イーストエンド。
それは第六小隊との会議前、軽くイーサンとブリーフィングした時に知った、商業区の東奥方面を指す言葉だ。
商業区は中心部こそ栄えているものの、そこから離れれば離れるほど、治安が悪化していく。幸い西奥方面は神殿区域が近いため、ある種国を挙げて整備されているが、その反動か、東奥方面は放置状態にあり、いわゆる貧民街が形成されているようだ。
「だからこそ!!小隊長の、俺たちも民として護るべきだというご意見が!!俺には嬉しく思いました!!」
ああだから、あの時アンドリューは、私の無茶振りに一番「できる!」と言い放ったんだな。
私の顔は自然と綻んだ。
「それなら礼は、イーサンに言うべきだな。商業区全域をカバーするという案は、元々イーサンが言い出したことだ」
「なるほど、そうですか!!」
アンドリューは勢いよく、隣に座っていたイーサンの方を向く。
「ありがとう!!!バーナード分隊長!!!」
急に神輿に上げられたイーサンは「いやッオレは…ッその…ッ」とあせあせメガネを直していたが、やがてベストポジションを見つけると、アンドリューに正対した。
「オレは小隊長の意志を言語化したまでだ。しかしスミス分隊長、イーストエンド出身とあらば、通常時、だけではなく、千秋祭時の街の様子にも詳しいのでは?」
「実際…」
アンドリューは俯いて拳を握る。
「千秋祭時期は特にケンカも多いし、盗みなんかも増える。急に襲われたって子も知ってる。色んなところから人が来るし……俺たち自身気が大きくなって弛んでんだ」
「まあ祭りだからな」
「楽しむのはいい。俺も祭りは楽しみたいし、欲しいと思う……でも、代わりに泣く奴が出るのは、それはダメだ。それは、なんとかしたい」
私はアンドリューの話を聞いて、「ふむ」と顎に手を当てる。そして「アンドリュー」と声をかける。
「君はイーストエンドで育った……そうだな?」
「え?あ、はい。物心ついたことから…」
「ならば商業区東方面の守備は、君の分隊に一任してもいいか?あそこで育った君なら、あの複雑な街路にも詳しいだろう」
するとアンドリューは顔を上げた。
「それなら…任せてください!ガキん頃から相当逃げ回ってますからね!猫の通り道だって知ってます!」
そう言って胸を叩くアンドリューに呼応するように、他の者たちからもいくらか「俺も!」「俺だって!」と声を上げる者が現れた。
「はは、君たち相当の悪童だったようだな。いいぞ。必要であれば、分隊人員を入れ替えてもいい。あの辺りに詳しい物を集めて…」
「いや、ちょっと待ってください!」
途中で割って入ってきたのは、イーサンだった。イーサンは慌てた調子で言った。
「土地勘のある者を配備するのはいいですが、範囲が広すぎます!物理的に無理だ!せめてもう一分隊くらいは投入しないと……」
「うん。それなんだが……いいか、今から多分無茶苦茶なことを言うぞ」
私はテーブルの上にそっと手を置く。
「街の人たちにも協力してもらえないか?」
内務室の中に再び静寂が訪れる。が、私はそれに負けず、がんとしたままでいると、イーサンがおずおずと「それは…つまり…」とゆっくり静寂を破いた。
「市民に自警団を作らせる……と言うことですか?」
「自警団……てことになる、のか?そこまでは考えてなかったが、ほら」
私は人差し指を立てる。
「第七の追加人員募集の時、すごい人が集まっただろう?まあ飯のタネとして応募した人も多いだろうが……王都を護りたいと潜在的に考えるものがいた証だ。特に選考の最後の方まで残った者たちはその士気が高かったと感じた!そういう人たちに協力を仰ぎたいんだ」
「お、俺が呼びかければある程度集まるかと…!」とアンドリュー。しかし「い、いや!」とイーサンが待ったをかける。
「あ、あまり得策だとは思えません……御しきれませんし……騎士団以外に武力集団を組織するのは…むしろ治安維持上、諸刃の剣なりかねません……」
私は「うむ」と腕を組んで唸った。
「それに関しては、私設兵を持ってる貴族がいる時点でどうかと思うが……イーサンの言い分はわかる。御しきれなかった場合、暴走、暴動に発展する可能性があるいうことだな。うーん、バランスが難しいところだな……」
すると、「小隊長、すまねえが」とアンドリューがまた、声を上げた。
「それは俺たちを舐めすぎじゃあないですか?そじゃあ俺たちを協力者と見ているのか、結局野蛮な奴らと見ているのかわからねえ」
それに対してイーサンが言い返す。
「そう言うことではない、スミス分隊長。誰もが最初から暴徒なわけじゃない。何かのスイッチでタカが外れた場合、そうなる可能性があるという話なんだ」
「ちげえよ、ちがうんだよ。お前みたいに上手く言葉にできねえけどよ……」
アンドリューは絞り出すように言った。
「自分とか仲間とかを護りたいって……みんなそう思うもんじゃねえのかよ?!」
笑った。
私が急に笑い出したので、皆、そう発言したアンドリュー自身も、笑い続ける私を見て呆気に取られていた。
「そうだな、アンドリュー」
私は笑いながら言った。
そうだ、私も最初、この健康な体を貸してくれた『アリア』のために力を使いたいと思った。
「そうだといい」
イーサンが、今だ不安そうな視線を私に投げかけてくる。私は軽く頷く。わかってる。その気持ちこそが、スイッチになりうる。「……賭けになりますよ」とイーサンは低い声で言った。私は「賭け、か」と呟き、こう続けた。
「ならば私は、君たちの善性と節制に賭けよう!」
「ガハハ、じゃあ『俺ら』で小隊長を勝たせてやらねえとな!」とアンドリューは私以上の豪快さで笑いながら、隣のイーサンを無理やり抱き寄せるように腕を絡めた。イーサンは「いやッオレは…ッその…ッ」と急な巻き込みに慌てながらも、どこか火のついた顔をした。
私はその光景を見ながら、再びつられて笑いしていると、「すいません、私からも一つ提案があります」と新たに声を上げる者がいた。
元仕立て屋のピーターテイラーだ。
「私たちには元々『ギルド』があります。ギルドにも、商売上ではありますが、規律と連帯感があります」
「ほう」と笑うのをやめて、体を乗り出す。
「故に基本的には同業種の集まりですが……もし」
ピーターはアンドリューの顔をチラリと見る。
「もし…私たちが先導して、祭りの間だけでも連帯できれば、あるいは……な、なので…!」
そして、自らの胸に手を当て、私の顔を見た。
「商業区北の守備は、私の分隊に任せていただけませんか!」
その目はアンドリューの怒号と並ぶほど、強い気持ちに燃えていた。どうやらここにも、同輩に影響を受けたものがいるらしい。
私はそれに、強く頷いて答えた。
「よし、ピーター、君に任せよう!しかし北方面は祭事中、一番人で賑わう場所だ。パトリシアの分隊を同行させてもいいか?」
ピーターの「勿論」という返事とともに、パトリシアの「わたくしですか?!」という悲鳴のような声が上がった。
「アリア様、わたくしは……お二方のようにお役には立てませんわ……そもそも分隊長自体務まるかどうか……」
彼女はまだ震え上がったままのようで、その不安と恐怖が手に取るように伝わってきた。私はなるべくゆっくりと、穏やかな声色で言った。
「君はとても素直だ。だから君が胸を張って呼びかければ、みんなきっと君についてきてくれるよ、パトリシア」
「ア、アリア様…」
パトリシアはテーブルの上で両手を合わせ、俯いて震えていたが、ぎゅっと手を握ったかと思うと、顔を上げた。
「わたくし頑張りますわ…!」
パトリシアはそう、本当に感嘆したかのように言うと、純真な瞳を潤ませた。
私はこの無垢さにウッと飲まれそうになりつつ、彼女にお兄様がこの子に陰心術とやらを教え込んだ気持ちがわかったような気がした。それだけ彼女には純粋さ故に、思いを心にダイレクトに伝える力がある。それは彼女を窮地にも追い込む。だが、使い所さえ掴めば、彼女はおそらく化けるだろう。
ある意味姫様と同系統だなと内心呆れもしつつ、私は最後にイーサンの方を向いた。
「と言うことで、イーサン分隊はレッドローズサーカス近辺警護だな」
「……ずいぶんと雑に振りますね」
その時にはアンドリュー包囲から解放されていたイーサンは、やや不機嫌な調子で言った。自分の警告が、賭けに持ち込まれてしまったことに、まだ納得しきれていないのだろう。私から目を逸らすイーサンに、「スマンスマン、でも違うんだ」と私は首を振った。
「そこが要所なのは変わらない。だからこそイーサンに任せたいし、というか、君にしか頼めないんだ。同じ場所にはエドワード・ラッセルもいて、ある意味危険だしな」
すると、イーサンは「う、ううん…」と承服とも否定とも取れない唸りを上げて、メガネに触れた。
「しかしこれほどまでに警護範囲が広いと、分隊同士の連携が難しくなりますね。誰か分隊の状況を伝えて回る、伝令役を……」
「あ」
私は手を上げる。
「それ、私やるよ」
するとイーサンは「は、はああああ?!?!?」と思わずと言った具合に、その場に立ち上がった。
「小隊長は……小隊長なんですよ?!?!」
「そうだが?」
「本来ならば小隊長もレッドローズサーカスにいるべきでは?!?!」
「いやいや、こんな、無茶苦茶なことを言い出したのは他でもない。私なんだ。だったら、私が一番忙しく、市中を走り回るべきだろう。それに伝聞で聞くより、自分で見た方が全体の状況も掴めるしな。違うか?」
「違うか?って……ああもう!あなたって人は!!」
そう言うと、イーサンは言うべき言葉を失ったように椅子へを思いっきり腰を下ろした。「はははイーサンには苦労をかけるな」と、今度は私が立ち上がる。
「よし、決まった!!王族パレードが行われるレッドローズサーカス近辺はイーサン分隊!商業区東はアンドリュー分隊とその仲間たち!北はピーター並びにパトリシア分隊とその仲間たち!そして」
私は私の胸を思いっきり叩く。
「分隊間の伝令役がこの私、アリアサマセットだ!!皆の者、異論はないか!!!」
「ありません!!!!!!!!!」という×32の声が内務室に飽和し、テーブルや壁をも震わす勢いになった。私は満足して、にんまり笑みを浮かべると、次の命令を出した。
「では皆の者、これから街に出よう」
みんなの目が、ついていけないかのように空中を泳ぐ中、私は構わず続けた。
「何せ伝令なもんでな。『仲間たち』も含めて、街のことを知っておきたい」
全ては知ることから始まり、知は世界にこそあるのだ。