(18)淡い期待を抱いていましたが、文字通りボコボコにされました
ねむい。まじで。
もはや自動的に降りてくる瞼を持ち上げておく努力をことすらダルい。苦痛だ。目くらいは閉じてても良くないだろうか?これは、目を閉じて休んでいるだけなんだ……
第七小隊の新規加入隊員選抜も終わり、兵務局に
なんやかんやとやかくしやかく言われつつも「でも騎士長がいいって言いました!ハイッ!この話終わりッ!」という卑怯な宝刀を抜き、貴族平民問わず、新規加入者に正式に騎士職を与えることができた。使えるものは馬糞でも使おうの構えだ。
しかしそんな風にして人に嫌がられる禁じ手を使ったおかげで(最初からそうであったが)新人受け入れのあれやこれやも結局自分らでやる羽目になった。新しい装備や食糧や生活用具の準備、それに掛る費用の算出して、確保して、やりくりをしてエトセトラエトセトラ……それらの殆どはイーサン率いる既存隊員が精力的にやってくれたわけだが、私でもできること(主に力仕事)はやれるだけやった。
加えて、ジョン師範代による小規模な修行が断続的に続いていたり、夜寝る前に『アリア』の日記を読み進めたりなどをしていて、ここのところ息をつく暇がなかった。
ので、眠い。
暖かな午後の光の中、久しぶりに黙って座っていられるしばしの時間を、私は堪能していた。
「じゃあ商業区北と東方面の警備は第六小隊と第七小隊の割り当てようかな」
「……っへあ!」
と、情けない声を上げたのは、『第七小隊』の名前を聞いたから……ではなく、後ろから椅子の足を蹴られたからだった。蹴ったのは、私の背後で、簡易椅子に腰をかけていたジョンだった。
そう、今は会議中なのだった。
全小隊長が、一斉に会する、重苦しい空気の。
以前に除隊処分審議云々でも訪れた、豪華な会議室の中で、私は一瞬にして注目を集めてしまった。「どうしたのかな、サマセット嬢」とジョフリーが芝居がかったように首を傾げるのを横目で見ながら、「な、なんでもないでしゅ」私はまさに垂れそうなっていたヨダレを急いで拭いた。
「……では、各々」
ジョフリーは急激に私に興味を失ったように、前を向いて言った。
「今年の千秋祭も、問題なく滞りなく、皆に楽しんでもらえるよう、王が座する都の守護に尽くしていきましょう」
千秋祭ってなんすか?!
それは姫様のお爺様たるウィリアムランカスター1世誕生日を祝う祭事、とのことで、八の月第1週に、前夜祭、本祭、後祭合わせて、1週間かけて開かれる。単純にランカスター王朝建立の父として、その生誕日を派手に祝うのが目的の祭りであるが、元々伝統と収穫祭が催される時期であるところに、ランカスター王家の権威を知らしめたい意図が合わさった結果、現在の千秋祭の形ができたらしい。もちろん現在老齢の者たちはその事実を知っているが、現在大人やその子供たちは物心ついた時からやっているので、純粋に楽しいお祭りとして捉えているようだ。
千秋祭は主に王宮とその城下、つまり王都にて開かれるが、この時期(色んな目的を持って)各地から人々が押し寄せるため、特に商業区は大賑わいになる……とのことだ。
会議の後で、いつも通りジョンから聞いた。
もう私が知っておくべき事柄は、あらかじめ辞書かなんかでまとめてくれないか?とも思うが、そういう類いの文句を言うと「本を読め。屋敷区に王立図書館がある」と返されるので、とりあえず今は、フラグが立ち次第ジョンに聞くコマンドを選んでいる。
人が集まりまくる、と言うことは、比例して悲しきかな問題も起きやすくなる、と言うことで、しかしながら、ランカスター王家の祭ともなれば如何なる不祥事もなく滞りなく執り行われなければならないという至上命題があるため、王家の僕たる近衛騎士団はこの祭事の間、マジで頑張って治安維持に努めなくてはならないようだ。
「いよいよですね…!小隊長!」
第七小隊執務室。とうとうその場所がわかった私は、執務室内の専用デスクの椅子に腰掛けながら、どこか熱く語るイーサンの言葉を聞いていた。
「小隊長が怪我で離れてから通常職務から外されていましたが、これを持ってようやく職務復帰……いや、新第七小隊の初職務となりましょう!我ら尽力を尽くしましょうぞ!」
めっちゃやる気やんけ。
小隊長会議での話をイーサンに伝えると、彼は日々の事務作業の疲れが急に吹っ飛んだように、目を輝かせ始めた。なんだかんだで実質イーサン主導で新しい第七小隊が整えられたのもあってか、自らで手作りした小隊が日の目に出るにはこの上なく嬉しいようだ。そこには私に対して複雑な表情をし続けていた初期イーサンはなく、使命に燃えるやる気ある若者の姿があった。
「早急に警備計画を立てなくてはですね…ああ後第六小隊との連携も……いや、その前に」
イーサンは人差し指を立てる。
「分隊を作りましょう!」
「分隊…?」と怪しまれないギリギリラインの言葉で、それとなく分隊とは?と私が訊くと(最近会得したスキル)、ノっているイーサンは生き生きと答えてくれた。
「我々が警備を任された範囲は広いです。第六小隊と合同なので、先方とのすり合わせも必要ですが、基本は範囲をさらに区切って、それぞれに人員配備するのがよいかと。そのための、分隊です」
「おお、つまりグループ分けってことか」
「分隊を作るからにはそれぞれに分隊長を決めたいのですが……小隊長の方で人選されますか?」
まあ、我一応第七小隊の小隊長だしな、と言うことで、私は頷く。
「そうだな、私が決める。それで、分隊は何個に分ければいいんだ?単純計算で4個くらい?」
「そうですね。我々第七小隊は小隊長を抜いて32名ですので、4つに割って、一個分隊8名構成にするのが妥当かと」
「……うむ。なら分隊長4人のうち1人はイーサンだな」
「オ、オレですか?!」
イーサンは思いの外驚いて、なんなら少しのけぞった。
私は眉を顰める。
「いや逆に君以外誰がいるんだよ?新しく隊員を受け入れる過程で、イーサンは私以上に働いてくれたし、既存隊員からの信頼も厚いだろ。新入隊員のこともよくわかっている……もちろん嫌なら断っても」
「いえ!喜んで受けさせていただきます!」
イーサンは私の言葉に被せ気味に言った。
「光栄です…!オレなんかが……いや、だからこそ!これまで以上に責務を全うします!」
「うん、ありがとう。まあ無理はしない程度に……で、だ。残りの3人だけど…」
「なるほど、すでに候補者の目星が…?」
「いる!」
私の頭には新規加入隊員選抜を通して、これは、と思う3人の人物が浮かび上がっていた。
1人目。アンドリュースミス。鍛冶屋の次男。
すでに家業の手伝いをしていたのもあって、剣の扱いはお手のもの。実は家族に隠れてこっそり練習もしていたようだ。「と言ってもハンマーのほうが手慣れているかもしれませんがねガハハ」と豪快に言う通り、上から振り下げる打撃は酷く重い。
彼は選抜での最初の合格者だった。
選抜中、私はジョンに言われた通り、受ける、流す、押し返すを適宜選んで対応していて、この対アンドリュー戦も最初のうちは上手くできていたのだが、やはり押し返しは得策じゃない流そうとしたところで、アンドリューは急に力の方向を変え、横から私を打撃した。まあ言わば私の判断ミスというか、流しを多用したせいで、対応されてしまったのだろう。
とはいえ、力の掛け方を繊細に変える技法は実に鍛治職人らしい。豪快さと同居して、手先の繊細さがあるのだ。
2人目、ピーターテイラー。仕立て屋。主に貴族向けに服を仕立てていたが、たまに見かける衛兵騎士の姿に見惚れている自分がいたらしい。「かと言って自分になれるはずもなかったわけですから、ただの空想に過ぎなかったのですが、まさかこのような機会をいただけるとは……」と言った感じに、丁寧な口調でゆったり喋る印象だったが、その攻撃自体は異常に素早かった。突きの連続。言ってしまえばそれだけではあるのでが、いかんせん次々と口出されるので、体は追いついても、意識は追いつかなかった。そのため、私は流れのコントロールに失敗し、ピーターから1ポイントを取られてしまった。
3人目、パトリシア・ビーチャム。彼女は貴族の末娘……であるが、なんというか『アリア』のファンだ。「わたくしアリア様にはずっと…憧れておりまして、先日の決闘裁判も見にいきましたわ!これまでのアリア様とはまた違った魅力があって…素敵でしたわ。実はかねてより近衛騎士団に入団を希望していたのですけれども、『あそこは危ない所だ』お兄様たちから止められておりまして……でも今回、アリア様の元に入れると聞いていてもたってもいられず……お兄様達をなんとか説き伏せましたの!」……という熱い言葉を頂きつつ、実際騎士団は君のような可憐なお嬢様には危ないところなんだ……とも思ったが、『アリア』が入れてる前例がある他、一応第七小隊に関しては不穏分子が根絶やしにしたので、断ることはできなかった。
彼女に関しては、1周目2周目は緊張をしていたのもあり、さほど気に留めるところはなかったのだが、3周目にて……わからなくなった。彼女が次、何をしようと、どう動こうとしているのかが、全く掴めなくなった。ピーター同様、寸のところで体は反応できるが、それもチリツモで少しのズレがどこかでは破綻する。結果、パトリシアは私から1ポイントを奪取した。
ジョン曰く「よほど大切にされていたのだろう。隠心術でも習わされていたんじゃないか?」とのことだ。心の内を読まれないための術。
「なるほど、つまり選抜試験の最初の合格者3名……と言うことですね」
イーサンは顎に手を当てて言った。
結果的にそうなるわけだが、単純に早抜け順に分隊長を任命したいのではなく、対面して戦ったからこそわかる、彼らの潜在能力と伸び代を買ってのものだった。
「まあそれだけではないけれど、それだけでも妥当じゃないかな。外面的にもさ」
「それは、そうだと思いますが……」
イーサンは眉根を寄せる。
「平民出身と女性が上に立つとして、果たして皆が皆ついてくるか……」
「なんだよ、まだそういうのあるのか〜〜」
と、私は大きくため息を吐くと、イーサンは「いえ、いえ!」と慌てて否定する。
「今の第七小隊は『だれでも』を掲げて募集しましたし、そのモットーで選抜もしました。ただ…いや、これはただのオレの懸念なのですが、いざとなった時に秩序を保てるかどうか……」
精神性の問題、ね。
私はデスクの上に手を置いた。
「ならば今回はいい試金石だ。もちろん、やらせてみせるのだから私が責任を持とう。というか、持つべきだ」
「……わかりました。出過ぎた事を失礼しました」
「いやいや!君は君の意見をもっと言ってくれ。判断するのは私だけど、判断材料が偏ったり、少なくなったりするのは困る!そういう意味で、イーサンの視点は必要なんだ」
するとイーサンはほんのり頬を赤くした後、
「……あの、では、ずっと聞こうと思っていて、聞けていなかった事を聞いてもよろしいでしょうか…?」
「?、どうぞ」
イーサンはまだ迷っているのか目を及ばせていたが、やがて、もごもごしていた口を開いた。
「第七小隊の新兵を募った際ですが、1人はジョン…殿を騎士にして入れてしまえばよかったのではないですか?」
視線が、私のすぐ後ろに立っていたジョンに集まった。
急に注目を浴びたにも関わらず、今日の天気を聞かれたかの如く、なんでもないことのように答えた。
「いや、俺はあくまでアリア様の従士ですので(いや、俺はあくまで姫様の従僕ですので)」
「……とのことだ」
心の声が聞こえてんぞコラ。しかしイーサンはその答えに満足したのか「なるほど、あくまでサマセット家に雇われているから、小隊長の一存ではできなかったのですね…」と良い感じに解釈してくれた。
「ここで一つ有益な情報がある」
お前は本当にフラグが立たないと新情報を出さないな、と思いつつ、「情報とは?」と聞く。
「第六小隊の小隊長が変わった」
「え!?ジョージラッセル様は辞められたのですか!?」
そう脊髄反応がごとく素早く口を開いたのはイーサンだった。
ジョンは頷く。
「ご高齢だったからな。以前より引退の予定だったようだ。ジョージ小隊長は『アリア』様を御前試合に推薦してくれていたり、先の、除隊処分に関する会議でもイーサンを護ってくれたりなど、良心的な方であったが故に退任されるのは残念ではあるが…」
ああ!あのめっちゃカッケェじいちゃんのことか!
と、ジョンのわざとらしい説明台詞のおかげで、言葉とイメージが一致した。そういえばさっきの会議にもいなかったような気がする。
が、思うところあって「ちょいちょいちょい!」とジョンの袖を引っ張って、耳打ちをした。
「前に推薦くれてたじいちゃん辞めちゃったって有益違くない?」
すると、ジョンも私の耳に話しかける。
「姫様の話を思い出せ。お前は一度、推薦を受けたのに負けている。ならマイナスから始めるよりも、何も知らない者を、ゼロから印象づけるのがいくらか勝ち筋がないか?」
「お前頭いいな!!!」
突然耳元で大声を出した私を、ジョンはギロリとと睨みつける。す、すまんて…つい……。幸いなことにイーサンはかっけェじいちゃんことジョージラッセル小隊長が退任した事にショックを受け続けているのか「ああ…ジョージ様…」と肩を落としたので、私の奇行にはあまり気にしていなかったようだった。
「じゃあ今の第六小隊は誰が……小隊長、本日の会議にはすでにご出席されていましたか…?」
私が答えられないのを見越して、ジョンが言う。
「次の第六小隊小隊長は、ジョージラッセル氏本人の指名で、氏族の者だ」
「おお、ラッセル家のどなたかですね!誰だろう……皆さますでに要職に就かれているし」
「まあその中でも持て余していた者のようだな」
「ううん……」
私だけ、蚊帳の外な気がする…。
私はデスクをダンッ両手で叩くと「それなら」立ち上がった。
「今から会いに行こうぜ!」
前方後方から急に何言ってんだコイツ的な視線を感じる…。私はそれを無視して、胸の前で拳を握った。
「どちらにせよ、今回の任務は第六小隊との合同なんだ!顔を合わせても無駄にならんだろう!それにこちらには警備計画の青図もある!早いうちから擦り合わせておくのも得策だろう!」
こういう力押しに弱いのは、イーサンだった。
「そ、そうですね。今兵舎にいるかはわかりませんが…行ってみて損はないでしょう…!」
イーサン自身、胸に灯る使命感の火と、誰が小隊長なのかの好奇心が手伝い、私の急策にも積極性を持って乗っかってくれる。
後ろからはいつも通り嘆息が聞こえたが、コイツはコイツで行くと言えばついては来るので問題ない。
そうして、私たち3人は第六小隊が集まる区域へと足を運んだ。小隊長ならばやはり執務室にいるのだろうか。はて、第六小隊の執務室はどこだろう…?と私はキョロキョロしながら歩いていたが、結果的に私はそれを見つける必要がなかった。
廊下に、わずかながらに人だかりができている。
「あ、あれは……もしや……」
イーサンが震えた、当惑の声を漏らす。
私は一人足を進め、何に人が集まっているのかを確かめた。そして、驚愕した。
人が殴られている。
殴られている側は既に意識が混濁しているのか、胸ぐらを掴まれたまま、だらんと首を垂らしている。
にもかかわらず、殴っている側はさらに拳を、その晴れはじめている顔にぶつけた。
「はは、なんだよなんだよ」
ガボッ。
「やっぱ弱いじゃん」
バキッ。
「偉そうにすんなよな」
ドガッ。
「おいおいおいおい!何やってんだやめろ!!」
私は思わず、さらに渦中へと入っていった。
「もう十分だろ!そいつはもう気絶してる!」
すると、殴っていた男がぐるりと首だけを回し、こちらを見た。
血のように赤い、ウェーブのかかった髪の毛が揺れ、大きく薄い緑色の目の、思ってた以上に子供っぽい顔を、こちらに向けた。
「あ!アリアサマセットじゃん!」
その『男の子』は左手に掴んでいた男をもういらない玩具のように手放すと、私に向かってきた。
気を失った男は、その場にガチャンと倒れ込む。
「決闘裁判見てたよ〜!なんだっけ?そうそう、エアリアル!エアリアル!」
そして、本当に屈託のない笑顔を浮かべて、返り血のべっとりついた手を差し出してきた。
「おれ、エドワードラッセル!エドって呼んで!」