(16)許されざる者
「さて、どうしたもんか、と言う話だけど……」
自室。
私とジョンとイーサンは、椅子に座り、円陣を組んでいた(正確には椅子が足りないので、私はベッドの上であぐらをかいていた)
「……どうしたもんかね」
決闘裁判で勝利した後、私は告訴人として正しいとされ、希望通り『アリア』に暴行を加えた10人を除隊処分することが叶った。ちなみにクソBは決闘前に辞退することを告げたらしい。ケッ!臆病者め!とも思いつつ、なんやかんやで願った通りに事が進んでバンザ〜〜イ!!
……とはいかなかった。
詳細は知らないが、10人が除隊処分となった勢いで6人が自主的に騎士団を辞めると言ったらしい。どうやらそれは私の報復行為を恐れてのこととの噂だが、結果的に第七小隊からは急に16人がいなくなった。
この件について、騎士長ジョフリーから次のような勧告を受けた。「部隊の半分もいなくなっちゃったか〜それじゃあ立ち行かないよね。ちゃんと人員補充してね。できなかったら?そうだね、第七小隊は他小隊に吸収合併かな」
ふざけ〜〜〜!!
「……なんだか既視感がすごいのですが」
イーサンは言った。
私は胡座のまま、「つーかさ」ベッドに倒れ込む。
「どさくさに紛れて辞めた奴らはなんなんだよ。私がところ構わず殴って回ってるみたいに言うなよな〜〜」
「実際そうじゃないか」
「ハーイ!ジョンは事実と異なることを言ったので罰則デース!」
「実際がどうと言うより」
イーサンはズレたメガネを直しながら、私の戯言を止める。
「……自責の念、でしょう。小隊長への暴行に直接的に関与していないにしても、それを黙認した、その重責を背負ったまま、籍をおけなかったのだと思います……」
「ハァ?なら辞めんなよ。今後の行いで責任を示せや」
寝たままの私がそう言うと、イーサンはバツが悪そうに俯いてしまった。
ジョンは軽く息を吐いて、腕組む。
「外からの正論は時に残酷だな」
場が静まり返り、気まずい空気が互いの間に流れる。
これは、まずい。私は体を起こし、「とにかくだ!」と両膝を叩いた。
「減った分人を入れにゃいかんのだろう!どうすればいい!人事とかは!ないの?!」
するとイーサンは顔を上げた。
「……通常、人事権は兵務局…騎士団全体を管理運営する機関が持っています。だから、騎士団への入団志望者はまず兵務局に応募して、審査され、入団許可が出た後、資質・能力を見て、各小隊に配属されます。もちろん兵の少ない隊には優先的に配属されますが……」
「されますが?」
「特定の小隊に対して募集がかけられた前例はあまりなくてですね……」
「ふーん、なら単純に、やればいいだけでは?(誠に遺憾だが)騎士団の最高責任者たる騎士長がやれと言うのだからさ」
「そう言われてしまったらそれまでなのですが……いや、そのように一個小隊が独断で範疇外に動くと、兵務局がいい顔をしないだろう、ということです」
「ギェーーーッ!!!役所かよ!!」と私は再びベッドに倒れ込んだが、実際役所なのだろう。というより、自分たちのテリトリーを守ることに必死になるのだ。それは、我が第七小隊も同じことであり……
「騎士長の許可で出ている以上、兵の補充自体は兵務局も許さざるおえないでしょう。ただ一切の手続き等に関して、手助けしてくれないでしょう……」
解体され、吸収合併されるのを阻止せねばならぬのだ。
私は自室に天井を見上げた。
「つまり全部お前らでやれってことね」
と、言っても何をすればいいのだろう。結局最初の疑問に戻ってきてしまう。なんだ?個人商店のバイトの募集みたいに、募集要項を紙に書いて貼り出せばいいのか…?
うーんうーんとベッドの上でゴロゴロしながら唸っていると、ジョンが「奇しくも風向き自体はいい。これを見ろ」と私に紙を差し出した。私は寝転がったまま、紙を受け取る。
するとそこにはこう書かれていた。
汝ら聞くべし!
汝ら聞くべし!
汝ら聞くべし!
エアリアル再臨す!
近衛騎士アリアサマセット!
その可憐な剣を持ってして、己の正義を示す!
その姿まさに妖精の如し!
エアリアル再臨す!
エアリアル再臨す!
私は思わず起き上がり、紙に向かって叫んだ。
「なんじゃあ!こりゃあ!!」
ジョンは何てことのないかのように答えた。
「タウンクライヤーの台本だ」
「タウンクライヤーって何?!」
「なんでそんなもの持ってるんですか!」
私とイーサンの大声が重なった。
しかしジョンはどちらの質問にも答えず、自分の話を続けた。
「先の決闘裁判後、市井で相当広告されたようだな。まああの決闘自体、大規模な騎士団の広報行為だからな。その結果だって大仰に誇張して広めて回るだろう……が、ぷ、エアリアルか……」
「テメェ何笑ってんだよ。つーかエアリアル再臨す!ってなんだよ」
それには代わりににイーサンが答えてくれる。
「エアリアルは風の妖精です。伝説上の存在ですが…元々小隊長は人気がありましたし、今回の件で増幅させるべく、そう惹句がつけられたのかと……」
「お前が、ぴょんぴょん飛び回って戦っていたのが『そう』見えたようだな……く、はは、俺には別の動物に見えたが……ふふ」
お前は豆腐の角で頭をぶつけろ。
「しかし、なるほど」
とイーサンが感心したような顔で、私の持っている紙を覗き込んできた。
「市井でこれが出回ったということは、貴族階級の間でも話題になっているでしょうね」
すると、「そういうことだ」とジョンが答える。
「だから今、アリアサマセットの小隊に入れると宣伝すれば、それなりの、純真に夢見る貴族の息子たちが集まるだろう」
そう、イーサンとジョンの2人で、うんうんと納得したように頷いている中、現代日本出身の私1人、頭にハテナマークを浮かべていた。
ので、直接聞いた。
「あの、間違ってたら悪いんだけど……もしかして、近衛騎士って貴族しかなれないの?」
ジョンはあからさまに「しまった」という顔をし、イーサンは困惑の目で私を見つめてきた。こ、これは変なことを言った時の反応だ…!私は少したじろぎながら、もう少しマシな質問を探す。
「えっと、つまり、イーサンも貴族階級…てコト?」
しかしこの質問はイーサンを落胆へと導き、その肩をガックリと落としてしまった。
「確かに…バーナード家は、ラッセル家の支流も支流で、サマセット家に比べたら同じ貴族階級とは言えないかもしれませんが……」
「いやいや、そういうことじゃなくてね?!」
私は慌ててイーサンに取り繕いつつ、頼む!なんとか助けてくれ!とジョンの方にチラチラ目線を送った。
ジョンはいつものように、嘆息混じりで言った。
「近衛騎士は王家直属の、誉れ高き役職だ。アリア様にはそれが普通だったかもしれないが、いう通り貴い身分でなくてはなれない」
なるほど・ザ・異世界。となれば、私が辞めさせたクソ共もみな、貴族の息子たちで、それが故に容疑否認のクソABは、確たる証拠なしには簡単には除隊させるわけにはいかなかった……というわけ、か?
「……ったく、碌なもんじゃねえな、貴族ってもよ」
という私の悪態に、何かを勘違いしたイーサンは再度肩を落としたが、一旦それは置いておいて、私は少し考える。
それから、言う。
「なあイーサン、前に君は、この第七小隊の権限は、私にあるって言ったな?」
「…え?」とイーサンは私の了見を得ないまま、聞かれたがままに答える。「ええ、はい」
「そして我ら第七小隊が独断で動いていい、と言うことは、私が好きなように!隊を作ってもいいってことだよな?」
「小隊長、つまりどういう……」
「私には考えがある!」
私は勢いよく、自分の膝を叩く。
「門戸開放、機会均等!」
馬。
それは古き時代より、人間の良き友であり、仲間であり、戦友でもある。
乗馬をやっている友達に聞いたことがある。「馬は繊細な動物でね、仲間の気持ち…背に乗る人間の気持ちも、よくわかってくれるんだ」そう、馬は優しくて、頭のいい動物なんだ。馬は……
「いや怖んですけど〜〜〜〜!!!!?!?」
私は今、馬の上にいる。
あれ?おかしいな?
こう言うことになるとは思ってなかったんですけど?
「あまり暴れるな、馬が怖がる」
と、というジョンは近衛騎士団馬舎の、藁の散らばる地面の上に立っている。位置的に私がジョンを見下ろすという珍しい構図なのだが、ジョンの不遜な態度はいつも通りだった。
「いやだってこれめっちゃ目線高いって!怖いって!」
「この前、お前はこれくらい飛んではずだろう」
「自分自身でやるのと、他にやられるのとじゃ違うんだって〜!」
ジョンは馬の首あたりを撫でながら言う。
「言っただろう。他生物にも流れがある。そのに合わせろ。馬車でもできてただろう」
「……ジョン、最近何でもかんでも流れで済ませてない?」
「物事の根底なのだから、結局はそこに行き着く、と言うことだけだ。基礎は何回繰り返してもいい。とにかく」
そして、ジョンは馬に手綱を手にした。
「馬は俺が引く。お前はそれに合わせるだけでいい。アリアサマセットは近衛騎士だ。故に馬上で在らねばならないんだ」
「ぬう」と私は体にまとったローブの、フードを深く被り、決まりの悪さを隠す。言い出しっぺは自分自身なので、その結果に馬がついてくるなら、従うしかなかった。
私も自分の手綱を握った。
「……ごめん、ジョン」
「まあ、俺は一応『従士』だからな。馬引きをやってて不自然じゃないだろう」
「いや、そう言うことじゃなくて……」
私は前を向いた。
「私、やっぱり第七小隊を立て直すよ。イーサンにも約束しちゃったしね。でもこれが、推薦とか御前試合とか、薔薇騎士になるのに無駄なことだとは思ってない」
ジョンは私に背を向け、少しの間黙っていたが、やがて一歩足を前に踏み出し始めた。
「……第七小隊が離散したら、推薦どころの話じゃなくなるだろ、しかたあるまい」
そうして私とジョン、そして馬は馬舎から出て、外で待っていたイーサンと合流する。
イーサンはちゃんとどこからかベル調達してきてくれていて、手にはしっかりと巻いた紙を持っていた。
私は頷き、イーサンも頷く。
私たちは目的の場所へと向かった。
目的の場所、それはーーー街だ。
聞くに、ランカスター王家が納める都は3つに区分に分かれている。
王族に住む宮殿区画、王政補佐の貴族や宮殿で働くの者らが住む屋敷区画(近衛騎士兵舎もここにある)、そして商人等が住む商業区画ーーつま城下街である。
正確には、城下街と外界を区切る門と壁の外にも、流浪の民などが露天を開いたりする寝泊まりする場所もあり……等々に話もしてくれたが、今は聞き流しておこう。
屋敷区画の門を抜け、商業区画に入る。
屋敷区画からきて、馬に乗り、2人の従者を引き連れた私は、最初から相当目立っていた。大人たちは気にして目線を投げかけ、子供たちの中には面白がって付いてくる者いた。私たちもそれを止めなかったので、その人数は少しずつ増えていく。
良い良い。狙ってやっているわけではないが、結果的には歓迎だ。
私たちはそのまま、商業区画の目抜通りを進み、数本の街路が終結する円形広場までたどり着いた。その時にはすでに人が集まってきていたし、この円形広場自体、人でごった返している場所だった。
私は深く被ったローブの中から「イーサン」と呟いた。イーサンはしっかりとうなづいて、ベルを振り上げた。
ガランガランガラン。
そしてイーサンの実直な声が響き渡る。
「汝ら聞くべし!汝ら聞くべし!汝ら聞くべし!我らアリアサマセット率いる近衛騎士第七小隊である!我らアリアサマセット率いる近衛騎士第七小隊である!!!」
周りにいる者たちの、目線が一気に集まる。
「この度我ら第七小隊は!共に王家を護る戦友募集する!!共に鍛錬し、共に闘う、気高き戦友を募集する!!」
体温が上昇ていくのがわかる。
「貴き心さえあれば、その身分は問わない!!その性別も問わない!!男、女、貴族、平民、元奴隷であっても!!我ら第七小隊は等しく門を開き、その誇り高き精神を求める!!」
思ったのだ。
元は奴隷でも、天才的に魔術を掴むジョンがいるように。使用人であっても、熟練の剣士同等技術を持つエブリンがいるように。
環境によって、その才能を、技術を、表に出せない者が多くいるのではないか。
「そんなことをしたら問題になるのでは?!」「審査に混沌を極めるのでは?」という懸念点も挙げられた。
わからん、だが、やってみようじゃないか。我ら第七小隊は不退転!というか、なりふり構っていられないのだ。
そして私は、体にまとったローブを取り去った。
「私が!!アリアサマセットだ!!!」
周囲の表情は一気に変わった。
「アリアサマセットだ!」「アリア様だ!」「エアリアル!」「妖精騎士エアリアルだ!」
この流れを逃すまいと、私は即座に掴み取る。
「私は誰でも歓迎する!!誰でもだ!!この王都を!!国を!!私と共に護ろうじゃないか!!!」
私は剣を高らかに天へと差し向ける。
それに呼応するように、大歓声が巻き起こり、上昇した体温が、爆発的な熱気を作り出していた。
ははは、門戸開放!機会均等!
たとえその言葉が実際はそういう意味でないにせよ、この世界でこれを使うのは、おそらく私が初めてだだから、そう言う意味にしてしまおう。
そう、私は誰でも歓迎する。
誰でも……
結果。
「集まりすぎましたね」
イーサンはズレたメガネを直して、言った。
近衛騎士団兵舎の中庭は、老若男女でごった返し、芋洗状態になっている。
街中での大規模広告の締めにて、イーサンが「志願する者は民の月20日に近衛騎士団兵舎を訪れよ!」と指定してくれたのが、功を奏したのか、はたまた悪手だったのか、思っていた以上の人数を、一気に集めてしまうことになってしまった。
他の小隊の者たちも、なんだなんだと遠巻きにこちらを伺っている。
「どうしましょう……小隊長」
私は「あーうんー…」と頭を掻いた。
「とりあえず、素性の聞き取りとか、ね、やってくんないかな、イーサン」
「オ、オレですか?!」と目を丸くするイーサンに、私は「スマン!!」パンッと顔の目で手を合わせる。
「ほら、君、物覚えいいからさ……まああと一応小隊に残ってくれてた良心的な人たちもいるしさ!協力してさ!ね!……ホント押し付けてゴメン!!!でも私がやるより、絶対イーサンの方が上手く捌けるんだよ〜〜〜」
「最終的には私も見るからさ〜〜」と私は手を合わせるながら、目を瞑り、ああ〜イーサン大明神〜〜と願いを込めた。
イーサンは困惑しているのか沈黙を続けていたが、急に、予想外のことを口にした。
「小隊長は、オレを……許すのですか」
私は目を開く。
すると、先ほどとは打ってかわり、イーサンはひどく、真剣な目でこちらを見つめていた。
そして繰り返した。
「小隊長は、オレのことを……許しているのでですか」
ああ、と思って、私は軽い調子で答えた。
「いや、普通に許さないよ。言えよ、もっと早く」
「え?!」
「……でも」
私は拝んでいた手を下ろす。
「『アリア』なら許すんだろうね」
「どういう…」と当惑の顔をするイーサンに、私は笑い、そのしょげた肩に軽くパンチを入れた。イーサンはさらに焦り始めたが、私はそれを見て「とりあえずはさ」と言う。
「私と一緒に働いてくれ。この状態はマジでヤバい」
すると、イーサンもほんの少しだけ笑みを浮かべて「……そうですね、腕…いや、目がなりますね」と言った。
そうして私たちは、目の前の混沌の中へと身を投じていった。