(15)上手い具合に利用されましたが、得るものもありました
決闘裁判って何?!?!とジョンを捕まえてこっそり聞くと、どうやら告訴事件において証拠不十分である際に「じゃあ決闘して勝った方が正しいってことにしようぜ!」という裁判法、らしい。
「野蛮人かよ!」と一応現代日本出身の私が言うと、ジョンは「お前が言うのか?」と眉を顰めた後、口を覆うように手を当て、狼狽しているかのような表情をした。
「しかし決闘裁判なんて、文献上でしか見たことない過去の遺物だぞ…?どう言うつもりだ……」
まあ私にはこの国の司法システムがどうなっているか不明であるが、今回の件は公的な裁判所ではない、あくまで近衛騎士団内部で裁かれる、言ってみてば示談に近いもののようで、故にこのような突拍子もない方法も、騎士長がやるというなら…通ってしまう、というか、しまった、ようだ。
「軍法会議とか!そういうのないんか?!」と私は思わず突っ込んだ。するとジョンは私は少しは知識のある野蛮人として認識したようで、「……言うならば、イーサンが整えてくれた会議がそれにあたるだろう」と言った。嘘だろ、ワンマンすぎるだろ、システムしっかりして〜〜!
で、今である。
私は今、闘技場にいる。
あれ?おかしいな?
ワァァァ、という歓声が私の耳をつんざく。
闘技場、とは郊外の円形広場広場であり、外周には観客席が、中央のステージを見下ろすことができるよう設置されていた。
そして観客席には、どこから聞きつけてきたのか、決闘裁判なるものを一目見ようとする民衆と、その民衆相手に商売しようとする露天商でごった返しているようだった。
あくまで騎士団内部で解決するから話だったんじゃないのか?
私はてっきり中庭あたりでひっそりやるのかと思っていたんだが?!
「使われたな」
ジョンは苦々しいように言った。
私は闘技場ステージ端につくられた控えの間(と言っても簡易的に仕切られた天幕の中)にいた。
私は「えぇ?!」とジョンの方を振り向く。
「市井の民へのアピールだ。平時である今、近衛騎士団は言わば、ただの王宮警備員だ。実際そう揶揄する者もいる。だから、こうして印象づける。近衛騎士団は民に開けたものだ、そして民に近しいものだ、とな。ある種の布石だ」
「なんだ、それ……ジョフリーは最初からそれを……?」
「…いや……おそらくはあの場で思いついたことだとは思うが、いつか使えるカードとしては、持っていたのかもしれない……」
ああ、ジョン自身がそうしたようにか、と私は口に出さず、思った。
「いずれにせよ、結局はジョフリータウンシェンドのシナリオの上だ。そしてこの先には、2つのシナリオがある。お前が勝つか、相手が勝つかだ。おそらく彼にとってはどっちでもいい。どうとでもできる」
「ぬう、まーじで、ムッカツク男だな!!ジョフリータウンシェンド!!!」
「なら勝て。たとえそれが、お膳立てされた闘いだとしても」
「もちろん!!」
私は腕で力こぶを作り、拳をしっかりと握る。
「ぶちのめす!!リベンジ第二ラウンド!!」
「うん。あとアリ」
「ん?」
「お前、ちゃんと剣で闘え」
「ゲェ!?け、剣〜〜?!」
私はムキムキにしていた腕を、だらんと下に垂らす。
ジョンは嘆息を漏らした。
「これだけの人に見られている中で、騎士たる『アリア』様が素手で闘うのは、流石におかしい。……と言うか、お前は何のために実家で剣術を習ってたんだ?」
「いや〜…それはそうだんだけど……」
私はバツが悪くなって、明後日の方向を向いた。
「剣……持ってきてなくて、ですね……」
「は!?!?!?」
ジョンはここにきて、これまでで一番の驚き方をした。
「お〜〜〜ま〜〜〜え〜〜〜馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさかここまでの大馬鹿だとはな〜〜〜〜〜」
「ごめん!ごめん!マジでごめん!!ホント!!剣持歩く習慣がね?なくてね?そもそも決闘も素手でいいもんかと……」
「言い訳ないだろ〜〜〜〜この大馬鹿が〜〜〜」
「小隊長!!」
と、言う声が、間に入ってきた。
それは、同じくそこにいた、イーサンだった。
「お話し中の所、割って入ってしまって申し訳ございません。あの…もし、剣をお忘れということでしたら……よ、よろしければオレを使ってください!」
そう言うと、イーサンは私にーーまるで捧げ物をするかのようにーー両手で剣を差し出した。
「小隊長が使い慣れたものには……到底及ばないと思いますが……」
「神か!?」
私はジョンから、できる男・イーサンの方へと体を向けた。
「うわああマジで助かるよイーサン!!ありがとう!!!」
私はイーサンから剣を受け取る。すると、その剣は重く、持ち手部分の革紐がだいぶすり減り、色褪せていた。
「……君は努力家なんだな」
「え?」
「いや、本当にありがとう。まあ私にとってはどんな剣でも(悪い意味で)同じだけど、イーサンの剣ともなると心強いよ」
するとイーサンは「いや…」と俯いた。
私も釣られて目線を落とすと、両手でイーサンの剣をにぎにぎとした。とはいえ……
「上手く扱えるかな……」
あ、また口に出てしまった。
そしてそれを耳ざとく聞いた口うるさい男が、普段と同じトーンで「アリ」と言った。
「お前が、流れを掴んだと言うならば、すぐにわかるだろう」
私は顔を上げる。
「剣はお前の体の一部、流れの一部だ」
パー!とラッパのような甲高い音がなる。お前らそろそろ出てこいや、という合図である。民衆の歓声レベルが一段上がり、観客席を見ずとも、彼らが私たちの決闘を待ち望んでいることが、肌で分かった。
最後のアドバイスをしたジョンが、すっと自らの拳を私の前に差し出す。私は最初それが何だかわからなかったが、
「はは」
すぐに思い出し、自分の拳をぶつけた。それからまだ俯いているイーサンの肩にも軽くパンチして、私はもう一度笑った。
「じゃ、いってくる!」
私は天幕の出口に向かって歩む。
よし、やってやろうぜ!
「さて決闘裁判…とは言ってるけど、死ぬまでやれってワケじゃないよ?どちらかが参った!って言えば、そこで終わり。はは、でもある意味、騎士としての命は絶たれるかもね」
闘技場、と言っても、そこはただのだだっ広いクレイグラウンドで、私は何となく小学校とかの校庭を思い出した。
「と、なれば、意地になって本当に死ぬまでやっちゃいそいだよね〜お客さんはそれを望んでるかもしれないけれど、僕としては血生臭いことは避けたいかな。クリーンな近衛騎士団を目指してるんでね」
その中央で向かい合う、私の決闘相手は、まずクソA、つまるところの反サマセット派のリーダー。
「と、言うわけで、客観的に決着を判断する立会人をつけま〜す。既に決している!と言う時は、責任を持って止めま〜す」
この歓声でクソAは既に興奮し始めているらしく、血走った目と荒い鼻息で私を睨みつけていた。
「務めるのはもちろん、この僕、騎士長であるジョフリータウンシェンドで〜す」
歓声が上がる。
この世界には拡声器というものは勿論なく、ジョフリーは単純に私とクソAに向けて、事前取り決めを喋っているだけなのだが、その声は不思議とよく通るようで、まるで全観客がジョフリーの話を聴いているかのようだった。最早「キャーッジョフリー様ー!」「素敵ー!!」「かっこいいー!」という黄色い声さえ飛んでくる。
コイツ人気あるんだな…ありそうだな、何ちゃっかり審判的なのやってんだよ……とげんなりしていると、一方で「アリア様頑張ってー!」という声援が聞こえてきた。おお、『アリア』も人気があるぞ!すげえ!
「それじゃあ、お互いの騎士精神をかけて」
私とクソAは剣を構える。
「はじめ!」
そして、地面を蹴った。
通常、テコンドーでも、剣道でも、何でもそうだが、最初は相手の様子を見て、攻められそうな場所を突くのが定石だ。
が、私は即時奇襲攻撃を仕掛けた。剣を振り上げて、クソAへと襲いかかる。
も、これは残念ながら、簡単にはたき落とされてしまった。
「2度同じ手にはかかりませんよ〜小隊長殿〜」
クソAはニヤリと笑う。
ちぇ、やっぱ重いな。振動が腕までジンジン伝わってくる。腐っても近衛騎士、ってとこか。エブリンの打撃も相当重かったが、それ以上だ。
大勢を立て直そうとすると、すぐさま突きを繰り出されたので、咄嗟に後ろへと飛んで下がる。
あ、しまった。と思った時にはすでに遅く、体勢を崩したままさらに動いてしまったところに、クソAの剣が降りかかってきた。
ガキッ!という鋭い音。寸のところで盾にした私の剣とクソAの剣がぶつかり合い、そのまま鍔迫り合いにもつれ込む。この間、私は少しばかり体勢を整えることができたが、重いクソAの剣を押し返すことはできない。チクショウ、クソAはそのでかい体を最大限に利用して、さらに体重をかけてくる。
「やっぱり」
クソAはその状態で言う。
「力は弱いんだな」
脳天が急激に熱くなる。
「ッうらァァッッ!!」と絶叫し、私はクソAを押し返した。その勢いでクソAの上半身がのけぞる。その顔には驚愕の色が浮かび上がっていた。
私は荒くなった息を整え、落ち着け、落ち着け、と心の中で唱えながら、体勢を立て直し、剣を構える。
流れだ。流れがある。感情と意志の流れ。
今度はコントロールするんだ。
感じろ、そこにある。まるで、手で触れて、変えられるように。
クソAは再度、剣を振りかぶる。
私はあえて、一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
鋭い、重い力。押し返せない。
いや、
押し返さなくていい。
流れが、ある。
そして、
私が再び目を開いた時、私はクソAを見下ろしていた。
クソAだけではなく、近くで私たちを見ていたジョフリーも見下ろしていた。
観客席が逆さになっている。
風が頬を撫でて、それでようやくわかる。
飛んでるんだ。
そのまま宙で一回転して、私は地面に降りる。着地衝撃を上手く和らげることもできた。クソAに対して、背を向けてしまっているが、その隙を逃さまいと、突きを繰り出してきているのが、わかる。
殺気が丸出しだ。
私は再び地面を蹴って、バック宙をする。だけど今度は着地する前に、クソAの頭目掛けて、やれ!!!と足を振り抜く。
クソAの上半身が横にしなったが、ぶっ飛ばすまでにはいかなかった。空中蹴りはやはりそこまで体重が乗らない。
てか、まずいまずい。剣を使わねば。
ひとまず、着地した瞬間に剣を横に振ったが、それは残念、弾かれてしまった。
でも、さっきみたいに体勢は崩れない。受け流せる。
それを見て、クソAは明らかに困惑している。というのが、集中すれば集中するほど、伝わってくる。
クソAの攻撃!しかし私に避けられてしまった!
上段ジャイロ回転蹴りの要領でやってみたが、いつも以上に飛べた。飛びすぎているので、惜しくも足がクソAの頭には当たらなかったが、私は今、本当の意味で、思い通りに体を動かせている。
こんな快感、前世でもあっただろうか。
否、まだ終わっちゃいない。
私はまだ宙で回転している途中だ。剣だ。今度こそ、剣を使おう。
私は剣と一緒に錐揉み回転しながら、落下していく。目標、首。そう、奴の首だ。そこが急所だ。狙い所だ。どんな獣も怪物も、首を落とせばそこで死ぬ。殺してやる。
そうして、流れが導くまま、私は目標点に向かって刃を向けた。
しかし、
ガキッ!という耳懐かしい音。
私はそのまま、奴の首を落とす以外は思った通りに着地し、マジかよアイツ流石に防げるわけが……と目の前の状況を再確認して、目を丸くした。
そこにあったのは第三の剣、ジョフリータウンシェンドの剣だった。
「はい、終了〜〜〜〜〜〜」
ジョフリーは私を弾き返した剣を天に向け、高らかに宣言した。
「勝負あり!!勝者、アリアサマセット!!!!!」
その瞬間、地鳴りのような歓声が湧く。
皆、観客はみな、叫び、歌い、踊っているものもいる。
天幕の近くいたイーサンが、興奮した様子でこちらに駆け寄ってくる。あのジョンでさえ、安心したような顔で小走りをしている。
そんな、私を最大限に祝福する空間の中で、ジョフリータウンシェンドは、私にだけ聞こえる声で言った。
「ダメじゃないか、血生臭いのは避けたいって言っただろう」
逆光の中、笑いながら、
「でも僕は、君が勝つって思ってたし、願ってたよ。よくやってくれたね。サマセット嬢」
私は再度思う。
コイツ、気持ちが悪い。