49.銀砂の心変わり
基本的にパワーバランスとしては、金世と銀砂の間に大きな実力の溝があります。
(禍津 明視点)
「グハハハハ!……じゃ、さっさと始めるかぁ!」
「ギヒャヒャヒャヒャ……私は姉貴の支援に専念するからなぁ?」
「ハァ……何でも良いからかかって来いやァ!」
特訓スペースに到着した直後、早くも"獄落姉妹"と武音子先生が戦る気になっていた。
「グハハハハ!……それなら遠慮なく……【念力パ~ンチ】!」
ードシィィィィィン!
いきなり始まった"獄落姉妹"と武音子先生の戦い。
金世の強烈な拳が、武音子先生に直撃した。
……のだが……
「あァ?……どんなもんかと思ってたんだが、まさかこの程度かァ?」
「……グハハハハ!……まさか今の攻撃を食らって耐え切るとはなぁ!」
俺がぶっ飛ばされた【念力パンチ】を食らった筈の武音子先生は、全く後退せずにその場に立ち続けていた。
「いや、これでも全盛期に比べりゃだいぶ鈍ってる方だァ。……全盛期なら、今の攻撃を受けた直後にカウンターを放ててたからなァ」
「グハハハハ!……なるほど、今は耐え切るのが精一杯だと?」
「そうだァ。……とはいえお前のそのパンチはそもそも、"No.6"の発勁や"No.5"のパンチにも劣るレベルだからなァ……でもまあ、半グレにしちゃ強者だと思うがァ……」
「グハハハハ!……いつか、そいつ等とも戦ってみてぇなぁ!」
……え?
金世のあのパンチより強い一撃を放つ奴が、少なくとも2人は居るのかよ……
……ってか、銀砂は全く動かねぇな?
「……おい、銀砂だっけかァ?」
「ひっ!?……ギヒャヒャヒャヒャ、何のよ……」
「私が金世と呑気に雑談してるってのに、どうして何もして来ねぇんだァ?……隙だらけだろォ?」
「……ギヒャヒャヒャヒャ……冗談は辞めろやぁ……常に殺気が漂ってるってのに、何処が隙だらけだよ……」
え、殺気が漂ってる?
俺には普通に雑談してる様にしか見えなかったが?
「へぇ、その次元には至ってんだなァ……」
「……だからまあ、殺気を漂わせてなかったエレジーの強さを見誤った訳だがぁ……ギヒャヒャヒャヒャ……本当にあれは滑稽だっただろうなぁ……」
「まあ、元暗殺メイドでございますし~……そもそも殺す気はなかった訳で……」
「それでもだぁ……というか、特訓なのに殺気出してる方がどうかしてるぜ……ギヒャヒャヒャヒャ……」
……銀砂は金世と違い、無策で突っ込むタイプじゃねぇらしい。
ただまあ、それで二の足を踏んでたら意味ねぇが……
「グハハハハ!……だったら次はこれだぁ!」
「どれだァ?」
「グハハハハ!……【猛突進】だぁ!」
ーダンッ!
「あァ?」
ードンッ!
「グハハハハ!……まさか、これを受けても動かねぇとはなぁ……」
俺が無様に吹き飛ばされた【猛突進】を受けても、武音子先生は全く動いていなかった。
「ハァ……これに比べりゃ"No.6"の貼山靠や"No.5"の全力突進の方がヒヤヒヤさせられたんだがなァ……」
「グハハハハ!……本当に腕が鈍ってんのかぁ?」
「鈍ってるに決まってんだろォ?……全盛期だったらカウンターも放ててるし、あんな再生頼りの吸血メイド共も無限に殺し続けて再生を阻害出来た筈なんだからなァ!」
「グハハハハ!……是非とも全盛期の頃に会ってみたかったなぁ!」
……何かもう、俺がどうこう言える次元じゃねぇな。
「ギヒャヒャヒャヒャ……これ、私が割り込める戦いじゃねぇなぁ……」
「グハハハハ!……銀砂がそこまで言うとはなぁ!」
「ケッ!……尻込みするんなら明の方を手伝いやがれってもんだァ!」
……ああ、遂に銀砂が邪魔扱いされ始めたか……
「グハハハハ!……そこまで言わなくても良いだろうに!」
ーブンッ!
「ビビって挑んで来ねぇ様な弱腰は、この特訓じゃ要らねぇからなァ!」
ーブンッ!
……ああ、金世と武音子先生が殴り合いを始めたってのに、銀砂は何も出来ずに言われたい放題か……
ちょっと哀れになって来たな……
「なあ、銀砂……」
「……慰めるなよ?……ギヒャヒャヒャヒャ……余計に惨めな気分になるだけだぁ……」
「……すまん……」
「ギヒャヒャヒャヒャ……謝る必要はねぇだろ……」
……何だろうな……
銀砂は確実に俺よりも強い筈なんだが……
その銀砂が置いてけぼりを食らってる時点で、あの2人の実力が桁違いなのを実感させられる。
「……ってか、そう考えるととあのカミラエル襲撃って、吸血メイド達が俺達を殺す気だった場合……」
「……まあ、明様はほぼ確実に殺されていたと思うのでございますよ~」
「だよな……」
あのカミラエル襲撃の時は、俺だってそこそこ戦えてたが……多分、本気で来られてたら瞬殺されてたんだろうな……
これは考えてても悲しくなるだけの事実だ……
「ギヒャヒャヒャヒャ……そういう訳で、私はそっちの特訓に付き合うぜ……」
「お、おう……」
……本当に、哀れというか何というか……
「グハハハハ!」
「おらァ!」
ードゴッ!ドガッ!ドゴッ!ドガッ!
「……あの2人はモロに殴り合ってるし、もう放置しとくか……」
「ギヒャヒャヒャヒャ……姉貴と殴り合える相手に挑むとか無謀だから、こうなるのは必然だったんだろうなぁ……」
うわぁ……
金世と武音子先生の殴り合いを見て、銀砂が完全に遠い目をし出しちまった……
初対面時のサディストっぽさが完全に消えて、不憫属性が付与されてやがる……
「銀砂……お、俺よりは強いんだから……その……気にするなよ?」
「ギヒャヒャヒャヒャ……鍛練を怠った奴に慰められても嬉しくねぇなぁ……」
「うぅっ!」
所詮、俺は努力を怠って鍛練をしなかった雑魚だ。
折角のチート異能を宝の持ち腐れにしちまうレベルだしな……
「……でも、優しいなぁ……ギヒャヒャヒャヒャ……」
「ん?」
「……だって、私は碌でもねぇ人間だぞ?……いくら裏の人間相手とはいえ、殺しだってやった悪人だ……ギヒャヒャヒャヒャ……なのに、そんな私に優しく出来るって……いくら不憫に思ったとしても、出来る事じゃねぇだろ……ギヒャヒャヒャヒャ……」
「それは……」
……ヤバい。
これは俺でも分かる。
このまま寄り添い続けちまったら、銀砂ルートも開くって事ぐれぇは……
「……ギヒャヒャヒャヒャ……お前は雑魚で鍛練を怠った愚か者だぁ……でも、こんなどうしようもねぇ不憫な悪人に寄り添えるって……」
「おい、しっかりしろ!」
ーペチペチ!
「ぎふっ!?」
銀砂の思考が変な方向に振り切り始めたので、俺は銀砂の頬を軽く叩いた。
「いくら何でも、銀砂の思考が変な方向に振り切り過ぎてるぞ!」
「……わ、悪いなぁ……ギヒャヒャヒャヒャ……」
「駄目だ……完全には戻ってねぇ!」
ーペチペチ!ペチペチ!ペチペチ!ペチペチ!
「ぎふっ!?……辞めふっ!?……おいふっ!?……辞めふっ!?」
何で銀砂はこうなった!?
いくら自分が割り込めねぇ戦いを見たからって、こうはならねぇだろ!
「おい銀砂!……自分を見失うな!」
「……み、見失ってなんか……」
「いいや、見失ってる!……じゃねぇと、俺なんかに傾かねぇだろ!」
「いや、そんな事は……ギヒャヒャヒャヒャ……」
あ、マズい……
"獄落姉妹"が会話の合間に独特な笑い声を挟むのは平常運転だが、今の笑いはこれまでとは違う。
……何せ、頬を紅潮させてやがったからな。
「しっかりしろ!……銀砂、お前は俺を雑魚だって見下してただろ!?……それが自分じゃ割り込めねぇ戦いを見た後に俺に慰められただけでコロッと落ちるなんて、チョロい通り越して精神病院への通院を真剣に考えるレベルだぞ!」
「煩い!……こんな中途半端な強さで傷心中の悪人相手に寄り添える奴相手にコロッと落ちねぇ訳ねぇだろ!……ギヒャヒャヒャヒャ!」
「普通はコロッと落ちねぇんだよ!……頼むから嘘だと言え!……若しくは誰か今すぐ銀砂を精神病院に連れて行ってくれ!」
「いくら何でもそこまで言うのは酷いだろ……ギヒャヒャヒャヒャ……」
「だ~か~ら~!……頬を紅潮させて笑うんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
その後、何度も銀砂の頬を叩き……最終的には思いっ切りビンタもしたが、銀砂が元に戻る事はなかった。
……頼むから、悪夢なら覚めてくれよ……
ご読了ありがとうございます。
……銀砂はこれまで碌に愛を向けられていない+自分じゃどうにもならない相手と短期間に連続で遭遇する+直接攻撃もした悪人の筈の自分を慰める……が続いた結果、銀砂はコロッと落ちました(精神病院に行かせた方が良いレベルなのはその通りですが、こっちの方が平和になるという……)。
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