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とある王国の裏側で

作者: みかか

女の子同士が仲がいい話を書きたかったので書いてみました。

 その瞬間少女は、否、少女たちは気づいてしまった。

―――あれ? なんで私たち、こんなことになっているの?




「申し訳ございません、それは、それはできませんっ」


 いわゆる丁寧語ではあるが、正しいランクとはいえない言葉を発して、制服姿の少女が身をひるがえす。

それにつれて、後頭部の高い所で結われた髪が揺れ、その根元に飾られたものがキラキラと光を反射する。

まがい物の宝石をつけた、真っ赤なリボン。

「それ」が校則違反であることを伝えた少女はというと、華やかな金の髪であり、後ろで横紙を纏める髪型であるがそこに飾られたリボンは色味を抑えた紺色である。

そのことからもわかるように、校則の内容は「過度に華やか、高価なものを校内で身に付けないようにしなさい」というもの。

盗難を防ぐという意味もあるが、貴族の子女にとっては慎みを覚えるという目的もある。

その点で考えるなら、該当の少女は過度に華美で、高価に見えるものを身に着けている校則違反ということになるだろう。

だというのに、あのいいざまだ。

金髪の少女、ロザリーヌはため息をついた。


「ねぇ、お茶会をしようと思いますの。場所は第五サロン。時間は放課後。参加いただけると嬉しいわ」


 口頭によるお茶会の誘い。

そして会場が第五サロンというのは、いわゆるひとつのこの学園所属女生徒だけに通じる符丁だ。

王国の金のバラとも呼ばれるロザリーヌ・アンソレイェ侯爵令嬢の言葉に、彼女の取り巻き、あるいは寄り子である少女の一人が静かにその場を去った。

もちろんそれは、お茶会の誘いを持って行くためだ。

しばらくするとメッセンジャーを任された少女が戻ってくる。

ロザリーヌが少女を見ると、彼女が静かに黙礼する。

この反応が、相手方に了承を貰えたという返事の代わり。


「楽しみだわ」


 ありがとう、とロザリーヌが伝えて、少女はもう一度笑ってカーテシーをした。


 この学園において、サロンは貴族階級の生徒同士の交流の場である。

それぞれ大きさが違い、第五サロンはもっとも小さく、十人も入れば入室ができなくなる。

ゆえに、基本的に密談ができない―――暗殺やらなにやらを防ぐために―――部屋ばかりの学園の中で、人で閉じるという方法で衆目を避けることができる部屋。

ただ、サロン内にはパーラーメイドが控えており、彼女は学園に所属するので、やはり厳密には密室にはできないのだが。


 第五サロンに、お茶会の準備を整えたテーブルが三つ。

ひとつには椅子が二つ、残りは椅子が四つずつ置かれている。

椅子が二つのテーブルは奥まった場所にあり、サロンのドアから直接見ることができないようになっている。

その奥のテーブルにロザリーヌは腰掛けていた。

そして手前側のテーブルには、彼女の寄り子たちが二人ずつ。


「ローザさま」

「リリィ様」


 そこへ訪れたのは、王国の銀の百合と謳われるリリアーヌ・クレルリュヌ侯爵令嬢。

ロザリーヌと同じく四人を引き連れているため、これでサロンは「満員」となり、これ以上の入室は不可能とされて扉は閉ざされる。

そう、これで一安心……。


「お待たせいたしました」

「お待ちしておりましたわ」


 同じような、それでいて反対の挨拶をして、微笑みあう。

金のバラと銀の百合。

ふたつの侯爵家の対照的なふたりの令嬢、となればつまりはライバル同士……というのは、表向きの話である。


「本当に本当にもう、信じられませんわ!」


 ロザリーヌが言葉こそいつも通りであるが、年頃の少女の感情そのままに言葉を大きくするのに、リリアーヌはこくこくとやはり少女の仕草でうなずいた。


 彼女たちの生家である二つの侯爵家はそれぞれ派閥の頭として王国内の政治を担いながらも、権力を奪い合っている。

よくある話。

十ほど国名を挙げれば、七か八か国それがおきている可能性すらある。

だが、この国においては表向きのもの、男社会での話だ。

女性の社会では、違う。


 時はさかのぼり、ロザリーヌ、リリアーヌの曾祖母が少女だった時代。

同じ年の二人の少女たちは己を磨き、そして相手を半ば憎むように嫌いながら成長した。

彼女たちの同年代の第一王子の妃の座をどちらが勝ち得るか……父親たちにいわれるまま、当時も王国の金のバラ、銀の百合と讃えられた少女たちは競い合った、の、だが、王子妃を決めるその場において選ばれたのは、平民の少女だった。

当時「王子は平民はしかにかかった」のだと、噂されたものだった。

王族が新しい血を入れるためと称し、優秀な平民や低位貴族と婚姻を結ぶことがある。

まぁそれは名目であって、それまでの冷静さを失ったような様子が恋の病と呼ばれ、ゆえに「平民はしか」という名称になる。

侯爵家の少女たちは確かに優秀であった。だが、争いすぎた。

その争いとしがらみを厭うた王子が、そのようなものの無い平民の少女を選んでしまったのを、若気の至りとは早々責められないほど……国内の陰湿な争いは激しかったし、疲れてしまうのも当然といえた。

もちろん、何のしがらみも無い少女がただ王子妃となれるはずがない。

王子は大叔父である公爵家を介して少女を迎え入れ……つまりは権力的には公爵家の一人勝ち

。引いては王家は政治的にも守られたことになった。


 二人の少女たちは敗れたかたちなのだが、その瞬間、気付いてしまった。

自分たちは一番の理解者、友人になれる人との時間を、十年以上棒に振ってしまった、と。

平民の少女が王子と手を取り合う光景を皆が見ていた。

だから、憐れな―――そのはずだ―――二人の少女がどちらともなく手を差し伸べて、握手が交わされたことに気づかなかった。

同盟はここに、ペンではなく刺繍糸で署名がなされ、リボンによって結ばれた。

その後、婿を取った少女たちはひそやかに同盟を広げていった。

少女たちの息子が妻を迎えるころには、それぞれの派閥の主だった家の女性たちに。

その娘が長ずるころにはほぼすべての貴族の女性たちに。

男たちの知らぬ間に、女たちは派閥争いから脱していた。

実際、その方がだいぶん楽であったのだ。

駆け引きではなくおしゃべり、やりとりや交渉であっても穏やかに済む。

敵国相手ではなく、国内でいがみ合う理由などない。


 ロザリーヌとリリアーヌはそれぞれお好みの茶を注文した。

やがて運ばれてきたポットからロザリーヌはカモミール茶を、リリアーヌはミント茶をカップに注がれる。

テーブルの上に用意された小さな焼き菓子を、ロザリーヌが一口。

これが口開け。


「ほんともう……どうしましょうリリィ様、私でもあの子もう止まらなくて」

「ごめんなさいローザ様、わたくしも言って聞かせたのだけれど」

「いいえ、リリィ様が悪いのではないわ。手を尽くしてくださっていること、私はよくよく知っているもの」


 少女たちはまるで普通の少女たちのような口調で話す。

この同盟は仮面抜き。それが決まりだ。

特に同格ともなれば、敬称こそあるけれど気安いおしゃべりとなる。

クッキーをお茶のお伴として語らう、二派閥の『頭』を守るために少女たちは四人と四人でサロンを塞ぐ。

そう、たとえば対立している様子を見せないようにしている、と思わせるために。

実際は「仲良くしている様子を男子に見せないために」なのだけれど。


「それにあの子自身も……悪い子では決してないの」

「そうね……わたしくしもそう思うわ。問題はあちらのほうね」


 ロザリーヌとリリアーヌが話題にしているのは、とある平民の少女。

この国の王都、その上級学校には特待生として入学してくる平民がいる。

そんな少年少女の中には、都会に出て舞い上がってしまい、羽目を外してしまうものがいる。

校則違反はその最たるもので、かつ「足を踏み外す最初の一歩」になりうるもの。

この学校では校則はそも、「正しく法を守る」「ふさわしい身なりを心得る」「礼儀を身に着ける」という生活面での学習でもある。

もちろん生徒同士が注意しあうのも学習のうち。

だからこそロザリーヌが声をかけ、リリアーヌも指導したというのに。

生徒同士で改められなければ、教師による注意、甚だしい場合は叱責もありえる。

となれば単なる校則違反でも重大なことになりかねないと、少女たちは嘆き合う。


 問題となっている少女の名は、サラ・ハリヤー。

彼女はハリヤー村の村長の娘という話で、村自体は素朴な農村であるという。

そんな場所からの特待生であるから、村全体から送り出されてきたような状態らしい。

これはリリアーヌの「友人」がサラから聞きだしたことになる。

彼女は騎士の娘であったから、サラからしてもまだ気安かったのだろう。


「もしかして、直接いうべきではなかったのかもしれないわ。もう少し」

「いいえ、いいえ、それでもたぶん駄目だったと思うの」


 大きな宝石は本物ではない。

舞台上で映えるけれど、それはガラス玉だ。

きらきらと美しくはあるが、高価なものではない。

それに気づけないほどに純朴な少女なのだということを、二人は知っている。

ただ少し、恋があるからこそかたくななのであろうと。

そう、自分にコンプレックスがあるからこそ、都会のものに負けるまいとするのは、よくあることだ。

そしてサラ嬢にそれを贈った人間を考えると、彼女たちはまた頭を抱える思いになった。


「それにしても……また、ですわね。そも原因があれですもの」

「ええ、今度は平民の女の子だなんて」

「本当にいやらしい、おぞましい」


 彼女たちを悩ませるのは、サラ嬢をそんな風に思いこませてきた元凶、とある伯爵令息。

令嬢たちに声をかけまくるものだから、あっちでもこっちでも修羅場が発生して、今までも彼女たちの頭を痛めていた。

男爵子爵令嬢が中心であったので被害者の数も多くなってしまい、ロザリーヌとリリアーヌがお互いの派閥に属する少女たちの仲をとりもち、修復するまでに多大な労力と時間を要してしまった。

正直、曾祖母の代のように対立状態であったなら、分裂は修復不能であっただろう。

さすがに男爵子爵の間に話が広まり、同格の伯爵令嬢、それ以上の令嬢にはそのような遊びはしかけられず……となったかの令息は、今度はターゲットを平民に切り替えたようだった。

貴族令嬢よりもさらに純朴な彼女たち、しかもこんな学校に来る特待生たちだ。

真面目な子ばかりでスレていないのだから、あの令息にとっては容易い相手だろう。

サラ嬢がその手始めといったところか。


「……伯爵夫人にはすでに。怒り心頭といったご様子ですわ」

「ええ、伯爵夫人は令嬢たちの段階でもう頭を抱えてらしたのは知っておりますもの、ご友人の皆様が慰めてらして、最近ようやく」


 ひそやかな、さわさわとした……花がしゃべるような声。

二人の『友人』たちがしゃべる声。


 特待生たちは国家の財産である。

一定以上の学力を持つ青少年を大きな街に留めて学ばせる制度は、すでにこの国の隅々までいきわたっているが、王都の学園に招かれる特待生はその中でもさらに上位のものたちだ。

教育が完了すれば教師として、あるいは文官として働けるほどの能力を得られる。

それはすなわち、村の農法や建築などの改革を行いやすくなるということだ。

それが国家全体の豊かさを底上げするものであることはいうまでもなく。

件の伯爵令息のお遊びは、それを妨害しかねない行いである。


「私……いってもかまわない? あの人、おばかさんだと思いますの」


 直截な言い方を咎めるものはいなかった。

だってその場にいたみながそう思っていたから、ロザリーヌがそういうのは決定打みたいなものだ。


「公務執行妨害って、警邏の方々以外にも使えたかしら?」

「ローザさま、さすがにそれは拡大解釈すぎますわ。……あ、でも、もしかして」

「どうかなさって?」

「彼、学内だけで終わらせているか、ふと」

「……それは」


 二人の娘は深々とため息をついた。

最悪の事態を想定し、そこから少しずつそこへ向かう要素を減らしていくのがセオリー。

それならば最悪の事態は避けられる。

だが件の令息は……。


「モテって、そんなにいいものかしら」

「麻薬のようなものかもしれませんわ、少なくともかの令息にとっては」


 すでに飲み物は冷めてしまったが、二人の少女は手元のそれを一気に飲み干してしまう。


「なんにしろ、一度表に出してしまいましょう。わたくしは伯爵夫人につなぎをとりますわ」

「それでは私は先生方に相談をもちかけてみましょう」


 彼女たちが飲み切ったタイミングでカップにあたたかな茶がつがれ、彼女たちはゆっくりとそれを口にした。


「いずれにせよ、サラさんの傷は浅くなるようにしなくては」

「ええ」


 二侯爵家を柱とした、少女・女性たちによる連帯と同盟。

それは四代もの時間をかけ、この王国に根を張った。

父や兄弟たちとは違う、対立とは別のそれ。

もともとは父や兄たちからの扱いに対するひそやかな反抗であったものは、強固なる絆となって王国に浸透した。

父親たちは、男たちは、それを知らない。

読んでいただきありがとうございます。

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