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氷華、咲くとき  作者: 神山雪
第一章 生長【2013年、スコット・ヴァミール】
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第一話 二度目の戴冠

 二つ目の世界選手権の金メダルは、初めてのものよりも重みが違っていた。

 カナダロンドンで開催された二〇一三年世界選手権。男子シングルは全ての結果が出た。三位は日本の()ノ(の)(かわ)(すい)。二位はウクライナのアントン・コバレフスキー。そして……。


「二連覇おめでとうございます。スコット・ヴァミール選手。今の気持ちをお聞かせください」


 競技終了と表彰式のわずかな間でも、いくつものマイクとカメラを向けられる。公式記者会見が表彰式の後にありますので、と言いたいが、彼らを邪険にもできない。記者たちはワールドチャンピオンになった選手の一番はじめの言葉を聞き取りにやってくるのだ。

 詰め掛ける記者たちは北米だけではなく、ロシア、ヨーロッパ、アジアと、国際色が豊かだ。一年の頂点を決める大会は違う。

 俺は疲れを出さずに、できるだけにこやかに答えた。


「ありがとうございます。前回のニースでの世界選手権は、優勝は初めてということもあって、飛び上がるほど嬉しかったです。ですが今回は、自分の強さを証明したかった。連覇という形で表わせて感無量です」


 ショートプログラム一位、フリースケーティング一位の完全優勝は、去年では果たせなかった。去年大会は、ショートが三位発進で、フリーで逆転しての優勝だったのだ。

「ヴァミール選手の強みといえば、チョコレートのようなスケーティングと、安定した四回転だと思いますが、今大会でも遺憾(いかん)なく発揮されていましたね」


 最高級の賛辞である。かつて師事したコーチは「いいスケーティングは滑らかなチョコレートを彷彿させる」と教えてくれた。


「そうですね。今季から、フリーに四回転サルコウも取り入れました。サルコウが安定するまで時間がかかりましたが、この大会では調整がうまくいって全てに着氷することができました」

「前回の五輪で、惜しくもメダルを逃しましたが、今の意気込みを聞かせてください」


 そう質問してきた記者は、カナダのメディアだった。

 そうですね、と考えながら心の中で苦笑いをする。

 惜敗(せきはい)惨敗(ざんぱい)は違う。前回のバンクーバー五輪の時、惜しくも、なんて報道したカナダ国内のメディアは一つもなかった。批判とバッシング。ショートのノーミスには全く触れず、フリーのトリプルアクセルで尻餅をついたところを、何度もテレビで流された。フィギュアスケートはショートプログラムとフリースケーティングの二つで競われるのに、決勝の出来だけが全てだというような報道は、今でも納得がいっていない。

 地元開催の五輪で敗れたアンダードッグ。それがバンクーバー五輪でマスコミが俺につけたレッテルだった。

 しかし、マスメディアの手のひら返しが上手いのも知っている。今の彼らが俺に求めているのは、地元開催の五輪で敗れたエースが、三年の時を経て絶対的な実力を持ち、前回大会の雪辱を果たすという感動的なドラマだ。


「……私にとって、次のソチが二度目の五輪になります。前は二十歳の若造でしたが、今はそれなりに場数を踏んでいます。いくつかの幸運があって、ワールドで二回もゴールドメダルを獲れました。五輪という場所は四年に一度の祭典なので、やはりプレッシャーもありますが……」


 俺は一度言葉を切った。

 彼らが、そして、俺自が求めているメダルの色は一つ。


「選出されたら、全力でゴールドメダルを獲りに行きます」


 マスコミから小さく拍手が起こった。

 そこで一人の記者が手を挙げた。俺はその方に、どうぞ、と手のひらを向けた。


「すみません。ライターの村上と申します。ヴァミール選手、まずは優勝おめでとうございます」


 ありがとうございますと答えた。彼女は、日本のフリーライターだ。ファーストネームは市子。長い黒髪に、両耳につけたピアスがきらりと光っている。この界隈で有名な彼女の記事は、スケートファンからも選手からも一目置かれている。


「今、あなたがライバルだと思う選手はいますか?」

「そうですね。出てくる選手はみんなライバルです。特定の選手をライバルだと思うよりも、戦う相手が全員よき仲間で、よき敵であると思った方が、心が楽です」

「素晴らしいですね。まさに選手の鑑です。それから、今回の大会は、フリーではより一層リンクカバーが広くなったような気がしました。四大陸まで四回転が二つのプログラム構成でしたが、今回三つになったことが影響しているのでしょうか?」


 よくみているな、と思った。確かに四回転の回数を増やしたのだ。四大陸までは、トウループ、サルコウを一回ずつ。この大会では、トウループを二回のサルコウを一回にした。


「仰る通りです。四回転が三つになったので、実際に滑った距離が今までよりも長くなっています。ジャンプ前の助走が少し長くなりましたが、プログラム上の影響は出ていないと思っています」

「そうですね。逆に、前半パートの方が迫力のある音楽なので、音楽との調和性もあったように見えます」


 あくまで私見ですが、と付け加える彼女に芽生えるのは、信頼だ。競技をちゃんと見ている人からの意見は、素直に嬉しい。


「ありがとうございます」


 彼女の質問はそこで途切れて、別の記者が手を挙げた。今度はニューヨークの新聞社だ。腹に力をこめて、少しだけ警戒する。ゴシップを取り扱うことで有名な新聞社だったからだ。普段は出てこないのに、プレ五輪シーズンになると突然嵐のように現れてくる。


「ミスター・ヴァミール。五輪にまつわるジンクスで、例えば女子シングルでは『フリースケーティングで青い衣装をきたスケーターが優勝する』と言われていますが、同じようなジンクスが男子シングルでもあるのはご存知ですよね? それについてどう思われますか?」


 周囲がざわついた。ジンクスや、あの時ああだったら、や、ありもしないことを選手に尋ねるのはタブー。そんな暗黙のルールを知らないのだろう。俺の実績が跳ね上がってからしばらくは、神経を逆撫でするような質問を受けてこなかったが、久しぶりにこの手の質問がきた。流石は五輪前の世界選手権といったところだ。

 ジンクスというものを信じ切るほど俺は愚かではないつもりだ。ただそのジンクスが、決して馬鹿にできないものだということも、俺は知っていた。

 ざわめきを鎮めるように、俺は口を開いた。


「質問、ありがとうございます。確かに、よく言われていることの一つです。それはただ一つの迷信に過ぎませんが……。そんなものはないと、私の演技で証明して見せます」


 質問をしたニューヨークの新聞記者は、面白くない、という顔をした。

 何も知らない人が見たら、金メダル候補筆頭がオリンピックへ向けて弾みがついた、というかもしれない。

 しかし、フィギュアスケートの男子シングルでは、五輪にまつわる一つの有名なジンクスがある。それも厄介なことに、当たる確率の多い。


「五輪前の世界選手権で金メダルを獲ると、五輪で金メダルが獲れない」というものだ。

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