第7話 撤退戦
B海町の戦いは混迷していた。市街地は小さく、敵のマウンテン・ウルフは素人同然の民兵だ。ファランクスの大隊を投入すれば、この町の奪還は容易いだろう。だが、そのファランクス大隊が動かない。
『即応機動連隊』の歩兵小隊は、今居恵里子を拘束するために、潜伏先のホテルへと走ったが、町の至る所から銃撃を受ける。敵の総数は不明だが、おそらく千人くらいか。
ババババババーン、ババババババーン。
歩兵小隊は応戦しながら、B海町の市街地を駆け抜けたが、わずか三十名では、多勢に無勢。絶望的に不利な状況だ。
この小隊が、今、全滅しないで生き残っているのは、僕たち重ファランクスの三機が、護衛しているからだろう。
そして、もうすぐ、そのホテルに到着するというところで、通信機から、泉大佐の声が聴こえた。
「作戦は中止だ。撤退しろ」
「今さら、なぜ、ですか?」
佐藤大尉の応答の声は、やや怒りを含んでいる。
「俺も、知らんよ」
「そんな、無責任な」
「無責任なのは幕僚の連中だ。あいつらは、いつも、こんな感じだ。どうせ政治的な問題だろう」
「バカらしいですね」
「バカらしいが、兎に角、逃げろ。そこから西南に二キロの位置の川原に、汎用ヘリコプター三機を待機させる」
「負傷者は、どうするのですか?」
「敵の捕虜になるが、仕方がないだろい」
「仕方がないですか。とりあえず、了解。こうなれば、私は、歩兵小隊を意地でも守り抜きますよ」
「よろしく頼む」
と、泉大佐が言った、瞬間、上空では、数発の対空ミサイルが、泉大佐の機体に襲いかかった。
バゴオォォン!
呆気なく空中で爆発する、泉大佐の戦闘ヘリコプター。花火のように赤く燃える。
「大佐、泉大佐!」
佐藤大尉が通信機で呼び掛けたが、もちろん応答はない。だが、戸惑っている暇はなかった。撤退の指揮は、佐藤大尉が執ることになるのだ。
「歩兵小隊長、西南に二キロだ。死に物狂いで走れ。敵は私たちが食い止める」
「頼みます。川原で会いましょう」
歩兵小隊長は、そう応答すると、小隊を引き連れて走り出した。
撤退戦では、最後尾が集中攻撃を受ける。重ファランクス分隊は、歩兵小隊を逃がすため、敵の集中砲火を盾で受けながら、重機関銃と機関銃を乱射した。
ドドドドドドオォン。
ババババババァーン。
だが、さらに戦況は悪化する。近くの乳製品の工場のから『極東共和国』のファランクスが出てきた。小隊編成十二機。
しかも、盾に『雪のエンブレム』を施した機体がいる。僕を、こんな身体にした敵のエース・ファランクス『雪の悪魔』だ。
それを見た柴田伍長が、思わず声を漏らした。
「ヤバ過ぎだろう。コレは」
「ヤバくても、行くしかないだろう!」
そう言った、佐藤大尉が真っ先に敵に突っ込んだ。柴田伍長と僕も続く。
勝てるのか。常識的に考えれば、勝てるはずがなかった。三対十二だ。数では四倍。しかも『雪の悪魔』までいるのだ。
こうなってしまえば、僕たち三人は、この重ファランクスの性能に賭けるしかなかった。