きらきら
「コラール王国との婚約を、フェリキタス王女ではなくマーシュレーヌ王女とする事を進言します」
マーシュレーヌ王女と並んで、父であるユーグラシス国王にそう言ったのはシュトラ王子だ。
玉座に腰掛けた国王は、厳しい表情のまま、息子に問うた。
「なぜだ」
「フェリキタス王女はユーグラシスの王妃にふさわしくありません。彼女は宝飾品を買い漁り、奢侈に溺れ、学ぶという勤めすら果たさず、日々を怠惰に過ごしていたと聞きます。そのような人物よりも私はマーシュレーヌ王女を妻としたいと思います」
学園の入学式が始まる1週間前。
城に挨拶に来たフェリキタス王女の前で、その進言は行われた。
分かっていた。
分かっていた事だった。
だが、それでも傷つかないというわけではない。
フェリキタスは表情を変えないように気をつけて、わずかに唇を噛み締めた。
「そうか。分かった。お前の婚約者はマーシュレーヌ王女としよう。フェリキタス王女には申し訳ないが、我が甥、アルトゥルと改めて婚約を結んではくれまいか」
「かしこまりました」
フェリキタスは逆らう事なく礼を執る。
「ではコラール王国へ使者を送り、当人達の希望により婚約者を変更したいと話をしよう。アルトゥル、シュトラ、マーシュレーヌ王女もフェリキタス王女も、それで良いな? 今更変更はきかんぞ?」
「「はい」」
「もちろんです」
「承りました」
4人がそれぞれに返事をしたところで、ユーグラシス国王は膝をひとつ打った。
「それでは決まりだ! 今後、アルトゥルはアルトゥル・アイン・ユーグラシスとなる。シュトラはアインからツヴァイへと。滞りなく諸事を整えよ」
「承知いたしました」
その場にいた官吏が答えて礼をした。
呆気に取られたのはシュトラとマーシュレーヌだ。
「ど、どういう事!?」
「ち、父上! いえ、国王陛下! どういう事ですか! なぜわたしが王太子ではなくなるのですか!」
「お前が王太子になれたのは、8年前、フェリキタス王女と婚約したからだ。そうでなければアルトゥルが王太子のままだった。王女との婚約は、フェリキタス王女を見つけてきたアルトゥルが、お前を次の王にするためにと動いた結果だったのだ」
「そ、そんな、知りませんでした。なぜ、なぜ……」
「なぜ彼女が王妃に選ばれたのか、お前はもうその事を知る必要はない。何かあってお前が国王にでもなればその限りではないが……おそらくそれはないだろう」
愕然とした様子のシュトラとマーシュレーヌを放置して、国王は甥とその婚約者に話しかけた。
「騒がせたな。今日はもう帰ってもよいぞ。祝いの言葉は、コラールから使者が戻ってきてからとしよう」
謁見の間から下がる2人に、国王がもう一度声をかける。
「フェリキタス王女」
「はい」
「少し早いが、入学おめでとう」
王女は国王ににっこりと笑って礼を執った。
「ありがとうございます、国王陛下」
8年前、朝の日差しを受ける木のてっぺん、そこから楽しげな様子でこちらを見下ろす精霊をアルトゥルは見ていた。
おそらく、彼女にはまだ見えていない。
精霊を見る事ができる者は魔力が非常に高く、特別な感覚や能力を持っている。
だがそれらが実際に花開くのはたいてい16才を過ぎてからだ。
それまでは、なんとなく、といううっすらとした認識しか持たない。
16才を過ぎてからも、正しい師から根気よく学び続けて、少しずつ少しずつ世界を理解していく。
自分が見ている、感じている世界が普通とは違うこと、その世界がどういうものであるかを。
そしてそれは、その世界を共有している者どうしでしか理解し合えないのだ。
アルトゥルは8年前のあの日の庭園で、彼女は自分と同じ世界に生きているのだと感じた。
彼は両親共に強い力を持ち、その中で育てられたため、早くから導き手があり、人の目には見えぬ世界とともに生きてきた。
そしてユーグラシスの国王は、精霊を見る事ができる者、もしくはその者を伴侶に持つ者のみと定められている。
シュトラは精霊を見る事ができない。
そうなるとアルトゥルに次の王冠が回ってくる。
現在の正妃はそれを良しとしないだろう。
最悪、国内が割れる。
ならばこの小さな姫がシュトラの正妃となって支えてくれないだろうか。そう思った。
だがそのシュトラはくだらぬ噂を信じ、つまらぬ娘に惑わされて道を誤った。
国王になる者としては誤ってはならぬ道だった。
シュトラが考え違いをしていると分かった時点で、コラールの国王とも話し合い、シュトラには何も話さぬままどう行動するかを見る事。
婚約の解消、もしくは婚約者の変更などという話になれば、フェリキタス王女の婚約者はアルトゥルとし、アルトゥルが王太子となる事、などが決められた。
シュトラは噂を鵜呑みにせず調査すべきだったのだ。
そうすれば、彼の未来は輝かしいものであったはずなのに。
だが、とアルトゥルは婚約者となった王女の小さな手を取り、握った。
代わりに彼は、最高の幸運を手に入れた。
「フェリ、シュトラが良かった?」
「いえ、顔を合わせたのも今日が初めてですから」
「そう」
ホッとして、彼は王女の手の甲にキスをする。
嫌だと言っても逃がさない。
誰かのところへ行きたいと言っても許さない。
初めて会ったときはまだ本当に子供で、可愛らしいとしか思わなかった。
けれど、それから気にして様子を確認するたびにいっそさらって連れてこようかと思うくらいには放って置けなくなって。
ユーグラシスにやってきて会って話をするごとに好きで好きでたまらなくなった。
精霊を見る事ができる目を持つ者は、時代とともに減ってきている。
この世界は彼女の目にきらきらと輝いて見える。
その世界を見つめるとき、彼女の瞳はきらきらと輝いている。
唇には、愛と喜びが乗せられて、歌を歌うかのように笑みが浮かぶ。
その笑顔にアルトゥルは喜びが溢れた。
愛している。
愛している。
これから、ゆっくりと愛を育んでいこう。
繋いだ手から全てが満たされていくようで、アルトゥルはこのまま時が止まればいいと、そう思った。
5年後、ユーグラシス王国で王太子とコラール国王女の結婚式が執り行われた。
それは暖かい春の日で、天気の良い中、南風が花びらを降らせ、さながら世界がこの結婚を祝福しているようだったという。
王太子と王太子妃は仲睦まじく、それは国王と王妃となってからも変わらず、2人の周囲はいつも輝くように光が溢れて見えたと記録に残っている。
きらきら、きらきらと。